パシカはハッと目が覚めて身体を起こした。確かに人の声がしたわ!
「誰かいるのー助けてー」そう叫んでから耳を澄まし、返事を待った……その耳に水の流れる音、鳥の囀りが聞こえてきた……??……おかしいわ、洞窟の空気じゃないみたい。それに身体の下の床も確か、平たい岩だった筈なのに、ごろごろした砂利みたい…… パシカは上半身を起こした。通路の岩壁を探ろうと両腕を動かしてもなにも触れず、感じるのは優しく流れる風だけ。 パシカのそんな様子を見ていたアマトは、少女から姿が見える位置に立って、もう一度声を掛けた。
「君……誰なの?」 「えっ、やっぱり誰かいるのね」パシカは声のする方角に顔を向けた──声が大人じゃないわ……あの悪いおじさんたちじゃない。ホッとして 「ねえ、あなた、悪い人じゃないわよね? 私、知らないおじさん達にドゥルパの洞窟に連れて来られたの。恐ろしい魔物が吠えて、怖くって、知らない通路に入り込んでしまって……その後、眠ってしまったみたいだけど、でも……ここ、洞窟の中じゃ無いみたい、ひょっとしてあなたが外へ連れ出してくれたの?」
アマトは女の子の言っている事が何のことやら分らないし、それに様子が何か変だ。僕が見えてるはずなのに視線が僕から外れたところに向かってしゃべっている。 「あ、あのー 僕は知らないんだ……君は、始めからそこに倒れていたんだ」そう言って、女の子を見つめた。 「えーっ、始めから──そんな──私、洞窟にいた筈なのよ」 眠っていた間に洞窟の外に出ていた……そこに少年らしい人がいる……もうどうなっているのか訳が分らない! 「ねえ、私の名はパシカ。目が見えないのよ、お願い! 助けて、村まで連れてって──母さんに会いたい!」もう耐えられない! パシカは泣き出してしまった。
アマトは戸惑った。自分もこの女の子と同じく訳の分らない状況に陥って、さっきまで涙をこぼしていたというのに…… 「あっ、あのー僕はアマトって言うんだ」おずおずと言いながら女の子に近付き「君──えーと、パシカって言ったよね」 泣いたまま、パシカは首を縦に振った。 「僕も、どうして自分がここにいるのか分らないんだ。昨日の夜、僕は父さんと母さんと一緒に漁師さんのボートに乗って、海に出たんだ……マライに向かっていた……もう少しでマライに着きそうだったのに……嵐に遭って……」アマトはまた混乱した「それから、どうなったか覚えてない……気が付いたらここに倒れていたんだ。ここがどこなのかも全く分らないんだよ」
パシカはいかにも途方にくれたようなアマトの力ない声を聞いて、しゃくりあげながらも泣き声を何とか抑え、 「……ここはマライよ……」と教えた 「えっ! マライだって ──」どうなっているんだ──覚えてない! どうしてここにいるかも! アマトはその場にまたドカッと座り込んでうな垂れてしまった。 この少年も私と同じように大変な目に遭っている──そのことがパシカにも分った。 二人とも呆然と考え込んで、暫く黙っていたが、アマトはふと、思い出したように「パシカ……ここがマライなら聞きたいんだけどバラムって村、知ってる? 」 あの時、灯台の灯りに一瞬映されたマライの島影が脳裏に蘇ってきた。そして──あの灯台の向こうがバラムだ──と言った漁師の声も……バラムに行きたい! そこに父さんの知り合いの人が来てる筈だ。僕がマライに着いているなら、ひょっとして……父さんも母さんもどこかにいてバラムに向かってるかもしれない──
「バラムですって! それってわたしの村よ! 」 「えぇっ!──」 何という偶然だろう! アマトは驚き、おもわずパシカの前に駆け寄った「パシカ! 案内して! 僕、バラムにどうしても行きたいんだ」 「よかった! 私も、早く帰りたいの、母さんが心配してるわ」 二人は立ち上がった。 「ねえ、アマト……さっきから水の落ちる音がしてるわ、ここはたぶんドゥルパの洞窟の外だと思うんだけど、どこかに滝が見えない? 」 パシカに言われてアマトは小川の上流を見た。 「あっ、あれかな……小さな滝がある」 「じゃあ、その近くに洞穴がある?」 アマトは滝の両側の土手に目をやった。 「あれかな? 木の枝の奥に見えてるけど」 「そうよ、男達もそう言ってたわ」パシカの顔が輝いた「ドゥルパの洞窟だわ! 」 パシカはよろめきながら立ち上がった──それならこの川に沿って行けば村に帰れる 「アマト助かるわ! この川を降りて行けばわたしの村なのよ。行きましょ! 」 そう言ってパシカは両手を差し伸べた。途端に平衡を失って身体が傾いた。 「あっ、危ない! 」アマトはとっさにパシカの両手を掴んだ「石がごろごろしてて危ないよ」 「ありがとう」パシカはそう言うと「私、見えないから一人では歩けないの、手を引いてくれる?」 「うん、分った」アマトはパシカの片手を握った。女の子の手をこんなにしっかりと握るなんてした事がない。一瞬、顔が火照るのが分ったが、この場合仕方がないんだ、と自分に言い聞かせた。 立って並んでみると、パシカはアマトの頭一つ分小さい。目は普通に開いているけど見えてないので視線が定まっていない。でも嬉しそうな顔が可愛い。よく見ると腕や足に擦り傷で血の滲んだ痕もある……洞窟の中にいたという……魔物に怯え岩の中を這いずり回ったんだ──そう思うと、訳が分らず、さっきまでおどおどしていた自分が恥ずかしくなった。しっかりしろ──アマトはそう自分に言い聞かすと、パシカの前に立ち、足の踏み場を選びながら進み始めた。
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