古くからこの国で商人をしている家は、当然屋敷も町の中心近くにある。と言うよりも、そう言った人種が集まったから、そこに町が出来たと言った方が正しい。 町に商人が居るのでは無く、商人が町を作ったのである。ではどの様な商人が作った町なのかと言えば、建築関係の商人が多いそうだ。 「資材調達に屋敷の設計、建築。大工の派遣。屋敷のデザインだけで稼いでる奴も居たか。まあとにかく、この国で真っ先に商売を始めたのはそう言った奴等だよ」 この国では大きな屋敷を建築する者は多いと聞いている。それはさぞ儲かる事だろう。 「でも、それって順番が逆じゃ無いですか? 大きな屋敷を建てたいと思ってる人が居るから、それを商売にできるんですから、まず最初に商人として成功する人は、それ以外の商人のはずです」 需要の無い土地にいきなり建築関係の商人が入ったところで、誰に売り込むと言うのか。 「それはそうなんだが……。まあ、この国ではそんな商売を始めたら、どこからか、すぐに頼んでくる奴が多かったそうだ。これはもう国民の趣味嗜好の問題だな」 不思議な話だ。商売の成功云々よりも屋敷建築の方が重要と言っているみたいで、頭が混乱してくる。 「これから伺う知り合いの商人さんも、その様なお仕事をしてらっしゃいますの?」 「まあな、具体的に何かと言われれば、全部だって言えるくらいに幅広くやってる。この国の商人の中では古参の内に入るくらいの家柄だったはずだ」 それはまた随分と偉い人の様だ。いや、商人に順列を付けるのもどうかと思うが。 「それで、町の中心地のどの辺がその人の屋敷なんですか? やっぱりそれだけ昔から商売をしているんですから、結構な大きさなんでしょうけど」 町を中心に向かって暫く歩いているので、あとどれくらいか気になる。リュンの自宅の様に、見ただけで驚ける物かもしれないから、心の準備も必要だ。 「屋敷自体はまだ先だが、その人の領域と言う意味では、もう玄関口は通っているな」 言っている意味がわからない。自分達は町の中を歩いているだけであり、どこかの扉を通った訳では無いのだから。 「わからないか? この町の中心部。その北西方面になるが、その部分の町すべてはその人の所有物なんだ」 「はい? どういう事ですかそれ」 それはつまり町の一部を個人が所有していると言う事だ。王様の類がする事であり、商人がする事では無い。 「どういう事も、ありあまる資材と資金を使って、その人は町を作ったんだよ。自分だけの町をな。その後、住民がその一部を借り受けて住んだり働いたりしている。この町は古参の商人が作った者だって言ったろ?」 商人が商売を始めたから、その周りに人が住み始めたと受け取っていたのであり、まさか町を作ってから人が集まり始めたなどと、考えては居なかった。 「それって、これから会う人は凄く偉いって事になりません?」 「そうだな、凄く偉い。住民からは尊敬されてすら居る。そういう家だよ。だが気軽に会えない訳でも無い。俺はギルドからその人を紹介されたが、他にも同じような立場の奴がたくさん居た。そんな奴等全員の面倒を見てくれていたんだから、良い人でもある」 懐かしむように話すリュン。その様子を見れば、昔お世話になったと言う話は、紛れも無く本当の事であると分かる 「それでしたらわたくし達の仕事も、ある程度の便宜を図ってくれそうですわね」 一安心と言った表情を見せるセイリス。ただそんな彼女の心に、この町の重要人物とのコネを、純潔教との間に作れるのでは無いかと言う打算が無いとも限らない。 「ある程度はな、でもあんまり大きな支援は期待できないだろうなあ。世話になっている人が多い分、その対応も公平だ。……お、着いたぞ」 リュンが足を止める。そこには確かに大きな屋敷があった。しかし、その大きさは、リュンの自宅や、他の屋敷よりも大きいと言う程では無い。むしろまだ小さい方だ。 いや、この国に来てから感覚が可笑しくなったのか。この町に来る前の感覚であれば、これでも十分驚きに値する屋敷であるはずだ。 「それでも町を作った商人の家としたら、まだ小ぢんまりとしてる方なんですかね」 それこそ、王様が住むお城を想像していただけに、肩透かしを食らった様な気分になる。 「そうだな、この部屋はまだ小さい方だ」 部屋? どう見ても屋敷だろうに。何を言っているのだ。 「もしかしてですけれど、このお屋敷は、その商人の方にとって応接室の様な物と言う事はございませんわよね」 恐る恐るセイリスがリュンに尋ねる。 「その通りだ。この部屋は普段、客を持て成す場所として使われている。その商人に対する応対も、ここで予約し、本人が別の屋敷から来るのを待つと言うシステムだな。他のも寝室用、事務用、食事用など、それぞれの部屋が町中に建築されている」 まさしく、町が屋敷その物と言う事か。スケールの違いに眩暈がしてくるアイムであった。
屋敷のベルを鳴らすと、玄関から現れたのは黒い紳士服を着た老人だった。 「これはこれは、リュン殿ではないですか。お久しぶりです。当屋敷に何か御用ですかな」 丁寧にお辞儀をしながら老人はリュンを見て話す。リュンの顔が広いのか、それとも老人の記憶が良いのか。 老人を最初は屋敷の主かと思ったが、雰囲気がどちらかと言えば使用人であった。恐らく、リュンの自宅に居たシィルさんの様な立場であろう。 「ああ、久しぶりシャイアルさん。カズウェルの旦那に会いたいんだが、今日は難しいか? 無理だとしても、代理人には会いたい」 リュンが使用人、シャイアルに向かって話す。カズウェルと言うと言うのが、これから会おうとしている商人の名前であった。 カズウェル氏はこの町を作った古参の商人から数えて三代目の商人で、自身の商業圏を広げるより、傘下に近い商人を多く輩出する事に力を入れている人らしい。昔、世話になったと言うリュンも、その参加の一人なのかもしれない。 「旦那様にですか。随分とお急ぎの様ですな。屋敷にお入りになってお待ちください。旦那様に連絡してみましょう」 「ありがとう、シャイアルさん。こいつらも一緒で構わないかな。仕事仲間なんだ」 リュンはこちらに目線を向ける。ああそうか、リュンはカズウェルと言う商人と知り合いだが、こちらはまったくの無関係なのだ、気軽に会うのは難しいかもしれない。 「構いませんよ。リュン殿は旦那様のお気に入りですからな」 思ったよりも簡単に許可が下りた。カズウェルと言う商人は、もしかしたら心の広い人物なのだろうか。 そしてそれよりも気になる事が一つあった。 「お気に入り?」 カズウェル氏のお気に入りと言う事は、リュンは案外凄い人物なのかもしれない。 「そのお気に入りって、確か百人以上居るって話だったよな」 またかと言った顔をして、リュンはシャイアルを見る。 「旦那様がお会いになる方は、旦那様自身が気に入った方に限られますからな、結果的にそうなってしまいます」 なんだ、リュンが特別凄い訳では無いのか。期待して損をした。 「結局、わたくし達はカズウェルさんにお会いする事ができるのでしょうか」 玄関口で長話をしていても、本人に会えなければ意味が無い。セイリスの心配ももっともである。 「それは調べて見なければわかりませんな。旦那様にお会いしたいと仰る方は日々多い。それでも、なんとか善処してみましょう」 シャイアルはそう言って優しく微笑み、アイム達を屋敷の中へと案内するのであった。
屋敷に来てから随分立つ。待合室には本や様々なテーブルゲーム用の道具が置かれているので、目当ての人物に会うまで時間が掛かるであろう事は予想していたが、暇な物は暇である。 「本当に今日中に会えるんですかね。このままじゃあこの部屋にあるゲーム、一通りやっちゃいますよ」 自分の手に持つカードを見ながら、アイムは嘆く。ちなみに今やっているゲームは大富豪である。 大富豪の屋敷で大富豪をすると言うのも、皮肉が効いて面白いと言うリュンに乗せられて始めたゲームである。 「あら、トランプゲームの種類はたくさんありますのよ。一日ですべてをするなんて不可能ですわ」 そういう事では無い。そういう意味でも無い。こんなところで一日カードゲームをし続ける事が苦痛になりそうだから話したのだ。 「これに関しては運だからなあ。それこそ、相手に気に入られているからどうかで、どれだけ早く会えるから決まる。この部屋には俺達だけだが、多分、他の部屋にも待っている奴が居るだろうさ」 この屋敷自体が待合室として機能していると言う事か。今、アイム達が居る部屋自体も非常に大きく、一部屋一部屋に人を待たせていると言うのは、非常に贅沢な事では無いかと感じるアイムであった。 他の二人は苛立ったり、落ち着かない気分にならないのだろうかと気にするが、セイリスはマイペースだし、リュンは待たされ続けていると言うのに、どこか居心地が良さそうだ。 「しかし、こういうゲームも罪だねえ。現実はこうもあっさり大富豪になれたりはしないのに」 突然、見知らぬ人物の声が聞こえて来ると同時に、アイムは後ろから自分の手札を奪われた。 せっかく良い手札が揃って居たと言うのに。 「そりゃそうだが、貧民になるのはゲームよりも簡単なんだから、バランスが取れて居て良いだろ」 リュンは特に驚いた様子も無く、アイムの後ろにいつの間にか立っていたその人物と話しを続ける。 いちいち虚を突いたりそれに平然と返すのは商人の基本的姿勢なのだろうか。 自分と同じく驚いた表情をしているセイリスを見て、自分の感覚が可笑しい訳では無い事を確認してホッとするアイム。 「まったくだ。だからゲームと言うのは、本来は罪の無い物なんだよ」 後ろを振り向くと、高身長かつ整ったガラス細工の様な顔立ちをした青年が微笑んでいる。キザっぽいと表現しても良い。その言葉を意味が分からないし。 とりあえず、第一印象でアイムは彼の事が嫌いであると判断した。 「お前が来たって事は、カズウェルさんは来れないのか……」 残念そうにリュンは嘆く。世話になったと言う以上、恩人でもあったのだろう。それが簡単に顔を合わす事が出来ない相手だと、なんだか少し寂しい気もする。 「その通り。だから代理人として、彼の息子である僕が来た訳さ」 いちいち身振り手振りを大袈裟にして話を続けている。ちなみに今は胸に左手を置き、もう片腕は大きく広げている。疲れないのだろうか。 「あの、この町の住人であればその言葉だけで判断できるのでしょうけど、わたくし達は外来人ですので、失礼ながら貴方の事を良く知りませんの。説明していただけると嬉しいのですが……」 おずおずとセイリスが謎の人物に声を掛ける。彼女を見ると、明らかに怯えている様だ。 「おおっと、こちらこそ失礼、お嬢さん。僕の名前はラッツ。この屋敷の主人、カズウェルの息子件代理人だ」 そう自己紹介をしつつ、セイリスの手の甲を優しく掴み、そこにキスとしようとする。本当にいちいち恰好を付けないと生きて行けない人種なのだろう。 しかしその背の高さから、低身長であるセイリスの手にキスをしようとするには腰を大きく曲げねばならず、苦労をして居る様だ。 セイリスもセイリスで心なしか手の位置を低く置こうとしている。いや、どう考えても、ラッツと言う人物に対する嫌がらせをするつもりだ。彼女も大概良い性格をしている。 「痛快ですね」 思わず、心の中に仕舞って置くはずの言葉が口に出てしまった。まあ、前後の言葉が出ておらず、周りはその意味を理解していないから構わない。 「おや、君もリュンの知り合いかい? 彼は随分と難しい性格をしているから、そう何人も仕事仲間が居るとは思えないんだが」 まったくもって同意だ。彼の性格の悪さは随一で、それに付き合う自分やセイリスは、それはもう変わった性格をしているとの自覚がある。 「仕事仲間が二人って言うのは、そう多い方じゃ無いですから別に可笑しくは無いんじゃないですかね」 これ以上、増えると言う事も想像できない。世の中に、物好きな人と言うのは少ないはずだ。 「ふむ。もっともな意見だね。君は良い指摘をするな」 なにやら感心している様だが、褒められても褒める相手が相手だけに嬉しくもなんとも無い。 「人の性格をああだこうだ言う前に話を進めてくれ、頼むから。ラッツ、お前が代理人だって言うんなら、それでも良い。まあ、本人が来てくれれば一番良かったが仕方ない」 「本人で無くても、血の繋がった親族が来ると言うのはなかなか破格だよ、リュン。シャイアルに感謝すべきだ。君を一番気に入っているのは彼なんだからさ」 リュンの過去はどうだったのかを気にした事が無いが、こうまで人を置いてけ堀にして話をするのは頂けない。 「結局、仕事の話を聞いてくれるんですか? 聞いてくれないんですか?」 「そうだね、こういう場では目上の者が直接あっただけでそっちの勝ちなのさ。目上の者が何故そうなのかって言えば、下の者の願いを聞いているからだ。そうしなければ、偉くはなれないと言った方が良いかな」 金持ちは気苦労が多いと言いたいのだろうが、話が遠回し過ぎて理解は困難だ。こっちはさっさと話を進めて欲しいのに。 「でしたら、わたくし達のお願いも聞いて下さると言う事ですわね」 手を合わせて喜ぶセイリス。 「その通りだ、可愛いお嬢さん」 「でしたら、さっそく雇って頂きたいので、報酬をくださいません?」 セイリスの願いは直球過ぎるが、願いを聞くと言った以上、どう断るのだろう、この青年は。 「い、いや、そう言った言葉は、まず話を進めてから出てくる言葉だろう? まずは会話をするべきだと僕は思うね」 自分が話を止めていた癖に良く言う。だが反論としては常識的な範疇だ。案外、言動の奇抜さは平凡な自分を覆い隠すためかもしれない。 「なら仕事の話を始めるぞ。ラッツ、お前でもカズウェルさんでも良いが、老後の娯楽に飢えていたりしないか?」 リュンはようやく機会が来たと言った風に、今まで座っていた椅子から立ち上がると、商談に入っていく。 「老後の娯楽って、君と同年代の僕に向かってそんな物を売り込む気かい? もちろん父上だって年齢的にはまだまだ現役だ、そう言った物を欲しがるには時期が早いと思うんだがね」 自分の足で娯楽を探せる人に、娯楽を売り込むのは難しいと言う事か。しかも売り込まれた娯楽が老後の楽しみであればなおさらだ。 ところで農業で老後を楽しむと言うのは、些か無理があるのでは無いだろうか。体力仕事だぞ。 「なら、そんな物を欲しがっている人物を紹介して欲しい。とにかく早くだ。兄貴の先を越したい」 じっとラッツを見て話すリュン。兄貴と言う言葉は力の籠り様が違っている。それほどリュンにとって重要な事なのだろうか。 「兄貴、レェン氏の事か。聞いてるよリュン、彼はなかなかに面白い仕事を始めているってね。今までは歴史の浅い家にそれを売っているが、これからはそれ以外にも売り込みを始めそうだって言う噂もね」 なんと、もう既にライバルは真後ろまで来ていると言うのか。だが後ろである以上、まだ自分達が先行している。 「だから早く商売相手の情報が欲しいんだ。なんとしても。頼めるか?」 「ふむ。焦っているじゃないか、君らしくない。まあ、そこまで言うなら仕方ないと、言いたいところなんだけどね」 またもや勿体ぶった話し方をする。願いを聞いてくれるのか聞いてくれないのか、はっきりとして欲しいと頼むのも、やはり願い事か? 「僕らは商人だ。例え知人でも、無償で物事を肯定していると自身の評判が落ちる。不思議な事にね」 普通、そういった人物は尊敬されると思うのだが、商人であれば、その前に商いが出来るかどうかが価値の基準なのだろう。 「つまり情報を教える前に対価をよこせって事か。なんだ、こっちに払える物でなければ、その提案は無意味と同じだぞ」 リュンの口が歪んでくる。あのニヤつきを抑えているのだろう。つくづくこういった交渉が好きな人物である。 「もちろん、無意味な言葉は口に出さないつもりさ」 どの口がそれを言うのか。先ほどまでの会話に意味があったとは思えない。 「僕が望むのは信用だね。君が始めた仕事が、壮大な詐欺行為では無いと言う保証もこちらには無い。もちろん、君はそんな事はしないと僕自身は知っているよ。でも商売である以上、僕らは知人同士では無く商人同士であるべきだ」 今この場では、商人として自らを売り込む事から始めろと言っているのか。 「それで? その保証とやらを商人としての俺が得るためには、いったい何を差し出せば良い?」 もうニヤつきを隠す素振りすら見せなくなったリュン。その姿を平然と見つめるラッツと言う人物も相当な物だ。 この二人、実は凄く仲が良いのではないだろうか。 「今、君が僕の家を通して売り込もうとしている仕事で、僕を満足させてくれ。それが対価だ」 「ほう。ついさっき、自分達はそんな物必要無いと言ったばかりじゃなかったか?」 たしか、老人に対する娯楽は自分には必要無いと言ったばかりである。 まあアイム達が売り込む農業知識に関して言えば、一概にそう言った物とは言えないが、それでも必要ないと答えた物で、自身を満足させろと言うのは無茶である。 「悪い話じゃあ無いだろう? 君たちはこの町の資産家に自分達を売り込みたい。そして僕はこの町で一、二を争う資産家の代理人だ。渡りに船だと言って貰いたいね」 非常に挑発的な発言だが、あくまで自身を代理人として扱うラッツ。心中では冷静そのものに違い無い。 「で、その船は無償で乗れる代物なのか?」 つまり本当にそれは、こちらにとって得な事であるのかどうかと言う事だ。選択や判断を誤れば、どの様な損を被る事になるやら。 「そうだねえ。例えば君たちの仕事が、僕を満足させるに値しない物だった場合、それまでに掛かった経費はすべてそちら持ち。なんてのはどうだろう」 この場合、アイム達がする仕事とは、彼の土地に農業が可能となる場所と道具、そして知識を与える事である。そうする事で、漸くこちらの仕事は完了するのだ。 当然、知識以外は有料である。金銭が掛かる場合もあれば、労力も必要とする。そして、それらがすべてこちら持ちになってしまえば、明日の食事すら困難に成りかねない。 特に問題なのが、道具を用意する事だ。すべての費用がこちら持ちと言っても、場所自体は向こうが用意するだろう。しかし道具に関しては、こちらが調達しなければならない。 そもそもが知識を売る事のみを商売としているのだ。道具は商売相手に用意して貰う事が前提である。 「それって、こちらに商売をさせるだけさせて置いて、後からどんな出来だろうと、満足できないと突っ撥ねるつもりじゃ無いでしょうね」 後はこの様な裏が無いのかどうかも問題だ。どれだけ仕事を上手く出来たとしても、商売相手が最初から商売を失敗させるつもりであれば、すべての損害をこちらが被る事になる。 「そんな事をすればこちらの評判はガタ落ちだろうね。さっきも言ったが、こっちは評判によって今の立場に立っているから、それについては信用してくれても良いよ。それと、こちらがその商売によって出る利益を、持ち逃げする心配も無いから安心してくれ、何故かと言えば、わかるだろ?」 要するに、その利益を持ち逃げしたくなる程、こちらの仕事に満足したと言うのだから、経費はこちら持ちで無く、あちら持ちになるのだ。 「どちらかと言えば、対等に取引するための対価って所って訳か。それだけ町を牛耳る大富豪と、単なる旅商人の俺達には差があるとでも言いたいのか?」 少しの怒りが感じられる言葉だが、リュンはとても嬉しそうな顔をしている。 「それを言うなら、むしろ破格の待遇なんじゃ無いかな。本来なら、取引にすらならない二者だろう?」 返すラッツも楽しそうだ。絵だけを見れば、なんとも和やかな風景である。 「あー、で、お前等はどうしたい? 俺の意見については聞く必要も無いだろう?」 アイムとセイリスを見て、そんな事を言うリュン。彼の意見については、当然この仕事を受けるつもりであろう。売られた喧嘩を買わない彼では無い。 ならばセイリスはどうか。 「これまで、それ程のリスクも無く商売をしていた気がしますの。でしたら、こういった場所でリスクを背負うのも悪くはありませんわ」 セイリスも賛成である。それにしても、今までリスク無しの商売だったと言うが、本当にそうだろうか。命の危険があった事もあった様な……。 「それでアイム、お前はどうなんだ」 後はこっちの意見を聞くだけか。三人の内二人が賛成しているのだが、もう賛成で決定で良いのに。 「もちろん僕も賛成ですよ。結局、売るのは農業知識でしょう? つまりその人を満足させるには僕の知識が必要って事になります。面白いじゃ無いですか。一農家として、やる気が出てきましたよ」 一から十まで農家と言う物を教え込んでやる。そして農業抜きには生きて行けぬ体にしてくれるわ。 「契約成立って事で良いみたいだね。さっそく始めようと言いたい所だが、君たちは肝心な事を忘れている」 肝心な事? なんだろうか。荷物にはちゃんと鍬が入っている。忘れてなど居るものか。 「……?」 結局分からず、ラッツの顔を見るだけで終わる。そんな姿のアイムを見て、溜息を吐きながらラッツは答えた。 「君たちの仕事内容だよ。なんで真っ先にそれを言わないかなあ。農業だのなんだのと、知りもしない仕事を、はいそうですかと受ける身にもなって欲しいんだが」 ああ、そう言えばラッツには、こちらがどんな商売をしているか、まだ話していなかったっけ。
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