広い一枚岩の上でアマトは仰向けになって死んだように動かない。 だが胸が上下に規則正しく動いている。アマトを乗せている岩を囲むように、五枚の岩が壁になり、その天井は床と同じ一枚岩だが少しアーチ状の形をしている。小さな岩のドームのようだ。
そんなドームの中に静かに横たわったままどのくらいの時間が過ぎたのだろう……靄はアマトの脳細胞の中に居て、傷ついた体中の細胞再生指令のパルスを送り続けた。 <回復力の強い細胞だ、もう、大丈夫だろう。しかし、ヒトの脳がわずかの間にこんなに大きくなっていたとは驚いた。この少年の意識が戻って、発達した脳がどんな運動を起こすか、非常に興味深いものだ> アマトはこんこんと眠り続けている……息苦しさが取れ、心臓が力強く脈打ち、全身に生気が満ちていく……
<もう立ち上がっても大丈夫だろう>
靄はアマトの身体を半身だけ起こしてみた。異常を感じる反応は無かった。それからゆっくりと立ち上がらせた。 <全てに完璧だ。もう動いても良いだろう> アマトは壁に向かって動き始めた。ドームの機能を調べるためだ。五枚の石壁のひとつひとつに掌を当てていく。当てられた石は青白い光を放ち掌に反応した。五枚の石全部が同じように反応したことを確かめるとアマトは天井を見上げた。 <無い> 天井の中心が小さく陥没している。そこに嵌っているはずの球体が見あたらない…… あれが外れるとは。 相当の地殻変動が起きたに違いない。 靄はアマトを立ち止まらせたままこれからの行動を考えた。 その時……岩の外で物音がしている事に気が付いた。靄はアマトの手を、音のしている近くの岩に当てた。すると岩が透けて外の景色が映し出された。岩の外の通路に人間がやって来ていた。 <人間には暗くて見えない通路の筈なのに、どうしてここまで来たのだろう> 靄はその人間の動きを観察した。岩のすぐ外にまで接近している。かなり怯えた様子だ。 <危険な様相は無いようだ。ちょうど良い。このヒトと一緒に洞窟を出て、人間社会に入っていこう。球体の事も何か手掛かりが見つかるかも知れない> 石がドアーのように内側に開かれた。
パシカはそんな事は知らず、壁伝いにドームに入って来た。さっきまで聞こえていた不気味な唸り声がここに来てようやく聞こえなくなって安堵し、床に座り込んでしまった……もう体力も限界に来ており、これからの事など考えも出来なかった。どんな魔物で、来るのか、去ってくれるのか、何もかも分らない。──母さん、母さん──心の中で叫び続けながら、涙に咽ていた。石壁に身を預けて、そうして嗚咽し続け、パシカは目に涙を残したまま知らぬうちに寝入ってしまった。
ケッケッ……と鳥の声、チョロチョロと石の間を流れる水の音、ここドゥルパの洞窟近くの砂利の上に二人の子どもが倒れている──木々の間から木漏れ日が二人に降り注いでいた。 「うっ」 頭をガーンと殴られた後のような感触に、アマトはハッと目を覚ました。 頭上で木々がさわさわと風に揺られ、間から青い空が見えている 「……?……」 アマトはそっと身体を起こした。長い眠りから覚めたばかりのように茫洋としていて自分が自分で無いような錯覚に陥っていた。 「ここは……」 周りをゆっくり見廻す……見たこともない景色だ。 「僕はいったいどうしたんだろう?……なぜこんな所にいるんだ?」 両手で頭を抱え込み考えた……小川のせせらぎが耳に入ってきた……段々、意識がはっきりしだした。 「僕は確か……仮病で病院に行った……そうだ! 」 アマトはハッと辺りを探した。父さん、母さんは? 海に出て嵐に遭って……あの時、ボートが転覆したんだ! 「父さーん! 母さーん!」 立ち上がって、岩場の影に倒れていないかどうか確かめに動き回った。何で?……僕は海に落ちたのにこんな所にいるのか、さっぱりわからない。でもきっと父さんや母さんは近くにいるに違いない── アマトは必死で大声で呼びながら、歩き廻った。 「うわあっ!」誰か倒れている──思わず後ずさりして岩場の陰に身を伏せた。心臓が高鳴って動けない……びっくりして逃げてしまったけど……目に赤模様のスカートが焼きついていた……あれは女の子? 少し気持ちが落ち着いてきたので、アマトは、もう一度確かめようと、恐る恐る岩場から顔を覗かせた……足が見える……スカートも……両腕を広げ顔はやや斜め向きに仰向いて、目は閉じられている。 ──死んでるの? 生きているのか死んでいるのか、確かめるのも恐ろしいし、膝がガクガク震えて、アマトは岩にへばり付いたまま動けなくなってしまった。
──父さん、母さん、どこにいるの? どうしてこんなことになっているの? 夢?これは夢? アマトは顔を引っぱたいてみた──痛っ──夢なんかじゃない! 「父さーん! 母さーん! どこー助けてようー」山林の方に向かって思いっきり大声を上げた。声に驚いたのかバタバタと鳥が木から飛び立った。それだけだった……訳がわからない!……アマトの目に涙が滲んできた。こらえようとしても溢れてきてしまう。 その時、女の子の呻く声が聞こえた。ドキっとしてアマトが岩陰からそっと覗くと、仰向けの顔が少し傾き片方の腕がピクピクと動いている。 ──生きているんだ! 駆け寄ろう、と思ったがまだ怖い気がする……そうだ、声を掛けてみよう。 「君―君は誰なのー」 アマトの大きな声に応えるように女の子の顔がまた動いた 「君、大丈夫? 」 アマトの呼びかける声が、今度はパシカの耳にはっきりと届いた。 ──何か、声が聞こえるわ……呼んでるみたい……えっ! 私、眠ってしまったんだ! ここは洞窟の中だったわ!
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