楽な仕事が無い様に、手軽に育てられる作物などありはしない。農家に育て易い作物は無いかと聞けば、そう答えが返ってくる事が多いだろう。それは確かに本当だし、自分の育てた作物は苦労を重ねた物だと言う自負がある。 だが、真実はもう少し違っている。殆ど手を掛けず育てられる作物と言うのは存在するのだ。売り物になる様な作物は楽に作れないと言うだけであり、個人で育てる限りに置いては、気が向いた時に水を掛ける程度で成長してくれる物が多く存在するのである。 それもこれも、やはり農家がいかに楽をするかと言う努力をし続けた結果なのだが。
「手軽な作物。麦や芋に、この地方は米も主食だから、多分、品種改良もされてて育て易いんだろうけど……」 アイムは一人トアト国の道を歩きながら、手軽で育てられ、料理もし易い作物を探す。とは言っても、農業後進国であるこの国では、既に出来上がった作物が店屋に並ぶのみであり、その作物が本当はどの様な場所でどの様に育ったかが分からない。 「殆どが輸入物なんだよなあ。店売りで安く大量に売っていても、それがどれだけの物か分からなきゃあ、手軽に育てられるなんて言えないよなあ」 恐らく殆どの作物は北方にある農業立国のホウゼ国からの輸入物だと思われる。つまり、作物の量や値段はホウゼ国側に事情によって決まる訳で、アイムが気に入った作物が、本当にアイムの目的に合った物であるかを、トアト国側からでは判断し難いのだ。 「いっその事、農具を買った輸入品屋にもう一度行ってみるのも良いかな。もうちょっと分かり易い物が置いてあるかもしれないし」 さらに言うのなら、ホウゼ国に直接足を運びたい気分である。もし丁度良い作物が見つからなければ、リュンに相談してみるのも良いだろう。 「それも、トアト国内で出来る限りの事をした後だけどねえ」 ランドファーマーの癖である独り言で愚痴を嘆きながら、アテも特になく歩くアイムは、本当に成果を出せるのかと言う不安の中に居た。 そのせいだろうか、前方が不確認になってしまったらしく、アイムは人にぶつかってしまった。 「わっ!」「おっと」 ぶつかった相手と同時に声を上げて、その場でバランスを崩す。なんとか倒れずに済んだが、相手はどうだろうか。 アイムがぶつかった相手は、アイムより体が大きく体格も良い男性である。男はアイムよりも慌てた様子も無く、その場に立っていた。 「す、すみません。ちょっと考え事をしながら歩いてて」 相手が無事であろうとも、ぶつかったのは自分なので、頭を下げて謝るアイム。 「ああ、別になんとも無いし、そんなに謝らなくても良いよ。君こそ大丈夫……あれ?」 男はアイムの謝罪に言葉を返そうとして、首を傾げる。どうにもアイムの顔に見覚えがあるらしい。 「君、何度か要塞に顔を出さなかったかい?」 詳しく聞いてみると、男は要塞で働いているらしく、要塞に出入りしていたアイム達の顔を覚えていたとの事である。 「確かにこれまで二度程、要塞に出向きましたけど。要塞に出入りする人全部を覚えているんですか?」 「いや、商人が要塞関係者に会いたがっていると言う話を事前に聞いていてね。そうしてやってきた商人が君たちだから、見覚えがあったと言う訳さ」 要塞に来る人物は、職業訓練にやってくる者や、それらの雇い主が殆どであるから、商人が商売にやってくるのは珍しいらしい。 「要塞関係者なら、名乗って置いた方が良いですよね。ランドファーマーのアイムです。一応、旅商人をしています」 といっても交渉事など、商人らしい事をしているのは他の二人だが。 「アイムくんか。良し、覚えた。俺の名前はカール、あの要塞で兵士長をしている」 「兵士長って、そう言えばフラルカさんもそうだった様な」 兵士長と言う立場は、要塞内で何人かいるらしく、こうやって別の兵士長に会う事もあるだろう。 「フラルカ? 最近、色々と忙しそうにしていると思ったら、そうか、君たちを招待したのは彼女か」 なにやら合点がいった風に頷くカール。要塞内と言う狭い社会だ。顔見知りなのだろう。 「まあ、こっちから売り込んだんですけどね」 わざわざ他国の商人の伝手を頼って要塞に紹介して貰ったのはアイムだ。 「その割に彼女は積極的に動いていたと思うが……。まあいい、君たちが要塞に雇われているのなら、俺達は一時的に同僚関係と言う訳だ。君は何かを探している様だったけど、なんなら手伝って上げようか。君よりはこの国の事を知っているつもりだよ」 さすがにそこまでして貰うのは申し訳ない。それに要塞内で農業を流行させようとしている以上、自分達がやる事を要塞内の人物に話すのも問題だ。流行だれかの意図が含まれていると知れたら、それは流行では無くなってしまう。 「あー、えーと。どうしようかな。そうだ! この近くで農作物とかを多く売っている店を知りませんか? ランドファーマーとして、この国の作物に興味があるんです」 こう言って置けば、仕事とは関係ないと思わす事ができるし、そこらにある店では無く、もっと専門店に近い物を紹介してくれる可能性が高い。 「作物かい? 悪いけど、この国では農業がそんなに盛んじゃあ無いんだ。今晩のおかずを探す程度ならともかく、ランドファーマーの興味を満たす物は……。そうだ、最近、北方のホウゼ国から、商品を大量に輸入した店がある。そこに紹介してあげよう」 どうやら、カールはすっかりアイムを案内する気でいる様だ。人が良いのか、空気を読めないのか。自分の仕事をバラさない様に、尚且つ怪しまれずに店まで案内して貰うには、少々気を遣いそうであった。
「農業があまり発展して居ないと言っても、食事文化はあるみたいですわね」 場面はトアト国の情報を集めるリュンとセイリスに移る。彼らはトアト国内の宿や酒場を巡り、どの様な食事をトアト国民は好んでいるからを探っている途中である。 「そりゃあ、好き嫌いの問題だからな。文化が生まれる瞬間は、個人の趣向が社会に反映された時だ」 ただし社会が個人の物で無い以上、反映された趣向は個人としての物より集団としての物となり、有り方を変化させる。 例えば今いる酒場で出されたこの野菜炒めだ。昼は昼食屋になるらしいこの店で、一番良く注文される料理らしく、人気のメニューなのかと気になってリュンたちも注文した。 だがこの野菜炒め、野菜の味がまったくしない。非常に濃い味付けがされており、野菜自体はこの味付けを野菜炒めと表現するための材料に過ぎないのだ。 個人的な趣向で言えば、もっと野菜の味を引き立たせて欲しいだったり、もっと薄味が良いと言った物があるのだろうが、トアト国と言う社会に置いては、食材自体の味よりも、料理による味付けが優先される。むしろ食材自体の味を潰すために、それ以上の濃い風味を付けようとする。 これがこの酒場だけの料理方法であるならば個人の趣向のままなのだが、これまで立ち寄った店の多くがこの酒場と似た様な料理を出している以上、これはトアト国の社会が持つ趣向と言える。 では何故、この様な料理が好まれているかと言えば、 「国独自の食材ってのが無いからこんな料理になる。農業どころか、畜産まで輸入頼みなら、安定した食材ってのが無いんだ。だから味付けで自国の味を出そうとする」 これまで店を周って来て、トアト国の趣向と言う物が明確に見えてきたリュン達。後はこの国に向いていそうな作物を探しているアイムと、今後の方針を擦り合わせるだけである。 「文化にまで関係してくる程に自国で食料生産をしていらっしゃらないのは異常な事ですわ」 自国で自国の食料を生産するのは当たり前の事である。むしろ、国民に食べさせる食料を自前で用意出来る力があってこそ、国家と呼べるのでは無かろうか。 「そうだなあ。だが、この国に限っては仕方の無い事でもあるだろうさ」 トアト国が自国で食料を生産しようとしない理由。それはもちろんトアト国自体に原因がある。 「そうであるならば、どうしてフラルカさんは農業を振興しようとしているのでしょうか」 「そこだよ。今回の仕事。何か裏が有りそうでずっと気になっている」 トアト国にはトアト国自体が決めたルールがある。それをあえて破ろうとするフラルカには、まだ自分達に話さない意図があると言う事だ。 では、そもそもトアト国が食料を自給しないのはいったいどうしてなのか。それは……。
「トアト国は傭兵国家だから、作物を自給できると言うのは好まれていないんだよ」 ホウゼ国の作物を輸入したと聞く店へと向かう道で、カールはトアト国について話す。アイムが農業に興味を持っていると知っての親切心からだろう。 「傭兵国家と作物を自給できない事って何か関係があるんですか?」 なにやら力説しているカールだが、アイムの頭では理解に難しかった。 「うーん。何と言えば良いのか……。トアト国が他国に傭兵を派遣しているのは知っているかい?」 「それはこの前に聞きました。要塞はそのための教習所みたいな物だとも」 要塞を見ようと少し首を回すが、進む道とは反対側にあるため、結局見る事は出来ずに首を元に戻した。 「なら話は早い。大陸の兵力をトアト国が一手に握っていると言う構造は、他国にとって兵力維持を自国で行わずに済むと言うメリットがある訳だけど、それ以上のデメリットが存在している。何かわかるかい?」 自国で兵士を訓練しないのは、兵力を他国任せにする事でもある。 「それはつまり、国同士が喧嘩をした場合、トアト国が一方的に勝っちゃうって事ですか?」 「その通り。今は大陸に戦争なんか無いけれど、物騒な世の中になれば成る程、トアト国にとっては好ましい状況になる。なにせ混乱を収めるのに一番効果的なのは兵力だ」 そうして起こった混乱を収めてしまえば、後に残るのはトアト国が牛耳る世の中と言う訳だ。 「何か怖いですね。トアト国ってそんな事を裏で画策してたりするんでしょうか」 「まさか、俺達だって平和な世の中が好きだよ。わざわざ好き好んで混乱を起こす奴なんて、真っ先に社会から弾きだされるのはどこも一緒だろう?」 確かにカールは兵士長と言う肩書に反して、温厚そうな雰囲気を持っている。まあ、彼の本心まではアイムも分からないが。 「だけど、やっぱり疑っちゃいますよ。実は裏で世界征服を企んでいたりとか」 「うん。まあ、そうなんだよね。だから、農業をあえて他国頼みにしている」 そうして農業の話に繋がる。ここまで来れば、アイムでも何故トアト国で農業が発展しなかったのかを理解出来る様になった。 「兵隊って、体を良く動かすからお腹が空きますもんね。なのに食べ物を他国頼みにしてたら、碌に戦争なんてできませんよ」 つまり、トアト国が大陸の兵力を握っている状況に合わせて、他国もトアト国の弱点を握っているのである。 「持ちつ持たれつの関係を作ったと言う事さ。お互いがお互いに依存していれば、喧嘩なんてしようと思わないだろう?」 一つの国がそんな状況はどうかと思うが、血を流すよりはマシなのだろう。なんとなく、トアト国の現状についても分かって来たアイム。 「複雑な関係だなあ。なんで、そんな状況になったんですか? 最初から傭兵国家だった訳じゃ無いんでしょう?」 兵力を持つために、農業を捨てるなどと言う状況は、マトモな状態だとは思えないのは、アイムが農家だからだろうか。 「ところが、最初からこの国は傭兵国家だったのさ。かつて、この大陸は一つの大きな帝国が治めていたと言う昔話がある」 「ああ、それ、聞いた事があります。それで、トアト国はその帝国の時代に、別の大陸からやってきた蛮族を撃退したとか」 聞いたのはリュンだったかセイリスだったか。とにかく、カールの昔話にアイムは聞き覚えがあった。 「正確には当時この場所にあった要塞とそこの兵士達がだよ。当時、大陸は統一されていたのだから、トアト国は国では無く、一つの地方だったんだ。そして地方だった頃から、ここは兵士達を育成する場が要塞だった」 そしてトアト国が国になった現在も、その文化は受け継がれている。 「昔から兵士を育成していたから、それを生かす傭兵国家に変わったって事ですか。だからって農業文化が育たなかったのは可笑しくないですか?」 「一つの国としてはそうだけどね、だけど一地方だった時から、食糧事情に関しては、他の地方からの配給で賄っていたと言う背景もあった。農業や畜産がこの国で根付かなかったのは、そう言った文化も一緒に国として成長してきたからだよ」 トアト国の農業事情が、国として可笑しな外観を持っていたとしても、建国当初からその構造だったのであれば矛盾は無くなる。何故ならそこに住む人々自身が、トアト国の現状を理解しているからだ。 「あれ? じゃあなんで……」 アイムが考えたのは自分の仕事についてだ。いくら可笑しな外観をしていても、この国は今、上手く回っている。人材を育成し、他国に売り込み、一方で大陸一の兵力を抱える危険性は、他国に対して食糧事情を依存する事で、一応の解決をしているのだ。 ならば何故、自分は農業をこの国に流行させるなどと言う仕事をしているのだろうか。勿論、それはフラルカに依頼されたからだ。フラルカはこの国の農業を発展させる事が狙い。それはいったい何を意図しての事か……。 「うん? 俺の話に何か疑問でもあったかい?」 カールは首を傾げるアイムを見て、自分の話を十分に理解していないのだと判断したらしい。であれば、隠し事をせずに済みそうだ。 彼の同僚が、何故かこの国のバランスを崩そうと画策しているなど、どう誤魔化せば良いか、アイムには分からないのだから。
一通りの作物を見て回り、幾つかアテを付けた後、アイムは部屋を借りた宿へと戻った。カールとは紹介された店に着いた時点で別れている。 丁度同じ頃、リュン達も戻って来たらしく、とりあえず夕食でも始めないかと誘ったのだが、何故か食べる気になれないと断られ、その場で仕事の話をする事になった。 「仕事の話なら、要塞の休憩室を借りれるんですから、そこですれば良いじゃ無いですか」 手狭ではあったが、話し合いをするには丁度良い場所だ。一方で今居る宿の部屋は、広さはあるが、ベッドが二つ並んでおり、あまり仕事をする雰囲気では無い。 一応、別に部屋を借りているセイリスも居るので、そのまま眠ってしまう様な状況は無いだろうが。 「ちょっと、要塞内では話したくない内容もあるんでな。それよりそっちはどうだった?」 流行らせるのに適した作物を見つかったのかと言う事だろう。勿論、幾つか見つけてきた。 「何種類かは。料理によって使える物も変わりますけどね」 ちなみにその殆どは、穀物や芋、果物であればブドウや柑橘系など生命力の強い物だ。少々手荒く育てても、難無く育つと言う点で、素人でも育て易い作物である。 「料理抜きで考えるなら、果物なんでしょうけど、やっぱり料理込みで進めるんですか?」 「そうだな。今日一日、この国の料理を見て回ったんだが、ちょっとでも気が惹ける料理を作れば、一気に流行りそうな土壌ではあるんだよ。なあ?」 リュンはセイリスに顔を向けて聞く。 「そうですわね。この国では食材よりも調味料を重視する料理文化ですの。それは食材を生かす料理は未開拓と言えますわ。ですから、アイムさんが見つけ出した作物で料理を作った場合、もし少しでも人気が出れば、そこから火が付きやすいと思います」 道が拓かれていないと言う事は、本来拓きやすい場所も、道にならずにそのままだと言う事だ。そこを上手く見つければ、料理を流行らす事は可能かもしれない。 そうして料理が流行れば、その料理に使う食材も、自国で育てられないかと言う欲求に繋がる。 「料理に使いやすい作物だったら、こんなのはどうです?」 カールに紹介された店で、面白い作物を見つけたので取り出してみた。 「なんだそれは? 植物の根っこみたいだが……」 リュンはアイムが手に持った作物を見る。ある程度の太さがあり、それ以上に長い。根っこすべてが食材なのだとしたら、食べ甲斐はあると思うが。 「お芋でしょうか? それにしては形が特異と申しますか」 「セイリス正解。これは山芋と言う作物だよ」 山芋は、芋らしく生命力の強い種で、土に植えているだけで収穫できる様な作物だ。しっかり生産しようとすればそれなりの土地が必要だが、本来は季節毎に適当な場所に埋め、一定期間を経て掘ると言う行程だけで収穫できる物だ。 「生食も出来て精も付きます。そもそもが普段が土に埋めて好きな時に掘り出すと言う保存食として扱われた物ですから、兵士の食料に向いてると思いますよ」 実際はこう言う平和な状況であれば、そこまで兵士の食料らしい物では無いのだが、何時の時代でもらしさは大事である。それが流行に繋がる事もあるのだから。 「調理に関してはどうなんだ?」 「結構癖が有ります。いえ、味自体はたんぱくなんですけどね、凄い粘り気があるんですよこれ。だいたいは摩り下ろした後に濃い味付けをして、そのまま食します。料理の繋ぎにも使えるかなあ」 その粘り気故に、どの様な調理をしてもそれなりに自己主張をするので、食材を活かした料理になると言えばなる。 「濃い味付ですの? それならば、この国の料理との相性は良いかもしれませんわね」 リュン達が調べた結果、この国の料理は食材をあまり活かさず、調味料で濃い味付けをすると言う物であった。自己主張する食材と、個性を消す調理。上手く合えば面白い結果になるかもしれない。 「今相談できる事はこれくらいか……。後は状況に応じて擦りあわせ。と言うか、実際に料理を流行らす訳だから、料理をしてみない事にはなんとも言えんな」 そこが一番大変な事では無いだろうか。売り物になる料理を作るなど、ここに居る三人には出来そうにない。 「わたくしも、料理に関してはちょっと……。一度フラルカさんに相談してみるのはどうでしょうか」 「良いかもしれないね。もしかしたら、知人にこの国の料理人が居るかもしれないし」 少なくとも、この国に来たばかりのアイム達よりは伝手があるだろう。 「フラルカか……。正直、あまり気が進まないが、仕方ないか」 頭を掻きながら、そんな事を言うリュン。 「どうして気が進みませんの? フラルカさんは依頼主ですのよ?」 リュンの反応は確かにおかしい。依頼主に会う事を嫌がる商人がどこに居るのか。 「性根がいまいち判断出来ない相手は苦手なんだよなあ。ほら、絶対に何か隠しているだろうし」 リュンがフラルカに会った時、少し距離を置いている風だったのはそのせいらしい。 「隠し事って、もしかして、この国で農業を発展させようとする事の裏みたいな物ですか?」 「なんだ、知ってたのか」 意外そうにアイムを見るリュン。恐らく、農業とトアト国の関係を、こちらは知らないと思っていたらしい。 「ちょっとトアト国について詳しく聞く機会がありまして。結局、農業を発展させるって、この国にとって良い事なんですかね」 アイムの一番の関心はそれだった。自分の仕事の結果で、周りに無用な混乱を引き起こすと言うのは気が進まない。そこまでして、仕事を成功させたい訳では無いのだ。 「程度によりますわ。変化と言う物はどこにでも起こり得ますし、それがゆるやかな物であれば、案外柔軟に対応できてしまう物ですのよ」 つまり農業を流行させたとしても、それが穏便な物であれば問題は無いと言う事か。 「そもそも農業や畜産が、まったく発展していないと言う状況自体が異常と言えば異常ですの。それを矯正する程度の範囲であれば、周囲に迷惑が掛からないかと」 「だが問題なのは、本当にその程度で済むかどうかだ」 リュンはどうやら今回の仕事に危機感を覚えているらしい。 「正直な話、この国での仕事を請け負った時、それ程重要な事になるとは考えて居なかった」 なんでも、リュンはこの国の傭兵派遣に興味を持っていたらしい。傭兵派遣は大陸全土で行われている。それはつまりそれだけ商業圏が広いと言う事だ。リュンはそれを自らの商業圏として取り入れようとしたそうだ。 「トアト国での仕事も、要塞が持つ商業圏を知る事ができるくらいに、信用を得るつもりでしか無かったんだ。この国の背景もある程度知っていたしな。大きな仕事と言ったって、せいぜいトアト国ではまったく無い農業知識を広める程度だと思っていた」 今はそうでは無いと言うのだろうか。 「今の仕事を請け負う前に、幾つか小さな仕事から仕事を選んだだろ? 成功しても、成果があまり期待出来ない仕事ばかりだったが、それでも、その内容に関しては本格的に農業を発展させようとする意思みたいな物を感じた」 「それが何か悪いんですか?」 自国に無い物を発展させようとするのは、仕事熱心な行為にも思える。 「だから程度の問題だよ。これがトアト国でも農業が出来る程度の技術を欲してる程度ならそれで良いんだが、トアト国内で、食料の完全自給を目指しているってのなら、周囲の国が黙っちゃいないだろう?」 大陸一の兵力を持ち、尚且つ自国でそれらを養う生産を行える様になる。確かに他国はトアト国に対して危機感を覚えるだろう。 「フラルカさんは、いったい何を目指しているのか。それが分からないと言う事ですの?」 「話を聞く限り、彼女一人の意思で動いていないってのも問題だろうな。裏で何か企んでいる可能性が益々高くなる」 だからリュンは、フラルカに会う事を躊躇っているのだろう。今後の展開がどうなって行くかを予想できないから。 だが、ここで三人で話し合った所で、新たな展開を期待できるのか言えば、そうでも無い。 「なんだ。結局はフラルカさんと一度話し合うしか無いじゃないですか」 仕事に関しても、その裏に関しても、次に進むには彼女と接触するしか無い。今はそんな状況だった。 「その通りなんだよなあ。分かった、明日はもう一度要塞に向かおう。ただし、仕事に何か裏があるのかについては聞かない事。余計な口を出して、より一層巻き込まれるのは、今は遠慮して置きたい」 今はと言う事は、今後は巻き込まれるつもりなのだろうか。リュンがフラルカの意思を理解できない様に、アイムもリュンが何を考えて居るのかを完全には分からない。 「それじゃあ仕事の続きはまた明日と言う事で、僕はお腹が空いたんで夕食を食べに行きますけど、二人はどうします?」 アイムが相談の区切りとして、夕食の話題を出すと、何故か二人は途端に顔色を悪くして、まだ良いと返してきた。 結局、二人が情報収集のために、トアト国の料理を散々食べて気分を悪くした事をアイムが知るのは、その日の夜の事であった。
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