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作品名:ランドファーマー旅行記 作者:きーち

第33回   九つ目の要塞は不穏な空気(4)
 要塞は、今日もその物々しい姿を平和な世の中に知らしめている。苔むした石壁に、遠くを見通せる高く大きな塔。その中で行われているのが、単なる職業教習である事を知れば、この外観がいかに無駄な姿であるかが分かってしまう。
 だが、今のアイムの心境は少々違う。どうにもこの要塞。それなりの陰謀が渦巻いている様な気がしてならないからだ。
「話す内容は、知り合いに調理の得意な人物が居ないかだけでしたっけ?」
 さすがに面と向かって、一体何を企んでいるかなどと聞けるはずも無い。
「そんな感じだな。出来るだけ、相手から話を引き出させる努力はするが……」
 リュンにとってはそちらが本題なのだろうが、迂闊に聞けないジレンマを感じている様だ。
「今回もリュンさんが交渉をしますの?」
 交渉こそがリュンの役割。セイリスの問いは、単なる確認なのだろう。
「そのつもりだが、お前たちも積極的に交渉へ参加して欲しい」
 その提案は意外と言えば意外であった。交渉事に関しては、セイリスはどうか知らないが、アイムは苦手である。余計な事を話し、足を引っ張りかねない甘さがあるのだ。
 当然、長い付き合いのあるリュンは、十分にアイムの性質を分かっているはずなのだが。
「絶対、場にそぐわない事を口走りますよ。それでも良いんですか!?」
 注意すれば大丈夫と言った話では無い。ランドファーマーらしい、のほほんとした性格のアイムは、リュンとは根本的に思考の仕方が違うのである。
「わたくしも、フラルカさんがお相手でしたら、力不足を否めませんわ」
 アイムから見れば、セイリスにも交渉力はあると思うのだが、どうにも彼女は控えめだ。
 同じ女性として、より大人らしいフラルカに引け目を感じているのかもと思うのは失礼か。
「別に、仕事の交渉に関して手伝って欲しい訳じゃあ無いんだ。相手から、仕事以外の情報を聞き出したいってのが本音でね。なら、むしろ本題から脱線する様な話題を振ってくれそうな、お前らが会話に入って貰って方が、そう成りやすいだろう?」
 それは褒めているのやら貶しているのやら。まあでも、確かにアイムには脱線しがちな話し方をしてしまう事があった。
「交渉の場に不確定要素が混じれば混じるほど、向こうが何かを漏らす可能性が出てくる。一方でこっちは、仕事の裏に関して疑っている姿さえ見せなければ良いんだから、注意に関しては簡単だ」
 だと良いのだが。アイムは交渉事に参加する事になり、久しぶりに緊張してくるのだった。

「ふうん。これで何か料理を作れる料理人を紹介して欲しいねえ」
 フラルカの仕事部屋にて、仕事の交渉を始めたアイム達。これからの方針について伝える上で、流行させる予定の作物である山芋を手渡してある。
「見た目が凄く地味なんだけど……。本当に大丈夫なの?」
 疑わし気な目線でこちらを見てくるフラルカ。
「見た目で判断するなんて、農業を分かってない証拠ですよ! 人が良く食べる作物の殆どは地味な外見をしているんです! 小麦だって、豊作な時は金色の畑なんて呼ばれますけど、どちらかと言えば黄土色で……」
 別に話を脱線させても良いとの許可を得ているので、フラルカの一言にイラッと来たアイムはお構いなしに話を飛ばす。
「ええっと……。あの、ごめんなさいね。何か琴線に触る事を言っちゃったみたいで」
 戸惑うフラルカであるが、アイムでは無くリュンを見て謝る。だがその視線には謝罪では無く、なんで止めないのと言った感情が込められている。
「この熱意には色々と助かる物があるのさ。そりゃあこの場では不必要な物かもしれんがね」
 フラルカの睨みを受け流し、素知らぬ顔で話を止めようとしないリュン。このまま場を荒らすつもりらしい。
「ああ、もう、分かったわよ。要塞の食堂に二、三人調理人が居るから、紹介すれば良いのでしょう?」
 フラルカはこのままでは交渉に収拾が付かないと考えて、こちらの要求をそのまま飲もうとする。だが、このまま終わってしまえば、彼女らの裏を知る事は出来ないままだ。
「その調理人の方々は、腕の方は確かですの?」
 セイリスはなんとかして話を引き延ばそうとする。出来る限り違和感の無い内容で。
「そうねえ。もう知っているかもしれないけれど、この国の料理人は、食材の調理より、味付けを優先しがちだから、正直不安な面はあるわ」
 それについては既に知っている。しかし、話が再び明後日の方を向き始めた以上、引き伸ばしのチャンスが生まれたと言っても良い。
「大丈夫なのか? 今回の仕事では、料理が上手くできるかどうかで成否が決まるんだぞ」
「でも仕様が無いじゃない。ちゃんとした料理が出来る人が居れば、そっちを雇っているわよ」
 わざわざ商人を雇う事も無い。そう言いたいのだろうが、そもそも今の仕事を提案したのはリュンなので、それは通らない。
「……つまりこの国には、腕の立つ料理人が居ないのか?」
 何かが気になったのか、リュンは口に手を当て、少し考えた後、フラルカに尋ねる。
「だから味付けに関しては、ちゃんと売り物になる物を出しているわ。ただ、食材がなんであれ、似た様な味になるのが問題だけれど」
「つまり飽きが来る?」
 どうにもリュンはトアト国の料理人に興味を持った様だ。リュンの興味は、そのまま仕事に関わってくる事が多い。
「そうなのよ。いつ食べても同じ味で。どうしてこの国の人ってそれで満足できるのかしら。仕事を用意してくれるのは助かるけれど、楽しみが減れば……。ごめんなさい…なんでも無いわ」
 なにやら感情が昂ったらしく、らしくない態度で会話を続けるフラルカ。
「ふーん。そう言えば、要塞には他国から来る奴も多いんだったか」
「そうだけれど、それが何か? 言っておくけど、食堂で働く料理人はこの国出身者よ」
 リュンはフラルカの言葉に満足気な表情をする。何かに気付いたのだろうか。
「いや、味付けに関してはこの国の好みで行きたいから、それでも構わない。さっそくだが紹介してくれないか?」
 話を引き延ばすと言っていたリュンだが、ここで終わりにする様だ。今までの会話で、何か聞き出したい情報を得たのかもしれない。
「わかったわ。調理だって、食堂でやった方が手っ取り早しでしょう? 案内するから、付いて来てちょうだい」
 今まで仕事机の椅子に座っていたフラルカは立ち上がり、扉へと向かう。しかし気が進まないのか、その足取りは重かった。

 要塞内で働く者、教習を受ける者、それらの数はなかなかに多く、彼らの食事を提供する場所も、人数に合わせて大きい。
「調理場も、詳しくは分かりませんけど立派みたいですね」
 そこかしこに並ぶ調理器具と、食材や調味料。農具が素人に判別できぬように、アイムには並ぶ器具類がどれだけの物かは分からないが、それでも、一通りの料理ならできてしまいそうな数が存在する。
「調理場自体に広さがあるのも助かりますわ。いろいろ実験する上で、本来のお仕事の邪魔になってしまったら困りますし」
 セイリスは、アイム達が流行させる料理を考える間、料理人達の邪魔にならぬかどうかが心配であったらしい。
 どうせ仕事を行う上で、料理人一人を貸してもらうのだから、邪魔になる事には変わりないと思うのだが。
「それで、フラルカさん。私に彼らの手伝いをしろと?」
 迷惑そうにフラルカを見るのは、ここの料理人の一人でエルフのトロス。白混じりの髭を生やした中年の男性で、この仕事を始めて二十年以上のベテランらしい。
「そうなのよ。申し訳ないけどトロスさん。この商人の方と一緒に、新メニューを考えてくれないかしら」
 フラルカが料理人に手伝って貰う際、トアト国で流行させる料理を考えてくれと頼む訳にも行かず、食堂の新メニューを考えると言う名目で料理人を呼んでいた。
「そうは言いますがね、こちらとしては現状でも精一杯やってますから、そうそう別の料理なんて……」
 自分の仕事もあるから、頼みを断りたいと言った態度をみせるトロス。
「別に本格的に食堂で出して貰う訳でも無いんだ。あくまで、こう言った物が作れるって所を見せて貰いたいんでね。今日一日だけでも、なんとか、頼む」
 今度、頭を下げたのはリュンであった。今回の仕事は料理人の助けが不可欠な状況であり、なんとしても協力を頼みたいのだろう。
「うーむ。時間を掛けぬと言うのなら、手を貸せなくも無いが……」
 基本的に、人は下手に出られる事に慣れて居ない。交渉事に慣れているなら、上手く対応が出来るが、そうでなければ、案外頼みを聞いてくれるのだ。
「それで十分だ。助かる。とりあえず、使う食材についてはもう決めて居るんだが、大丈夫だろうか」
 調理場には既に使う予定の山芋が幾つか運び込まれており、リュンはそれを見る。
「食材ね……。まあ、余程変わった物じゃ無ければ、それなりの味に仕上げて見せよう」
 自信はある様子のトロス。結構変わった食材なのだが、大丈夫だろうか。それに、他の料理と同じ味付けにされては、流行する料理にはならないと思うのだが。
「一応、この作物がどう言う物か、説明した方が良いですか?」
 見かねてアイムが口を出す。料理が作り出せない事になれば、困るのはこちらなのだ。
「うん? まあ、知っていると言うのなら、教えてもらいたいが」
「じゃあ、とりあえず、どんな食べ方をするのかを説明しますね」
 アイムとトロスがお互い話を始める。違う部門とは言え、専門家同士、気の合う部分もあるのだろう。
「あー、長くなりそうなら、ここを離れても良いかしら。まだ別の仕事が残っているのよね」
 暫くアイム達と共に調理場に居たフラルカであるが、やる事も無い様子から、おずおずと手を上げて話す。
「そうですわね。これはわたくし達がフラルカさんに頼まれた仕事ですもの。フラルカさんは、結果を待って下さるだけで宜しいですわ」
 セイリスの返事を聞き、困った事があれば何時でも相談してくれと言葉を残して、フラルカは調理場を去って行った。

「無理だ無理! 俺にはとてもじゃ無いが、これで美味い料理は作れん!」
 フラルカが去った食堂で、暫く手持ち無沙汰にしていたアイム達に、そんな叫びが耳に入る。
「どうしたんですか? さっきまではそれなりの料理を作れるって言ってたじゃないですか」
 叫ぶトロスに真っ先に声を掛けたのはアイムであった。トロスに山芋について説明する中で、彼が自信たっぷりに料理人としての腕を誇っていた姿を見ていたアイムには、直ぐに諦めた様な声を出すトロスに疑問なのだ。
「味自体は癖が無いから大丈夫だと思ったが、この粘り気は予想外だ。見て見ろ」
 トロスが指差す先には、金属の調理ボウルに摩り下ろされた山芋が入っている。山芋は、そこからなんとか調理に入ろうとして、突き立てられたすり鉢にべったりとくっ付いていた。
「すり鉢が立つ程の粘性だぞ? これでそのまま料理なんてしてみろ、食感だけで味を変えてしまう」
 トアト国の料理は味付けが命であり、どの様に味付けをしても、その食感で料理の味を変える山芋は、上手く調理する事は出来ないと続けるトロス。
「とにかく、トアト国風の料理は無理だな。他国の料理についても、多少は知っているから、そちらの方面で活かす事を許可して貰いたいが」
「それは駄目だ。なんとしても、トアト国の味付けで作って貰う」
 トロスの提案を拒否したのはリュンである。
「この国であまり知られていない食材を、この国の好みに合う様に作ることが重要なんだ。余所の国の味で作ったところで、単なる外国の料理で終わるだろ。そもそも、トアト国の料理人として料理作りを頼んだんだ。付け焼刃の他国料理なら、他にも頼める奴は幾らでもいる」
 まるで挑発する様な勢いで喋るリュン。当然、その言葉に顔を赤くするのはトロスである。
「随分な言い草じゃ無いか。さっきまでは頭まで下げて料理作れと頼んできたくせに」
 話し方はなんとか怒りを抑えつけているが、何時それが破裂するか分からないと言った風に肩を震わせている。
「頼んだのはトアト国の料理人だからな。それを放棄するつもりなら、こんな話し方にもなる。なあ、この食材がこの国の味に合わないのは分かる。どう見たって癖の強そうな見た目だからな」
 ネバネバとすり鉢に粘りつく山芋を見るリュン。リュン自身、これが美味い料理になるとは実は思っていない。だが、相棒のアイムが勧める以上、自身の判断よりも優先する事であり、それを信じてリュンは交渉を続けていた。
「俺は料理人じゃ無いからな、どれだけ難しい事か十分には理解できないが、料理人のあんたが諦める以上、確かに困難な事なんだろうさ。それを承知で、もう一度頼む。俺の頭じゃあどれだけ螺子繰り回しても、良い料理なんて浮かばないんだ。今はトアト国の料理人であるあんただけが頼れる相手なのを理解して欲しい」
 再び頭を下げて、リュンはトロスの力を借りようとした。
「そ、そこまで言われちゃあ仕方ないな。良いだろう。もう一度やってみるさ」
 リュンの言葉を聞き、トロスはもう一度やる気になった様だ。
 その様子を傍から見ていたアイムにとっては、とんだ茶番に見えてしまった。まず相手を煽る事から入り、その後に態度を軟化させつつ仕事を指示する。相手は煽りによって生まれた怒りの矛先を失い、指示された仕事への熱意に変えるしか無くなる。
 要するにこれは、諦めかけたトロスにもう一度仕事を再開させるための交渉なのだ。結果はトロスが料理作りを始めたことを見ると成功と言えるだろう。
「……そもそも生食できる食い物なんだ。無理して手を加える必要は無いかもしれない……」
 ぶつぶつと山芋を見て考え事を始めたトロスを見て、この場に何時までも居た所で意味が無いと判断し、アイムは調理場を出た。リュンも後に続く。
 調理場の外は食堂であり、その席の一つにセイリスが座っている。
「あら、お話は終わりましたの?」
 食堂にはフラルカ以外の人影はあまり見当たらない。時間は昼過ぎであり、暫く前は賑わっていたが、それが終われば、夕食までの時間は閑古鳥が鳴く。
「なんとか元気を出してくれたみたいだよ。リュンさんが上手く煽ってくれた」
 後ろに居るリュンを見て話す。先程までの自信たっぷりな様子とは裏腹に、どうにも浮かない顔をしている。
「あの料理人、本当に大丈夫だと思うか? 弱音を吐くにしても、早すぎると思うんだが」
 リュンはどうやら、トロスが本当にやる気を出したかどうかが心配な様だ。
「職人気質ですからねえ。その時のモチベーションに寄りますよ。多分、リュンさんの説得は成功したんじゃないですかね」
 調理室を出る時に見たトロスは、料理になんらかの工夫をしようと頭を働かせていた。何か手が思いついたのかもしれない。
「だと言いんだがな」
 あまり信用できないと言った態度を隠さないリュン。まあ、結局はトロスが出す結果次第なのだから、文句も言うまい。
「それにしてもリュンさん、本格的に仕事を行う事にしたみたいですわね」
「うん?」
 いつも仕事に関しては本気のはずだが、どうにもセイリスは今回のリュンの行動に疑問を持っている様子だ。
「ほら、料理作りを応援すると言う事は、積極的に仕事を成功させるつもりなのでしょう? 今日の朝までは、農業をこの国に流行らせる事に及び腰でしたから……」
 セイリスの言葉を聞き、そう言えばそうだったと思い出すアイム。農業がこの国に流行ると言う事は、この国の安定を崩しかねない事であり、依頼者側の意思が分からない限り、本格的に仕事に取り組めない状況だったはずだ。
「と言う事は、フラルカさんがどうして仕事を依頼してきたか、分かったって事ですか?」
 リュンが仕事にやる気を出したのはそう言う理由があるはずだ。
「まあな。推測の域は出ないが、恐らく正しいと思う」
 直接聞いた訳では無いのだから、それが当たり前だ。だがそれでも、疑惑を捨てて、仕事に本気を出すくらいには信用できる物なのだろう。
「いったいそれはなんですの?」
 まるでなぞなぞの答えを聞きたがる子供と言った様子で、リュンに迫るセイリス。心情としてはアイムも同じだった。
「ここだよ。この食堂が答えだ」
 リュンは地面を指差す。食堂こそが答えだと言っているが、それでは本当になぞなぞでは無いか。
「一からちゃんと教えてくださいよ。いきなりそんな事言われても、理解できないって分かっててやってるでしょ」
「まあな。すまんすまん。そう怒るな。俺も答えに気付いたのは、今日、フラルカと話してからだ。あの時、フラルカが自分の感情を吐露した瞬間を覚えているか?」
 そのフラルカとの会話が、そもそも話を脱線させて、相手の考えを聞き出す事が目的であった。そして、フラルカがその話を脱線させた時と言えば……。
「この国の料理に文句を言った時ですね」
 会話自体が短い物であったので、なんとか覚えていた。彼女は確か、この国の料理はどれも同じ味で、飽きてしまうと言ったのだ。
「こっちは確信に近いと思うんだが、彼女はこの国の出身者じゃ無いんだろうな。そもそもこの要塞には仕事探しに来ていたと言っていたし、トアト国民なら、料理の味に飽きるなんて事は無いだろう?」
 故郷の味と言うのは、飽きとは別の場所にある。味がどうとか見た目がこうだとか言う話では無く、生活の一部になっているのだ。腹が減った時に食事をする事と、その味にこだわる事は別の事なのだろう。
「それでもこの国の料理に不満があるのでしたら、それはつまり、他国出身者だと予想できますわね」
 彼女はトアト国の出身者では無く、そしてこの国の食事に不満を持っている。そこから導き出される事はただ一つ。
「彼女の目的は、この国に新しい食事文化を根付かせる事。俺達は農業を流行らせるために、新しい料理を作ろうとしているが、案外、近道をしていて、相手の望む事をしているのかもしれないな」
 これは予期していた事では無い。単なる偶然である。だが運が向いて来たと言う事でもある。あとは仕事に対して全力を尽くせば、運を掴む事も不可能では無い。
「でも、それってフラルカさんが、私心で動いてるって事ですか? この要塞とは関係無く」
 であるならば、運を掴んだところで手に入るのはフラルカの信頼程度か。なんとなく割に合わない気がする。
「それは違うと思いますわ。フラルカさんは自分の事を仕事の窓口みたいな物と仰っていましたし、他にも、この国に新しい食文化が生まれる事を望んでいる方々が居るのでしょう」
「そうだな。これも予想だが、この要塞には他国出身者が多いんじゃないかな。職業教習所の意味合いが強い場所だし、職を求める奴はどこにでも居る。つまり、あの女兵士長と同じ不満を持つ者が、要塞内に多く居ると言う事だ」
 ならば、その不満を持っている人物達が今回の仕事の依頼者なのだろうか。
「その要塞内にたくさん居るであろう、食事事情に文句がある人達は、どうして面と向かって、もっと違う物を食べたいと言わないんでしょうか」
 不満があるのならば、外部から来た商人に頼まないで、まず自分達で解決してみせたらどうなのだ。仕事を請け負った自分を棚に上げて、そんな事を考えるアイム。
「食事の向上を要求すれば、それはこの国の食料自給に関する問題に触れかねないからな。おいそれと文句も言えないんだろう。それに、フラルカを通して俺達に依頼したのは、直接不満を持っている人物じゃあ無いと思う」
「あれ、違うんですか? てっきり」
 と言うより、直接不満を持っていない人物が依頼するのはどう言う事だろうか。
「食事に不満を持っている人員が増えると言うのは、要塞内の士気が低下すると言う事だ。士気の低下は訓練効率の低下に繋がるからな、そうなって困るのは、職業訓練で儲けてる要塞自体だろ?」
 つまりアイム達の依頼者は、要塞の経営を行っている者の一部と言う事になる。
「じゃあ、今回の仕事を成功させれば、要塞とのコネが出来るかもしれない訳ですね!」
 そうなれば、アイム達の商売にも良い結果となるだろう。要塞が持つ商業圏の一部が手に入る可能性もある。
 アイムはつい喜ばしい気分になり、食堂の机を両手で叩いてしまった。
「いや、まだ弱いな。この予想が正しければ、まだ俺達は依頼者と直接会っていないと言う事だろう? この仕事の成功で、依頼者を引きずり出して、直接、また別の仕事を請け負ってやろう」
 随分とらしい雰囲気になってきたと、リュンは彼らしい笑みを浮かべる。今回はその笑みに不快感を覚えず、アイムは同じく今後の予想を楽しんだ。
「あの、少し宜しいでしょうか?」
 そんな二人にセイリスは冷静な表情で話し掛けてきた。
「うん? 何?」
「まだ、この仕事が上手く行くかは分からないのですから、そう喜んでもいられないと思うのですが」
 確かにその通りだった。取らぬ狸のなんとやらと言う奴を、まさか実践してしまうとは思いも寄らなかった事である。
「そうだなあ。あの料理人次第って事だから、正直、不安と言えば不安か……」
 先程までの笑みを消して、真剣な表情に戻るリュン。それはそれで失礼な事だと思うのだが。
「それでも、トロスさんが考え込み始めて暫く経ちますね。そろそろ何かを思いついて、料理を始めてる頃じゃないかと……」
「出来た! 出来たぞー!」
 調理室からトロスの叫びが食堂まで響いたのは、丁度、一同がトロスの事を気にし始めた頃の事であった。


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