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作品名:ランドファーマー旅行記 作者:きーち

第27回   八つ目は温泉に浸かりながら(2)
 観光とは心を楽しませたり癒したりする物だ。その過程で問題が起こったとしても、それが後の良き思い出となる。
 だから、ただ辛い思いをするだけの観光は観光と呼ばない。また、辛い思いをした分、それで得られる利益が無ければ商売とも呼べない。
 観光でも無く、商売でも無い。それを何と呼べば良いのだろう。現在、丁度その様な状況であるアイムは、そんな事を考えていた。
 山を登る辛さと、それに対する見返りの無さ。それがアイムの精神を疲弊させる。だがそれでもこの山を登らなければならない。でなければ自分の命が失われるかもしれない。だから山を登り続けている。
 恨むのは自分の選択だ。どう考えても、山になど登るべきでは無かったのだ。しかし自分は選んでしまった。登山など、したくも無かったのに。

 宿での食事は、まあ美味しい方であった。甘い芋料理が主体のそれは、最後には飽きが来たものの、概ね満足できた。ただ、飛び抜けて素晴らしい物でも無かったが。
 現在、食事を終えたアイム達は、自分達の部屋へと戻る途中だ。食事自体はまた別の、食堂の様な作りをした大広間で出されたのである。
 そこには宿の客が他にも居たし、アイム達が食事を食べ始めた時間が早かったせいか、これから向かう客も居た。
 そんな客の一人とすれ違った時、アイムは思わず声を上げてしまった。
「あっ」
 そんな一言である。特別注意しなければ、気にも留めない言葉だろう。しかし、すれ違った客は、アイムの言葉に振り向いた。温泉で見た老人である。
「おや? 何か用かな」
 老人は声を上げたアイムに向かって話しかけてくる。その姿にアイムは戸惑ってしまう。用があった訳では無いからだ。ただ、こんな場所で同族と会うと言うのが、珍しかったから、二度目に会った時はつい声を上げてしまったのだ。
「ああ、いえ、もしかしてあなた、ランドファーマーですか?」
 用が会った訳では無いが、興味はある。地霊が見えているらしいと言う事は、恐らくランドファーマーだろうが、それでも実際に聞かなければ確証を得られない。
「うむ。その通りだが、もしや君もか」
 老人はアイムの問いかけに驚いた様子も無く答える。老人も、アイムの存在を知っていたのかもしれない。温泉でアイムが老人をランドファーマーでは無いかと考えた様に、老人もアイムが地霊を見ている様子を見ていたのかも。
「ええ、そうです。こんなところで、同族に会えるとは思っても見ませんでしたので、つい声を上げてしまいました。すみません」
 観光目的だとしても、自身の土地を離れるランドファーマーは少ないから、出会えたと言うのは、かなり確率の低い事なのだ。
「いやいや、わしも驚いたよ。君はもしかして、旅をしているのかね?」
 老人も、アイムを奇異の目で見る。旅をするランドファーマーはとても珍しいのだ。
「はい、ちょっと変なのは分かって居るんですけどね」
 アイムが旅に出たのは若さ故である。老人には理解し難い物があるのだろう。
「お二人とも、どうしてお互いが同族だと気が付きましたの?」
 アイムと老人の遣り取りに入って来たのはセイリスであった。彼女はランドファーマーの秘密を知らない。だから大した遣り取りも無く、お互いの種族を判断できた二人を、不思議な目で見つめてくる。
「あー、えっと、その、立ち振る舞いなんかを見て、ランドファーマーらしいなあって思ったからさ」
 秘密は隠すから秘密だ。セイリスに、老人がランドファーマーであると気が付いた理由を素直に話せない。
 なので、嘘では無いが曖昧な答えを返して置く。
「その通り。ランドファーマーは、立ち振る舞いで、お互いが農家である事に気付けるのだよ」
 老人も、アイムの言葉に乗って話してくれる。種族の秘密は、皆が秘密にするからこそ、そう呼ぶのである。
「そうなのですか?」
 疑問が完全に解消した風では無いセイリスであるが、それ以上の言及が無いのでホッとする。
 そんなアイムの姿を面白そうに見るのはリュンである。彼はランドファーマーが地霊を見る事が出来ると言う秘密を知っているので、大凡、アイムと老人の遣り取りについて理解しているのだろう。
「旅行客が泊まる宿に、ランドファーマーに出会えるなんて珍しい。ご老人は、何か目的があってここへ?」
 気を利かせたつもりか、リュンは口を開いて話題を変える。
「それについてはお互い様とも言えるが……。そうだな、この出会いが偶然だとしても、良い機会だ。そろそろ他人に話しても良いかもしれんな」
 老人は何やら考えだし、そうして、自分の頭で何かを決めた様だ。
「君たちに聞きたいのだが、老人の長話に付き合う暇はあるかね?」
 老人はこちらを見る。どうにもその目に映る意思は、何故だか知らないが強い物で、断れる雰囲気では無かった。
「暇はありますけど……。とりあえず、どこか別の場所でしません?」
 アイムは辺りを見渡す。場所はまだ廊下であり、長話をする様な場所とは言えない。

 老人の名前はウルクと言うらしい。話の場所を、老人が食事がまだだったので、先程まで居た大広間へと移した時に、お互い自己紹介をしたのだ。
「この町に、何故わしの様なランドファーマーが居るのかと言う話だったな」
 老人は机に出された食事に手を付けながら話し出す、アイム達にとっては、先程出された料理がまた目の前に現れたので、少々、胃がもたれそうになるが、老人の話を聞くためには仕方無いだろう。
「元々、この土地に住んでいると言うなら、不思議でもなんでも無いですけどね」
 一つの土地に住むランドファーマーが、自ら住む土地に現れるのは可笑しな事では無い。いや、それでも、旅行客が泊まる様な宿で見るのは不思議か。
「一応、わしの出身地はサールマ国だよ。この町へは定期的に足を運んでいるに過ぎん」
 サールマ国。ウッドエルフが建国した国で、林業とその開拓がさかんな国である。アイム達も立ち寄った事があるし、土地開拓が頻繁に行われている国だから、ランドファーマーが住んでいたとしても違和感は無い。
「その定期的に他国へ足を運ぶと言うのが珍しい。俺もこいつと長い付き合いですが、俺が旅に誘わなければ、自分の国から一生出ない様な性格をしていますからね」
 リュンがこちらを見て話す。しかし、一生自国から出ない性格とはどんな性格なのだろう。
「ふむ、君は彼に誘われて旅に出た訳か。そんな所だろうとは思ったよ。ランドファーマーが、自分の意思で、土地を離れると言うのは難しいからなあ」
 老人の言う通りだ。リュンに誘われず、自分の意思だけで動いていれば、きっと旅への夢を見たまま、それでも自分の土地で一生を過ごしていただろう。
 では、何故ランドファーマーが一つの土地に執着するかと言えば、結局、地霊が見えると言う種族としての能力に起因する。
 その能力は、農家として働く上で有利な物であり、ランドファーマーは農家を職業とする場合が殆どだ。そして農家は、一つの土地からあまり動かない。
 さらに、地霊が見える事で、自分の住む土地に愛着が湧いてしまうと言うのもある。日々、目障りに思えるくらいに見える地霊であるが、自分が土地に手を加える事で、その動きや数を変化させていく地霊を見て居れば、自然と土地そのものを愛してしまうのだ。愛した土地からは離れたくない。年を経たランドファーマーほど、自分の土地から離れようとしなくなる訳である。
「僕はまだ、誰かさんに煽てられて土地を離れた訳ですけど、お爺さんみたいな人は、土地から離れるのが辛くなるんじゃ無いですか?」
 老人がランドファーマーであるのならば、きっと心情的にも肉体的にも、辛い物があるはずだ。
「その通りだよ。この齢になってきて、心底疲れを感じる様になった。この町に来るのは、これで最後になるかもしれない。だから、どうしてこの町に来たのかを、誰かに話して終わりにしようと思ってな」
 そこで、旅先で偶然出会った同族に、自分の行動の意味を話そうとしたのか。
「そう仰られては、聞かない訳には行きませんわよね」
 お二人もそう思うでしょう? とこちらを見るセイリス。この町には観光で来た以上、この後の予定が特に無いと言うのは事実だ。
「ウルクさんがどう言う意図でこの町に来たのかって言うのは、確かに興味はあるけど……」
 同族として、自分と同じく旅を続けていた人物について知るのは、何か得る物がありそうであった。
「うむ。ならば聞いて欲しい。わしの夢だった話をな」
 老人は夢と言った。つまり、旅に出たのは自身の夢のためと言う事だ。
「話を始める前に聞いておきたいのだが。この町に来たと言う事は、君らはあの火山を知っていると言う事で良いかな?」
「イタ山の事か。当然だな。まあ、一人、この町に来るまで知らなかった奴が居るが……」
 リュンはこちらを見る。無知とは恥では無い。知った後どうするのかが重要なのだと考えるアイム。
「まあ、良く知っているとの前提で話そう。火山は何故火山かと言えば、その内に熱い岩を持っているからだな」
 なんと。そう言う事だったのか。てっきり、山が常に燃えているから火山かと思っていた。
「熱すぎて、ドロドロになったそれを岩と呼べるのかは疑問ですが……」
 セイリスは、その熱い岩を岩と呼ぶのに抵抗があるらしい。岩は岩なのだから岩で良いと思うのだが。
「とにかく、地面の下に熱い物を秘めていると言うのが、あの山な訳だ」
 それはまるで、山に可笑しな人格がある様な説明である。
「熱い地面にとランドファーマー。ああ、もしかして」
 アイムは、老人が何をしようとしたのかについて、何となく分かってきた。
「そう、あの地で農業をしようと考えた」
 老人は新たな土地で、新しい農業を始める事。それが老人の夢だった訳か。
「確か、火山から出る大量の灰は、植物にとって毒に成りかねないんじゃなかったか?」
 リュンの疑問は当然の事である。常に灰が降り注ぐ地では、生半可な植物は育たない。
「ある程度離れたフィルゴ国でも、他の灰と合わさって、植物の成長を阻害するくらいですからね。けど、そんな土地でも作物を選ばなければ育てられるんですよ」
 過量の灰は毒になるが、少量の灰は土地の土壌に良い場合がある。そして、植物毎にその適量は変わってくる。灰に強い変種と言うのも、存在するのが植物だ。
「選ばなければと言う話でしょう? それで、農家として仕事をする事はできますの?」
「他の土地より選択肢が少ないのは事実だよ。でも土地が暖かいって事は、それ以上のメリットがあるんだ」
 熱い岩が地面の下にあると言う事は、暖かい土壌を持っていると言う事だ。それは農家にとって好都合である。
「植物は寒さより暖かさを好む。いや、植物だけでは無く、生き物全般に言える事だのう」
 老人はアイムの言葉に賛同しながら答える。きっと、そう言う知識を得たからこそ、この土地までやって来たのだろう。
「冬は作物を育てられなくなる。当たり前の話だけど、もし地面がずっと暖かければ、一年中、作物を収穫できる可能性がある」
 それは農家にとって理想的な事だ。安定した収穫は、安定した生活に繋がるのだから。
「ほう、そりゃすごい。爺さんはそれに成功したのか?」
 商人としての立場からか、ウルクの話にリュンは興味を持った様だ。
「成功して居れば、こんなところにはおらんよ。何度か挑戦したがね、すべて失敗に終わった」
 つまり何度もこの町へ旅をしていたのは、老人が失敗を繰り返していたからと言う事か。
「聞いた限りでは、上手く行きそうな気がするのですが」
 老人を慰めるかの様に、老人へ話しかけるセイリス。
「土地が変われば、植物の育て方も変わってくるしね。一朝一夕に、別の土地で農業を始める事は出来ないんだよ」
 旅先で農業知識を売るアイムとて、本気で農業を成功させようと思えば、何年もの月日を経て、漸くスタート地点に立てるのである。
「いや、土地の変化については、この土地に来る前から覚悟をしとったよ。水はけの良すぎる土地、地面から出る悪性の空気、おおよそ日当たりが良いとは言えない山の立地。どれも、生半可な努力では克服できぬ物だ」
 だが、覚悟をしていたと言う事は、それが原因で諦めた訳では無いのだろう。では、老人が火山で農業をすると言う夢を諦めたのは何故か。
「どれだけ辛くとも、その土地が原因であれば、ランドファーマーとして諦める訳には行かぬ。だが、その土地に棲む生物が原因となれば、話は別だった……」
 老人は肩を落とす。老人の夢を砕いたのは土地では無く、とある生き物だった。ではそれはなんなのか。
「火山に棲む生物と言えば、もしかして、またドラゴンか?」
 嫌そうな顔をするリュン。きっと、嫌な予感もしているに違いない。
「また? いや、確かに当たっているが……」
 リュンの言葉を肯定するウルク。なんてこった。これで、すべてのドラゴンと関わった事になる。波乱万丈な旅もあったものだ。
「それで……。火山に棲むドラゴンに、どの様な形で、農業を邪魔されましたの?」
 セイリスも少し及び腰になっているが、それでも老人の話を聞くつもりの様だ。
 まあ、関わると言っても、話を聞くだけなのだから被害は無いと判断したのだろう。しかし、そう言う事をしていると、実際に関わり合いになる可能性があると、そろそろ学んでも良い頃であろう。
「ああ、やはり一番の原因は、あの強靭で強大な体だ。火山の土地を耕したまでは良かったのだが、いつのまにか奴らが寄り付くようになった。奴らがどんな意思を持って近寄ってきたかは分からぬが、それでも、近寄るだけで、時間を掛けて肥やした土が荒地となる……」
 農業とは、その土地を育てて行くと言う事だ。それを直接邪魔され続ければ、いつかは心が折れるだろう。
「ドラゴンも何を考えてるんでしょうね。人様の土地を荒らすなんて」
「向こうにしてみれば、土地を荒らしたのはこっち側からもしれないけどな。何にせよ、ドラゴンに関わると碌な事にならない」
 リュンの言葉は実感が籠っている。もちろんそれはこれまでの経験から来ている事で、アイムも同意できる物だ。
「お爺さんは、もう火山で農業をする事を諦めましたの?」
「諦めたかと言われれば、確かにもう心が折れておる。だが、最後に自分が育てて来た土地を一目見てから終わろうと、最後の旅に出た訳だよ」
 となると、老人はこれからイタ山に登るつもりなのだろう。
「危険なんじゃないですか? 多分、まだドラゴンは山に居るんでしょうし」
 居ない理由も無いだろう。ウルクの話では、その意思も良く分からない生物だと聞くし、万が一の事も有り得る。
「直接襲われたと言う事は無いが、確かに一人では危険かもしれんな。誰か同行者が居てくれれば、対処が出来るやもしれんが……」
 老人がちらりとこちらを見る。あれ? なんだろうこの展開は。
「まさかこの観光地で、同族に会えるなんど思いもしなかった。これは良き出会いだと思うのだが……」
 またこちらを見てくるウルク。視線の先にはアイムが居る。
「え? あの、なんですか? なんでこっちを見て来るんですくか?」
 老人は返答しない。ただこちらを見るだけだ。
「ちょっと、リュンさんも何か言って下さいよ!」
 助けを相棒に求めるも、彼は素知らぬ顔をしている。
「悪いがこの町に居る間は、仕事を休業するつもりなんだ。何かするんなら、個人でやってくれ」
 別に何かするともりなんて無い。ただ、老人が話を可笑しな方向に進めようとしているだけで……。
「えーと、あの、セイリス? ドラゴンと関わるなんて、きみは嫌だよね」
 今度はセイリスに援護を頼む。彼女だって、これまでの旅の中で、ドラゴン嫌いになっているはずなのだ。
「ウルクさんの思いは良く分かりましたわ。わたくしにその最後の願いを手伝わせてください」
 ああ、駄目だ。変に人か良い彼女は、こう言う話に乗りやすいのである。
「一応言っとくが、俺は付き合わんからな」
 面倒は真っ平であると手の甲をセイリスに向けて振る。
「それは勿論、リュンさんのお好きに。アイムさんは、どうします?」
 期待する様なめでこちらを見るのは止めて欲しい。老人の目線と合わさって、威力が倍ではないか。
「あー、その、僕もどうしようかなあ」
 正直行きたくない。ドラゴンと関わるのは嫌だし、山に登るのも嫌だ。ただ、リュン程ふてぶてしく無いのがアイムである。
「同じランドファーマーとして、わしが作った土地を見て欲しいのだが……」
 なんだそれは、そんな事、最初は言ってなかっただろうに。しかし、老人が火山で作った農地と言うのは気になる。ドラゴンに荒らされていなければであるが。
「アイムさん。きっと、同じ農家としても、得る物は有ると思いますわ!」
 いやあ、どうだろう。無い方が山を登らなくて済むんだよなあ。
「ええっと、ちょっと考えさせて貰っても……」
 遠回しな拒否のつもりだったのだが、そのちょっとを、セイリスと老人はここで待つつもりの様である。
「あはは、分かったよ、行けば良いんでしょ、行けばさあ」
 結局、折れたのはアイムと彼の心であった。

 山を登る事になったのは、ウルクと話してから一日空けた二日後であった。町にやって来て、すぐ次の日に山へ向かうと言うのは気が乗らなかったし、準備の期間だって必要だったのだ。
 イタ山へは二日目の早朝に出発し、正午になる前には麓に着いて居た。宿場町ハノからイタ山までの距離は案外近いのだ。
「近いからこそ、あの町に湯が沸いていると言える。イタ山の熱が届く範囲にあの町があると言う事だのう」
 すぐに山へ着けた事に対するアイムの驚きに、ウルクが答える。
「それはまあ良いんですけどね。ドラゴンにさえ遭わなければ……」
 やはり心配なのはドラゴンとの遭遇である。早く山に着いたと言う事は、早くドラゴンに遭うかもしれないと言う事なのだから。
 今更であるが、宿でアイム達を待つ事になったリュンを羨ましく思う。
「お爺さんが作った農地と言うのは、どこにございますの?」
 できれば、麓の近くであって欲しい。山の登りに対する苦労も、アイムの心配事の一つだから。
「丁度、中腹あたりだ。そこから、植物の育成に丁度良い地熱が得られる土地があってなあ」
 感慨深そうにウルクは話す。齢を幾らか経てから、再び登るのはかなり久しぶりらしい。現在、自身が開拓した土地がどの様になっているかも良くわからない状況なのだそうだ。
「跡くらいは残って居るかもしれないけど、それ以上の物は期待できそうにないね」
 火山を開拓した場所に期待していた分、アイムにとっては残念である。
「元々、ドラゴンに真っ平らにされた場所だからな。跡らしい跡も残っておらんかもしれぬ」
 話を続ける毎に、山に登る意味がどんどん無くなっていく気がする。
「でも、その場所を見て、自分の夢に決着を付ける事に意味がありますわ」
 握りこぶしを両手に作り、元気良く話すセイリス。
「おお、その通りだ、お嬢ちゃん」
 ウルクも同じく元気そうである。この分なら、夢を諦めないでも良さそうじゃないか?
「とりあえず、山を登りましょうか。昼になる前に山に着けたのに、麓で時間を潰すのってなんだかもったいないですし」
 アイムは山道を進みだす。前回の登山が、想像以上に辛かった事もあり、体力面で少々心配なアイムであるが、山頂で無く、中腹までならなんとかなるだろうと考える。
「あら、今まではあまり乗り気ではございませんでしたのに、何か心境の変化がありましたの?」
 アイムが足を進めるのを見て、意外そうにこちらを見るセイリス。乗り気では無いと分かっているのなら、誘わないで欲しかった。
「気分が良かろうと悪かろうと、ここまで来たんなら、登らない訳には行かないでしょ。それに見る限り、ドラゴンが出そうな雰囲気じゃあ無いし」
 山の麓と山頂に続く道には、大きな生物が居る様子は無かった。山にしては少なめだが、木々や雑草が生えており、小動物の気配はするがそれだけである。
「それはそうだろう。ドラゴンはもっと山の上に棲んでいるからの。ここらに出てくる事は全く無い」
 そうなのか、それなら一安心だが、足を進める毎にドラゴンに遭う可能性が上がると言う事でもある。なんだかやる気が無くなってきた。
「一つ聞きたいんですけど、ドラゴンは山のどこくらいから棲んでるんですか?」
 ドラゴンに遭遇する可能性があると言う事を、覚悟して置きたいからこその発言である。
「ふむ、山の中腹あたりからかのう。わしが農地を作ったあたりからだ」
 何故、そんな危険な場所に農地を作ろうと思ったのか。非常に問いただしたい気分の元、アイムはどんどん重くなる足で山を登り続ける。


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