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作品名: 巡 愛  作者:シエナ

第4回  

 私はそんな気持ちで、それまでの数ヶ月の間、1度もブログを書いていなかったカンナさんに「あなたも何か書いてみてはくれませんか」とメッセージを送った。
 彼女は、自分は専業主婦でブログにかくようなことは何もないと恥ずかしがったが、またその姿がいじらしくも感じられて、堅苦しく考えるようなものではないと言いくるめるように、書いて欲しいとお願いしたのだ。

『なにを書いても、笑わないでくださいね』
 そう前置きをしてカンナさんが書いたものは、なんとも切ない女心のつぶやきだった。

 それまで、私のブログでのやり取りばかりで、彼女のプライベートについては既婚者ということ以外ほとんど知る機会がなかったが、週に2、3更新される呟きからは、どうやら私と妻との夫婦に似たような関係が、カンナさんご夫妻にも当てはまるようだった。

 10年以上の結婚生活、仕事中心の夫、それぞれに営む別々の生活……
 
 ただ決定的に違うと感じたのは、カンナさんがご主人のことを愛していて、常に気にかけているということ。
 ご主人に対する彼女の愛情は、無機質な文字の羅列からも十分こちらに伝わってきた。


 彼女のつぶやきを覗いては、自分も「未明」としてメッセージを残してきたのだが、それが3ヶ月もすると私は次第に彼女のご主人が羨ましく、妬ましく、腹立たしくさえ思えてきた。
 こんなにも彼女に思われているのに、それに対して何ひとつ返すことなくのうのうと仕事をするだけなのかと。
 自分のていたらくな夫ぶりは棚にあげた、まったくもって失礼きわまりない感情である。

 私はカンナさんの悲しみを帯びた呟きをどうにかすくってあげたくなり、いつしか「未明」としてではなく、あたかも自分が“彼女の夫”であるかのようなメッセージを書き込むようになっていた。
 離れていても君の声は聞こえている、と。
 なかなか会えなくても君の想いは伝わってる、と。
 寂しい想いをさせて済まない、と。

 ブログサイトの中で、かりそめにも“夫と妻”になぞらえた気持ちのやり取りを行ううちに、いつしか私はカンナさんに話し相手以上の感情を持つようになってしまった。
 メッセージをもらうたびに、自分の胸の高鳴るのを感じていたのだ。
 勉強や仕事以外のことにはろくに目もくれずに、流されるように結婚までした私が、まさか、たった半年あまりの文字だけの触れ合いで、恋に落ちるとは思ってもみなかったけれど。

 さすがに仕事には支障をきたすことはなかったものの、その鮮烈な感情は現実の夫婦関係には少なからずのひずみを生じさせることになった。


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