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作品名:ランドファーマー旅行記 作者:きーち

第34回   九つ目の要塞は不穏な空気(5)
「遂に完成したぞ。要望通り、この国の味を使った山芋料理だ」
 調理場にて、自信満々に腕を組みそんな事を言うトロスを見て、半信半疑なアイム達。所要時間は約半日。先程、諦めて料理を投げ出しかけてからなら一時間も経たないで完成したと言う事になり、本当に料理が出来たかどうか信じられないのだ。
「えっと、トロスさん。料理に関しては素人なんで良く分からないんですが、普通、料理と言うのは手間暇を掛けて作るもので、ほんの少しの時間で出来るとは思えないんですけど……」
 頭でも可笑しくなったんじゃないかとアイムは疑う。作る料理自体も新たな創作料理な訳で、そう簡単に出来ると信じる方が無茶だ。
「手間暇を掛ける。そう、それが一番の問題だったのだよ」
 トロスは話す。そもそも、癖の強い食材に手を加えると言う発想こそが間違いなのだと。
「料理としての方向がもう既にあるのなら、それをそのままにして置けば良い。出来る事と言えば、味付けをするくらいだな。トアト国風の味付けを」
 トロスは摩り下ろした山芋に、短い時間で作ったのであろう、トアト国らしい味付けをしたスープ状の物を掛ける。
「これは、複数の調味料を混ぜた物でな、非常に味が濃い。トアト国では、こう言った物で料理の味を整え、その料理人の味としてだすのだが、まあ、単品ではとてもでは無いが食せる物では無い。そこで、元々タンパクな味の山芋と混ぜる」
 それを摩り下ろした山芋に掛けた後は、それをかき混ぜて終了。
「ほれ、トアト国の味で山芋料理が出来たぞ」
 調理ボウルに入ったままの山芋をズイとこちらに差し出すトロス。
「おいおい、要するにこれは、アイムが言ってた山芋料理そのままって事か!?」
 摩り下ろした山芋に、濃い味付けをして食べると言うのは、山芋料理としては既に存在しており、それをそっくりそのまま作っただけになる。
「そう、その通り。既に完成した料理があるのなら、それをこの国風にアレンジしてしまえば良かったのだ」
 胸を張るトロスだが、それは要するに、わざわざトロスに頼まなくても良かったと言う事でもある。
「簡単に作れるのなら、それに越した事は無いんですけどね……。だけど、それそのままって言うのは、なんだかなあ」
 頭を掻いて、ぼんやりと呟くアイム。これをこの国に流行らすと言うのも、なんだか釈然としない気持ちになる。
「まあ、待て。確かにこれ単体でも料理だが、実はもう一工夫できる」
 人差し指をピンと立て、トロスは一を表現する。
「工夫ですの? その割には、工夫をするための料理が見当たりませんわ」
 セイリスはきょろきょろと周りを見渡すも、山芋料理に使うらしき物はどこにも無い。
「それはそうだ。わざわざ用意する物でも無いからな」
「一応、僕らはその料理を確認する側なんですから、用意して貰わなきゃ困るんですけど……」
 見てもいない物を、仕事の成果とする訳には行かない。商人としてそれを忘れたら、仕事など出来なくなってしまう。
「ふうむ。なら、ちょっと待っていてくれないか? そちらを用意するのには、もう少し時間が掛かるんだ」
 結局、ちゃんとした料理として出すには時間が掛かる様だ。安心すれば良いのか、最初から用意して置けと怒れば良いのか分からない気分のまま、アイム達は食堂にて再び時間を潰す事になった。

 こんどこそ完成したとトロスが食堂に料理を持ってきたのはさらに一時間程経過した後だった。
 食堂には幾つかの料理が並んでいるが、青菜のサラダ、麦パン、米、魚の切り身など、まったく統一性の無い物である。さらに問題がもう一つ。
「どれも山芋と関係無いじゃないですか」
 それらの料理には、山芋のやの字も見当たらない物である。と言うより、どれも食材単体で作ったらしき物である。
「当然だ。さっきも言った通り、山芋料理としてはこれが完成なんだからな」
 トロスは少し前に見たばかりの山芋の磨り下ろしを入れたボオルを持ち出し、それを食卓に置く。ボオルには山芋を取り出しやすいよう、大き目のスプーンが付いていた。
「でしたら、この食卓に並ぶ料理は一体?」
 首を傾げて料理を見るが、さっぱり分からないと言った風のセイリス。
「付け合せだ!」
 何を偉そうに言うのかと思えば、そんな事を叫ぶトロス。そんな物に時間を掛けていたと言うのか。
「あのですね、僕らが知りたいのは山芋料理であって……」
「なるほど、付け合せか、良い考え化もしれない」
「て、ええっ!」
 呆れながら、トロスに文句を言おうとしたアイムを遮って、感心した様子でリュンが頷く。この料理のどこに、感心する程の物があるのか。
「つまり、こう言う事だろ?」
 リュンはボオルに入った山芋の磨り下ろしをスプーンで掬うと、それを麦パンに掛け、そのまま食す。
「うーん。良い味してると思うが、食感具合が人を選ぶな。パンとの相性は並みか……」
 山芋を掛けたパンを一口食べて飲み込んだ後、料理に関して批評を始めるリュン。
「あの、えっと、そうやって食べるんですか?」
 困惑を隠せず、かと言って黙っている訳にも行かず、自身の困惑を口にする。
「うむ。要はぶっかけ料理と言う奴だ。一番単純かつ身近で、さらにそこそこ味が美味い。この山芋と言う食材、どうにもそう言った物に向いている」
 リュンが気付いてくれた事を嬉しそうに見ながらトロスは首を縦に振る。
「料理に対する、卵の様な位置づけでしょうか?」
 セイリスの言葉は、確かに的を射ていた。それ単品としても十分な食材だが、別の様々な料理との相性が良く、違う味を引き出してくれる。山芋を使った料理とはそう言う物だとセイリスは言いたいのだろう。
「まさにそうだ。これの良い所は、食材自体の味は殆ど無い点だな。ただそこに掛けた調味料の味を、単純に食せるくらいに薄めてくれる。この国の味付けは、そのまま料理に掛けても、味が濃すぎて食べられた物では無いのだよ。山芋はそれを可能にしてくれる繋ぎと言う奴だな」
 山芋自体の調理は簡単なので、それこそ片手間で凝った料理に出来るのも良い傾向だと言う。食堂で働く者にとって、新しいメニューを作る際、大量に作れる事が前提となるからだ。
「問題は、いったいどう言った料理と合わせるべきかだろうな。さすがに何にでも漬けて食べる訳にも行かない」
 考え込むのはリュンである。食材の山芋は、育てやすい作物であり、その調理方法も簡単だ。これは恐らくリュンにとって満足できる物であろう。次に彼が求める物は、それをどうやって流行らすべきかである。
「山芋と相性の良い料理を見つけないと行けませんよね。一応、こう、ズラッと並んでますけど」
 アイムは食卓に並ぶ料理を見る。これらは、トロスが考える山芋に合いそうな料理なのだろう。
「実際に食べてみて、判断するしかあるまい。料理を作ったわたしが評価する訳にも行かんから、君らがすべきなんだろうが……」
 言いよどむトロス。こちらに何か問題でもあるらしい。
「わたくし達はトアト国の者では無いですから、この国で好かれる味を判断できませんわね……」
 そう言えばそうだ。トアト国内で料理を流行らさなければならない以上、トアト国の者が満足できる料理でなければならない。
 だが、ここに居るトアト国人はトロスのみであり、唯一の知り合いと言えばフラルカくらいだが、彼女は元々他国の者だ。
「どうしましょうか。どこからか連れてくると言ってもアテが」
 アイムの言葉を遮る様に、食堂の扉が開いた。扉の向こうから入って来たのは、アイムが見たことのある人物だった。
「仕事で少し遅れてしまったが、まだ料理は出しているかな?」
 どうやら食堂へ、遅れた昼食を行いに来た客らしい人物は、アイムを山芋の売っていた店まで案内してくれた男であるカールだった。
「あ、あの時の兵士長さん」
 偶然も偶然だったので、つい話しかけるアイム。
「おお、君はアイム君だったか。後ろの二人は、話していた商人仲間かな?」
 リュンとセイリスを珍しそうに眺めるカール。要塞外部の者が、要塞の食堂に居る事への興味からだろう。
「知り合いか? アイム」
 突然見知らぬ人物と話し出したアイムを見て、リュンはその相手について聞く。
「いやあ、食材探しを手伝ってくれた人でして」
 カールがこの要塞の兵士長である事も続けて話す。
「ふうん。カールさん、少し聞きたいんだが」
 アイムの紹介を聞き、今度はカールに向かってリュンは話す。
「うん? 何かな? これから食事を始めるところなんだが……」
 昼食時を逃したカールは、すぐにでも料理を頼みたいらしい。
「昼食がまだだと言う事は、腹は空いていると考えて良いんだよな?」
「それはまあ、その通りだが」
 問いの意味が分からず戸惑うカールを無視して、リュンは問い掛けを続ける。
「ところでカールさんはこの国出身者かな?」
「うん。生まれも育ちも、トアト国民だ」
 リュンは嬉しそうに笑う。まるで、獲物を見つけた猛禽類のごとく。
「みんな、良い試食担当が見つかったぞ」

「……う、うう。確かに昼食を頼んだが、この量を注文した覚えは……」
 食卓に突っ伏して呻いているカールを尻目に、リュンとトロスは話を続けていた。
「米との相性が良いらしいな。新種のサラダみたいな物か?」
「大陸北部出身者以外は、米を野菜だと思う物だが、こっちでは主食だ。お前さんがパンに山芋を掛けたのと同じ感覚だよ」
 話し合うのは、カールが今まで試食を続けて採点をした、山芋とその他の料理との相性である。
「お二人とも、それよりまず、カールさんに感謝するべきじゃあありませんの? 大丈夫ですか?」
 セイリスはどこからかコップに水を入れて来て、カールがうつむく机へと置く。
「ああ、ありがとうお嬢さん。いったい何をしているのかと思えば、新メニュー作りとは……。それがフラルカの依頼かな?」
「ええ、はい。そうです」
 正確には違うのだが、一応、アイムは頷いて置く。
「彼女は元々、大陸西側出身だからなあ。この国の料理は不満があったのだろうか。意外に食いしん坊なのか」
 しみじみとそんな事を言うカール。別にフラルカだけの依頼では無いのであるが、これも誤解を誤解のままで置いた方が良いと言う判断で、訂正はしない。フラルカには、食い意地が張っていると言う不名誉を、あえて被って貰おう。
「で、どうでした? 色々食べて貰いましたけど、美味しかったですか?」
 結局、美味で無ければ料理を流行らす事など不可能だ。
「うん。まあまあ食べれたよ」
 返答は、可も無く不可も無くと言った物。いささか拍子抜けであった。
「まあまあですか? 無茶苦茶美味しかったとか、歌いたくなるほど気分が良くなったとかで無く?」
 前者はともかく、後者は可笑しな薬を入れない限り難しい反応である。
「うん。そこまでじゃあ無かったかな。いや、でも、飽きの来ない味ではあったよ」
 だから、試食を最後まで行う事が出来たと答えるカール。彼自身の人の好さもあるのだろうが、確かにカールは、食卓に並んでいた料理群すべてを舌で味わっていた。
「ふむ。もしかしたら上手く成果を残せたのかもしれないな」
 カールの感想は、リュンにとって合格点と呼べる物だったらしい。
「そんなに美味しく無かったそうですよ?」
「いや、美味しかった事は美味しかったさ。ただ、これまで食べた料理の中で、トップに躍り出る程では無かったってだけでね」
 アイムが山芋料理を卑下するのに気を使ってか、カールは後から自分の感想について弁解する。
「不味くは無かったんだろ? だったら良いさ。それよりも、飽きない味だったってのは確かか?」
 どうにもリュンは、カールの言った飽きの来ない味と言う言葉を気にしている様だ。
「そこはもう満点を上げても良いくらいだったね。明日似た様な食事でも、文句は無いくらいさ。この量は勘弁して欲しいけど」
 毎日、そんな量を食べて居れば、体を壊すか肥満体質になってしまう。そうなれば、この要塞で兵士長なんて職を務める事が出来なくなるので勘弁して欲しい。そう言って、カールは腹をさすった。
「飽きが来ない事こそ重要だ。案外この料理、思いもよらぬ流行り方をするかもしれないぞ?」
 ニヤリと笑うリュンを見て、当初は良く分かって居なかったアイム。リュンの発言の意味をアイムが知るのは、今日より二週間程経ったトアト国での事である。

 山芋料理は当初、要塞内の食堂にて出されるのみであった。新メニューが出来たと言う告知と共に供されたそれは、正直それほど人気の料理では無い。見た目が受け付けない者も居た。
 だが、特に宣伝などはしていないと言うのに、日を追う毎に注文される数が多くなって来る。注文した人物は別に、特別美味しそうに食べている訳でも無いのだが、それでも口コミで広まっているそうだ。
 なんでも、今日何を頼むか決めて居ないのなら、とりあえずそれを頼めば良い。そんな内容である。
 一週間程して、要塞外にも山芋料理を出す店が現れた。調理方法が思いの外簡単であるとの情報が広まったらしい。実際、山芋一本用意するだけで、後はその店の味付けをすれば良いのだから、これ程簡単な物は無い。
 だがそんな山芋料理の勢いが、突然止まる。それが丁度二週間を経過した時の事であった。
「輸入していた山芋の在庫切れだそうです。暫くは、どこの店も山芋料理なんて出せませんよ」
 アイムが現況を話すのは、例によってフラルカの仕事部屋である。依頼通り、山芋料理を流行らす事は一応できたので、その報告も兼ねての事だ。
 ちなみに、この報告は定期的に行っており、そこで行われる今後の方針が、山芋料理が流行る一因にもなっている。要するに、この二週間、アイム達が隠れて噂を流していたと言う事である。
「頑張った甲斐はありましたわね。料理自体も悪く無い出来だったからこその成果ですわ」
 手を合わせて喜ぶセイリス。彼女は今日まで、山芋料理についての情報を、要塞外へ広める作業をしていた。
 人の集まる場所で、怪しまれない程度に料理の情報を漏らす演技をしなければならず、結構な苦労だったらしい。見た目が小さく、人畜無害そうな彼女だから上手くできたと言える。
「そうね。品切れが始まって、あの作物をどうすれば手に入れる事が出来るのかって言う要望が少しづつだけど出てきている。ここで上手く立ち回れば、農業をこの国に広める事が出来るわ」
 依頼人であるフラルカも満足そうだった。これなら、仕事の対価も期待できるかもしれない。
「その件なんだが、本気で出来ると思っているのか?」
 場の空気に水を差すのはリュンだった。彼は何時になく真剣な表情でフラルカを見つめている。
「何言ってるのよ。今回の仕事を提案したのはあなたでしょう? いまさら無理だなんて言わないでちょうだい」
 フラルカの言葉はもっともである。ここまで来て、やっぱりそんな事は出来ないと言われては、今までの苦労は何になる。
「農業を広める事は出来るだろうさ。だけど、それも程度の問題だ。実際、どこまでを望んでいる? まさか、この国に混乱を呼び込みたいなんて考えている訳でも無いんだろう?」
 リュンは、この国と農業の関係について話している。農業は、この国にとって良く無い状況を作り出すと言う事を。
「そう言う話を持ち出してくると言う事は、こっちの真意も分かっているんでしょうね。わたし達が求めるのは、要塞内における、食事の改善。贅沢な事を言っているし、なんでも無い様な悩みに聞こえるでしょうけど、訓練を行う上でトアト国出身者と他国出身者で成果が大きく違っている事を知れば、そうも言ってられないと思うわ」
 美味いと感じ無い料理では、明日の士気も落ちてくるのだろう。訓練を施し、一端の兵士として育てなければならない要塞としては、大きな問題なのかもしれない。
「後、さっきの質問にも答えて置くわね。勿論よ。他国出身者のわたしだって、この場所には愛着がある。無用の争いなんて、起こす気はこれっぽっちも無い。無用でなければ別だけど……」
「どういう事ですか?」
 状況が物騒に成って来た。肌でその事を感じるアイム。
「愛着を感じているのはトアト国そのものじゃなく、要塞にって事だろ。要塞の利益になる事なら、トアト国にとって損になる事でもする可能性がある」
 そしてその一つが、農業をトアト国に広めようとする事。
「そうね。わたし自身、恩や義理を感じているのは、要塞に対してであって、トアト国じゃあ無い。でも、トアト国あっての要塞だもの。出来る事なら両者を立てて置きたい」
 それはまるで、フラルカ自身、農業を広めても良いのかどうかを決めかねている様だった。
「客観的に見れば、山芋を自国で栽培する程度の事でしたら、別に他国に影響を及ぼす事は無いと思いますの」
 部屋に備え付けられた窓から、外の風景を見て、そんな事をセイリスは話す。例えばここから見える景色に山芋を植えたとして、それが他国に悪印象を与えると言う事はあるまい。
「ですが、それ以上を望む場合は別です。複数の作物を育てようとしたり、栽培範囲を広げようとするのならば、必ず、いらぬ詮索を他国から受ける事になりますわ」
 そうして疑いが敵意に変わってしまえば、真実はどうであれ、事態は取り替えしのつかない状況になると語る。
「問題はそこよね。あなたは要塞内での山芋栽培だけなら大丈夫と言うけれど、それだって本当にどうなるかは分からない。自国で農業を始めるだけで、他国から批判が来るかもしれないし、案外、本格的に始めても、それほどの反応は無いかもしれない」
 それは目隠しで道を進むような物だ。目的地は近く、なんの迷いも無く行き着く可能性もあれば、ただでさえ複雑な道を危険な方法で進んでいる場合もある。共通しているのは、両者とも、向こう見ずな行為であると言う点か。
「まさに程度の問題ね。どこまでが良くて、どこまでが悪いかが分からない」
 悩みどころはそこだとフラルカは溜息を吐く。農業を広めようとする者がフラルカだけでは無いのだとしたら、どの程度農業を進めるか、その意見は分かれる事になるだろう。つまり、間違った道を直走る者が現れないとも限らないのだ。
「なんだか、農業を始めようとする事自体が悪い事になっているのが嫌な感じですね」
 トアト国に居る間、常々考えてきた事を、今ここで口に出すアイム。
「事の根が深いからそう感じる。無理矢理引っ張りだそうとして、根ごと折ってしまうってなら、それは間違い無く悪い事だな」
「だったらどうすれば良いんですか。諦めたって、問題が解決しないのなら、何の意味も無いですよ」
 リュンらしくない態度についアイムは反発してしまう。諦めが悪いのが、本来の彼なのだから。
「状況を整理してみよう。まずフラルカ、君たちの依頼は、要塞内の料理事情の改善で良いんだな?」
「ええ、そうよ。農業導入はそのための一手ってところかしら」
 リュンの質問に頷くフラルカ。
「でだ、セイリス。農業を導入する事によって依頼内容を解決出来たとして、そのメリットは、農業導入によって起こるデメリットを超えると思うか?」
 要するに損得の問題だ。単純な足し引きでは無いのだろうが、損より得が多ければ、その行為には意味がある。
「要塞内部の事情には詳しく無いので責任は持てませんが、正直、一国が傾きかねない行為と、一組織の士気の問題では、比べようもありませんわ」
 つまり農業導入は止した方が世の中のためと言う事だ。
「結局、にっちもさっちも上手く行かないって事じゃ無いですか。で、どうするんです?」
「どうもしない。この国で農業を始めるのなんて無理だ」
「え、その、え?」
 とうとう無茶苦茶な結論に達したらしいリュンを見て、意味が分からなくなるのはアイムだけでは無い。依頼者であるフラルカも声を上げる。
「ちょっと待ちなさいよ! ここまで来て、全部放り出す気? そんな事をするのなら、こっちだって、然るべき対応をさせて貰うわよ」
 その対応とやらがどんな物か分からないが、アイム達にとって碌な事にはならないのは予想できる。
「放り出すとは言ってない。ただ、この国で解決なんて無理だと言っている」
「同じ事じゃない。ここで解決しないで、どこで仕事を達成できるのよ」
 鼻息を荒げるフラルカに対して、リュンはいっさい動じず話を続けて行く。
「勿論違う国でだ。そもそも、農業をトアト国に持ち込んだ場合、他国との関係が悪化すると言う状況があるのだがら、トアト国内だけで解決しようとするのが無茶なんだ」
 事の問題が、一つの国で収まらないのなら、問題への対応も一国で収まる訳が無い。リュンは続ける。
「質問するぞ、アイム。この国で俺達が今までした仕事の結果、状況はどうなっている?」
 突然話を振られて戸惑うアイムだが、回らぬ頭をなんとか回して考え出す。
「当初考えて居た農業を始める雰囲気作りと言うのは、みんな興味の段階でしょうね。どちらかと言えば、自国に無い料理を知って、そっちへの欲求が高まっていると思います」
 リュンはアイムの言葉を聞いて頷く。どうやら、彼が満足できる答えを話せたようだ。
「本来ならここで、農業を始めれば、多様な食文化がトアト国に芽生えるかもしれないと煽るところだが、そうも行かない農業問題についての事情が。この国にはある。となれば、次に目を向けるのはトアト国以外への視点だ」
「トアト国外……。他国に農業問題への解決を頼むと言う事でしょうか」
 複雑そうな表情をするセイリス。一国の問題を他国に解決を頼むと言うのは、難しい事なのだろう。
「無理ね。そもそも、作物事情をすべて他国に任せているから、今の状況があるのよ? 何の解決にもならない」
 他国からの輸入によって食糧事情を賄うから、そこから作られる料理も、味付け重視の飽きが来る物となってしまう。
「特定の作物を、安定して輸入出来るのなら、その問題だって変ってくるとは思わないか?」
 ここからが、自身の案だとばかりに笑い始めるリュン。
「それも無理。だって………」
「だって? なんだ? 昔からそうだったからとでも言いたいみたいじゃないか。そうだ、そこが重要なんだよ」
 リュンは人差し指をフラルカに向ける。随分と失礼な態度だとアイムは思ったが、リュンの勢いによって注意もできない。
「この国は誕生当初から傭兵国家として、他国に食料を依存していた。そこには遠慮があるんだ。こちらから輸入する食料に注文を付けないなんて物がな。だから、料理も作物に頼らない物になったんだろ? だけど本来なら、もっと他国に文句を言うべきなんだ。この国は傭兵を他国に輸出する。その際は、兵力を持つ事に対する配慮を他国に欠かさない。これじゃあ、こっちの一方損じゃないか」
 この国の歪な構造はそこであるとリュンは話す。
「自国で食料を生産しない事だって、状況をしれば不自然な事じゃあ無い。持ちつ持たれつ。そう言う関係はむしろ納得できる物だ。それでも違和感を感じるのは、何故かトアト国が、他国に遠慮ばかりしているからだ。自国で食料生産をしない。そこだけを守れば、こっちにこそ、注文を付ける権利があるんじゃないのか?」
 他国から安定した食料供給を。トアト国が、他国とのバランスを気にして食料を自給できないのなら、それを発言する権利は確かにある。
「でも、何の根拠も無くそんな注文を言ったって、向こうが聞き入れてくれるかどうか……」
 不安げなその言葉と裏腹に、フラルカは口元に手を当てて何やら思考を始めている。
「そのための布石として、俺達の仕事がある。俺達はいざとなれば自国で食料生産を始めかねない。そう言う脅しが出来る雰囲気作りができただろう?」
 なんて事だ。いつのまにか、トアト国に農業を広めると言う仕事は、他国を脅す材料作りとなっていたのだ。
「それは……もしかしたら上手く行くかも……。でも、注文を付けるにしたって、どことすれば良いのか。それに交渉役も探さなきゃ」
 もう状況は、どうやって事を進めて行くか。それを考える段階まで来ている様だ。
「注文を付ける相手は、この国の北側に丁度良い国があるだろう? 農業で成り立つ国だ。トアト国も、随分とその国から食料を購入していると思うが」
 その国はアイムも知っている。名前は前から知っていたし、場所は最近リュンに聞いた。
「ホウゼ国ですわね。他国に輸出できるくらい、作物に関しては余裕がありますから、注文を付けたとしても、聞き入れてくれる可能性は有りますの」
 ホウゼ国。ランドファーマーの国。アイムが一度行ってみたいと考えて居た国だ。
「そして、交渉役に関してだが……」
「勿論、僕たちがします。農業やこの国の事情、要塞からの依頼。すべて、交渉に使えるくらいに知識があるのは僕たちですよね。僕はランドファーマーです。ホウゼ国もランドファーマーの国だ。その事も、交渉を有利に進める材料にはなりませんか?」
 アイムは視線を強くフラルカに向ける。ホウゼ国に向かいたいと言う自身の欲求と、仕事への義務感。その二つが合わさってこその視線であった。
「時間を……。時間を頂戴。わたしの一存では決められない事よ。それは分かるでしょう?」
 フラルカはそう言うが、彼女自身の意思は決まっている様子だった。もし彼女が自らの意思を通す事が出来たのなら、アイム達はホウゼ国に向かう事になる。それはもう予想でも予感でも無く、事実と言えるのだ。

 トアト国からホウゼ国は隣国だけあって、数日で辿りつける。トアト国の宿で、そんな話をするアイム達であるが、皮算用などでは無い。もう既に要塞から、ホウゼ国との交渉を行って欲しいとの依頼を請け負っていたからだ。
「ランドファーマーの国ですか。なんだか楽しみだと思ったら、不謹慎ですかね」
「別に良いんじゃないか? そこまで真面目な仕事でも無いだろう」
 旅を続け、根を下ろさないふら付いた仕事だ。仕事の合間に楽しんだところで、何の問題があるのかとリュンは話す。
「ふふ、それに二つの国にまたがる大きな仕事と言うのも、面白くなってきたと言えますわ」
 前にも、二国間の問題を解決する依頼はあったが、今回はその内の一国に、より深く関わっての依頼である。それに対する見返りは期待しても良いだろう。
「勿論、失敗したらその責任も重いんでしょうけれど」
「始まる前から失敗を気にしても仕方無いだろう? それよりも、今日でトアト国を離れるんだ。何か遣り残した事でも探したらどうだ?」
 宿の部屋も、今日以降は借りていない。旅の準備ももう出来ていた。
「無いですよ。今はただ、ホウゼ国へ向かう気持ちしかありませんからね」
 力強くアイムは話す。その足取りも同じく強い。その強さには、実はリュンにもセイリスにも隠しているある一つの理由があった。
 自身が隠している秘密を話す。それにはランドファーマーの国である、ホウゼ国が一番良い。その気持ちが、アイムの意思を強くしているのだった。


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