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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第10回   10


どれくらい経っただろう……男達の足音が完全に消えてからも暫くパシカは横たわったままだった……ドゥルパの洞窟と聞いて、恐怖がパシカをますますがんじがらめにしてしまった。

子供がいたずらや悪さをすると──ドゥルパの洞窟に入れるぞ!──といつも脅される。パシカには洞窟や魔物という形の想像は出来なくても、怖い物という感情は持つことが出来た。その洞窟に連れられて来てしまった。 

──魔物に喰われるかもしれない──
パシカはハッと身体を起こした。耳を澄ましてみたがそれらしい声はしない。
──母―さーん!
パシカは大声で呼んだ。その声が洞窟内に響き渡り、パシカは思わず耳を両手で塞いだ。
──怖いー助けてー母さん、クロ──イヤーイヤー

動くなと男に言われたことなど忘れてパシカは石の床に手を這わせ、四つん這いになり
出口はないかと動き回った。
来たことも無い所で勝手に動くと危険だ……それは分っている。今までそれでずいぶん危ない目に会って来たから……でも、ここは危険だ、怖い──
とてもじっとはしておれなかった。男達が出て行った方向を手探りで求めた。床と壁とを確かめながら進むうちに壁が切れて床だけが壁の向こうに続いている箇所を見つけた。
──でも、わたしを担いでいた男が見つけた、奥に行く道かも知れない……
パシカは不安だった……もし、違っていたら……
その通路の方向に身体を向けたまま、どうしようかと迷って止まっていたら、身体に微かな風を感じた。
──これは、風だわ! そうだ、きっと外から入って来てるんだわ。この通路は出口よ、きっと!
パシカはそう思うと決心して、その通路に入って行った。立ってみると天井は高いらしく頭は当たらない。幅は狭かった。担がれていたとき、男達もそう言ってたから、出口に間違いないわ──パシカは、足でそろそろ床を確認しながら、両手を壁に付けて立ったままゆっくり進み始めた。

しかし、これはパシカの思い違いであった……このドゥルパの洞窟は奥のほうから出口に向かって風が吹いていたのだ……パシカはそうとは知らず、全身に神経を集中させてゆっくり進んだ──まだかしら?──長く感じる……私がゆっくり過ぎるのね、きっと……そう思ってさらに進んだ。

どのくらい時が経ったのか分らない。あまりに狭い道が続きすぎる……間違ったのかしら、でも身体に受ける風は強くなっているわ、出口に近いのよ。
パシカは自分を励ましながら一歩、一歩進んで行った。ふと、手を天井に向けたとき、それが頭すれすれまでに低くなっていた事に驚いた。通路が狭くなってきた分風が速く通りぬけていく……おかしい!……パシカはやっと気が付いた。足がすくみ、恐怖に身体が縛られてしまった。
──母さん! 助けてーわたし、間違って奥に入ってしまったんだわ!
パシカはその場に座り込んだ……
風がパシカにぶつかりながら通り過ぎていく。どんなに叫んでも、喚いても誰も来てくれない。こんな状態はパシカにとって初めての出来事だった。母さん、クロ、ジョセ、村の人、いつも誰かがいて、目の見えないパシカの手足になって、守ってくれた。

──誰もいない──パシカは身を縮めて、両腕で膝を抱え、顔をその間に埋めて震え声で嗚咽した。男の言ったことを守ってあそこでじっとしていればよかったのに……
パシカは泣き続けた……聞こえるのは自分の泣き声と吹き付ける風の音ばかり……

パシカはようやく泣くのを辞めた。ここにいても誰も気が付かないのなら戻るしかないと自分に言い聞かした。風の進む方へ行けば戻れるに違いない……
パシカは風の音に耳を澄ました。ヒュウーと流れてくる風が身体に当たる。先程よりうんと風は強くなっていた……変だわ、この音……パシカは耳に意識を集中した。ヒュウーという流れるような風の中に混じってとても低い唸りが聞こえる。音には犬並みに敏感なパシカだ。

 ──魔物の声?
ドゥルパの魔物の話をさっき男たちから聞いたばかりだ。まさかこれが……
 音をもっと聞き分けようとさらに耳を風に向けた──聞こえる! はっきり聞こえるわ!さっきよりも音が大きくなっているわ!
 低く響いていた音は、クロが威嚇するときに出すような唸り声のように、長い抑揚となって風の来る通路からはっきりと伝わって来た。
──間違いないわ、魔物よ。声が大きくなっている。こっちに向かってるんだわ! 

 パシカは慌てて戻ろうと壁側に手をやった。狭い通路だ、すぐ触れると思っていたのに手は空を切った。
 えっ?──パシカは慎重にもう一度手をやった……無い! やっぱり無いわ……そんな筈は……来るときずっと壁を伝ってきたのに……ハッと気が付いた。わたしは右側ばかり伝ってきた……ということは、戻るのだから今度は反対側が右になる……その壁が無い。
 パシカは床に手を這わせて少しずつ向かい側にあるはずの壁を探った。
 身体が半分風の来る通路を超えた時、あらっ? と思った。
 ──おかしいわ?……足の方は強い風にさらされているのに顔や手は全く風が当たってない……
 後ずさりしてみた──風がある──と言うことは……パシカはもう一度、先程のように進んだ──床だ! 続いている。風は来ない。
 ひょっとしたら……これは別の通路?
 パシカは床の左右の壁を手探りしてみた。すぐに両側ともぶつかった。ゆっくり立ち上がってみると天井は先程の通路と同じように手を伸ばした所にあった。

 魔物の声がますます大きくなっている……でも、この新しい通路に入ったら迷子になって出られなくなるかも知れない……この奥も怖いけど、魔物はもっと怖い! 人や動物をパクパク喰うぞって言ってたわ……姿や匂いで見つかるかもしれない! もう少し奥まで入って行こう!
 そう決心すると、この新しい通路の奥に踏み込んでいった。


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