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作品名:ランドファーマー旅行記 作者:きーち

第26回   八つ目は温泉に浸かりながら(1)
 ランドファーマーのアイムは山が苦手である。登るのには体力が居るし、最近、山が突然動き出すかもしれないと言うトラウマが出来てしまったからだ。
 体力面に関しては最近克服できたと思うのだが、それと引き換えに出来たトラウマがある以上、苦手なままなのだ。
 だと言うのに、何故、再び山を登る事になったのだろうか。アイム達はつい最近まで、とある国で商売をしていたはずである。その商売とは庭作りに関する物であり、わざわざ山へ登る必要なんてどこにも無いのだ。
 アイムはどうしてこの山を登る事になったのかを思い出す。事の発端は確か二日前だったか……。

「火山がこの宿場町の近くにあるんですか?」
 ヒューガ国での仕事を一通り終え、さらに北にある国へと、新たな商業圏を広げるために旅を再開したアイム達。
 そんな新たな国へと向かう道の途中に、今アイム達が居る宿場町ハノはある。木造りから石造りまで、赤いレンガや白く塗られた木材で、着飾った宿が並ぶこの町は、国境付近に存在するためか、人の交流が多い場所であり、その需要から出来た町であると言う。
 さらにこの宿場町には、もう一つ人が賑わう理由がある。温泉だ。
「そう。近くに存在する火山のおかげか、地下水が暖められ、温泉となってこの町に噴き出す。湯は体を休めてくれるからな、旅に疲れ無い奴なんて居ないから、ここは何時も繁盛している」
 町に入ったばかりのアイムは、旅慣れた仲間であるツリストのリュンに、この町がどの様な場所かを聞いていた。
 その説明を聞くと、確かにこの町を知りながら、そのまま通り過ぎて旅を続けようとする旅人は少ないだろう。一息吐ける場所がせっかく存在するのだ、少し足を休めてみようと言うのが人情である。
 町に宿ばかりが建ち並ぶのも、そこに原因がるのだろう。宿のすべてが温泉宿なのだ。
「良いですねえ、お湯に浸かって一休み。旅の醍醐味じゃ無いですか。当然、この町に泊まるんでしょう?」
 実際、まっすぐヒューガ国から北の国へ向かおうとすれば、この国は少々回り道をしなければならない。この町に泊まると言う予定が無ければ、そもそも無視をしていたはずなのだ。
「ええ、その通りですわ。実はわたくしがこの町に立ち寄りましょうと意見したのです」
 アイムの問いに答えたのは、エルフのセイリスであった。セイリスはその小さな体で胸を張りながら答えてくる。恐らく、自分は良い事をしたと伝えたいのだろう。
 まあ、アイムにとってはその通りなので、特に思うところは無い。
「へえ、セイリスは温泉に興味があったんだ」
 アイムは温泉と言う物が初めてであるので、当然興味津々なのだが、セイリスもそうなのだろうか。
「旅をする人にとっては、こう言う宿場町は有名ですのよ。旅の甲斐と言えば良いのか……。とにかくそう言う場所ですの」
 なるほど、アイム達は商売をするために旅をしているが、旅自体を目的として旅をしている者も居る。そう言う人々にとっては、温泉街と言うのは、旅の目的となり得る。
 勿論、旅自体が目的で無くとも、温泉街は泊まる価値のある場所だ。

 そんな温泉のある町で、アイム達はさっそく宿を探す。町を良く知る者に、どこがオススメかと尋ねる事が出来れば良いのだが、残念ながらそんな知り合いは居ない。
 そこらを歩いている人に聞いたところで、自分達の同じ旅行者か、どこかの宿の関係者だろう。前者の知識は当てにならないし、後者は知識があったところで、自分の宿を勧めてくるだろう。
「結局、見栄えで選ぶしか無いって事ですかね」
 第一印象は重要ではあるが、良い宿に泊まるため、もうちょっと吟味したいところである。
「単純に宿代が高い所で良いんじゃ無いか? ヒューガ国じゃあ結構な数の仕事を成功させたんだ。まとまった金ならあるぞ」
 高けりゃ良いとは、商人らしからぬ発言である。商人らしく無いと言う事はリュンらしく無いと言う事でもある。
「どうしたんですかリュンさん! そんな、いつもは出来る限り出費を減らしに減らして、相手に嫌な顔をさせるあなた……」
 しかも嫌な顔をさせた相手を見て、ニヤニヤと笑い兼ねないのが彼である。
「観光地にまで来て金を渋るかよ。金ってのは本来使うためにあって、貯めて置くもんじゃ無いってのは俺だってわかってるさ。端に効率よく使いたいってだけでな」
 商人的な思考を、この町では置いておくと言う事だろうか。彼も一応観光客としてこの町に来ていた様だ。
「それに温泉街で高い宿代を提示している店は、どんな営業をしているのかも気になるからな……」
 なんだ、やっぱり商人としての思考が真っ先にあるんじゃないか。
「まあ、悪い宿じゃなければ良いんですけどね……。セイリスはどんな宿が良い?」
 この町に立ち寄る事を決めたのはセイリスなのだから、彼女の意見を聞きたい所である。
「わたくしですか? そうですわね……。せっかくですから、山が綺麗に見える宿が良いですわ」
 セイリスは顔を上げると、景色の向こうにそびえ立つ、一つの大きな山を見る。
 山はその頂点から煙を吐き出しており、見える風景の多くを占めるその姿は逞しさがある。何よりその山は、この温泉街に暖かい地下水を与えてくれる原動力でもあった。
「ああ、この町の名物でもあるからな、アレは」
 リュンがセイリスの答えを聞いて納得している。確かに山を見ながら、それによって生み出された温泉に浸かると言うのは風流かもしれない。
「でも山かあ。何となく、嫌な単語として頭の中に登録されて居るんだよなあ」
 そんな事は無いと分かっていても、あの山が突然動き出したりしないか不安になってくる。
「それは確かにそうですけれど……。アレはまた別の話ですわ。あそこに見える火山はそんな事ございません」
 断言するセイリス。しかしこの前の山だって、その正体を知る前は同じように発言して居ただろう。
「別に良いんじゃ無いか? 山が動き出した所で困る話でも無し。むしろ、あの山を近くで見れるって言うのは良い思い出になりそうじゃないか」
 良い思い出になると言うのはどう言う事だろうか。あの山に強い思い入れは無かったと思うのだが。
「アイムさん、もしかして気付いていませんでしたの?」
 なんだろうか。最近気が付いた事であるが、自分は少々鈍い部分があるのだ。そんな言い方をされても、分からない物は分からない。
「あの山は火山ですのよ? それにわたくし達は、大陸南方から再び北側へと向かっている」
「旅の向かう先と、あの山に深い関係があるって事?」
 なんだろうか。さっぱり思いつかない。
「セイリス、こいつの頭は回らない部分が多いんだ。遠回しに気付いて貰おうとしたって無理だ」
 なんて失礼な。そりゃあ気付かないのはその通りだが、もっと、こう、優しい言い回しがあるんだろうに
「リュンさんもセイリスも、分かっているんなら答えを言ってくださいよ。世の中、速さが肝心なんですから」
「速さねえ……」
 なんだその、速さが肝心なら、もっと頭の回転を速く出来ないのかと言う目は。
「アイムさん、あの山の名前はイタ山と言いますのよ」
 イタ山。どこかで聞いた事のある名前だ。それも火山の名称として。火山と言えば……
「ああ! セイリスの故郷で、あの山に苦労させられた思い出が」
 正確に言えば、あの山から出る火山灰にである。その灰が原因となって起こる土中の変化によって、植物が育たなくなると言う問題を、なんとか解決できない物かと随分頭を悩まされた。
「うーん。そう思うと、あの山から出る噴煙も、感慨深い物があるなあ」
 セイリスとの出会いは船の上であったが、その後、旅を続ける様になったのは、あの山に関わる仕事からである。あの灰が無ければ、セイリスと旅をする事も無かったかもしれない。
「そうでしょう? ですから、山に見える宿に泊まりたいと思いましたの」
 セイリスは胸の前で手を合わせ、嬉しそうに笑った。

 明確な指針があれば、選択肢も自ずと決まる。今回の指針は、山が見える宿と言う事で、町の中でも、山が有る方角の宿を探す事になった。
「山の風景が良く見える宿です。なんて宣伝がされていれば一発なんですけどね」
一般家屋より宿が多い町なのだから、その様な宿も無い筈は無いだろう。しかし運が悪い事に見当たらない。
「もう町の端あたりじゃないか。一旦引き返すか?」
 もしくはその端にある宿に決めるか。
「あら、お二人共、あちらを見てください」
 セイリスが腕を伸ばして一点を指す。そこには『火の山』と書かれた看板を飾る、一軒の宿があった、
「これも山を売りにしてるって事には変わりないんでしょうね」
 その名前から、山が綺麗に見える宿と言う目的に合致する可能性は高い。
「単純な名前ですけれど、だからこそ期待できますわ」
 かもしれない。だが入って見るまで油断は禁物だろう。玄関をくぐれば、安っぽい宿だと言う可能性も捨てきれないのだ。
 一応そんな事が言えるくらいに外観は良い方であるが。
「ペンション風の木造り宿ってのは気に入ったが、宿自体の大きさは、もっとこう、大きい方が良かったな」
 リュンはそんな事を言うが、彼の種族が持つ秘密を知ったアイムにとって、それは切実な願いである事を知る事ができる。
「金銭面には余裕があるんでしょう? いくらか出せば、大きな部屋も借りれるかもしれませんよ」
 実際、リュンが言う程に宿が小さい訳でも無かった。
「兎にも角にも、一度宿に入って見ませんか? これだけ話してから、部屋がすべて埋まっているなどと言う事態になれば、悲しいですもの」
 セイリスの発言ももっともである。宿に入らなければ何も始まらない。それに、他の宿を見つけたところで、この『火の山』と言う宿とどの様な違いがあるのか。
「まあいい加減、足も疲れてきた所だ。良さげな雰囲気なら、ここに決めるかあ」
 リュンはそのまま宿へと足を向け、アイムとセイリスもそれに続く。結果から見れば、この宿を選んだ事は、それ程悪い選択では無かったと思う。宿は外観通りには綺麗な作りとなっており、団体用の部屋も一室借りれたので、リュンの寝床まで用意出来たのだから。
 悪い事があったのはこの後だ。どうして火山を登る事になったのか、原因はこの宿にあった。

 借りた部屋は二部屋、それぞれ個人用と団体用で、団体用にリュンが泊まる以上、アイムもそこを部屋とし、個人用がセイリスの部屋となる。
 アイムの部屋は団体用とだけあって、かなりの広さとなっている。ここで寝泊まりするのかと思うと、少し落ち着かないが、前まで居た国で多少は慣れていた。
「それよりも関心は温泉に向かってますよ。どんなのでしょうかね、見るのは初めてなんですが」
 アイムは温泉を見た事が無い。だから地面が湯が噴き出すと言う光景を想像しようとしても、突拍子の無い物にしかならない
「案外、普通の風呂と変わらないかもしれないぞ。地下水で風呂と作っていたら、それが温泉なんだからな」
 リュンは随分と夢の無い話をする物だ。これから見る物に期待を膨らませるのが観光だろうに。
「セイリスはどうするんでしょうね、さっそく温泉に向かうんでしょうか」
「彼女は山の風景を見たいと言っていたからな。そうするだろう」
「風景を見たいから温泉へ?」
 アイムにとっては良く分からない理屈であった。何故なら彼は風呂が外にある場合がある事を知らないからだ。
「あー、温泉を見た事が無いって言うなら、そういう反応をするんだろうな」
「はあ?」
 会話が噛み合わない。お互い、この状況を打開するには実際にこの宿を温泉を見るしかないと判断し、そちらへ足を向ける事にした。

 実際に、宿の外に風呂があると言う状況を始めて見ると、いくら周囲から見えない様に区切られているとは言え、戸惑いを感じる物である。
 アイムも当然そんな戸惑いを感じたが、露天風呂からの景色を見ると、恥ずかしさも無くなった。
 温泉の区切りは、近くの風景は見えない様にされているが、遠くの景色は良く見えた。それはつまり、遠くに見える火山が他の風景よりも良く見えると言う事だった。
 湯に浸かりながら火の山を見る。それは確かに感動を覚える物であった。
「山の風景を見たいから温泉に向かうってこう言う事だったんですね」
 恐らく、女湯として用意された場所で、彼女もこの風景を見ているのだろう。
 さっそくアイムも温泉へと入る事にする。服を脱衣所に置き、掛け湯をしてから入浴する。
 ホッと一息吐き、体を伸ばせば、なんだか周りの景色がいつもより広く見える気がしてくる。心に余裕が出来るからだろうか。
 同じく温泉に入ったリュンも同じ様子だった。まあ彼は湯に浸からなくとも、周りの景色を広く見れるのだが。
「いやあ、良い物ですね。沢山の人が来るのも分かるや」
 いくらでも、ここに居れそうな気がする。のぼせない様に気を付けなければ。
「一度来れば、その後で何度もここに立ち寄りたくなる魅力はある。実際、観光客の中にはリピーターが多いんだ」
 なるほどと、アイムは周りを見る。そこにはアイムとリュン以外にも何人かの客が温泉に浸かっていた。彼らの内には、何度もこの町に来ている者が居るのかもしれない。
 そうやって他の人物達を見ていると、とある老人がアイムの目に留まった。
「あれ、あの人」
 別に見知った人物では無い。アイムが気になったのは、その人物の挙動であった。恐らくアイム以外が見れば、その不自然さに気が付かないだろう。
 しかしランドファーマーのアイムから見ると、どうにもその老人が地霊を見ている様に思えるのだ。
 ちょっとした視線の動きである。少し目線を動かして、何も無い場所で止める。いや、アイムにとっては何も無い場所では無く、地霊がふわふわと浮いている場所であった。
 老人もそれを見ているのだろうか。であるならば、老人はアイムと同じ種族の可能性が高い。人の姿をしている種族で、地霊を見られるのはランドファーマーだけのはずだ。
「どうした?」
 アイムが老人をジロジロと見ているのに気が付き、リュンが問い掛ける。彼はランドファーマーが地霊を見る事が出来るのを知っている。老人がランドファーマーかもしれないと言う事を話すべきだろうか。
「ああ、いえ、ちょっと……」
 結局、言葉を濁して話さない事に決めた。別に話したところでどうとなる物でも無かったからだ。仮に老人がランドファーマーだったとして、いったい何が起こると言うのか。ちょっとばかり話が弾むかもしれないが、それだけだ。今は温泉にゆったりと浸かる方が大事である。
 ただ、同じランドファーマーで、この宿に泊まる人物と言う事は、老人も旅人のはずだ。一つの土地に定住する事が多いランドファーマーにとって、旅人は稀である。いったいどんな目的で旅をしているのか。それを聞いてみたかった。

 温泉から上がり、服を着直す。着慣れた服のはずだが、風呂から上がったばかりなので汚れが少々気になる。代わりの服を用意するべきだったか。まあいい。
「服とかって洗濯してくれたりするんですかね」
 同じく汚れたままの服を着直しているリュンに聞く。
「それは自分でだろ。確か中庭に洗い場があったはずだ」
 そうなのか。観光地の宿と言うからにはそれくらいしてくれるかもと思ったが、残念である。
「さすがに食事は出ますよね」
 食事まで自前とされては、宿に泊まる意味の半分が無くなる。
「そりゃあ出るだろう。宿代は食事も含まれてなけりゃあおかしい額だったからな」
 リュンとっては、やはりそこは重要な様だ。払った分だけは元を取りたいと言ったところか。
「やっぱりご当地名産品とかが出るんですかねえ」
「地元の食材の方が安上がりだからなあ」
 そんな話も交えながら、服も着替え終わり脱衣所から出る。とりあえず部屋に戻ろうと、そちらに足を向けた時、すぐ近くから、何やら騒ぎ声が聞こえて来た。
「うん? いったいなんだ?」
 その声に反応したのはリュンであった。アイムも続いて辺りを見渡す。
「どうにも、女湯の方から聞こえるみたいですね」
 気にはなるが、確認に向かう訳にも行かない場所である。
「もしかしたら無関係で無いかもしれんし、少し様子を見るか」
 リュンは脱衣所の外にある休憩室らしき大広間にて待つ事にした様だ。
「無関係じゃ無いかもって、どうしてですか?」
 リュンが待つと言うのなら、アイムもここに居る事に反対は無いが、自分達に関係ありそうだと言う意味については分からない。
 この宿には初めて来た訳で、自分達に無関係の事柄の方が多そうなのだが。
「俺達の連れが、あの女湯に入っているかもしれないだろ」
「ああ」
 セイリスも宿に来て直ぐ温泉に向かった可能性がある。だとしたら、騒ぎの原因を直接見ているかもしれない。
「彼女が出てきたら、理由を聞けが良いかもしれませんね」
「だな」
 暫くして、女湯の方向からセイリスが顔を出してきた。宿の従業員らしき者に肩を貸されながら。
 騒ぎの原因はセイリスだった。どうにも、温泉でのぼせて倒れたらしい。

「あまりに風景が良かった物でつい……」
 アイム達は、一人では立てない様子のセイリスをとりあえず自分達の部屋にたくさんあるベッドに寝かせた。
 暫くして喋る余裕が出て来たのか、セイリスはそんな事を言う。
「ついでのぼせる状態になるまで温泉に浸かるってどうかと思うよ」
 従業員に貸して貰った小さな扇でセイリスに風を送るアイム。のぼせた場合は頭を冷やした方が良いと従業員から教えて貰ったので、そうしている訳である。
「申し訳ありません……」
 本当にすまなさそうな表情をするセイリス。あまりキツく言うのもなんなので、それ以上の追及はしない。
「宿に来て、直ぐに温泉に向かったとしても、俺達とそう変わらない時間、温泉に居たんだろ? もしかして、ずっと湯に浸かりっぱなしだったんじゃ無いだろうな」
 ところがリュンは気にもせず話を続ける。デリカシーと言う物を期待できない人物であるのは知っている。
「良い物でしたから。温泉から見える火山の風景が」
 だからと言って、倒れるまで見る事も無いだろうに。彼女も大概に変人だった。
「火山ねえ。見る分には良いかもだが、近づくと酷いらしいな」
 リュンも、セイリスに文句を言うのは遠慮したのか、別の話題に発展させる。
「やっぱり火が辺りでボウボウ燃えているんですか?」
 アイムは、山の木々が火を噴き上げている姿を想像する。火山の煙は、葉が燃えた後の灰だろうとも。
「火山は加工に近づく程、植物は少なくなりますわ……」
 調子が良くなって来たのか、セイリスは積極的に話に加わって来る。何故かその表情は呆れ気味だったが。
「アイム、溶岩って知ってるか」
 リュンもセイリスと同じ表情をしてこちらを見る。いったいなんだと言うのだ。
「溶けた岩って何ですか。なんか、ゼリー状なんですか」
 リュンの表情は、もう駄目だこいつと言っている様で癇に障る物である。
「実際に見せてみるのも面白いかもなあ」
 興味深そうにこちらを見るリュン。その意図は不明だが、嫌な予感を漂わせる類の物であるのは分かった。
「山登りは遠慮しますよ。暫くは山に登りたく無いんですから」
 前回、山の登った時から結構な日数を経ているが、それでも山が怖い。もしかしたら一生物かもしれない。
「山にしろ海にしろ、危険な事に巻き込まれがちですものね」
 森でも確かそうだった。どれもこれもドラゴンに関わる危険だったと言うのも、なんだか嫌な共通点である。
「そう言えば、これまでの旅で出会っていないドラゴンって、火山に棲むドラゴンだけだよね」
「……」
 誰ともなく喋るのを止める。嫌な予感がそれに留まらない気がしてきたからだ。と言うより、もし火山に登るような事になれば、確実にドラゴンに出会ってしまうだろう。これは予感では無く、経験即である。
「思い出した。イタ山と言えば、火山に棲むドラゴンの生息地として有名だったな」
 もうここまで来ると、火山に登ればドラゴンに出会うと言う確信である。
「そもそも、火山に棲むドラゴンってどんな姿なんですか? 植物が少ない場所なんですから、生き物にとっては不自由な場所だと思うんですけど」
「空の上も生きて行く上では不自由な場所だと思うけどな」
 そんな場所で生きているドラゴンが居るのだから、火山に棲むドラゴンも似たような物だと言う事か。
「火山自体が危険な場所ですから、そこに棲む生物については、あまりその姿を知られて居ませんの」
 空に棲むドラゴンの姿を、誰も知らなかったのと似たような理由だろうか。誰も近づかないから、誰も知らない。
「まあ、地に足付けて行ける場所に棲んでるんだから、噂に聞くくらいなら知っているが……」
 おや、リュンはどうやら知っているらしい。
「どんな噂なんですか? それって」
 アイムの問いに、複雑な表情をして答えるリュン。
「それがな、あくまで噂だぞ。なんでも岩っぽいらしい」
 岩っぽい? なんだそれは。
「岩に擬態していると言う事かしら」
 セイリスも首を傾げている。そもそも、岩っぽいなどと言う情報のみで姿を想像しろと言うのが無茶なのだ。
「どうせ火山には向かわないんだ。深く知る必要も無いんじゃないか?」
 言い出しっぺのリュンが真っ先に、姿を想像するのを諦める。まあそれが懸命であろう。
 そんな話をしている内に、部屋をノックする音が聞こえた。アイムはその音に反応して、扉を開ける。
「失礼致します。お連れ様の容体はどうしょうか?」
 扉の向こうに居たのは、セイリスを女湯から運んでいた従業員だ。当然、女性である。
「ああ、はい、もう大分調子も良くなってます」
 実際、話している内に普段通りの様子に戻っている。それ程、悪い状態でも無かったのだ。
「それでしたら、そろそろお食事などはどうですか? ご用意は既にできていますので、いつでも宜しいのですが」
 食事! 旅の楽しみと言えばこれだ。アイムは先程までの話を忘れて、上機嫌になった。
 誰だって、有るか無いかも分からない危険より、目先の楽しみを優先するのだ。アイムは喜びながら、他の二人に食事にしましょうと誘うのだった。


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