大きな石のある所は避けても、でこぼこの小石ばかりなのでパシカは何度もよろけた。前方を見てもまだまだ石だらけだ。時折風が通るけど、日差しをもろに受けながら、転ばないよう慎重に歩かねばならないので汗だくだ。このままでは暑さで倒れてしまうかもしれない──
「アマト」パシカは息切れしながら「山に入ったほうがいいわ……男達も川を歩いた時間は短かった気がするの。その前は山の中だったけど普通に歩いていたみたい」 「うん、そうしたほうが良いな」アマトは土手を見た「あ、あそこに登れそうなところがある、行こう」アマトにしてみればちょっと走れば直ぐ行ける距離だ。つい早足になってしまいパシカが見事に転んでしまった。 「ごめん」アマトは慌てて謝ると、パシカを助け起こそうとしたがパシカは,ウッウッと呻いて膝を抱えている。 「痛いっ、石にぶったみたい」 「大丈夫? ちょっと見せて」アマトはパシカの膝小僧に目をやった「血は出てないよ」 「うん、大丈夫よ、ちょっと待ってね、痛みが消えるまで……私慣れてるから平気よ」 「強いんだね」 フッフッと痛みに口をを歪めながらパシカは笑った。 「さあ、もういいわ、行きましょ」 アマトはまたパシカの手を取って一歩進んだ──大丈夫かな。 パシカは痛めた側の足を少し引きずるようにしている。 アマトはその様子を見てこのままでは無理だと思った。
「パシカ」アマトはパシカの前に背を向けてしゃがんだ「土手まで少しだから背負って行くよ、さあ、乗って」 パシカはちょっとためらっていた 「どうしたの」 「ありがとう……でも……アマトって何歳? 」 ──その心配か──アマトはクスッと笑った。 「大丈夫だよ、僕は一二歳だ、パシカよりずっと大きいよ」 「よかった。声だけだと分らないから」そう言うとパシカはアマトの背を手で確認するとゆっくりと身体を乗せた「私って小さいって言われてるから軽いと思うけど……どう? 」 「うっ、うーん」軽いかどうか分らないけど、アマトは踏ん張って一歩一歩足を進めた。 「パシカは幾つなの」 「私? 十一よ」 すぐ耳元でパシカの声と息遣いが聞こえてドキッとした。後ろから抱きつかれたような格好だから当然なんだが始めての経験でどぎまぎしてしまう……妹でもいたら扱い慣れてこんなこと平気かもしれないが。 「大丈夫? 」パシカがまた心配して言った。 「うん、もう少しだから……」本当は足がふら付きそうになっているけど弱音を吐きたくない。 ようやく、土手にたどり着き、パシカを背から降ろすとアマトは暫く動けず、汗だくの身体で地面に座り込んだ。 「アマト、ごめんね。疲れたでしょ」 「うん、……まぁ」パシカの心配そうな声に息切れしながら返事したが、まだ心臓はドックンドックンと早鐘のように打っているし、喉はカラカラだ「ちょっと待って──少し休憩するよ」 「ええ……」 パシカはアマトの身体が休まるまで黙って待っていた……その時、お腹が空いた、と思った……そういえば朝食べたきりだわ。あれからどのぐらい経ったのかな…… 男達がパシカに渡してくれた食べ物のことを思い出したが、パシカはもともと安心出来る物しか食べない。母親がパシカに気をつけさせて来たから。 「さあ、もういいよ」アマトはそういって立ち上がったが喉が渇いてたまらない……直ぐ近くに、一本のやしの木が土手から川原に向かって斜めに伸びているのが見えた。 「ちょっとここで待ってて」 アマトはやしの木までやって来て上を見上げた。他の木に比べ低いが実が何個か付いている。土手の傾斜地に生えているためか、かなり斜めだ──よし、僕でも登れそうだ! アマトは慎重に足を掛け、両手を交互に進ませた。実は5個付いていた。その中で緑っぽい実を掴むと、下を見て砂利の所に落とした。 「パシカー椰子の実が取れたよー」アマトは川原の石を使って実に穴を開けてパシカのところに持って行った「さあ、飲んで」 「ありがとう! アマトって木登り上手なのね」感心してから穴に口をつけてゆっくり飲んだ……おいしい!……椰子の実の清涼な果汁が乾ききった喉を潤していく。 「はい、アマト」 今度はアマトが飲んだ……ゴクゴク飲んだ。体中に染み渡っていく。生き返ったような気持ちだ! 「ああ、うまい!」 感動の声にパシカが笑ったのでアマトもつられて笑い返した。 「お腹も空いたね、途中でバナナがあるかもしれないから、さあ、行こうか」 土手の上に出た二人は林に入った。林の中は思ったほどには生い茂ってなく、低い潅木ややしの木などが陽を遮る程度で、運よく人の通った跡らしい道があった。 アマトはパシカの手を取って木の枝に当たらないよう気をつけながらその道を下って行った。 やがて、木の茂みが薄くなり、雑草地が多くなってきた。
「アマト……何か匂うわ」パシカの敏感な嗅覚が遠くからの匂いを嗅ぎ付けた「これ、何か焼いているみたい……ココナッツミルクの匂いみたい! 」パシカは顔を輝かせた。 「アマト! 誰かいるのよ。きっと家があるんだわ」 アマトも息を思いっきり嗅いでみた──本当だ! 匂う! 匂いに刺激されたのかお腹が急激に食べ物を求めてキュルルゥと暴れ始めた。 「行こう!」 二人は匂いのする方へと進んだ。アマトは木々の間に目を凝らし、やがて煙らしい流れを見つけた。けむりの出所はすぐ見つかった。 低木や雑草が刈り取られた庭のような場の中央で、鍋を乗せた竈から炭が真っ赤に燃えている。鍋のふたがカタカタ音を立てながら湯気を放っている──たまらない! 食べ物を分けて欲しくて、誰か人がいないか周りをキョロキョロ見渡したら、竈の向こうの木々の間に、よく見ないと木の枝が垂れ下がっているのかと見過ごしてしまいそうな家らしきものが目に止まった。 「誰かいませんかー!」アマトはその家に向かって叫んだ。──返事がない──「こんにちは! 」もう一度叫んだ。 「駄目だ……留守かな」 二人とも黙っている。これ以上空腹に耐えられない。パシカは連れ去られてから、ア マトも昨夜、海に出てから何も食べてないのだ。 「アマト……ねえ」パシカがこらえきれずにおずおずと声を出した「ほんの少しでよいから頂きましょうよ……訳を話せば許して貰えると思うの……」 「うっ……うーん」自分だって飛びつきたいほどだ……でも……黙って食べては、泥棒みたいだし……お腹がまた鳴った。「そうしよう! 後で謝るよ」 「うん! 私、村に帰ったら母さんに言ってお礼に何か食べ物で返すようにしてもらうから」 アマトはパシカの手を引いて竈に寄った。
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