アイムは船に荷物を運びながら、ヒゼル国を振り返る。結局2日程度しか居なかったので愛着も湧かないが、初仕事を終えた場所として、自分の思い出に残るかもしれない。 今、荷物を運んでいるのは仕事が失敗して荷物運びの仕事で日銭を稼いでいるから。という訳では無く、これから次の国へと向かう船に乗る最中なのである。ちなみに仕事の成否はというと。 「組合からの評価は一応及第点。報酬は目的地へと向かう船への乗船権に携帯保存食料が1週間分ほど、金銭なんかは一切貰わずと。これって成功と言えるんですかね。」 「報酬に関しては、最初からこれくらいで済ますつもりだったさ。組合側にとっては用意し易く、俺達にとっては旅費が浮く。初仕事の報酬としては上々だろ?」 確かにそう言えるかもしれない。しかし、実際に気になるのは組合がどう思って、この報酬を自分達に渡したかなのである。 雇い主として仕方なく渡すことになった。という状況はこちらとしても気分の良いものではないからだ。 「組合としては、最初から農家達に対する優遇策を提案するつもりだったから、その点に関しては失敗と言えるな。つまり組合の半分以上は良い顔をしていないという事だ。」 やはりそうなるか。交渉は組合側が農家達の要求をすべて跳ね除ける形で終わったのだ。当然、原因は評価役の自分が農家達の考えを批判したせいである。 「だが、組合だって一枚岩じゃない。農家優遇に反対だった奴等は、お前の行動を評価している事だろうさ。そのおかげで今、船に乗ることができるんだからな。」 「そう言われると、少しほっとします。でも、やっぱりもうちょっと上手くできたんじゃないか。なんて思ってしまいますね。」 金銭面に関する報酬なんかも貰う事が出来たんじゃないかとも。 「未知の仕事な上に初仕事でもある。満点なんてのは絶対に不可能な状況だったんだ。一定の評価を貰えた。この事は誇っていい事だと俺は思うね。俺が気になるのは、お前が農家達に敵対する方針を選んだ事だ。前職からしてむしろ擁護すると思っていたんだが。」 「うーん。とりあえず、最初から農家達に肩入れしようとは考えていませんでしたね、まあ評価しないと決めたのは、農家達が職業優遇策を持ち出されて、嬉しそうな表情をした時ですけど。」 あれは前職が農家だからこそ怒りが湧いた。これでも農業では苦労も収入も得ていたのである。その仕事を舐められたような気がして、とてもじゃないが肯定的に見る事ができなかった。 「なるほど、しかし最初から肩入れするつもりが無いというのはどういう事だ?中立に物事を考えていたにしては、組合を悪く言っていたじゃないか。」 それはそうである。農作業というものを重視しない組合には好印象持つ訳が無い。しかし、組合の歴史を聞くと商船業を重視する姿勢には理解も納得もできるのである。 姿勢の偏りについては、自分は元農家なので農業の事を良く知っているが、商船の事は良くしらないという事で、こちらも同様に偏っている。嫌な気分にはなるが、批判する気にはならない。 「この国の農家に最初から肩入れしないと決めたのは、この国を地霊の視点で見てからです。」 地霊とは自分の様なランドファーマーが見る事ができる大地の精霊のようなものだ。彼らの量によって土地が肥えているのか、作物に向いているのか、などの事が分かる。だいたいは大量に居れば、そこは良い土地という事になる。 「どうにもこの国には地霊が少ないんですよね。最初は海に近いせいで土地が悪いんじゃないかなと思っていたんですが、農業が発展していれば、土地改良も進むはずで、もう少し居てもおかしくない。それでも少ないという事は、そもそも農家が自分達の仕事を重要視していないからではないかと。」 そういった考えで交渉に挑んでみると、案の定、彼らは農業の発展よりも、組合での評価を気にするような者達であったと言う訳である。 「気になるのは農家達の今後ですね。今回の事で彼らの立場って悪くなりますよね。なんだか僕自身が責任を感じてしまいそうでちょっと・・・。」 「まあ当然悪くなるな。これまで職業差別として扱われてきた事が、実はその原因が自分達の怠慢によるものである。なんて言われたらそうなる。農家達は今後、自らの姿勢を変えざる得なくなるだろう。そしてそれは当然、お前の責任でもある。」 そうだ。例え自分達が雇われ者だとしても、あそこで農家達を評価したのは他ならぬ自分なのだ。自分の責任というものは感じるべきなのだろう。 「でも、今後組合と農家がどうなろうと、僕はその責任について何もできません。だって、僕らはこれからこの国を去る側なんですから。」 だからこそ、気になってしまう。自分の出した結論がどのような結果をもたらすか、自分は見届ける事ができない。 「国を変えたり、支えたり、見守ったりするのは国に住む者達の責任だ。旅人の俺達が背負い込む事ができる物じゃあない。俺達が何かに責任を感じるのだとすれば、それは今後仕事を今回より上手く運ぶ事によってのみ果たす事ができる。」 だが、それは無責任とも言えるものでは無いだろうか。問題を深刻化させるだけで、自分達はそこを去っている事になるのだから。 「もし、それでも心に何かが残ってしまうのなら、それを払えるくらいこれからの仕事に自信を持つ事だな。自分は状況を悪くするのでは無く、良くする存在なんだと。」 「そんな考えを持つ事ってできるでしょうか、今回の仕事が終わったとき、僕は満足感を覚えました。けどそれでもこんな風に不安も感じている。」 これからの仕事もそうであるのなら、自分自身に胸を張っていくことはできるだろうか。 「なあアイム、今回は俺達の初仕事だ。確かにそれは重要な事ではある。だが、これから俺達は何回も何十回もこういった仕事をして行くんだ。今回の仕事はその中の一つでしか無いんだよ。これから今回の責任を果たす機会が幾つもやって来るはずだ。だからこそ、俺達はその機会に対して胸を張って挑んで行こうじゃないか。」 そう言ってリュンは胸を張り、荷物を抱えながら船へと向かっていく。当然、そんな恰好をしていれば姿勢が悪くなるので、地面の小石につまずき、バランスを崩していた。 リュンのそんな姿を見て、アイムはつい笑い出してしまう。今まで心に引っ掛かりがあった事など嘘のように。 そうだ、今回の事もその程度の事かもしれない。いくら自分達がどうにかしようと、この国を動かしていくのはこの国に生きる者達の仕事だ。自分達が与える事ができる影響なんて、たかが知れた物なのだろう。 アイムはもう一度振り返り、町の風景を見る。自分自身も、この町の風景を忘れて行ってしまうかもしれない。だがここで、どのような仕事をしたのかは忘れないで置こうと思う。この町でした仕事と、これからの仕事に対して胸を張って挑んで行けるように。
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