まっすぐな三車線が延々と続く平日の国道。 昼下がり、行き交う車の中には社用車が多く混じっている。
「ニチカ?」
赤信号で車を停めた夫は、助手席に座る私に呼びかけた。 フロントガラスの雨粒を左右に寄せるワイパーの跡を見つめたまま。
「いつも、ごめんな。嫌な思いさせてさ」
さっきまで激しく打ち付けていた大粒の雨音のせいで、やけにボリュームの上がっている音楽に押され気味な夫の声。
「ううん、大丈夫」
まだらに散った赤信号の無数の雨粒をみながら、私はそう一言返した。
「そっか……」
夫は、音楽のボリュームをわずかに下げると同時にアクセルを踏んだ。 いつもと変わらない穏やかなその運転は、青信号のススメの合図にほどよい間をおいて反応する。
左に流れ出した風景。 私は夫に今の顔を見られたくなくて、フロントガラスから視線の中心をぐっと左に外した。 雨のせいで、隣を走る車に乗る人が男性か女性かもわからないが、何となくそれでホッとしている自分がいる。
毎年一回、だいたい夏の終わりのこの時期、夫はまとまった休みを取る。 お盆もお正月もない仕事、世の中からズレたぼんやりした連休なのだ。 そして、毎年この休みに夫の実家にも顔を出すのだが……
「ニチカ? いつもの買い物コースでいいよね?」
こちらを見ながら言ったであろう夫の声は、私の右耳の後ろを撫でた。 低く落ち着いたその声が、今の私の居心地の悪さに輪をかける。
「うん」
流れる景色を見るでもなく、ただただやり過ごす私の、なんともかわいくない返事。 夫はきっと私のことを、気疲れし、車に酔ったんだろうと思ってるはずだ。 毎年、夫の実家からの帰り道はいつもこう。 私は“車酔いの妻”となり、助手席の窓に左のこめかみをくっつける。
はぁ……
隣にいる人にさえ気付かれることもないような、かすかなため息をひとつ吐いた。 ここから買い物先のショッピングモールまでおよそ20分。 今年もこうして懺悔の時間が始まるのだ。
結婚して7年になる私達。 子供じみた小さないさかいこそあれ、毎日それなりに仲のいい夫婦という時間を過ごしている。 穏やかで幸せな二人の生活――世間の目にはそんな風に映るのだろうか。
とは言え「二人」というくくりを外せば、そんな幸せの躯体が脆いのではないかという不安が、いやがおうにも押し寄せてくる。 夫の実家に行く度に、義父から「子供はまだか」と言われる夫。 義母から「ニチカさんは相変わらずね、まったく」と小言を言われる私。 私達の結婚は夫の家族にとって、手放しで喜ばれるべきものではなかったらしい。
年上の妻。 学歴の低い妻。 家柄が釣り合わない妻。 おそらくこんなところだろう。 きっと、どう努力しようが、はなから私など家族にはなりえない、と感じてる。 昼のドラマみたいな、あからさまな当たり方をされることもなくもない。 よく、こんなひしゃげた心持ちの両親から、あんな優しい息子が育ったもんだ、と思わないこともないが、しかし私は人を悪く言える立場ではないと自覚している。
この辛さはきっと罰――そう思うだけの心当たりが私の奥にはっきりとある。 私は罪人。 罰を受けるべき人間なのだ。
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