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作品名:ランドファーマー旅行記 作者:きーち

最終回   十でおしまい(3)
 オーキナの家へと戻った時、その家主は家の玄関に立ち、なにやら神妙な面持ちでこちらを出迎えて来た。
「なんだよ婆さん。言われた通りの仕事をしたんだから、しっかりと交渉は再開させて貰うぞ」
 老婆へ最初に声を掛けたのはリュンだった。彼はオーキナの様子を訝しんでいるが、何より仕事を成功させる事に赴きを置いている。だから、老婆との約束をまず話題に上げた。
「言葉に二言は無いよ。トアト国との食料交易の件、考えてみても良い」
 玄関に立ったまま、リュンをまっすぐに見つめるオーキナ。リュンの方が背は高く、見上げる形となる。
「本当か? 気が変わったり、また何か変な条件を持ち出したりしないだろうな」
 オーキナの返答は些か拍子抜けをする物であり、疑わしげにリュンは老婆を見る。この老婆との交渉で、簡単に進める物は無いと言いたげであった。
「条件かい? そうだねえ。ほら、そこの坊やはどう思う? このまま交渉を続けても良いもんかね」
「おい、何を言ってるんだ?」
 突然老婆が余所を向いて話し始めたので、戸惑うリュン。その視線の意味を知るのはアイムだった。老婆の視線はアイムに向けられている。
 オーキナは、交渉の展開をアイムの判断に委ねるつもりなのだ。それはつまり、アイムがランドファーマーの秘密を話すかどうかをここで決めろと言う意味でもある。
「もう決めてます。結局、秘密を話せない相手に、本気で交渉するつもりは無かったんでしょう? なら、ここで全部話しますから、交渉を再開させて下さい」
「ほう。良く決断できたじゃないか」
 満足そうに頷くオーキナを見ると、アイムの決断を、老婆は既に予想していたのかもしれない。

「で、その話す秘密ってのは何なんだ? なんで交渉の再開にお前の判断が関わってくる?」
 オーキナの家へ帰って来てから暫くの準備の後、アイム達は黒い砂漠のすぐ傍まで来ていた。
 事情はまだ話さないままで、ただオーキナに付いて来る様に言われたリュンとセイリスは、頭に疑問符を浮かべた状態にあった。
「ランドファーマーの秘密と言えば、今日の昼間に話された地霊が見えると言う物ではありませんの?」
 地霊が見えると言う能力を、ランドファーマーは種族の秘密にしていると言うのは、真実である。だから、ランドファーマーの秘密としてその能力を指すのは間違い無い。
「なんだい。そっちの方も、お嬢ちゃんには話してなかったのかい?」
 呆れたと言った顔をして、こちらを見るオーキナ。
「いやあ、機会が無かったと言うか。それとセイリス、今日話したそれは、あくまで秘密の一つに過ぎないんだ。と言うより、もっと大事な秘密があって、それを隠す過程で生まれた秘密みたいな物と言えば良いのかな」
「要するに俺達が知っているランドファーマーの能力についての秘密は、別の秘密を隠すためのフェイクって事か?」
 怪訝な表情をするリュンであるが、秘密がまだある事に対する責めの感情は混じっていない。秘密を隠す事は、彼にとってそれ程悪い事では無いのだろう。自身の秘密をバラした時、相手は怒るかもしれないと懸念していたアイムにとっては、嬉しい誤算であった。
「フェイクって、ある秘密がバレない様に、別の秘密を用意するって意味ですよね。ちょっと違って、僕らがその事を秘密にしようとすれば、僕らの能力も秘密にしなきゃならないって事なんです」
 ランドファーマーが隠す秘密は、ランドファーマーの能力が関わってくると言う事である。
「まあ、何にせよ、話してみない事には理解できないだろうさ。坊や達、ちょっと見てなさい」
 オーキナは片手で持てるくらいのガラス瓶を取り出す。老婆は黒い砂漠に来るまでに、その瓶の中へ土を入れていた。何の変哲も無い土である。黒い砂漠の砂などでは無い。
「その土がなんなんだ?」
 リュンは老婆の手に有る瓶を見る。セイリスも同様だ。
「あわてない、あわてない」
 老婆は瓶の上で手を動かしていた。まるで空気を掴む様な動きである。リュンとセイリスにはその様にしか見えないだろう。しかし、アイムの目線では違っている。
「一体、何をしていらっしゃいますの?」
 何度かオーキナがその動きを繰り返しているのを見る。変化を感じられないセイリスは、じれったい思いに駆られているのかもしれない。
「セイリス、瓶の中の土を良く見て」
 助け舟を出す形で、アイムはセイリスに話し掛けた。アイムの言葉を聞き、目を凝らすセイリス。少し経った後、その目が驚愕に変わる。
「土が、黒い砂に!?」
 瓶の中の土は少しずつ黒ずみ、湿り気を無くして砂になって行く。その黒色は瓶の中の土へどんどん広がって行き、遂には瓶の中に黒い砂しか無くなってしまった。
 そうして作業が終わったとばかりに、オーキナは手を休め、こちらを見る。
「これがあたし達、ランドファーマーの能力。地面をこの黒い砂漠に変えてしまう、まったくもって罪深い能力さ」
 オーキナは少し悲しそうな表情をして、その言葉を口にした。

「ランドファーマーは地霊が見えます。見えると言う事は、それに触れられるって事でもあるんです」
 地霊と言う存在を認識できるからこその能力である。そして、触れると言う事は、見る事以上に大きな影響を周囲に与える。
「地霊に触る事が出来る……。てっきり見ることができるだけだと思っていましたわ」
 地霊と言う言葉を聞けば、それがあやふやな物であると言う印象を受け、ランドファーマーの能力を知れば、それを単に目で見えるだけの物だと考える。
 ランドファーマーも、それをいちいち否定しない。そもそも、地霊を見る能力だけでも秘密なのだし、相手が勘違いしてくれた方が、何かと助かるのである。
「ランドファーマー自身も、出来るだけ地霊に関してはあまり触れない様にしているからね。尚更そう思うんだと思うよ」
「どうしてその様な?」
 周りに隠すのは別に良い。しかし、本人まで地霊に触ると言う行動を禁じているのは変だとセイリスは口にする。
「もしかして、触れた結果がその黒い砂って事なのか?」
 リュンはオーキナが持つ瓶を指差す。瓶の中には黒い砂が詰まっている。
「そう、その通り。正確には、大地から地霊を余所にやってしまうと、土はこの黒い砂になるのさ」
 瓶を揺らしてオーキナは話す。
「恐らく、地霊は大地を支える力とか栄養素と言った物なんだろうさ。それを失った大地は、色あせて草一本生えない場所になる」
「と言う事は、この砂漠も!?」
 驚愕の表情でリュンは視界に映る黒い砂を見る。黒い砂があるのは瓶の中だけでは無い。今、視界一杯に広がる砂漠自体が、すべて黒い砂で出来ているのだ。
「そうらしいです。僕らの何世代も前のランドファーマーが、地霊を大地から失わせ、この砂漠を作ってしまった。つまり、この黒い砂漠はランドファーマーにとっての罪みたいな物って事ですね……」
 アイムもこの国に来て、初めてこの黒い砂漠を見た。実際に見るまでは他人事の様な気がしていたが、どうしてもこの砂漠が好きになれない自分が居るのである。それは、自身の能力が、どれだけ危うい物かを感じさせるからであろうか。
「ちょっとお待ちください。そもそも、どうしてランドファーマーはこんな砂漠を作ったのですか? これだけの土地を砂漠に変えて、何か得る物があるのですか?」
「あるのさ。それだけの事をしてまで手に入る物が確かに。おかしいと思わないかい? 国の中心にこの黒い砂漠があるのに、ホウゼ国は作物を大量に生産できている。今はまだ住める土地だってあるけれど、昔は砂漠の方がもっと多かったんだ。異常な状態さ」
 自然に存在する大地は、極端な変化と言う物が少ない。変化とは常に緩やかに行われる物であり、痩せた砂漠のすぐ側に、作物を大量に育てられる豊穣の大地があると言うのは本来有り得ない。
「黒い砂は、地霊をそこから退けたせいで出来ます。それじゃあ退けた地霊がどこに行くのかと言えば、動かした場所に留まり続けるんですよ。そして地霊が存在する密度が多ければ多い程、その土地は農作地に適した場所になる」
 優れた農作地を作る代償によって、黒い砂が出来るとも言える。
「なるほどな。ホウゼ国が農業大国になった理由は、そこにあるのか」
「そうさね。あたし達ランドファーマーが、農業が得意って事もあるけれど、やっぱり、この砂漠を作った結果と表現するのが正しいんだろうさ。元々、砂漠化する前のこの国は、痩せた土地だったらしい。その場所で生きようとした先人達を馬鹿にする訳じゃあ無いけれど……」
 それでもこの黒い砂漠は好きになれない。まして、国土全体を砂漠化させるなどもっての他である。語らずとも、そう続けたかったのだろうと予想くらいはアイムにも出来た。
「だからせめてもの償いで、この砂漠を緑化しようとしている。地霊が居なくなったとは言え、工夫と努力さえ続ければ、またそこに地霊が生まれる土地が出来る事を知っているからね」
 家を砂漠に隣接させているのも、そこに理由があるのかもしれない。砂漠が自分達の罪であると、目に焼き付けて置くために。
「トアト国との交渉を断る理由も、砂漠の緑化に関わるのですか?」
 セイリスはオーキナの話を聞き、なんとなくであるが、老婆の考えを汲み取る事が出来た様だった。
「まあね。生産する作物に一手間加える余力があるのなら、砂漠の緑化に励みたい。あたしだけの考えじゃ無く、これはこの国の国民が考えている事でもある。何もあたし個人の我が侭じゃあ無い」
 だからおいそれと意見を変える事は出来ないのだろう。
「……あんた達の考えは分かった。心情も理解できる。だが、それでも俺はトアト国の味方だよ。ホウゼ国には、輸入する作物の融通を頼みたい」
「強情だねえ。まあ、こっちも交渉を再開すると言った手前、無下にする事もできないか。そこの坊やのお墨付きもあるし」
 オーキナはアイムを見た。先ほどまで、交渉を続けるかどうかはアイムの意思に委ねられていたからだ。ランドファーマーの秘密を話せるくらいに信用できる相手なのか。オーキナはその判断をアイムに任せていたのだ。
「理由は聞かせな。嘘やおだても無しに、あんたが考える本音をだ。トアト国に関しちゃあ信用は無いが、あんた達にはあるんだからね」
 リュンは少し考える素振りを見せた後、意を決して口を開く。
「第一に俺達の儲けについての話がある。俺達は、いや、これは俺個人の意思なんだが、どうしても大金を稼ぎたい。そのためには、トアト国が持つ、傭兵商売の流通ルートをどうしても手に入れる必要がある。それは金で買える様な物じゃあ無いだろう? トアト国に恩を売らなきゃならない。今回の交渉に挑んだ目的はそれだ」
 リュンは本当に自身の本音を話す。老婆には嘘が通用しないと考えたのか、それともこれも交渉の一部なのか。
「ツリストは欲深いって噂は本当みたいだね。まあ嫌いじゃ無い理由だ。目的がはっきりして一本筋が通ってる。じゃあ仮にだけど、ホウゼ国が持っている商業圏を、アンタ達に融通しても良いと言えば如何するんだい? 今までの言い分だと、今回の交渉を諦めて貰える事になるけれど」
 オーキナがリュンに揺さぶりを掛ける。まさか本気では無いだろうが、効果はありそうである。
 一国が商業圏の融通を一商人に頼むと言う事は、国が持つ利益を僅かであるが得る事が出来ると言う事なのだ。そして僅かと言っても、それが国による物であるのなら、個人としては莫大な物となる。
 リュンの、大金を得て自国に自身が住める家を建てると言う目標の半分くらいは達成できるかもしれない
「もし、それが本気だったとして、多分この国に来る前なら喜んで交渉を中止していたんだろうな」
 オーキナの提案には乗らない。リュンはそう言った旨の発言をしてが、その意味が少々気になる。
「何かこの国に来て考える事でもあったのかい? そんな殊勝な性格には思えなかったけどねえ」
「勿論俺は自分の利益を一番に考える。二番目は仲間の気持ちとか状態だな」
「この場合、二番目に数えられた事を喜ぶべきなんですかね」
 それとも、ぞんざいに扱われたと抗議すべきか。アイムは少し悩んだが、リュンにしてはまだまともな発言だったと納得する事にした。
「相棒の発言はともかくとして、この国の内情を知ればな。意地でもこの交渉を成功させたくなった」
 内情と言えば、黒い砂漠にまつわる話の事だろうか。いったい、この砂漠とリュンの利益とがどう関わってくるのか。
「もしかして、ランドファーマーの能力についてでしょうか?」
 リュンの言いたい事に気付いたのはセイリスだった。一方で、ランドファーマーの二人は自分達の事らしいのだが、リュンの真意を知る事はできない。
「地霊が見えたり、動かしたりする事を言ってるんですよね。トアト国とホウゼ国の交渉にどう関わって来るんですか?」
 ついつい首を傾げてしまう。自分は頭の回転が遅いのだろうかと不安になってくる。
「おいおい、もしかして婆さんも分からないのか?」
「そうさねえ。そこのお嬢ちゃんも気が付いているらしいから、分からない事は無いんだろうが……。あれかい? 地霊が見えるのランドファーマーの専売特許だから、商業圏を貰っても活かせないとか」
「違う……」
 こめかみを押さえるリュン。どうして気が付かないんだろうかと悩んでいる風であるが、こちらもどうして話してくれないんだとじれったくなっている。
「ランドファーマーの方々は、基本的に平和的な考え方なのだと思いますわ。自身の能力がもたらす物に対して、真っ先に罪の意識が生まれてしまい、別の考えに辿り着かない。これは美徳ですわね。本当に悪用しようとすれば好きなだけ、それ相応の被害を与えられますもの」
 心配そうにアイムとオーキナを見て話すセイリス。能力を悪用すると言うのはどう言う事か。
「土地の改善のために、また黒い砂漠を作ってしまうかもって事なら、心配ないと思うけど」
 ランドファーマーの多くが黒い砂漠を緑化しようと運動を続けている以上、同じ失敗を繰り返す可能性は無いと思いたい。
「この際、土地の改善に関しては余所に置いて下さい。問題はこれだけの広範囲を黒い砂漠に変えてしまえると言う事ですわ」
 そんな事をすれば、人が住めない土地が増えるだけだ。誰も得をしない能力の、何が重要なのか。
「余所から見れば恐ろしい能力だぞ? 何せ自分達の国土が奪われてしまうかもしれない能力なんだからな」
「国土を奪うって、そんな事をして何の得があるんですか」
「何の得も無いさ。ただ、相手に損を与える事ができる。それは十分に脅威だろ?」
 例えば人に危害を与える武器などもそうだ。価値有る物は何も生み出さないが、人と人との関係で有効な物だと考える者が居る限り、存在し続ける。
「アタシ達の能力を恐れる者が現れるって事かい?」
 オーキナもリュンの意図に気付き始めたらしい。彼がいったい何を危惧しているのか。
「トアト国は今、新たな食事文化を生み出す食料を求めている。そして都合の良い事に、隣国は農業大国として有名で、上手く行けば必要な物を調達してくれる国にもなる。まあ、ここまでは良いよな」
 リュンの言葉に頷くアイム。話に賛同したと言う訳でなく、単純に聞き入っているのだ。
「ここで食料を得るための交渉が決裂したとする。そこの婆さんが了承しなければそうなるだろう。すると、トアト国は次にどう出ると思う?」
「どうって、別の交渉人を送るか、または別の交渉相手を探すか……」
「いや、それより先に、どうして断られたのか疑問を覚えるはずだ。そして、次はとりあえずホウゼ国の調査を開始する。ホウゼ国は、トアト国が求める物を持つもっとも近い国だからな。別の交渉相手を探すよりも、交渉を再開させる事を選ぶだろうから、今後の情報を有利に進めるための情報も必要だろう」
 そして情報を集める中で、黒い砂漠についての興味を持つはずである。何故なら、ホウゼ国は農業生産能力を削ってまで砂漠を緑化しようとしている。建前上は、新たな農業地を得るためにやっているとの事なのだが、その真意は違う。
「種族で秘密にしている事ですから、バレる可能性は少ないですけれど、万が一と言う事も考えられますわね。そうしてもし、トアト国がランドファーマーの能力について知れば、どう思うのか……」
 セイリスは自分で話を続けている内に、怖くなってきたのか口を閉ざした。続きについてはなんとなく分かる。自国の国土を砂漠に変えてしまうような能力を持った種族が、隣国に住んでいるのだ、当然恐怖を覚える。
「隠された能力だと言うのが、より一層、恐怖を煽りたてるだろうな。なんで、あいつらはそんなとんでもない能力を隠し続けているのか。何かを企んでいるのでは無いか」
 濡れ衣であろうとも、想像を消す事は誰にも出来ない。隠している事は事実であり、その能力は危険な物である事は確かなのだから。
「さらに厄介なのは、トアト国には兵力がある事だ。この大陸の兵力を一手に率いるくらいのな。兵力を使って、相手に危害を加える様な事はさすがに無いと思いたいが、暴発ってのは予測が付かない事だからなあ」
 他者を攻める行為は本人の利益のためであり、行動に予測を付けやすい。しかし不安から来る暴力は自己防衛のためであり、何によって起こるかは予想が難しい。
 今回の件は後者に当たる。
「事は上手く治めるには、この国が今回の交渉を了解するしかないって事かね。まるで脅しだ」
「脅しだよ。二つの国が険悪な状況になれば、そこで利益を得ようと考えている俺にとっては大損害だ。言っただろう? 俺は自身の利益を第一に考えているってな」
 リュンの言動を聞いていると、まるでこちらが悪役になっている様な気がしてくる。実際、笑うリュンの姿は凶悪である。
「結局、自分達で籠っている内に、周りの状況が変化したって事なのかねえ」
「別に他国の事を気にしなかった訳でも無いと思うがな。実際、この国がなければ、大陸全土の食料事情が大きく変わるくらいに、影響力を持っているしな。しかし関係性なんていつでも変わる。今回がその時だっただけだろうさ」
 だから、この交渉を成立させようと話すリュン。まるでそれが正しい事だと言う風に話をするが、トアト国がホウゼ国に食料の融通を頼む事になった過程に、リュンも関わっているのだから、客観的に見れば無茶苦茶な事を言っていると感じる。まあそれを言うと、アイム自身も同罪なので何か喋るつもりは無いが。
「ふう、分かった。反対もあるだろうけれど、トアト国が望む食料輸出。考えて見ても良い。一応、アタシがまとめ役だからね、率先して意見を出せば、ある程度の融通はしてくれるだろうさ」
 こうしてトアト国とホウゼ国との交渉は成功へと向かう。少々強引な手ではあったが。アイムにとっても、自身の秘密をすべて話せて良かったと言ったところだろう。
「ところで、こっちが食料を用意するんだから、それなりの利益は期待して良いんだろうね。まさか、無償で食料生産をしろだなんて言われれば、さすがに無理だと返答するよ」
「あ、はい」
 交渉は成功へと向かう。しかしその道は、まだ始まったばかりなのであった。

 アイム達はトアト国とホウゼ国の交渉役だ。交渉は一度や二度で終わる物では無いのだから、当事者の一つであるアイム達は、この二国間をもう既に何往復もしていた。
「話し合いって、方針が決まれば、トントン拍子で決まって行く物じゃあ無いだね」
 かれこれ何日になるだろうか、とにかくこの二国間での行き来で、さすがに疲れて来たアイムはそんな愚痴をセイリスにこぼした。
「むしろ、方針が早く決まったからこそ、後詰めはしっかりとしたいと言う意思が感じますわね。ホウゼ国側にしてみれば、急に降って湧いた様な話ですもの」
 その降って湧かした原因であるリュンと言えば、交渉が難解になればなるほど、やる気を出している様子だった。
「事がどうするかの話じゃ無くて、どう交流して行くかの話になって来たからな。そりゃあ、話もこじれるし複雑にもなる。だがそれは、俺達が入り込む隙も多く出来るって事だ。一商人として、これ程遣り甲斐のある仕事は無いさ」
 リュンの元気が良いのはそれが理由だった。当初はトアト国に義理や恩を売ると考えての仕事だったが、今では二国間の問題に首を突っ込めるくらいには大きな仕事となっている。
 もし本当に上手く事を収める事ができれば、二つの国に、大きなコネを作る事が出来るだろうし、何より商人としての株も上がる。
 大金を稼いで故郷に豪邸を建てると言った彼の夢に、大きく一歩近づくのだから、やる気もそりゃあ出るだろう。
「ただ、こっちのモチベーションが問題ですね。交渉事には一切関わる事ができませんもん」
 専門知識を聞かれる時もあるが、かなり頻度は低い。ただ立って話を聞いているだけなのに、二つの国を往復しなければならないとなれば、愚痴を言いたくもなる。
「そうですわね。リュンさんは大変忙しそうですけれど……」
 立場的にはセイリスもアイムと同じである。少々弁が立つ部分もあるが、状況が複雑化すればするほど、口を出す機会は少なくなってきている。彼女も疲れてきている頃だろうか。
「そうだなあ。交渉もそろそろ煮詰まって来たから、後、一、二回でなんらかの結果は出るだろうから、それを目標にしてみたらどうだ? ゴールが決まっていれば、まだ行動しようとする気くらいは起こるだろう? それと……」
「それと、何です?」
 リュンは少し目線を逸らした後、再びこちらを向いた。
「お前達の旅の目的を、いい加減作っても良いんじゃないか? いつまでも旅自体が目的だったり、上司からの命令で、なんて目的で旅を続けていても、いつか飽きが来ると思うんだが」
 リュンはアイムとセイリスに向かい合う。彼は明確な目的があって、旅と商売を続けていた。どれもこれも自分のためであるが、理由が曖昧なアイムや、人から言われて始めたセイリスよりも、その意思は強固なのだろう。
 そしてリュンは、こちらにもその強い意思を持って欲しいと語りかけてくる。
「わたくしは、そうですわね。最初は確かに本国の純血教から、派遣される形でお二人に付き添いましたが……」
 今は違うと言いたげなセイリス。
「わたくし、お二人と旅をする内に、もっと世界には色々な価値観がある事知りました。わたくしは国家の在り方を考える純血教徒として、これを見過ごす訳には行きませんわ。だって、価値観の多様さを知ることで純血教はもっと大きな組織になれるでしょうから」
 実際の人物を崇めているらしい純血教は、その目的も、より良い国家運営と言う現実的な方針を目的としている。であるならば、旅を続けて、多様な価値観を知る事は得る物が多い行為なのかもしれない。
「ふむ。確かに明確な目的だな。こっちとしては、今も純血教に使われている立場ではあるから、一概に喜ぶ訳にも行かないが……」
 少々複雑な面持ちのリュン。セイリスがアイムとリュンの旅に付き合っているのは、彼らが純血教の後援を受けているからである。
 その影響はそれ程でも無いのだが、だからと言って気にしないで居られる程、小さな問題でも無かった。
「あら、それこそ旅商人として、リュンさんの腕の見せ所ですわ。関係性に問題を感じるのでしたら、交渉でどうにかしてください」
 これは、もう一度純血教の本部に顔を見せる必要があると心に決めたリュン。そうして話を元に戻すため、今度はアイムに話を聞く。
「アイム、お前はどうなんだ? これからも旅を続けて行くんだ。しっかりとした意思を持たないと、いつか挫けて諦める事になるかもしれないぞ」
 リュンはそう言うが、これまでもそれなりやってきたのだから、諦める事はそうそう無いと考えるアイム。それに、旅の目的であるが、実は最近出来たのである。
「旅行記を書こうと思うんです。色んな場所を旅した時、その場その場で感じた事を、そのまま書いた旅行記を」
 自身の旅の始まりは、まだ見ぬ何かを見つけようとした事からである。未だ自身の知らぬ事柄は多く、旅先で飽きを感じると言う事は無い。そうして知らぬ場所を知る事が出来た時の高揚は、アイムに旅を続ける活力を与えてくれた。
「旅先で何を感じて何を思ったか、最終的にそれを一冊の本にしてみたいと、そう思ったんです」
 きっかけは、ホウゼ国に来てからだ。この国の事は祖母から何度か聞かされてきた。そうして一度足を運びたいと考える様になり、実際に来れば、心に何か感じる物があった。
 聞かされていたはずの国で、自分は心を動かされていた。つまり自分はまだまだ知らぬ事が多いのだ。だからせめて、この心を書く旅行記を書きたい。そう強く思う様になったのだ。
「旅行記ねえ、文章に自信はあるのか?」
 面白そうにリュンはこちらを見ている。相棒が言い出した事に、興味が湧いたのだろう。
「いやあ、全然無いんですけどね。でも、僕みたいな種族が、旅をするだけでも珍しいじゃないですか。きっと、面白い物が書けると思うんです」
「種族を売りにするのですか? でしたら、それらしい題名にしなければなりませんわね」
 セイリスも話に乗って来た。案外、アイムが言い出した話は、良い案だったのかもしれない。ちょっとした思いつきで決めた目的であったが、今ではしっかりとした目標となった。
 これからも旅を続けて、その感動を一冊の本に綴ろうと思う。
「そうだね。題名は『ランドファーマー旅行記』なんてどうかな」
 旅はまだまだ続いて行く。


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