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『未明さん、メッセージ受け取りました。 とうとう約束の日ですね。
なんだか胸がいっぱいで、何をどう伝えたら良いのかわかりません。 でも、私はきっと幸せになります。
こんな気持ちになれたのは、未明さんのおかげです。 あなたに会えてよかった。
あなたを好きになってよかった。
さようなら。
カンナ』
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――午前6時40分。
枕もとの携帯から聞こえた単調なリズムのアラームで目を覚ました私は、スヌーズ機能をストップさせてディスプレイを覗いた。
3月5日…… あれから1年がたったのか。
私はベッドに入ったままおもむろに携帯の開くと、メモリーカードから1通のメールを呼び起こした。 この1年、何度となく読み返してきた『未明さんへ』という名のついた短いメール。 ただ1度として会うことのなかった、私の大切なひとからの最後のメッセージである。
1年前の今日、私は失恋をした。 「カンナ」と名乗る女性に。 そしてその日から私は妻に恋をしようと決めたのだ。
カンナさん、あなたは今、幸せでいてくれてますか?
あれは今から2年ほど前のこと。 単身赴任をはじめてちょうど1年、それまでたいした病気もしたことのなかった私だったが、胃腸炎にかかり寝込んでいた。 会社を休む、点滴を打つなんていう生まれて初めての体験をしたのもこの時だった。 私は日頃、「未明」というハンドルネームで日記やふと浮かんだ詩的な言葉をブログサイトに書き込んでいて、始めてから休むことなく更新していたのだが、さすがにそれもできないほど、ひどい有様だったのだ。
更新ストップから5日たち、いくらか回復してきたあたりにようやく更新しようと自分のページを開いてみると、メッセージが1件入っていた。
『未明さん、はじめまして。カンナと申します。半年ほど前からいつも拝見しておりました。体調でも崩されましたか? お大事になさってください。』
これが、カンナさんとの出会いだった。 47になる男の、愚痴のごとき日記を見ている人などそうそういないだろうと思っていたし、まして普段、メッセージをもらうことなどほとんどなかったので、正直なところ少々驚いた。 文字は違えど、自分の妻と同じ名前だということにもドキリとしたり。 反面、体調を気遣ってくれる人など自分にはいないと思っていたから、嬉しかったのも事実だった。
気遣ってくれたお礼にと、カンナさんのページへ伺ったものの、まだそこはプロフィールさえも未記入のまっさらな状態で、自分が何か書き込むのもどことなく気がひけ、自分の日記を更新し、そこにカンナさんへのお礼も書いておいた。 すると明くる日には、またカンナさんからのメッセージが入っていたのだ。
『体調、良くなられたようですね。よかったです。お返事まで書いてくださって、ありがとうございます。サイトに登録したかいがありました。』
まさか、本当に毎日見てくれているとは思っていなかったから、前日より何倍も嬉しくなってしまった。 なんだろう、時間や空間に隔たりはあるものの、自分と会話をしてくれる人がいるという温かさを感じたのかもしれない。 そんな温もりを味わったのはいつだったか、なんて大袈裟に考えたりもして…… 自分へのメッセージを残すために、わざわざこの人はサイトの会員登録までしてくれたのかという、思い上がりと照れ臭さの相まった感情に、懐かしさを覚えた私は笑みをもこぼした。 その日もそれから私は更新と同時に、また見て欲しいと思いながらカンナさんへのメッセージも書いておいたのだった。
こうして私とカンナさんの間で、メッセージのやり取りがはじまったのだ。
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