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作品名:いつもそこには、君がいて 作者:シエナ

第9回   金曜日(2)

「フジコ、この際なんだから言いたいことは言っとけ?」
「はぁ……」

 そう言ってもらえるのは有り難いんですけど。
 100%プライベートなこんなこと、いくら三上さんでも言えませんって。

「おーい、フジコー!!」
「……」

 いやいや、そんなに名前を呼ばれても、言えないものは言えませんから。

「はは〜ん? もしかして、あれだろ、あれ?」
「あれっ!?」

 つい、声が裏返ってしまった。

「いや〜、お前ってさ、ほんとわかりやすいのな」
「なにがですか!?」

 電話の向こうでニヤリと笑っていそうな三上さんの声の調子に、つい、慌ててしまう。

「言ってみ?」
「やですっ!」
「ほらっ、やっぱりなんかあんじゃねぇか」

 しまった……三上さんのいつもの罠に、動揺していたせいかつい、はめられてしまった。
 前にもこんな口車にまんまと乗せられ、プライベートを知られてしまったことがある。

「ま、お前が言わなくても、俺は知ってるけどな、へっへ〜」
「また嘘ついて! その手には乗りませんよ」
「あ、そ。なーんだ、福田ちゃんのことじゃねぇのかぁ」
「……」

 今、“福田ちゃん”って言った?
 なんで三上さんが知ってんの!?

「フジコ? よかったな、貰い手がいて」
「も、貰い手!?」
「なにすっとぼけてんだよ。福田ちゃんからプロポーズされたんだろ?」
「はぁ〜っ??」

 プロポーズもなにも……
 付き合ってもいないし、まして福田さんの気持ちを知ったのも、つい一昨日のことなんですけど。

「えっ、違うの?」
「違いますよ、プロポーズなんて」
「だって昨日福田ちゃん、“ちゃんと伝えました”って言ってたぞ?」

 言ってたぞって……
 どうして福田さんが三上さんにそんな報告をしたのか、まるで見当もつかなかったが、まずは三上さんの行き過ぎた誤解をとくため、私はしぶしぶ一昨日の福田さんとのことを話した。

「はぁあ」
「何か?」

 心外にも三上さんに深いため息をつかれて、ブスッとする私。

「お前ら、歳、いくつよ?」
「えーと、私が32ですから、福田さんは……」
「ふたりともいい歳こいた大人だよな? まったく、中学生みたいにのんきなことしてんなよ、まったく」

 中学生って何よそれ。
 そんなこと私に言われたって……

「福田ちゃんもなにやってんだよ。ありえないだろ、結局2年近くも見てただけって……」
「2年!?」
「は? あいつ、なんにも言ってねぇのか?? こりゃ重症だな」

 三上さんは小さく舌打ちをして一呼吸おくと、こう話しはじめた。

「いいか、フジコ。俺はな、ほんとはこういうお節介って大っ嫌いなんだけどさ。お前も福田ちゃんもかわいくてしょうがないんだよ……。だからさ、ちょっと真面目に俺の話、聞いとけ、な?」

 こんな三上さんの声を聞いたのは、10年前に叱られたあの時以来だった。

「俺がさ、福田ちゃんのお前に対する気持ちを知ったのは、おととしの夏頃だったんだ。ちょうどお盆に向けて、業者と打ち合わせが続いたあたりでさ」

 三上さんの口からでてきた、福田さんのこの2年という時間。
 彼にとって、それが果たして長かったのか短かったのかは知るよしもないが、一昨日まで彼の気持ちにまったく気付かずにいた私を惹きつけるのに余るくらいの想いであることには違いなかった。



 私の店の巡回担当になる前の福田さんは、どこか、入社したての私に似たところがあったようで、今のように真面目で一生懸命だったとは決して言えない営業マンだったらしい。

「それがさ、お前んとこに来るようになって、ずいぶん変わったんだって」
「変わった?」
「女の子でもさ、体力的に辛そうな仕事を楽しそうに一生懸命やってるのがすげぇなって思ったらしくてさ。自分もこのままじゃダメだって思ったんだと」

 あの笑顔を見るかぎり、模範的な営業マンのイメージしかなかったので、それにはちょっと驚いた。
 その一方で、まるっきり裏方の自分の仕事を、そんなふうに見てくれてた人がいたんだと思ったら、なんだかとても嬉しかった。


「でさ、俺が福田ちゃんの気持ちを知ったのは、えーと……俺が離婚してすぐだったから、おととしの7月くらいだな」

 それは、タチバナハムの今の営業所長が赴任してきた歓迎会で、私も参加した居酒屋での席だった。

「お前はまあ、いつもみたいに酔っ払ってヘロヘロだったんだよ。で、俺が送って帰ろうとしたらさ、福田ちゃんに止められたわけ」
「止められたって……」
「いくら三上さんでも、離婚したとなれば独身には変わりないから、峰さんとふたりきりにはさせたくないって、ハッキリね。俺がお前を襲うかもって心配だったんじゃない?」

 三上さんが私を?
 さながら、飼い主がペットを襲うようなもんで、ありえなさ過ぎて笑えてしまう。

「笑うな、バカ。それぐらいお前が好きってことだろうが」
「あ、すみません」
「俺さ、それ聞いて福田ちゃんはほんとにお前を大切に思ってんだなぁって、なんだか嬉しくてよ。それからは、福田ちゃんとの席でしか、お前に酒飲ましてなかったんだけど……お前気付いてた? 」
「え、いや……」

 言われてみれば、“お前は車で来い”というお酒の席が増えたなとは思っていたけど、それは私の酒ぐせの悪さに三上さんがいい加減愛想をつかしたんだとばかり思っていた。

「あれ以来、酒で寝たりつぶれたりしたお前を送るのは、全部福田ちゃんにまかせて……」
「えーっ、うそ」
「ほんと。だからお前の酒ぐせの悪さも、つぶれたひでぇツラもぜーんぶ福田ちゃんは知ってんの!」

 ……恥ずかしい、恥ずかしすぎる。

「ははは。お前、今更恥ずかしくなってんだろ?」
「……はい」
「俺もさ、“こんなんでいいの?”って何回も福田ちゃんに聞いたんだけど、それがいいんだってさ。もの好きもいるもんだよなぁ」


 もの好き……
 自分でもそう思う。

 素直じゃなくて、意地っぱりで、格好にだって気を遣わない半分ヒモノと化してる三十路の女を、好きだと言えるんだから、福田さんは相当なもの好きだ。

「昨日もさ、俺のとこに異動の挨拶に来たって言いながら、あいつ、お前のことばっかり喋ってくんだよ」
「私のこと?」
「異動絡みで元気がない、心配だって。助けてあげてくれって頭下げてさ」

 なんで、そこまで……
 ふと、一昨日のあの「居なくなる」と言った時の福田さんの顔が頭をよぎった。

「なあ、フジコ。いくらお前でもわかるよな、福田ちゃんの気持ち。本気じゃなきゃ、そこまでしねぇよ?」
「本気?」
「ああ。福田ちゃんは言ったら“部外者”だ。話を聞くくらいならあっても、俺にそんなこと言える立場じゃねえよな?」

 “部外者”という言葉にハッとした。
 確かに社会的に見れば、福田さんの進言じみた言葉は場合によっては嫌悪されても当然で、相手がたとえ三上さんでも、言うなれば取引先の“お偉方”に対してのそんな発言は失礼にあたるはず。
 福田さん自身もきっとそれを重々わかっていて、それでもそんなことをしたんだと思うと、胸苦しさが込み上げてきた。

「それに、お前に手を出そうと思ったらいくらでもできたんだぞ。でも、そんなこと考えもしなかったんじゃねぇのか、あいつは……」

 考えてみたら二人きりの時間なんてそこら中にあったわけだけれど、私は一度たりとも女としての危機感を福田さんに感じたことはなく、それは私の意識があろうと無かろうと変わることのない安心感だったんだ……

「それだけお前を大事に思ってるってことだろ」


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