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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第1回   1
プロローグ

五つの糧よ、存在せよ
生命溢れるこの星に
滅亡の矢が放たれることのないように
一万年後……
再び私がこの地に巡って来るまで
ワームホールの封印が解かれるまで
この地に存在し続けよ──


南太平洋には大小無数の島がある。
温暖な気候のおかげで島人の生活はゆっくりとのんびり流れていく。
その日の食べ物がいつでも手に入る。海には魚が、山地には豊富な果物や野菜があるからだ。あせることなく島人は助け合って暮らしている。
だが、ある時から、マタイという島に1人の強欲な男が権力を握り始め、周囲の島々に暗い影を落とし始めていた……。

マタイの町外れにある化学工場からその日も、夜になると、微かな機械音が聞こえる……まさか、地下から漏れている音だとは住民は知らない。
その地下の一室でラファン博士はもう一度、先程の実験に見入った。ガラスの中は真空で両側に電極板が取り付けられている。放電開始後、微量なヘリウム、水素、炭素を吹き込む。量や時間、圧力を様々に変えながらのこの実験を始めてすでに一ヶ月近くが経とうとしている。
 ──クラノスは、いったい何の実験をさせているんだ!
指示通りの作業をもう一ヶ月もやっている……何の目的でこんな事をさせているのかも解らない。突然、強制的に連れてこられたのだ。それにクラノスは実験の様子を事細かに報告させたり、自身がよく見に訪れる。
ガッチリした体格で精悍な顔立ちの博士も疲れが限度に達していた。指でこめかみを押さえながら朦朧とした頭で、先ほど放電を終え、ガラスの中でゆらゆらと漂っている煙を見つめていた……うーん、疲れてぼやけて見えるのかな。博士は目をこすってもう一度よく見入った。やはり違う。その煙のもやの中、一点が気になる。とても小さな黒いしみのような物……
¬おーい、ちょっと来てくれ」
博士は実験助手で機械操作をしている若い技師を呼んだ。
先ほどの実験を終え、やれやれとわずかな暇でも眠りと決め込んで、壁際の椅子に腰掛けてうとうとしていたその技師は、半眠りの体を重たそうに引きずって博士の隣にやってきた。
「おいおい、しっかり目を開けて見てくれよ。私の目がぼけているかもしれないからな……ここだ、このもやーとした部分、いつもと違った感じがしないか? 」
技師は無理やり目を見開き、博士の指差すところを見つめたが、瞼を持ち上げて視界を広げただけで、実は焦点が合ってない。瞳はまだ半分眠っているのだ。
「いいえ……別に……これといって変わってないですよ」
「しっかり見てるかね? 」
そう言いながら、博士は、おやっ? と首を傾げた。気になった一点が見当たらないのだ。
「見てますよ」
「そうか……気のせいか……」
──疲れて、見間違えたのかな。
そうは思っても、今までに無かった現象だ。科学者の本能みたいなものが、見間違えだと軽く見過ごさせないのだ。
「それよりも博士、いったいいつまで、こんな事続けるんですかね」
隣で突っ立ったままの技師は生あくびをし、指で頭を掻いている。
「何の実験だか知らないですけどね、無理やりここへ連れ込まれてきて、家族ともろくに会えないんですよ。妻はもうじき赤ん坊が生まれるというのに……それに……あれですよ」
技師はガラス窓に顔を向けた。窓の向こうは警備員が突っ立っている。時々、直立が崩れて、大きく揺れている。彼も眠いのだ。
「ここだけ仕切られて隔離ですよ.ほかの所では何を作っているのか知りませんけど、見張りつきなんて異常ですよ」
不安で苛立っている技師の気持ちは博士も同じだ。
妻や息子はどうしているのか──ここに来る少し前、昔、博士が島を出て都会の大学に入り、そのまま大学の科学分野で研究生活を送っていた時の友人から、島を出るよう忠告があった。近隣島との協調を無視し始めて独裁的な首長にのし上ったクラノスが、密かに化学兵器を製造しているらしい、と国際連盟で指摘されていると言う。 
──バカバカしい、こんな小さな島国で兵器だと
しかし、最近クラノスは、軍隊を組織し、自分の意に沿わない島の長老達を政治の場から追放したりしている。今の彼ならやりかねない。
──利用されるかもしれない!
という博士の不安は的中して、島を出る準備をしているところへ、クラノスから呼びだされたのだ。
クラノスの待つ首長室へ入る時、噂の通り、化学兵器に結びつくもの、最悪、核兵器などに関わるようなら、絶対協力しないと覚悟を決めていたが……それは、奇妙な実験指示だった。単純な化学反応の繰り返しのようで、とてもそこから兵器に結び付けられる物が出来るとは思えないのだ。
博士のとまどいを見抜いたように、クラノスの相手を射貫く蛇に似た目がせせら笑っている。
「拍子抜けしたかねラファン博士──君にこんな幼稚な実験をさせるのは誠に遺憾とお詫び申し上げよう。ただ、とてもこれは忍耐のいる実験なんでね。この島きっての優秀なる科学者であるあなたにしか出来ないことなんだ」
我慢ならないクラノスの慇懃なお世辞の裏には、断るという言葉は頭から認めていないのだ。
「聞くことぐらいは許されているのかね」
「もちろん、この実験の主役は博士、あなただ」
クラノスはおおげさに両手を広げてうす笑っている
「そんな幼稚な実験をなぜわざわざやる必要があるのかね」
「ふんふん、博士、いい質問です──が単純ですな」
あざ笑うかのように口元を緩めたクラノスが博士の近くに寄り
「幼稚で単純、そう単純だが博士、物事は始めは単純なものから始まるのじゃないかね。その単純な中から複雑なものが生まれる……そう……新しいものが、そこに息吹き始める」
自分自身に言い聞かしているような得意げな口調だ。
「そうじゃないかね、博士。科学とは」
じろっと博士を睨んで来たクラノスの目が、人間の目とは思えないほど不気味に光ったように見えた。
「首長、あなたはよくわかっておられるようだ。今のお言葉では、すでにこの実験で得られる結果もご存知のように思われますが──質問を訂正させていただいて、この実験の目的は何でしょうか」
ラファン博士の再度の質問にクラノスは、待ってましたと言わんばかりに声を張り上げた。
「おお!それこそ私が最も言いたかったことです。博士、私の目的はすばらしく人間的で高度な世界に貢献できるものを、創り上げることです。つまり、この地球──温暖化で今や、人類の危機とさえいわれているこの温暖化の根源、二酸化炭素を吸収して酸素を生み出すことなのです」
「……」何だって?
クラノスの口から地球温暖化の言葉が飛びだすこと自体、およそ不似合いで想像もつかないことなのに、おまけに地球を救うだって? 
クラノスは気でも狂ったか、わたしの聞き間違いか? それとも……私をたぶらかす気か……


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