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作品名:ランドファーマー旅行記 作者:きーち

第36回   十でおしまい(2)
 朝早く起きるのは農家の癖。夜の早寝もそうなのだが、旅を続けるうちにその癖は抜けた。
 後に残ったのは、もう少し眠りたいのに起きてしまうと言う困った体質であった。ホウゼ国での夜は、結局あまり眠れなかったのだが、それでも日が出て直ぐの時間帯に起きた。
 もう一度眠り直すにも気分で無いので、ベッドから抜け出す事にする。別のベッドには、いつのまにかリュンが横になっていた。狭い部屋で眠れない彼は、部屋の外で休みながら、睡眠は本当に眠くなった時に、部屋に戻り少しだけ取る様にしているらしい。
 当然、落ち着かないのはそのままなので、眠る時間も短い。そんな彼が、珍しく部屋のベッドで眠っている以上、起こさない様に部屋を出た。
 部屋を出て広間に向かうと、同じランドファーマーだからか、オーキナも起きていた。同室だったからか、セイリスも起きている。
「あら、アイムさんも早いんですのね」
 意外そうにセイリスは話す。どちらかと言えばそれはこっちの台詞だった。別に朝早く起きる必要の無いセイリスが、既に活動を開始している事は少々珍しかったから。
「そっちこそ。何かあった?」
 てっきりオーキナにつられて起きたのかと思ったが、どうもそうでは無いらしい。
「ええ、オーキナさんから、今後の交渉について話がある様でしたので」
 昨夜話した、砂漠緑化の仕事だろう。
「この国の農業に関わる依頼なら、この国の事を知って貰わなくちゃ始まらないだろう? 今は提案に肯定できないが、もし何か感じる事があれば、考えて見ない事もないって言ったら、その気になってね」
 そう言う事になっているらしい。昨夜オーキナと話した理由とはまた違う様で、どっちが本当なのだろうか。
「交渉事を抜きにしても、砂漠の緑化作業には興味ありますわ。一見使えない土地を使える様にする技と言うのは、わたくし達の仕事にも関わってくる事だと思いません?」
 それは未開拓の土地を開いていく事にも似ていた。進展は遅く、目に見える形のでの利益は中々得られないなかもしれないが、結果を見れば、やはりそれをすべきだったと分かる。
 農業を売りにする以上、それを行える土地を作れるのも確かに必要な知識だろう。
「何にしても、大事な交渉相手の提案だから、無下にするってのもどうかと思うしね」
「おや、そんな理由でその仕事をされちゃあ迷惑だよ。もっと本気で取り掛かって貰う事が肝心なんだ」
 ランドファーマーとして経験を積む事。交渉相手の国を知る事。どちらにしても、本気でやらなくては身に付かない事である。
「とにかく、これでリュンさんの意見次第で、今日の予定は決まりかな」
「なら、さっそく仕事を始めるか?」
 リュンの声が聞こえた後、彼自身が広間へとやって来た。先ほどまで寝ていたはずだが、どうにも話し声で起きたらしい。起こさない様にした気遣いは無駄だったのかもしれない。
「リュンさんも、砂漠緑化の仕事には賛成ですの?」
 答えは決まっているのだろうが、一応の確認はして置くセイリス。
「仕方ないだろう。ただ、こっちが本気で仕事をしたのなら、交渉の続行を本当に考えてくれるんだろうな」
 ジロリとオーキナをリュンは睨む。心なしか目つきが悪いのは、寝起きであると言う理由もあるのかもしれない。
「それこそあんた達次第さ。交渉の続行なんて話なら、今も続いているって事なんだからね」
 そうして、これから行う砂漠緑化の仕事も、交渉の内であると言えるのだろう。

 今日も黒い砂漠は不気味にその姿を見せている。昨日と同じく晴れなのがせめてもの救いか。
「砂漠だから、雨もあまり降らないのか?」
 砂漠沿いに歩き続ける途中で、リュンはオーキナに尋ねる。
「降雨量は余所の土地とそう変わらないはずさ。じゃなけりゃあ、そもそも緑化なんて無理な話だ」
 人工の溜池はあるが、近くに大きな川は見えない。だから雨による水分が緑化に必要となって来るのだろう。
「でしたら、どうしてこの土地だけが砂漠化しているのでしょう」
 疑問符を浮かべるセイリスであるが、それに答えを知っているアイムは口を閉ざす。
「土地の事情は色々あるからね。ただアタシ達にとって重要なのは、この砂漠も、手を加えれば使える土地になるって事さ」
 足で黒い砂を払い飛ばす動作をオーキナはする。もちろんそれで砂漠が無くなったりはしない。
「それで? 今、砂漠の緑化をしているのはどこなんだ? 砂漠の境界あたりだと言うのは分かるが……」
 これだけの土地を緑化するのだから、国家的な事業のはずだ。その仕事場も、目に見える程の物だと思うのだが。
「そろそろ見えてくるはずさ。と言っても、そんなに立派な物じゃあ無いけどね」
 砂漠の山に隠れて見えなかったが、歩くにつれ、アイム達にも仕事場らしき物が見えてきた。
 掘立小屋が幾つか立ち並び、人が忙しなく動くそこが、砂漠緑化の仕事場であった。

「この子達が、今日ここに連れてきたボランティアさ。何時も通り、好きに使っておくれ」
 オーキナは仕事場に着くや否や、そこの監督らしき人物に近づき、アイム達を紹介した。
「相変わらず、婆さんは良く手伝いを連れてきてくれるな。助かってるよ」
 どうにも、アイム達と同じく砂漠緑化の仕事をさせられた者がこれまで居た様だ。
「婆さん、もしかして、会う奴全員に難癖付けて、この仕事を紹介しているんじゃ無いだろうな」
 先程からオーキナを睨みっぱなしのリュンであるが、その視線を気にも留めずオーキナは言葉を返す。
「はんっ! アタシに何か頼みに来たのなら、それ相応の誠意を見せて貰ってるだけさ」
 その誠意とやらが緑化の仕事なのだろうか。
「よし、お前ら。これから仕事の方法を教えてやるから、しっかりと聞いておけ。なあに、素人が一日だけでできる仕事だから、聞くだけなら簡単さ」
 現場監督は、大きな体を揺らして、笑顔で話し掛けてくる。確かに仕事の説明は簡単だろう。仕事場を見れば、ただひたすら荷物を単調に運び続ける作業者が居るからだ。
 要するに力仕事な訳である。

 仕事現場に必要なのは、水と土と植物の苗である。砂漠を緑化すると言っても、いきなり植物を植えた所ですぐに枯れてしまう。砂場は植物に必要な水をすぐに奪い取ってしまうし、何より栄養が無い。
 植物より前に、土づくりから始めなければならない。土もそこらから取って来た土を敷いても焼け石に水である。土の量より砂の量が大幅に多いのだ。時間が経てば、海に色水を流す様に万遍無く散らされ、その姿は無くなってしまう。
 なので、持ってくる土は粘性が強い物を用意し、砂漠に土が散らばらない様にする必要がある。砂漠の近くに粘性が強い土があるはずも無いので、結構な距離を運んでこなければならない。
「ツリストは長旅にも慣れてる様ですから、リュンさんでも大丈夫ですよ」
 土を運ぶ役はリュンにやって貰う事になった。作業内容は単純であるが、体力面で言えば一番辛い物であり、先程から不機嫌な様子を隠さないリュン。
「長旅と土運びは関係無いだろう? 近くにある土置き場から取ってくるだけで良いらしいが、それって、何往復もしなきゃならないって事だよな?」
 調達された土は、作業場の近くの物置へ大量に運び込まれており、それを仕事場まで運ばなければならない。遠くで土を掘り起こして、ここまで運搬すると言う仕事よりはまだマシなのだろうが、それでも厳しい物である事は変わらない。
「あはは。まあ、頑張ってください」
 これが仕事である以上、そう話すしかないアイム。それを分かっているからか、リュンは不貞腐れながらも仕事を始めた様だ。
 残ったアイムとセイリスであるが、勿論彼らにも仕事がある。
「水と土を混ぜるお仕事ですの? それはどの様な?」
 セイリスの言葉通りの仕事である。運ばれた土を水と混ぜて、水分をより多く含んだ土を作るのである。
 粘性を持った土は、多くの水を吸収する。乾燥しやすい砂漠で植物を植える土とするにはもってこいなのである。さらに混ぜる水には、土の栄養となる肥料を幾分から入れており、それによって、植物用の土を現場で作る訳だ。
「水の量にはちょっと注意が必要らしいね。少なければ意味が無いし、多ければ土が分解しちゃう。まあ、それ程難しい塩梅でも無いみたいだから、すぐ慣れるよ」
 実際、行われている作業はかなり大雑把な物で、運ばれた土を水の入ったタライに直接ぶち込んでいる者まで居た。
「アイムさんは、また別の仕事をするみたいですわね」
 アイムがするのは、出来上がった土を砂漠に配置し、植物の苗を植える仕事だ。これにはちょっとしたコツが必要であり、適した土の配置場所から植える苗の量まで、ちょっとした見極めが必要であり、農家としての経験を持ったアイムでないと難しい物であった。
「適材適所って事なんだろうね。重労働かもしれないけど、今日一日の事なんだし、お互い頑張ろう」
 セイリスとの話を早々に切り上げ、アイムも仕事を開始した。仕事は今日一日だけと言う事は、オーキナとの交渉を再開する上で、見せなければならないパフォーマンスも、今日一日だけしか期間が無いと言う事だった。手を抜く訳には行かないのである。

 アイムは仕事を続ける。太陽の光を砂漠の黒が取り込むからか、黒い砂漠はじっとりと熱く、額に滲む汗を拭う。
 本来この地方は湿気を良く含む多湿地域のはずで、そのせいか熱さへの不快感が増す。長袖の服を捲りたい気分が常に心中にあるものの、砂漠で肌を晒すのはあまりしない方が良いとの助言からそれもできない。
「もうそろそろ、日も落ちてくる時間帯かな」
 ふと空を見上げて、太陽の高さを量りながら言葉を呟く。ランドファーマーの独り言は地霊への話しかけである。本来、この砂漠に地霊は見られないが、土を違う場所から運んできているせいか、チラチラと見られる様になった。
 これらの地霊が土地へ完全に馴染んでしまえば、その場所は農業を行える土地となるのだろう。
「とは言っても、そうすぐ出来る訳でも無いか」
 砂漠に配置される土は砂漠全体から見れば少量しか無く、そこに居る地霊も少ない。それに、配置したところで、そこが必ず緑化する訳でも無いそうだ。百ヵ所に土を置き、その中で一つか二つが土地に馴染めば良い方らしい。
「地道で一歩一歩しか進めない作業かあ。ランドファーマー向きだよね」
 単調な作業が進むものの、アイムはそれを苦痛とまでは感じなかった。生まれる疲労も、アイムの作業を止める事は無い。これはランドファーマーとしての資質であろう。
 では、他の二人はどうなのか。彼らもアイムと同じく単純作業を繰り返しているのだろうが、残念ながらランドファーマーとは違う種族であり、そろそろ疲れと飽きから、手を止め掛けているのではないかと心配する。
「すみませーん、監督。ちょっと休憩しても良いですか?」
 少し様子を見に行こうと思い、現場を仕切る監督に声をかけると、あっさり頷いてくれた。仕事を始めてから、一切手を休めずに続けて来たからだろう。少しの時間、休憩くらいなら許可してくれる。
 少し歩いてまず目に映るのは、セイリスだった。彼女は運ばれてくる土と水を混ぜる作業に没頭していた。
 小さな体を大きく動かしながら、ひたすらにタライをかき混ぜる彼女の姿は、健気と言えば健気であった。
「あ……あら、アイムさん。休憩ですか?」
 アイムの接近に気付いたらしいセイリスは、顔をタライからアイムに向ける。その姿は疲労困憊と言った様子である。
「うん。日も落ちてくる頃だと思うし、丁度良いと思ってね。セイリスもそうした方が良いと思うけど……」
 仕事には緩急が必要だ。休まずに続けて居れば限界も近くなり、結局休み休み続けていた方が、効率が良くなる事だってある。
「わ、わたくしなら……別に……」
 息も絶え絶えで言われても説得力が無い。妙に生真面目な所がある彼女だから、きっと、自分の限界を感じて居ても、無理をして仕事を続けているのだろう。
「駄目駄目。倒れられたりしたら、結局周りに迷惑を掛けるんだから、疲れたなあと思えばそこで休むのも農業のコツの一つなんだよ」
 この仕事の単調さ、過酷さ、そして必要とされる技能の種類。どれもこれも、農業に似た物であった。この砂漠を緑化すると言う作業は、ランドファーマーにこそ向いているのかもしれない。
 まあ、砂漠を作った側が言える義理は無いのだろうが。
「そ、そうですか……。でしたら、申し訳無いですが……」
 そう話し、セイリスは手を休めた。ホッとしているのは周りで仕事をしていた者達だ。彼女自身は気が付いていないが、見ている側にとっては、何時セイリスが倒れるかと冷や冷やして居た事だろう。それくらい、セイリスの表情には疲労が見えていた。
「休む時は日陰でね。何か水も飲んだ方が良い」
 セイリスに肩を貸しながら、アイムは話す。セイリスの顔色が悪いのは疲労だけで無く、日射病による物もあるだろう。彼女の仕事場は、土に刺した木の棒の上に、屋根を付けただけの物であり、直接日は当たらないが、それでも日中、長時間居るのは辛い場所だろう。
「うう、皆さんはそれ程手を休めている様子は無いのに、わたくしだけ場を離れるのは、なんだか……」
「こう言う仕事で、ランドファーマーと自分を比べたら駄目だよ。単純作業を長時間続ける事が得意なのが売りなんだからさ」
 セイリスと休憩所まで付き添い、そこに敷かれた御座らしき場所に寝かせる。近くには給水所もある点を見ると、セイリスの様な症状になるのは他にも居る事が分かる。
「こうして見ると、ランドファーマーの皆さんは、仕事熱心ですのね」
 セイリスは寝転がりながら、周りを見る。休憩所に居るのはセイリスのアイムのみであり、他に人影は無かった。
「人に見られず休むのが上手いだけだよ。じゃなければ、ここに休憩所なんてあるもんか」
 事実、アイム自身、休みを取らずに仕事を続けるのは辛いのだ。
「はあ、そうであるば宜しいのですが……。いえ、良い事ではありませんわね」
 他人の無能力を期待するのは間違っていると考え直しているらしい。なんとも気難しい性格である。
「うーん。そう言えば、セイリスには話して無かったけど、僕達が他の種族に勝って農作業が上手いのは、実は裏技を使ってるからなんだけど、聞きたい?」
 良い機会なので、自分の秘密を話す事にした。と言っても、リュンが既に知っている事をセイリスに伝えるだけである。
 本当の秘密を話す決心は、まだついていない。
「なんですの? それは」
 興味を持ってくれて嬉しい。話を聞いている間は、彼女もじっくりと休めるだろう。
「ええっとね。実は僕達の目には………」

 話をしている内に、セイリスは目を閉じて寝てしまった。それくらい疲れていたのだろう。一応、種族としての秘密なのだから、しっかり聞いてくれていれば助かるのだが。
 まだ日は昇っている。リュンにも会いに行こうと思ったが、ちょっとの休憩にしては長すぎる事になる。セイリスの仕事場に、彼女が休んで寝ている事を伝えた後、自身の仕事場に戻る事にした。
 再び土配置と、苗植えの再開である。
「経験が無いにしては、君は随分と効率的に働くなあ。もしかして、故郷では一端に働いていたのか?」
 手を動かすアイムを観察していたらしい現場監督が、こちらに近づいて話しかけて来た。
「はい、国が持ってる土地を貸して貰って。シライ国では、農民に国有の土地を貸し出してるんです。だから、若くても仕事の機会が出来る」
 思えば、シライ国は人間の国であるが、ランドファーマーにとっても暮らしやすい国であった。
「だが意味は旅をしているのだろう? 良く土地を離れる気になったな。仕事が嫌になったのか?」
 現場監督は驚きと好奇心の表情を見せる。彼もランドファーマーだ。土地を離れる事に対する抵抗感を持っているのだろう。
「嫌になった訳でも無いし、不満を持ってた訳でも無いんですけれど……。考えてみれば、なんででしょうね。騙されたとか詐欺にあったとか言う表現が近いのかもしれない」
 単なる空想で終わるはずだった物が、ふらりと現れたツリストの口先によって、現実の物として感じられる様になった。だが、実際の旅をそれなりに辛い事もあり、空想は空想でしか無い事を知る。
「なんだそれは。将来が心配なら、ここで暮らしたらどうだ?」
 ランドファーマーの国は同族を快く迎え入れる。そう話す現場監督であるが、アイムは首を振る。
「あー、すみません。変な言い方をしたかもしれませんけど、旅をする事が嫌って訳でも無いんです。むしろ楽しんでるのかもしれない」
 あのまま農家を続けて居れば経験できなかった事に出会う事が出来た。それに出会うまでは辛いかもしれないが、楽しい事でもある。
「ふうん。旅ね。俺には分からん。やはり若くないと出来んものなのか……」
 顎を手で擦る現場監督の姿は、確かにもう中年も過ぎる頃合いだろう。
「僕も、若さに任せた暴走だと思う時もあるんですけどね」
 だが、それでも旅を続けられるのなら続けていたい。アイムはそう考えていた。

 日が落ち、光よりも闇が強くなる頃合い。仕事はここまでであると現場監督が宣言し、人々が散り散りに解散して行く。ここでの仕事は、アイム達の様にボランティアが多く、賃金を貰う者も、少ないそれで働いている。親切心や義務感だと言った理由での動機によってであろうが、それは、わざわざ残ってまで働く義理は無いと言う事でもあった。
「セイリスとリュンさんはどうしてるのかな?」
 セイリスはもしかしたら、まだ休憩室で休んでいるのかもしれない。小さな彼女の体では、なかなかに過酷な砂漠での仕事は、辛い物があるから。
 一方でリュンが働いている所は一度も見なかった。彼は要領が良いので上手くやっているとは思うが、今後の事を考えると、自分の目で彼の仕事振りを見てみたかった。
「とりあえず、休憩室まで行ってみるか」
 足をセイリスが居るかもしれない休憩室へ向けるが、そこに着くより早くセイリスと会った。なんと彼女は、仕事を再開していたのである。
「アイムさんは、もうお仕事は終わりましたの?」
 アイムの姿に気付き、セイリスは話し掛けて来た。彼女もどうやら自分の仕事を終わらせるつもりであるらしく、使っていた道具を直している。
「てっきり、休憩室で休んでるとばかり思ってたけど、体の方は大丈夫なの?」
「ええ、少し横にさせて頂いたところ、随分と気分が良くなりましたので。日が落ちて来た事もあるのでしょうが、今度はそれ程疲労せずに仕事ができましたわ」
 それは、たった一日の仕事で、環境に慣れ始めた逞しい事である。見た目にそぐわず、随分と逞しい事だ。エルフは環境に良く適応すると聞くが、その変化は案外早く起こるのかもしれない。
「リュンさんは見なかった? 土運びをしてたから、セイリスは会う機会があったと思うんだけど」
「午前頃は何度かこちらまで来ていましたけれど、わたくしが一度休憩して後は、見掛けませんでしたわ」
 彼の性格からして、何もせずにサボっていると言う事はあるまい。となると、途中でバテて体を休めているのかもしれない。
「休憩室でも見なかった?」
「ええ、そちらでもまったく。いったい、どうしたのでしょうか?」
 心配そうに話すセイリス。一方でアイムは心配する様な相手では無いと考えている。リュンの図太さは精神だけでなく、身体まで及んでいると思うのだ。
「こっちが考えている以上の事を偶にするからなあ。想像できないって言うのはこういう事を言うのかもしれないね」
 居ない者相手に、好きな事を話すアイム。まあ、居たとしても同じ事を言うつもりではある。
「とりあえず、リュンさんの仕事場まで向かいません? もしかすると、まだそこで何か仕事をしているのかもしれませんわ」
 他にアテが無い以上、そうするしかあるまい。見つからなくても、オーキナの家で待っていれば、あっさり帰ってくる来そうな彼だ、それほど必死に探す必要も無いだろう。

 土運びの仕事場は使う道具も運ぶ物も大げさであり、周りの仕事が終わり掛けていても、まだ後片付けを続けていた。
 土を運ぶ滑車はあちらの納屋に、ここまで運んだ土は乾かぬように布を掛けて置く。運ぶ先の仕事が終わり、余った土もこちらまで運ばなければならない。とにもかくにも、まだ人が大勢動いていた。
 一つ意外な事があったとすれば、その指揮を取っているのがリュンであったと言う点だ。
「何やってるんですか、リュンさん!」
 周りの者に指示を送りながら、動く者達の中心にリュンが居た。アイムの声に気付いてチラリとこちらを見るも、少し待っていてくれと言う手振りの後に、再び指揮を開始する。
 リュンの仕事が終わるのを待っていると、日はすっかり落ちる頃になっていた。
「いやあ、監督が急病らしくてな。中心人物が居ないせいか、仕事の効率が悪くて、見てられなかったんでつい」
 ついでその場を指揮しようなんて考えるのは彼くらいでは無かろうか。それに従う周りもどうかと思うが。
「そりゃあ、最初は若造が何言ってるんだって感じだったが、いざやってみると、結構型にはまってな。終わる頃にはみんな指示に従ってくれた」
 たった一日の仕事で現場監督になってしまう彼を、尊敬すれば良いのか呆れれば良いのか。
「そっちはどうだった? アイムはまあ、こう言った仕事には慣れてるだろう?」
「ええ、可も無く不可も無くって感じで。セイリスは……」
 横目でセイリスを見る。彼女が途中で休んでいた事は言うべきだろうか。そんな逡巡が頭を巡るが、すぐにセイリスは事の経緯を話した。
「慣れぬ仕事は、想像以上に体力を使いますわね。それが学べただけでも収穫です。それに、アイムさんから面白い話を聞きましたし」
 どうやら、しっかりとランドファーマーが地霊を見れると言う話を覚えていたらしい。
「地霊の件ですよリュンさん。いつまでも旅の仲間に黙っているのもなんだと思ったんで」
 もっと早く話しても良かったのだが、なんとなく話す機会を逃してしまって居た。
「ふうん。じゃあ、いちいち隠し事をしながら仕事を決めるなんて事はしなくて済むのか。そりゃあ良かった」
 どうにもリュンは、アイムの能力について、ある程度気にしてくれていたらしい。セイリスに話していないなら、自分がバラす訳にはいかないと考えて居たのだろう。
「農業関係の仕事では、絶対に役に立つ能力ですもの。出来れば、もっと早くから聞かせて頂きたかったですわ」
 少し怒っている様な口ぶりだが、表情も口調も別に不機嫌では無さそうだ。むしろ機嫌は良い方である。秘密を共有したつもりなのかもしれない。
「ランドファーマーなら、誰でも持ってる力だからね。誇る様な物でも無いんだよ。それでも、黙っていた事は謝る。それと、実はもう一度謝らなきゃならない事があるんだけど、とりあえず、オーキナさんの所へ戻ろうよ」
 アイムの言葉に首を傾げるのは、他の二人であった。もう一度謝る事とはなんだろう。困惑の視線をこちらに向ける二人を後目に、アイムは一人、秘密を話す決心をしたのである。


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