「兄貴が似た様な商売をしているとなれば、厄介な事になる」 ウォルドとの話が終わり、その後、恐らくリュンの部屋であろう一室に案内されたアイム達は、部屋に入るや否やそんな言葉をリュンに聞かされた。 「やっぱりリュンさんの兄って程ですから、もっと嫌らしい人なんでしょうね」 確かに厄介な人物だと予想できる。笑い方だって、人の神経を逆なでする様な見た目なのだろうさ。 「……。まあ、本人の能力は置いておくとして、同業者が少ない仕事だと思っていた分、その見通しも変えて行かないとな」 「でも、まったく同じ内容とも限りませんわ。少なくとも、農業を中心に商売をしてく様な仕事は、わたくし達くらいですもの」 それにもし、まったく同じ仕事内容だったとしても、向こうにランドファーマーがいなければ、農業に関する知識について負けない自信がアイムにはある。 「詳しい仕事の内容もあまり関係無い。考えてみてくれ、俺達が新興の家に農業知識を売るって言うのは、言って見れば道楽を売り歩く様な物だ」 まあ、金持ちの庭にある畑や水田なんて、道楽で作ったみたいな物だろうけど。 「道楽ってのは他に代替えが出来るから道楽なんだ。兄貴が新興の金持ち相手に商売をしているとなれば、同じ様に金持ち相手の道楽を売るつもりなんだろう。となれば、その内容が違うのは問題じゃあ無い。むしろ、違う趣味を提供された時、片方しか選ばない人種が多いってのが問題なんだ」 つまりリュンの兄が先を越して金持ちに何かを売った場合、こちらの仕事を売り込む事が難しくなると言う事か。 「それって大問題じゃ無いですか! お兄さんってこの町に住んでるんでしょう? 昨日今日国に着いたばかりの僕達じゃ圧倒的に不利だ」 よーいどんのスタートどころか、既に何百メートルも引き離された状態の可能性がある。 「アイムさんと言う通りですわ。もしかしたら、目ぼしい相手は、すべて先を越されている可能性もありますの」 そうなれば、この国でまた別の仕事を探す必要がある。それはそれだけ、商売人にとって損な事だろう。 「お前らの言いたい事も分かるが、それでも仕事相手を探さない訳にも行かない。目ぼしい相手は兄貴が先に何かを紹介している可能性は確かにあるが、そうでない可能性もあるからな」 「というかそもそも、お兄さんがどんな商売をしているかまったく知らないのが問題な気もしますけど。いくら似た様な仕事をしているかもしれないとは言え、それが分からなければ、対処も予想もできません」 あまり楽観視はしたくないが、自分達の仕事の邪魔にならない可能性もあるにはあるのだ。 「それも課題の一つだな。親父に聞ければ良いんだが、あの親父、へんな所でフェアな精神を持っているから、そう簡単には教えてくれんだろうし……」 まあ、一筋縄で行かない雰囲気はある。何よりリュンの父親なのだから、そう言った性格なのだろう。 「でしたら仕事を探す役とお兄さんがどの様な商売をしているかを調査する役。二手に分かれて行えば宜しいのでは?」 こちらは一人では無いのだ。やりたい事が複数あるのなら、役割をそれぞれ決めて行動すれば良い。 「それが一番か。どっちも俺が関わりたい所だが、体は一つしか無い……。ああ、なら俺は仕事探しだな。そもそも交渉役だ」 確かに、アイムが商売の交渉をしろと言われても、やれる自信が無い。セイリスならば 上手くできる可能性もあるが、そうなれば商売の方向性を、彼女が教徒をしている純潔教の手に委ねる形となるので、リュンにとっては好ましく無いのだろう。 「なら、僕とセイリスがお兄さんの仕事を調査する役ですか。調査って言われても、何から手を付ければ良いか分からないんですけど……」 しまった。こっちの役も上手くやれる自信が無い。 「それに関しては心当たりがある。一応、この国には商人同士の互助組織があってな。ちょと待ってろ」 そう話すと、リュンは手近な紙を取りだし、自分の名前と何か文章を書き始めた。 「この者達の身分を保証する?」 文章はそう書かれている。これが一体何になるのだろうか。 「これを互助組織に見せれば、兄貴の情報を幾らか聞き出せるはずだ」 「この紙をですか?」 怪しい話だ。こんな紙切れ一枚で身分を証明できる組織とやらも。 「きっとリュンさんも、そのお兄さんも、その互助組織に登録しているのでは? ですからそのサインだけでこちらの立場を証明できる。そう言った組織では、サインの控えが向こうに置いているはずですもの」 心情を表情に出していたからか、セイリスがアイムの疑念を晴らす様に答えてくれた。 「その通りだ。この国で生まれて、商人として生きるとなれば、そう言った組織に入るのは必須なんだよ。入会時にそれ程高くない入会金を払えば、それだけで組織の恩恵に与れるからな。まあその分、互助の範囲はそれ程広くも無いのが問題でもある」 「となれば、お兄さんの情報も、それほど期待できないって事ですね」 組織に力が無い以上、その組織が持つ情報も、それほど多くは無いだろう。 「それもその通りだが、まあ何も当てが無いよりはマシだろう。いくら情報が無さそうだからって、兄貴が今、どんな商売をしているかの触りくらいなら知っているはずだろう」 そうでなければ、商人の互助組織など名乗れまい。とりあえず行って見る価値は有りそうだと言う事だ。 「まだその組織のお名前を聞いていませんわ。場所と名前を教えてくださいませんか?」 「ああ、場所については地図を書くから、ちょっと待ってろ。名前については、商人ギルド『道の始まり』とか言うふざけた物が付いてる」 随分と詩的な組織なのかもしれない。
商人に限らず、互いを助け合う事を旨とする組織と言うのは、その性質上町の中心地に本部を置きたがる。 人と人との関係によって成り立つ以上、人が行き会う場所にそれを置くのは当然の事だろうが、どうにも成金趣味の香りがして、アイムは好きでは無かった。 商人ギルド『道の始まり』も、その例に漏れず町の中心地に拠点を置いている。アイムが好ましく思わない理由の一つに、そのギルドの事務所が思いの外立派な建築物であると言うのもある。 町の中心と言えば、その土地を選ぶだけでも金銭と権力が必要なはずである。リュンの話ではそれ程規模の大きな組織では無いと聞くが、それでもそれなりの稼ぎがある様子だ。互助を目的とする組織だと言うのに。 そんな事をセイリスに話すと、彼女にはそれが穿った見方だと注意された。 「規模が大きくなれば、その組織が外観を良くしようとするのは当然ですけれど、その逆に、外観を良くすれば、規模が大きくなっていくと言う事もありますわ。助け合いを目的とする組織であれば、規模を大きくする事で、構成員に多くの利益をもたらす事ができますの。構成員は参加する商人の方々なのですから、悪い話では無いでしょう?」 そんな話を聞きながら、ギルドの事務所の扉を開く。組織に入った際の利益が平等であるのならば、文句は無いかもしれない。 「いらっしゃいませ、お客様。この度はどの様な目的でお越しになられたのでしょうか?」 係員のにこやかな微笑みに出迎えられたアイムはそんな風にも考えた。別に係員が綺麗な女性であったからでは決してない。 「このギルドに参加している人の情報が欲しいんですけど」 こう言う聞き方で良いのだろうか。少々不安に思うアイム。リュンは交渉事で、事あるごとに遠回しな発言をしていた分、直接的な対応が正しいと思えなくなってしまっている。 かと言って頭を使った話と言うのは苦手なので、こう聞くしか無い。 「申し訳ありませんが、ギルドに加入していらっしゃる方以外に、参加者の情報を漏らす事はできません。お客様がギルド参加者であるか、その参加者の関係者であると証明できるのであれば別なのですけれど」 なるほど、ここでリュンの書いたサインが役に立つのか。荷物の中から、多少皺が出来ているが、文字はまだ綺麗に判別できる紙を取り出す。 「えーと、一応参加者の関係者です。この紙に証明が……。こんなので大丈夫ですかね」 本人の名前と一文だけで証明できる物だろうかと一瞬考えたが、考えても仕方の無い事であった。 「ギルド参加者のサインですね。照合の際、お時間が掛かりますので、そちらにお座りになってお待ち下さい」 ギルドの係員に、部屋の片隅に並んでいる席へと案内される。どうにもサインだけで、個人証明が出来る形になっているらしい。 案内されるまま、席へと座ったアイムは、同じく席に座るセイリスに話し掛ける。 「リュンさんの言う通り、名前だけでなんとかなるもんなんだね。こういったシステムって良くある物なの?」 係員は特に戸惑う様子も無く作業を行っている。つまりこのギルドでは軽いサインだけで、参加者だと証明する事が出来るし、本人が居なくても、多少の作業を代行人が行う事が出来る。 「参加者一人一人の顔を覚えるよりは、労力の節約になりますわね。ですけれど、いい加減な対応では参加者その物を失う事にも繋がりますから、それはそれで管理を必要とする事ですわ」 つまり、それなりに組織として完成された構造をしていなければ、難しい事であるらしい。 「建物は立派ですけれど、そこかしこに年期を感じますの。もしかしたら、随分と歴史有るギルドなのかもしれませんわね」 となれば、そこが保持する情報と言うのも馬鹿には出来ないかもしれぬ。 「お客様、お待たせしました。お客様方は行商人、リュン様の代理人と言う事で宜しいでしょうか」 「あ、はい、そうです」 思いの外早く、係員はサインの照合を終えた様だ。これは仕事が早いのか雑なのか。 「それではお客様、これから一時的にですがギルドの参加者として扱わせていただきます。参加者としての権利はこの事務所を出るまで有効ですので、退出の際にはご注意を」 なんだか説明が多くなりそうだ。覚えきれるだろうか。 「参加者として、他の参加者の情報を聞きたい場合は、どれくらい開示させていただけるのでしょうか」 一方でセイリスは冷静に話をしている。交渉事などの場では、アイムは相変わらず素人同然であった。 「そうですね、お客様はあくまで参加者ご本人の代理と言う形になりますので、ある程度の検閲はご容赦を。参加者の多くは現役の商人が殆どですので、情報の開示には、厳しい審査が必要となっています」 そこに関しては、あまり期待していないので、それほど痛手では無い。重要なのは、参加者がどの様な仕事を生業としているかを知る事が出来るかだ。 「例えば、現在、参加者がどんな仕事をしているかとか、商売をしているかとかは、やっぱり開示できなかったりする?」 得に隠す必要も無いので、直接聞いてみる。相手も仕事なのだから、正直に答えてくれるだろう。 「参加者の仕事が、内容の開示によって不利益を被らない限りに置いては可能です。多くの場合、商売の内容が認知される毎に商売における利益は増す傾向にあります。ですので、当ギルドからの宣伝と言う形で、それらの情報を伝える事はできます」 何も情報が得られないよりマシである。内容によっては上々の結果になるかもしれない。 「レェンと言う方がこのギルドに登録していると伺っていますわ。その方がどんな商売をなさっているか。こちらで知る事は出来るのでしょうか」 「レェン様……。リュン様の紹介で来られたと言う事は、そのお兄上のレェン様について?」 「ああ、多分そうです。その、弟の方が今自分の兄がどんな仕事をしているのか知りたいらしくて」 家族相手になら情報を多く漏らしてくれるかもしれないと、リュンとレェンの血縁関係について強調して話す。 それを聞いた係員は、資料を棚から取り出すと、それを丹念に調べ始めた。 「ええっと、レェン様、レェン様。ああ、ありました。この方に関する情報でしたら、ある程度お知らせする事はできますよ。なにせ、ご本人様が望んでの事ですので」 「本人が?」 出来るだけ自分がどの様な仕事をしているかを多くの人に知らせたいと言うのは、商売人であるならば有り得る話であるが、こうもあっさりわかるとは驚いた。 「ええ、ギルドにも、自分の情報を知りたい者が居るのであれば、参加者に限らず、知らせても良いと言う話が通っていますね」 ならそもそも、わざわざ紙に紹介用の名前を書く必要も無かったわけだ。参加者で無くても、本人の名前を出せば聞き出せたのだから。 「ずいぶんと広報熱心と言えば宜しいのかしら。いったいどの様なお仕事を?」 さっそく、その宣伝内容を聞こうとするセイリス。 「いわゆる新興の商売と言う物ですね。個人向けの賭け事に近い話かと」 賭け? 商人と言うのは賭け事にまで手を出すのか。いや、まあ確かに賭場を仕切るのも商人かもしれないが。 「賭け事となれば、それは法に反して居たり、国からの介入があるのが常であると聞いていますわ。それをその方が? 昨日今日に始められる商売では無いでしょうし、そもそも新興と呼ばれる程歴史は浅くもありませんわ」 コインの向きが表か裏かだけでも賭け事が出来るのだから、人が知恵を持った瞬間から賭けと言う物はあるのだろう。それだけに現在は複雑な権利関係や内容に縛られた物であるはずで、新興の商売と言うのは結びつかない話だ。 ちなみに、その賭け事を国が法や力で縛ろうとするのは、何も正義感から来る物では無く、原価も無しに莫大な利益を生みかねない商売だからですわと、セイリスに耳打ちされる。 「ええ、ですから単なる賭け事の類では無く、金銭を担保に、命の保険を賭ける商売であるらしいとの事です」 命に保険とは、レェンと言う商人は神様か何かか。普通、金でも命は買えないと言うのが一般常識のはずだ。 「ちょっと想像できないんだけど、そこらへんも説明できたりする?」 でなければ、新手の宗教でも始めたのかと勘繰りたくなる。それはそれで、自分の横に立つ小さな少女には聞き逃せない話だろう。違う宗教同士は喧嘩し合う物だし。 「ええっと、一応、ギルド向けの説明文章もいただいています。なんでも、定期的に金銭を頂き、それを担保にいつ命が失われるかを賭けの対象とするらしいのです」 なんだそれは、随分と物騒な賭けだ。町に闘技場でも建てるつもりなのだろうか。 「ああ、つまり、金銭面での保障を始めたと言う事ですのね」 セイリスの方では合点がいったらしい。だがこっちはさっぱりだ。 こちらの困惑が上手く伝わってくれたのか、今度はセイリスが説明をはじめる。 「例えば、アイムさんに養ってらっしゃるご家族か、親しい友人が居たとして、突然アイムさんが亡くなってしまった時はどうなると思います?」 そんな家族も友人も居ないが、あえて想像するのであれば……。 「まあ、路頭に迷うよね。稼ぎ頭が居なくなるんだもん」 「そう、そうなった場合、代わりにこちらが養いますよと言うのが、恐らくリュンさんのお兄様が始めた商売ですわ」 なるほど、賭け金を払う側は自分が命を落とす方に賭けて、商人側は存命する方に賭ける訳だ。もちろん商人側は払い手側を無下には扱えず、むしろその健康に注意する訳だから、そこにはある種の健全さがある。 「でもそれって商売になるのかなあ。結局はお金を貯金する事と何の違いがあるのさ。他人にお金を払う分だけ損な気もするんだけど」 「払った額がそのまま帰ってくる訳では無いから賭け事なのでは? 例え払った額が少額でも、その保障は多く払った場合と変わらないとなれば興味を持つ方も居ますでしょう? 特に歴史の浅い財産家の方々であれば、その様な保障に興味を持つはずですの」 一代で財を築いたのだから、一代の儚さも知っている。そこにそれを保障する商売の売り込みがあれば、確かに喰いつくかもしれない。 「長く生きてさえいれば、商人側はそれだけ自動に金銭を得られるって事か。なんて言うか物ぐさな商売な気もするよね」 「そうでもありませんわ。こう言った事をする場合、ある程度の信頼関係が必要ですの。わたくしがすぐにどの様な商売であるか予想できたのも、こういった商売が個人間においては良く行われた事からですけど……」 それを商売とする場合、個人間の信頼とは別口の信用が必要になってくる訳か。それを築くのは生半可な努力では勤まるまい。商人としては、その労力を十分に使っているのだろう。 「元手が必要な気もするけど、リュンさんの兄なんだから、あの家の長男って事で財産や利益を継ぐ人なんだよね。そりゃあ、元手になる金銭には困らないか」 むしろ、自身の家が既に独自の商売を行っているからこその発展的考えかもしれない。 「あ、あのー。お客様? お客様の話に乱入する様で申し訳無いのですが、当ギルドでお話しできる情報は、今、お客様が話した物がすべてになるのですが……」 突如、話に入ってきた係員によって話は中断される。だが、それに対する文句は無い。 知りたかった情報、まだ見ぬリュンの兄、レェンが始めた商売は、つまりそういう物だと判明したからだ。
これ以上の情報を集めるのは困難である。と言うより、アテが無い。なので、一度リュンの家に戻る事にしたアイムとセイリス。リュンに知り得た情報を伝えなければならないと言う義務もあった。 屋敷に戻り、使用人のシィルから熱烈な出迎えを受ける。見た目通りの年齢ならば、随分と齢をめしているだろうに。どこからその元気があるのやら。そう言えば、リュンも押され気味であった。 「リュン坊ちゃんの仕事を手伝って町で出ていたんでしょう? まったくリュン坊ちゃんは。お友達にそんな仕事をさせて置いて、自分はノコノコと先に屋敷へ戻ってくるんですから。お恥ずかしい話でねえ」 どうにもリュンは既に屋敷へと帰ってきているらしい。この国での仕事探しに出かけた以上、良い返事があればと考えるが。 「親父の紹介であった資産家、全員が既に兄貴に先回りされてやがる。わからないのが、どんな口車に乗せられて俺達の仕事を断らせてるかだ。農業を始めないかと話を勧めると、誰も彼もが間に合ってると返してくる」 アイムの部屋に入るなり、そんな愚痴を聞かされる。こんな態度のリュンは珍しく、それほど絶望的なまでに空振りだったのだろう。今回のライバルは強敵だ。 「こっちはお兄さんと仕事について、ある程度知る事ができましたよ。隠してるつもりも無いんでしょうけどね」 リュンの兄が始めた仕事について話す。こちらの話を聞いている内に、リュンの苛立ちは消えて行った様で、話が終わった後は、あのニヤついた表情を見せ始めた。 「なるほどねえ。あの兄貴が考えそうな話だ。元手があるなら、それを利用しない手は無いってのは良く聞かされた話だ」 つまり、リュンの兄は別にこっちの仕事を邪魔する訳でも無ければ、突発的に仕事をし始めた訳でも無く、堅実に生命の保険と言う仕事を始めたと言う事か。 「でしたら、お兄様はかなり強敵な気がしますわ。形としては、むしろ、こちら側が茶々を入れる事になりますし」 商売における新参者はこちらなのだろう。 「でも農業とその保険商売って競合し合う物なんですかね。まるっきり違う話な気もしますけど」 「金持ちに金をどう使わせるかって話なら同じさ。前にも言ったが、道楽を二つも三つも選ぶのは、金持ちの中でも少数で……。ふむ。そういった点を狙うのも手か……」 なにやら思いついたらしい。リュンは手で口を塞ぎ、尚口をもごもごとさせている。頭で考え事をするなら、口で話す必要とはなんだろうか。 「結局、この国で僕らはどんな仕事を見つけて、どんな商売を展開すれば良いのやら」 これまでは、直ぐに見つかるか、巻き込まれるかの二択だっただけに、仕事探しの段階で躓くのは初めてだ。 「新興の資産家や財産家を狙うのは諦めた方が良さげだな。親父の知り合いは、だいたい兄貴の手が回っているだろうし、それ以外はそもそもコネが無い。となれば、昔からこの国で金持ちしてる連中に狙いを絞るしか無い」 「でも、その様な方々は、金銭面での払いが悪いと仰っていませんでしたか?」 金銭の使い方を知っている人々なのだから、その視線も厳しいだろう。 「この際、安易な金儲けの道は諦める。それよりこの国での商業圏をこじ開ける事に専念する。向かうはずの道が閉ざされたのなら、それをこじ開けるより、別の道を見つける事が懸命な場合だってあるだろう」 なんといっても商売敵は強敵なのだ。その選択も有りと言えば有りか。 「じゃあ、ウォルドさんにまた仕事相手を紹介して貰うと」 「それも駄目だ。いくら古参の商人を相手にすると言っても、親父の知り合いなら兄貴が売り込みをしていないとも限らない」 商売なのだから、誰彼問わず相手を探すのはそれはそれで有り得る話だ。 「じゃあ、どうするんですか。まさか、まだ他にこの国でアテがあるって言うんですか?」 「そのまさかだ。俺が商人として独り立ちする前、後見人と言うか、責任者と言うか、商売のイロハを教えて貰った人がいる。元々はギルドに初登録する時、紹介された人なんだがな。あのギルドってのは新人の商人に経験を積ませるためにそんな事をしている」 なるほど、ギルド『道の始まり』と言う名前も看板だけでは無いらしい。新人教育に力を入れているからその名前なのか。 「その方にはお兄様の手も回って居ない?」 「そのはずだ。そうであって欲しい。直接な繋がりは無いはずだが、同じ国の中じゃあ、どこで知り合うか分かったもんじゃ無いからな」 こちらも要するに早い者勝ちのかけっこ勝負だ。だが、今回ばかりは何としてもこちらが勝ちたい話であった。
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