カンナさんとやり取りをするようになって10ヶ月、私が彼女に対する恋を自認してひと月ほどが経った頃、私は本社に呼ばれたため妻のいる自宅へ3日間帰った。
妻は相変わらず、“お帰りなさい”と出迎えてはくれたが、それ以上何も言わない……言ってくれない。 私にはそれがなんだかとても虚しく感じた。 妻にはその目に、私という存在がどのように映っているのだろう、と。 夫であり、妻であることは、ただ生計がひとくくりであるという共同生活者でしかないのか、と。
その虚しさはベッドに入っても消えてはくれず、私は不謹慎にも妻の隣に横になりながらもカンナさんのことを考えてしまった。 彼女となら、こんな気持ちにはならなくて済むのだろうかと、あらぬ想像をしたりもして……
はたと我に返ると、そんな絵空事を頭に描いた自分が滑稽にも思えてきて、ぐちゃぐちゃになった胸のうちを持て余した私は、妻を惰性で抱いてしまった。 そんなことをしたところで、なんの気休めにもなりはしないと知っていながら。 しかし、そんな私の想いとは関係なく、妻はいつもの妻らしく私を受け入れてくれた。
ところが翌日、私達夫婦の「いつも通り」が音を立てるかのように崩れてしまった。 ベッドに入るまでは、何一ついつもと変わらなかったのに、私が妻の肩にそっと手を触れると彼女は静かにこう言って私に背をむけたのだ。
「ごめんなさい。今日は嫌なの」
その背中に、私は何ひとつとして言葉をかけられなかった。
結婚して以来、私のすることに異を唱えることのなかった妻から、あからさまに抱擁を拒絶されたのは初めてで、自分でも驚くほどに動揺していたのだと思う。 妻は体調不良でなければ数ヶ月という気まぐれな間隔にも関わらず、いつも私の求めに応じてくれていた。 それが会話の少ない私達夫婦の唯一の繋がりのようにも感じていたのに、とうとうその繋がりさえも切れてしまうのかと思ったら、妻とそれ以上同じ空間に居られなくなり寝室を出た。
真夜中、書斎のパソコンは静かにうなって立ちあがる――
私はひとり、無意味にも仕事をするふりをして画面に向かい、自分を落ち着けようとしていた。 そもそも、結婚以来夫婦らしい夫婦だったことなど一度もなかったのだから、妻が私を拒んだところでたいしたこともないじゃないかと…… そう思う一方で、やっぱり形だけの夫婦だったのかと落胆しては、カンナさんの言葉の温もりを恋しくも思ったりしていたのだ。
パソコンを眺めるでもなく、ひとつところをただじっと見つめながら悶々とした気持ちでいたところ、午前0時を過ぎたあたりに携帯が震えた。 ブログサイトからのメールが一通。
――『カンナさんからダイレクトメッセージです』
サブディスプレイにはそんな文字が流れていた。 「ダイレクトメッセージ」という言葉に、私は少々緊張してしまった。 ダイレクトメッセージは、当事者間しか見ることのない、いわば秘密のメッセージ。 私とカンナさんは、それまでブログのメッセージ欄でしかやり取りをしたことがなかった。 公開が前提のそこでのやり取りをすることが“既婚者”という肩書きのついた者同士のマナーだと思っていたから。
私は恐る恐る、カンナさんからのメッセージを開けた。
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