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作品名:ランドファーマー旅行記 作者:きーち

第5回   二つ目は海の上(1)
 船が海の上を進んでいく。海は潮風に煽られながらもなお穏やかで、空は透き通るような快晴で、まるでそれぞれの境界を無くそうとしているような風景である。
 アイム達はヒゼルから船に乗り、大陸の西側を南へと向かっていた。大陸の北西端に位置するヒゼルからは、大陸の北側を東へ向かうルートと、今現在進んでいるようなルートの二つがある。何故、南へと向かうルートを選んだかと言えば、別に大した理由では無く、ヒゼルから東へ向かえば、前に居たシライ国へと逆戻りしてしまうから、といった程度の物であった。
 ヒゼルを出て船に乗ってからはもう二日は過ぎており、後さらに二日ほどで目的地である次の国へと着く予定であった。
 航海は非常に順調なようで、船員達の顔もどこか余裕を持った様子である。その一方で顔色を悪くして船の欄干にぐったりと体を預けている者もいる。
 その顔色の悪い者こそがランドファーマーという種族のアイムである。彼は慣れない船旅にすっかり酔ってしまったのであった。
「なんというか、どうして船って揺れるんでしょうね。それが無かったらこの景色も好きになれそうなのに。」
 アイムが隣に居る人物に話しかける。それはアイムと共に旅を続けるツリストという種族の青年、リュンであった。
「揺れなきゃ進めないのだから仕様が無いだろう。それにしても、そこまで船に弱いとは思っても見なかったな。いくら順調な航海でも、目的地に着くのはまだ先だぞ。」
 リュンの方は船旅も慣れたものの様で、船員達から次の目的地の情報を聞き出すなど、船の上でも抜かりの無い様子であった。
「当たり前の話なんですが、海の上って地霊が居ないんですよね。今まで見慣れていた物が無くなるってなんか不自然で、この船の揺れと合わさってより一層気持ち悪く・・・。」
 ランドファーマーには地霊と言う、大地の精霊を見る能力が備わっている。そして当然、海の上では大地の精霊が見える筈が無い。
「まあ、部屋で横になっていれば揺れもあまり気にしないで済むんで大丈夫なんですけどね。でも、一日中部屋に籠るのもちょっと嫌だったので出てきたんですが。」
 組合が用意してくれた船の個室は、それほど悪く無い物であったが、陸地の宿などに比べるとやはり狭く、つい外に出たくなる物でもあったのだ。
「それで再び気持ち悪くなってしまったと。気持ちはわかるが、部屋でじっとしていた方が良いんじゃないか?このままじゃあ海の魚に二度目の餌をやる事になるぞ。」
 それは朝食を自分の口から魚達に提供する行為であり、気分的に絶対したくない行為でもある。ちなみに、一度目は初めての航海に気分が高揚し、自分が船に弱い事にも気が付かず、船の上をはしゃぎ回っていた時にする事になった。
「いえ、まあ、これからも旅を続けていく訳ですから、少しは船旅にも慣れておかないと、いや、でも、そうですね、それは部屋でもう少し休んでからの話ですね、うん」
 意地を張ろうとしたが失敗する。どうにも自分は船での酔いと相性が悪い。我慢が出来ない様な気持ち悪さが襲ってくるのだ。このままでは確かに魚の餌やりをしてしまう可能性がある。
「部屋に戻ったら、横になって目を瞑ってろよ。それで大分マシになるはずだ。船での酔いってのは、視覚が揺れているせいでもあるんだからな。」
 そんなリュンの助言を背後に聞きながら、アイムはよろよろと自分達の部屋に戻り始める。
せっかくの船旅なのだから少しでも海の風景を楽しみたいと思って部屋から出た訳だが、今のところ、アイムにとっての関心はその助言を実行するまでに魚の餌をやる事になるかもしれないという点のみに集中していた。

 なんとか部屋のある場所まで着いたアイムはふと目線を上げる。部屋への入口は二つある。当然、二つ部屋があるという事なのだが、自分とリュンとで一つずつなんて贅沢な状況では無く、二人で一部屋を使っている。ならば、もう一つの部屋には誰がいるのだろうか。
 この船は大きさで言えば中型サイズの船であり、旅客船と輸送船を兼ねている船だと乗る前に説明された。甲板の下には輸送物を詰めた箱が隙間なく積まれていたし、他の場所は船員達の仕事場であったり、居住区であったりする。つまり、この船の大きさで旅客と輸送を併用しようとすれば空いた場所というのは極力少なくしようとするものなのだ。
 という事は、このもう一つの部屋には自分達とは違う誰かが居るはずという事になる。船員だろうか。いや、そういえば船旅の初日、船員らしくない、二人の女性が船の上に居たような気がする。すぐに周りを気にする程、余裕が無くなったのでよく覚えていないが、そうだったような。
 なら、この部屋にはその女性達の部屋という事になる。他に客室が無いから自分達と一緒で二人で一部屋とは、もしかしたら、同じ様な境遇かもしれない。
「あの、大丈夫ですか?お顔がよろしく無い様ですが。」
 突然、目の前から話しかけられる。おかしい、目は前を向いていて当然なんだから、気付かれずに話しかけてくるなんて不可能なはずなのに。
「下です。もっと目線を下に。」
 言われた通りに下を向くと、そこには一人の少女が居た。少女は少女らしく非常に小さい身長であったので、目線に入らなかった様だ。どれくらい小さいかと言うと、一般の平均身長よりも顔半分ほど小さい自分の視線にすら入らなかったくらいなのでから、もうこれは小さいどころか、大したものである。
「ああよかった、気が付いてくれましたか。あなたが大変気分を悪くしているように見えましたので、つい話を掛けさせて頂いたのですが、なかなか見つけて下さらないので困ってしまうところでした。」
 途中からこっちの心配から自分の心配になっているようだが、とりあえずこちらを心配してくれたのは、親切心からだろう。
「いや、少し船に酔ったみたいで。船に乗ってからずっとだから、まあこの状態にも慣れた頃なんで大丈夫。」
 悪意ではなさそうなので、とりあえず自分の状況を話す事にする。しかし、船酔いに成る事に慣れたとは我ながらどういう事だろう。船酔いに慣れたと言ったらまるで気持ち悪く無くたったと言っているようで嘘になってしまうから、仕方の無い事なのだが。
「まあ、それはいけません。乗り物酔いと言っても、悪くすると体を壊してしまう事があるんですよ?そうだ、何かをお食べになりませんか?空腹になると、より酔い易くなると聞いた事があります。」
「いや、それなら朝食べてから、あまり時間も経ってないからいらない。というか、今何か食べたら、それを無駄にしかねないし。」
「ならなら、外に出て風に当たるとよろしいですわ。きっと気分も良くなるはずです。」
 しまった。どうやら彼女は善意を押し売りするタイプのようだ。普段ならそれも善意の内なのだから、話を聞く気にもなるが、いかんせん今自分はいろいろと危機的状況である。
「あー、その、多分部屋で横になっていれば治まると思うので部屋に帰してくれればそれでいいかと。」
「部屋に籠っているのは、体の良い事ではありませんわ。是非、外に出る事をお勧めします。それに船が港に着くまでまだまだ時間が掛かってしまいます。ずっと部屋という訳にも行きませんでしょう?」
 いや、外に出ていたから気分が悪くなってしまったのであるが。どうも小さな彼女は自分の行動の結果で相手が感謝してくれる事を望んでいるようで、なかなか前を退いてくれない。
「とりあえず、外に行くより部屋に帰る方が距離が近いから、そっちを選ぶ事にするよ。外に出るのは、気分が良くなってからかな?」
 会話だけではいつまでたってもこの場を動けそうにないし、酔いも治まりそうにないので、今度は話ながら、少女の横を足早に通り過ぎ、自分の部屋に向かう事にする。
「あ、お待ちになって下さい。まだ、酔い治す方法を幾つか知っているのですが・・・。」
 後ろで少女がこちらの背中に話掛けてくるが、無視するような形でアイムは部屋に戻っていった。
 別に不親切な訳では無い。これ以上話続けていると、彼女の目の前で胃の中にあるものを披露してしまいそうだったのだ。

 部屋に備え付けられた寝具から背を起こす。部屋の前で少女と話してから結構な時間が経っていた。
 どうやら少し眠っていたようだ。気分も大分良くなっている。日が落ちてくる時間帯らしく、部屋が暗い。照明が無い事も無いのだが、部屋に戻った時はまだ明るかったので点けずに置いている。この様子だと、昼食を食べ損ねたようだ。それが原因か、少し小腹が空いている。しかし
夕飯まではまだ時間がありそうだった。
 どうにも、船に乗ってからずっとこの様な感じで嫌になってくる。旅に出た理由は自分の中の冒険心が大きいのに、いざ旅に出れば部屋に籠りきりとは、意味が無いような気がする。もう少し、この航海を楽しみたいと思うのだが、部屋に籠るか食事をするかのどちらかしか行動していない。このままでは駄目だと思い、外に出ればまた気分が悪くなり、部屋に戻るという事を繰り返していた。
「でもやっぱり外には出たくなるんだよね。今は日も落ちて視界が狭まってくる頃だから、そんなに気持ち悪くならないかもしれないし。」
 近くに地霊が居ないのに、独り言を出してしまう。どうにもこれは自分の癖になっているようだ。
「少しだけ、外に出て見よう。酔ったらまた部屋に戻って横になっていれば良いんだしね。」
 寝具から完全に背を起こし、部屋を出る。目指すは甲板での風景と言ったところだ。できれば、酔いも来ないで欲しいものである。旅の風景を目的に自分は旅を続けているのだから。この自分の欲だけは抑えるつもりは無いのだ。

 甲板に出た瞬間、自分の行為は正解であったと思うようになった。今は丁度、太陽が海へと沈んでいく瞬間だったらしく、その赤く、そして暗く寂しげな光景は自分の心にかならず刻み込まれる物であったのだ。地上で見るそれとは違う、海に照り返した太陽の光も同時、消えていく光景は、まるで海が太陽を飲み込んでいくような感覚で震えが起きそうになった。
 船酔いの事など忘れてしまいそうになる。むしろとても気分が良い。そうなのだ、こういった景色を見たかったのだ。これから旅を続けていけば、これに匹敵する景色を何度も見れるかもしれない。それだけで、旅を続けて行こうという気持ちも高まると言う物だ。
 日が完全に沈み、夜がやってくる。明かりが完全に消えたわけでは無い。今は晴天である。天上には星と月が太陽ほどでは無いにしろ船に明かりを与えてくれている。
 ふと、甲板を見渡すと小さな少女が自分と同じ様に景色を見ていた。部屋の前で会った少女である。
 少女はこちらの存在に気が付くと、突然、嬉しそうな顔をしながら、小走りで駆け寄って来た。
 そういえば、少女とはこちらが無理矢理話を終わらせてからそれきりである。少女との会話は正直、疲れてしまいそうになる物であったが、それでも、もう一度話を続けてみたくなった。船酔いで切羽詰った状態ならともかく、ある程度余裕がある今は、善意の押し売りのような会話であろうと、悪意でなければ、少女と話すのは悪く無いと思ったのだ。

「やっと船から良い景色を見れたよ。船酔いも、こういう景色を見るきっかけになるなら、悪いものじゃないかもね。」
 アイムは駆け寄る少女の手を振りながら、話しかける。少女は笑みを浮かべ、こちらの前まで来た。
「それはよろしい事ですわ。でも船酔い自体は良く無いものですよ。お体は大丈夫なのですか?」
 少女はアイムの前で止まると、笑みを浮かべたまま返事をしてくる。
「部屋で横になっていたら大分良くなったよ。でも、船酔いが無ければ、もっと船からの景色を楽しめる訳だから、確かに良く無いものかな?君の言う通り、船の外で風に当たっていた方が良かったかもしれない。」
「まあ、あの時は大変失礼しました。あなたは船酔いで苦しんでいる状況でしたのに、その気持ちも察せず自分の意見ばかりを話してしまって。」
 反省ができる分、まだ大丈夫だろう。それに苦しむという程、大変だった訳でも、いや、確かにあの時は大変だった。
「でも、それは終わった事だし別にいいよ。それより、君はずっと元気そうだけど、船酔いとかはしないの?」
 揺れる船上で小走りであろうと、駆け寄るというのは、どうにも船との相性が悪いらしい、自分には考えられない事なのである。
「これでも船に乗るのは始めてではありませんの。それに、これくらいの揺れで酔っていては、天候が悪くなった時、もっと酷い事になりますわ。」
 あまり想像したくない仮定である。まあ、夜になっても天気は良いままだし、港に着くまではなんとかなると思いたい。
「うーん、天候が悪くなったらなったで、なんとかなるとも思うしね。そんな状態だと部屋に籠りっきりなるだろうから、酔いも感じ難いだろうし。」
「あら、それは間違いですわ。悪天候の時は船のどの場所でも、船酔いの可能性があるのです。注意はどのような時にも必要ですのよ。」
 なるほど、そういう物なのだろうか。今回が初の船旅である自分にとっては、興味深い話である。
「その様子だとそっちは・・・。えーと、名前はなんだっけ?」
 会話の内容が自分好みの話になってきたので、少しでも話を弾ませたいと思い、アイムは少女の名前を聞く事にした。
「セイリスと申します。良ければそちらの名前もお教え頂けませんか?」
「うん、僕の名前はアイム。それで、話の続きだけど、セイリスは話を聞いた限りじゃあ随分と船旅に慣れている様子だけど、どうなの?」
 少なくとも、今までの会話を聞く限りは、自分よりは旅というものを知っている風であった。
「それほど慣れているという訳ではありませんが、このように船に乗る事は多々機会がありましたわ。それが、何かお気になりましたのですか?」
「まあ気になるというか、これでも旅を始めたのはつい最近でさ、自分より経験が豊富そうだから、色々と話を聞きたくなってね。」
 特に船旅に関しては、これから知識を集めておきたい所である。
「経験が豊富だなんて言われると、少し恥ずかしくなってしまいます。私、旅に関しては連れにほとんど頼りきりでしたから。」
 そういえば、この少女も二人連れだった気がする。ということは、自分の似たような境遇なのだろうか。
「旅の目的っていうのはあるのかな?こっちは旅商人みたいな仕事を生業にしているんだけど。」
 本当は農業知識を使っての商売と言った所であるが嘘は言っていない。ただ、売り歩く物が少々特殊なだけである。
「あら、それは旅人の中では一般的な仕事ですのよ。それ以外になると冒険家だったり、傭兵だったりと、そんなに多くない職業ですから。ちなみに私は様々な国で私達の教えを広める事を目的にしています。」
 教えを広めると言われても、あまり想像ができない仕事である。
「要は先生みたいな仕事をしているって事?」
「まあ近いと言えば近いですわ。その目的のおかげか、様々な土地の伝説や昔話などには詳しくなりましたの。そのような話でよろしれば。」
 少々、聞きたかった話とは違うが、それらも十分面白そうな話である。
「あー、それじゃあ海に関係する伝説なんかは無いかな、せっかく船で旅をしているんだし、雰囲気がでそうだ。」
 船酔いでじっくり、船旅を楽しめない以上、話の中だけでも楽しみたいのだ。
「海についてですか。なら、アイムさんは海に棲むドラゴンについてはご存知ですか?」
 ドラゴンという言葉は知っている。大陸中、あちこちに棲むと言われる強壮な種族であると。
 海に棲んでいるドラゴンという言葉にも聞き覚えがあった。確か船が旅立つ前のヒゼル国で、商船組合が自分達の紋章として使っていた絵のモチーフであったはずだ。
「確か鱗が無くて細長い魚だったっけ?それ以外は良く知らないんだけど。」
 それを教えてくれたリュンなら、もっと何かを知っているかもしれないが、どうにも姿が見当たらない。
「そうですね。それが海のドラゴンの姿です。ただ、絵ではわかりませんが、もう一つ大きな特徴があります。」
「特徴?それが重要な物なんだったら、絵でも描かれてると思うんだけど。」
 しかし、商船組合で見たドラゴンの絵にはそのような物はなかった気がする。
「どうしたって描けないのですわ。何故なら海のドラゴンの特徴とは、その大きさにあるのですから。」
「すごく大きかったり、小さかったりするとか?」
 大きさが特徴になるというなら、そういうことだろう。
「ええ、とてもとても大きな体をしているのです。はっきり言って、その他の姿なんて、その大きさを見てしまえば些細な問題に思えてしまう程の大きさなのです。」
 そう言ってセイリスは自分の小さな体でドラゴンの大きさを表現しようと手を広げる。その姿はどこか微笑ましい物であったが、アイムの関心はドラゴンについての事が大半を占めるようになっていた。
「そんなに大きいんだ。例えば、この船と比べるとどれくらいの差があるの?」
 彼女の表現を見る限りでは、今乗っている船よりは大きいようだが、まだいまいち想像できない。
「個体差があるらしいので、どれ程という事を一概に決めてしまう事はできませんが、少なくとも、この船が3つ縦に並んだ大きさよりは、ドラゴンは大きいと思いますわ。」
 それは確かに凄い、この船だけでも何十人と船員が乗れる程なのに、その三倍はあると言われたら、確かに想像以上の生物のようだ。
「うーん。やっぱり世界には驚きの生物が居るものなんだなあ。ドラゴンと言えば鱗と翼があって、体がトカゲで火を吐くようなのを想像してたから、本当に驚きだよ。」
 しかし、どうやら海のドラゴンはそんな姿とは大きく違っているらしい。
「アイムさんの言っているそれは、森に棲むドラゴンですわね。ドラゴンは森、火山、空、海に棲むものでそれぞれ違う姿をしているんですのよ。」
 そんなに沢山のドラゴンが居る事自体を知らぬアイムにとって見れば、どれもこれも新発見の事実である。
「でもそんな風に姿が違うんだったら、ドラゴンなんて一括りにするのは、なんだか可笑しい感じがするよね。」
「そうですわね。でも昔から、ドラゴンはドラゴンとして見られて来た訳ですから、何か理由があるのかもしれませんわ。海に棲むドラゴンも魚と似た姿をしていますが、魚とは明らかに違う生物であると聞いたことがありますもの。」
 その点に関しては、セイリスも知らない様子である。まあ確かに、細かい違いは専門家でなければわからないものである。ましてや、鳶と鷹の区別もできないアイムにとっては未知の領域でしかない。
「じゃあさ、もしかしたらこの船旅で海のドラゴンを見る事ってできるのかな。そんなに大きければ、見つけやすいとも思うんだけど。」
 どうせ、この船旅で海の風景をじっくり見る事ができないのであれば、せめて、ドラゴンの姿だけでも見てみたいというアイムの考えである。
「海のドラゴンを、ですか。少々難しい事かもしれませんわ。いくらドラゴンが巨大だと言っても、海はさらに大きく、そこで出会える可能性はかなり少ないかと。それに明後日には船は港に着くのですから、出会いの機会そのものがそれほど多くないのです。」
 言われてみればそうかもしれない。これから旅を続ける以上、船旅の機会もあるのだから、旅の中でドラゴンに出会える可能性は零では無いのであるが、それでも今回、出会えないというのは残念な事である。
「ですが、海のドラゴン自体、人や船を恐れない場合が多いらしいので、会える時は会える。というのが海で仕事をする方々の考えなのです。ですから、アイムさんも運さえ良ければ、出会えるかもしれませんわね。」
 なるほど、そういう考えもあるか。巨大なドラゴンなので、大陸に近くなれば近くなるほど海の領域が狭くなり、出会える可能性が少なくなる。ならば明日一日が勝負という事だ。
 何が勝負かと言われたら、アイム自身困ってしまうものだが、明日の運が良くなる事を祈りたくなってしまったのである。
「そういえば、ちょっと気になったんだけど、そんな大きなドラゴンが近くに現れたら、この船が危なくならないのかな?まあ、会った事がある人が多そうだし大丈夫だと思うけど。」
 そう言った事は海に生きる者達にとっては慣れた事なのかもしれない。
「確かに、海のドラゴンの性格は温厚です。そもそも海には棲まない我々のような生物に敵意を抱くという事はありません。」
 うん、なかなか好感が持てそうな生き物である。
「しかし、その巨体は私たちが生きる世界とは違う世界を生きているという事でもあります。」
 違う世界とは変わった表現である。現実に出会える以上、同じ世界に棲む生物である事には変わりないのだから。
「例えば、地面の歩く蟻に対して私たちは敵意を持ちませんし、子供でもなければいちいち、踏み潰してやろうなんて思わないでしょう?でも、いつのまにか、気づかぬ内に蟻に害を与えている事もあります。それは蟻と私たちがまったく違う世界で生きていて、私たちの方が強い力を持っている結果、起こってしまう悲劇なのです。」
 セイリスは少し遠い目をしながら話し続ける。その姿はこちらが不安に思ってしまう様な雰囲気を持っていた。
「なんだか、ドラゴンも敵意なくこっちに害を与えてしまう。なんて言ってるように思えるんだけど。」
 アイムの言葉を聞くと、セイリスはニコリと笑顔を浮かべながら答える。
「船乗りの方々が言うには、海のドラゴンに出会った時のための言葉があるそうです。」
「へえ、それは少し聞いてみたい言葉だね。」
 セイリスの表情は、さらにこちらへ不安を感じさせるものである。
「ただ祈れ。だそうです。ちなみに祈る対象は神様でも両親でも、まだ見ぬ恋人でも良いそうですわ。」
 その言葉はアイムに明日の幸運を、さらに願いたくなるものであった。ただ当然、ドラゴンに会うためだけの運では無かったが。


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