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作品名:ランドファーマー旅行記 作者:きーち

第2回   一つ目の国で(1)
 シライから大陸を西に向かえばヒゼルという国に着く。それ以上向こうは海になっており、この国は大陸の西端という位置にあると言える。シライからヒゼルに架けては大陸の北方側にあるので、正確に記すなら北西端の国だ。
 大陸の北西側は半島のように大陸全体から迫り出すような形になっており、東側以外が海に囲まれた状態にあるヒゼル国は、外側から見ても用意に海洋国家である事を知ることができた。
「ここからは船で旅を続けるんですか?」
 ヒゼル国の中央都市であり、第一の商業港と知られる町の正門に立つ二人の青年の片方が、もう一方の青年に話しかけている。
 話しかけた側の青年はランドファーマーと呼ばれる農耕を得意とする種族で、アイムという名前の青年である。
「まあそうだが、その前にこの国で何か仕事を見つけたい。新しい商売を始めるんだ。その試金石としては必要だろうさ。」
 アイムの言葉に答えた青年はツリストという旅を続ける種族のリュンという青年だ。
「商売ですか・・・。なんというか不安なんですけど。この国ってシライとはそれほど離れていませんよね。そこで知識を売るっていっても、売れるような知識があるかどうか。」
 彼らは農耕や牧畜の技術と知識を売り歩き、商売とする事を目的として旅をしている。旅といってもアイムは3日前シライという国から始めたばかりであり、その彼を旅に誘ったリュンも、商売を始めたのはアイムと出会ってからである。
「仕事を探すのは俺がなんとかするさ、それを達成できるかどうかはお前次第だがな。ただ、そこで商売にならなければ、どこに行っても上手くはできんと俺は思うね。」
 という事はいきなりここで旅は終了という可能性もあるわけだ。アイムはそんな事を考えながら。正門の横にある衛兵の駐在所を見た。
彼らは今ここで手荷物検査を受けている。周りを海で囲まれており、唯一東側の陸路にある関所はほぼ素通りで行く事ができるという状況のこの国では、このように町単位で門を設け、旅人の監視をすることで自衛としているのだ。
「それにしても時間が掛かってるみたいですね、荷物検査。そんなに不信な物なんて入ってないんだけどなー。」
 アイムは駐在所から目を離し、周りをキョロキョロと見ながら喋る。
(実際はそんなに時間なんて掛かって無くて、ただ僕が緊張しているだけなのかもしれないけどね。)
 不安ではあるのだ。まだ短い期間だが、今まで暮らしていた場所を旅立って、知らぬ土地を歩くという行為に慣れてなどいないのだから。
「ああ、荷物もそんなに多くは入ってないはずなんだが。怪しまれる様な物と言ったら、護身用のナイフくらいだが、それくらいなら、だいたいの旅人が持っているしな。」
 リュンも時間が掛かっていると考えているようであり、どうやら自分の感覚が変な訳では無いようだ。
 そんな事を話している内に駐在所から衛兵の一人が首を傾げながら出てきた。いったいどうしたのかと聞く自分たちに衛兵は、荷物検査が遅れた理由について話し出した。
「いえね、ツリストの方は荷物に問題が無かったのですが、ランドファーマーの方の荷物に鍬が入っているんですよ。いったい何に使うんです?」

「おいどういう事だ。鍬なんぞ持って来いなんて、俺は言ったか?というかシライを出て三日間、お前はずっと俺にも内緒で鍬をその荷物の中に隠しもっていたのか?」
 リュンが捲し立てるように話かけてくる。どうやら相当怒っているようだが、どうにも理由がわからない。
「いや、だって農業関係の仕事をこれからしていくんですから、鍬は必須道具でしょう。それになんて言うか寂しいんですよコレが無いと。なにせ長年付き添った相棒って奴ですからね。俺はこいつが圧し折れたとしても、共に旅をするつもりですよ。」
 そう鍬はランドファーマーの友。いや命と一緒なのだ。こいつがあったおかげで、これまで自分は生きて来られたのだ。
「そんなもん、どこででも手に入るだろうが。それで門番にいちいち怪しまれてたら面倒この上ないだろ!」
「そんなもん?そんなもんって言いました?こいつを。なら話すしかないようですね、こいつと僕がどんな風にこれまで過ごしてきたかを。」
 今この場でも鍬の握り手がしっくりと自分の手に収まってくる。リュンには教えてやらなければならないようだ、こいつがどれほどのものかを。
「いらん、そもそも農業関係の仕事つっても、長期間一ヵ所に留まるわけじゃないんだ。鍬どころか、土いじりする機会だってそんなにないだろうさ。」
 なんという事だろう。ならここに自分が存在する意味が無いじゃないか。
「必要なのは発想だ。自分たちにあって、この国に無い。そんな発想を俺達は売り歩くんだ。」
「けど、そんな発想。この国に来てから一度も生まれませんが。」
 そもそも自分は農家であって発明家ではない。
「まあ、いきなりそんなもんが生まれりゃあ苦労は無いな。とりあえず観察してみる事から始めてみろ。ただ、見るだけじゃあ駄目だぞ?しっかり、お前の得意分野の目線で見てみるんだ。」
 得意分野。当然、農家としての視線という事だろう。もしかしたら、ランドファーマーとしての能力である、地霊が見えるという力の事かもしれないが。
「けど、そんな目線で見てもやっぱり思いつきそうにないですよ。こんな石畳と海が続く町中じゃあ。」
 アイムは町を見渡す。そこには、レンガ造りの家並みと、しっかりと整備された石畳が港まで続く、農業とは無縁に思える商業の町としての風景が広がっていた。
「うーん、そうだな、とりあえずは仕事を探そう。何の発想が無くとも、自分にできそうな仕事なら判断できるだろうし、ハッタリならかませる。」
 まったく安心できそうにない言葉をリュンはアイムに喋りながら、すぐ近くにある屋敷へと歩いていく。
 リュンの歩く先にある屋敷は、非常に大きな扉があり、扉は開いたままになっていた。そこへは多くの人が出入りしていようだ。扉の横には水色の生地と金色の縁で彩られたタペストリーが掛かっており。その中央には鱗が無く、妙に胴体の長い魚の絵が描かれていた。
「仕事を探すって、その屋敷に何か仕事の当てでもあるんですか?」
「有るとも言えるし、無いとも言えるな。ああ、仕事を探すには格好の場所ってのが一番正しい表現だ。」
 そうやってリュンは屋敷の中に入っていく。それを追うようにしてアイムも歩き出すが、疑問が晴れたわけで無かった。
「結局なんなんですか?ここって。」
「扉の横の絵を見なかったのか?あれは海に住むドラゴンの絵だ。つまり自分たちは海と関係深く、強力な組織だって主張している絵なんだ。そんな絵を飾って文句が出ない屋敷と言えば、この国を牛耳る商船組合の屋敷しか存在しないのさ。」

 商船組合とは、大型船を保有しており、海運業を営んでいる者達が作りあげた組織である。ヒゼル国内においてこの組織に所属していない商人と言えば、モグリか外来人、もしくは余程、商業利益と規模の小さいものしか存在しない。つまり、ヒゼル国内における利益というもののほとんどがこの組織に帰属するという、強大な組織構造を有している。
「それがどれほどの強大さかと言えば、ヒゼル国自体が商船組合が作り上げたものだと言うことだ。国の主権は商船組合にあり、国内でのヒエラルキーは商船組合にどれほど貢献してきたかによって決まる。」
 屋敷に入るなり案内された待合室で、設置された椅子に座りながら、リュンは現在いる場所の説明をアイムにしていた。
「つまり商船組合がこの国の王様ってことですか?」
 アイム自身、その説明は有りがたい物であったので真剣に聞いていた。
「まあな、だが個人として想像するなよ、組織そのものが王なんだ。例えば組合で一番偉い奴が居たとして、そいつが王様みたいな権力を持ってるわけじゃあないんだ。」
「へえ、でも僕らはそんな凄い組織の屋敷に居ますけど。それほど凄いって感じないようないんですが。」
 周りを見渡すと、そこには自分達以外にも多くの人物が椅子に座っており、それぞれ種族や立場もバラバラに見える。だが、どれもそれほどの地位を持った様には見えず、とてもいま説明されたような組織が所持する屋敷に居るとは思えなかった。
「強大な組織という事は、やる事も手広いのさ。実際、ここも商船組合の本館じゃなく、いくつか権限を移した別館でね。移された権限がなんなのかと言えば、商船組合関係の仕事や依頼を、各人の立場や経歴に合わせて斡旋する職業紹介場としての権限ってところだな。」
「なるほど、通りで周りに座ってる方々も、僕らと似たような雰囲気をしてると思いました。」
要は皆、職無しって事か―
 自分でも失礼な事を考えているのはわかるが、自分自身そのような立場なので別に罪悪感は覚えなかった。
(旅人なんて、職無しより酷い立場の場合もあるしね。)
 事実、自分達を他人から見れば、そんな風に見られるかもしれない。
「しかし仕事を探すって、雑用とかそんな感じの仕事って事ですか?ここで農業関係の仕事なんて紹介してくれそうに見えないんですが。」
 何故ならここは、商船組合の仕事案内をしている場所なのだから。第一、あったとしてもただの旅人の自分達が、望むような物を紹介してくれる可能性は低い。
「まあ、そこらは俺がなんとかするさ。口は達者な方だからな。」
「要は出任せとハッタリでなんとかするという事ですか。」
 実際それ以外に方法は無さそうではある。
「ここは係員と直接話をして斡旋する仕事を紹介する場所だ。そんなものでもなんとかなるさ。」
 そうこうしている内に自分達の順番が回ってきたらしく、係員が待つ部屋までの案内人がやって来た。

 案内人は仕事案内の係員も兼ねているらしく、部屋に入ると目の前にある机の向こう側へと座り、その対面に自分達が座るように促してきた。
「えー、それではリュンさんとアイムさんでしたか。お二人は旅を続けている外来人ということですので、当方としては、港での運搬作業などの短期でできる力仕事を依頼したいと考えています。お勧めは商業船内での雑用などですね、お二人はこれからも旅を続けるのでしょう?運賃が浮く上に旅費も稼げて一石二鳥ですよ。目的地へ向かう船に乗れるかどうかについては、こちらが調整しますのでご心配なく。」
 自分達が座ると同時に、一斉に言葉の雨を浴びせかけてきた係員。どうも案内される仕事がほぼ決まっている様子で、ここでの話も事務作業の一部といったところだろう。
(こんな調子じゃあ、仕事探しなんて無理なんじゃあないかな。)
 まあ仕事の紹介はしてくれているから、食うに困るという状況にはならないだろうが。
「いやあ、たかが旅人にそんな仕事を紹介してくれるなんて、大変喜ばしい事なのですが、こちらとしては一つ提案があるのです。あなた方組合にとっての利益になるかもしれない、そういう話なのですが。」
 係員に変わり、今度はリュンが口を開きだした。しかし、組合にとっての利益なんて、随分大きく出たものだ。彼の言う、出任せとハッタリとはこういう物か。
「我々にとっての利益ですか。大変失礼ですがそのような話を聞き入れる余裕というものは、当方としては持ち合わせていないのですよ。正直なところ、我々は現在特定の仕事に就いてらっしゃらない国民や、当面の費用を必要とする旅人に仕事を紹介する以外の権限というものを、組合本部から与えられていないのです。組合の利益や取り引きといったものに対する話であるのであれば、それ専用の窓口が別の場所にありますのでそちらをご利用に。それでは。」
 おっと、いきなり話が終わりそうな勢いだ。おそらく応対相手が仕事案内以外の話を切り出して来た時のためのマニュアルというものがあるのだろう。リュンはどうするのだろうか、付入る隙はあまり無さそうなのだが。
「いや、話を聞いてくれるだけでいいんです。それというのも、こちらの技能についての話ですので、仕事紹介にも無関係という訳ではないのですから。」
 なるほど、係員本来の仕事にも関わるというのなら、リュンの話を聞かないという事もできないだろう。
「ふむ、そちらの技能ですか。確かにそれが特殊なものであるのでしたら、こちらが紹介する仕事にも色を付けさせて頂きますが、それだけの事ですよ?その技能がどのようなものであれ、やはりこちらとしては仕事案内以外の事はできませんので。それでもよろしければどうぞ。」
 係員の態度は変わらないままであるが、話自体はすぐに終わるという段階からはある程度離れたようだ。
「いやあ、ありがたい話です。本題の我々の技能についての事ですが、それは農作業に関する知識と能力の事でしてね、私の隣にいる彼は生粋のランドファーマーなのでそういった能力が非常に高いのですよ。」
 とうとう、こちらの能力に関しての話が出てきた。実際そこまで自分の能力に自信は無いのであるが、ここでその事を言う訳にも行かず、アイムは冷や汗を隠すのに苦労していた。
「農作業ですか?それは確かに仕事を案内する上で重要な技能と思えますが。ところで、我々がどのような組合であるかはご存じで?」
 確かに商船組合が案内する仕事で、農業技能を発揮できる仕事というのは少なそうである。
「ああ、いや、当然商船組合についての知識はある程度こちらにもあります。だからこそ我々の力が必要なのでは無いかと考えたのです。」
 どうも話が噛み合っていないように思える。リュンには何か考えがあるようだが。
「私たち商船組合側としましては、必要性を感じているという事は特に無いのですがね。組合の外部である、あなた方にはそれがあると?是非聞いてみたいものですね。」
 係員の意見に同意したくなり、頷きかける頭を止めながらアイムもリュンを見る。
「技能に対する需要の無いところにそれを生むというのは、当然我々にも不可能です。ですが、そちらは必要性を感じていないという点で嘘をついてらっしゃる。我々はあなた方組合に対して、ある程度は知っていると言いましたよね?それは、農業に対する知識を持った人物を組合は現在必要としているという状況についても同様でしてね。」
 場の雰囲気が変わったような気がする、リュンの言葉で係員の表情が強張ったからだ。一方でリュンはニヤニヤとして、以前、ランドファーマーの能力について自分に話した時のような表情へと変わっていく。そういう表情は余計な諍いを生みそうなので、やめたほうがいいと思うのだが、本人はやめる気がなさそうだ。
「というと?」
 饒舌というか事務的であった係員の言葉に感情が籠っていくのを感じる。どうにもリュンという男は話し相手の感情を揺さぶるのが上手いようで、彼が係員と直接話ができるという事だけで自信を持っていた理由がなんとなくわかる。
「おっと、これ以上は組合の利益に関わる話になりますね。仕事案内のみを権限とするこの場では関係の無い話でした。すみません、忘れて下さい。」
 なんて嫌な奴だろう。先ほど係員に言われた嫌味をそのまま相手に返すなんて。突然、慌てた表情になる係員が可哀そうになってくる。まあ、ちょっとだけ、ざまあみろと自分も感じたのは内緒だが。
「え、いや、確かに私にはそのような権限しかございませんが。ですが、少々お待ち頂けますでしょうか。先ほどの話について権限を持った人物をこちらへ連れてきますので。」
 係員がどんどん慌てだすのを感じる。それと正反対にリュンの顔が生き生きとしだすのも。
「ええ、いくらでも待ちますよ。あなた方は私の話を聞いてくれている側で、我々は聞いて貰っている側なんですからね。」
 リュンの言葉を聞いて、係員はすぐこの部屋を小走りで出て行った。どうやらリュンの取引は成功した様子だ。
 それにしてもこの男はなんという奴なのだろうか。
「うん?どうかしたか?」
 ついリュンを見てしまったアイムであるが、リュンはどうだ、やってやっただろう。という表情をアイムに見せつけながら。余裕を持った様子でそう喋るだけであった。

 その後の展開と言えば、係員の上司であろう人物が部屋にやって来て、リュンが勿体ぶっていた情報を話し、そのまま仕事の契約といったものだった。随分と早い展開だったと思う。
 ちなみに現在は組合が用意してくれた宿に泊まっている。こちらも随分と良い待遇である。
「それで、俺達がする仕事がどんなものかはわかったか?」
「いいえ、まったく。」
 係員の上司とリュンが会話を始めたあたりで、会話を聞く事を辞めたせいである。ちなみに、場の胡散臭さに嫌気が差し始めたのが会話を聞かないようにしていた理由である。
「掻い摘んで話すとだ。組合は現在、この国で農家を専業としている奴等と対立している。組合側としてはこの対立関係を穏便にかつ、組合有利なように解消したい。そこで仲立ちする人材を必要としているが、農家側が全員、組合を敵視しているのが現状なので、組合側に話し合う上で必要な農業知識を持っている人材がいない。ならば外部から農業知識を持つような人材を雇って、農家達との交渉役にしようと考えたって訳だ。」
 そしてその交渉役に選ばれたのが自分達という事だろうか。確かに農家との交渉に必要な知識程度なら自分にはあるだろう。
「疑問点が二つあるんですけど言ってもいいですか?」
「なんだ?」
「一つ目は、組合が農業知識を持った人材を探していたのにそれを隠していた事です。」
 確か係員はリュンが農業知識を持っていると言った時、それを必要としていないと言ったはずだ。そもそも、そのような人材を探しているのに、仕事案内では紹介しない事も疑問である。
「その点に関しては、対立しているといっても国内での話だからな。身内の恥を外部に晒したく無かったって事だろう。どうせ、秘密裡に他国から知識を持った人材を探して交渉役にするつもりだったんだろうさ。」
「だったら僕達に仕事を頼む事も無いと思うんですが。」
 身内の恥を晒したくないのなら、なおさら自分達にそういった仕事を紹介しないはずだ。
「俺達が国内の対立を知らなかったのならそうだったろうな。だが、たかが旅人の俺達がそれを知っている以上、隠したところで、自分達の対立は俺達経由で外部にバレてしまう可能性が高い。なら、秘密を知ってる俺達を雇って身内にしてしまえば、秘密がバレる可能性も低くなる。丁度いい事に俺達は組合が望む能力を持っているのだからなおさらそう考えたんだな。」
 となると組合側にとって自分達はあまり有り難くない存在になるのだろうか。まあ、仕事を案内されたというよりもぎ取ったと言った方が正しいのだから、仕方の無い事だろう。
 それより、今後の行動には多少注意が必要になってくる事を考えた方が良さそうかもしれない。組合側が支援してくれる状況ではまず無いだろうから。
「じゃあ、二つ目の疑問についてです。そもそもなんで組合が農家と対立してるんですか?」
 いくら商船組合が海洋系の仕事ばかりしているからと言って、農家を敵に回す必要も無いだろうに。
 「そうだな、とりあえずこの国の商船組合が国自体の創設に関わってるって話はしたな?」
確か待合室で話した内容だ。それくらいなら覚えている。
「商船組合が王様なんでしたっけ?」
「概ねそんな感じだな。だから、当然この国では皆組合に貢献したがる。それが自分達の利益になるんだからな。」
 まあそうだろう、わざわざ国の創業者に喧嘩を売るより、媚びを売ってお零れに預かった方が良いに決まっている。そもそも、自分達からしてそうなのだから。
「そんな状況ならまず選ばれる仕事は組合と関係深い仕事だ。そちらの方が組合自体に受けが良い。農業なんかの商船業とは関係が薄い仕事ってのは、そういった組合が好む仕事を選べなかった奴がする余り物。そんな考えが国中に出来上がってるのさ。」
 なんという事だ。なら自分みたいな元専業農家はこの国では仕事を選べなかった搾りカスとして見られるという事か。
「急にこの国が嫌いになりましたねー。」
「お前にとってはそうでも、商船組合にとっては都合のいい構造さ。それが嫌なら国を出ていけばいい。ここは国外に出ていく為の方法がいくらでもある。というのが商船組合側の言い分なわけだ。」
 当然それで納得できるわけが無い。特に農家なんて普通は土地に執着する物じゃないか。
「それでも当初は上手く行っていた、商船組合側が多数派だったからだ。だが、組合が大きくなればなるほど、組合と直接関係無い雑多な仕事が増えてくる。それは不満を持つ側が増える事と同義だ。さらにそれにある問題が拍車をかけた。」
「ある問題?」
「お前はこの国に来てから組合員を何人か見ただろ。」
 確か、この町の門番に仕事案内の係員、話は殆ど聞かなかったがその上司、あと組合の屋敷でも何人か見たような気がする。
「全員、結構特徴的な外見してたろ?」
「みんな耳が長く尖ってましたね。」
 耳が長いだけなら、リュンもそうだがツリストの耳は尖ってはいない。尖っているのはエルフという種族だ。
「おおよそ、この国で商船組合に直接関係する仕事や、貢献度が高い仕事はエルフ族が指揮している。これは当初、商船組合を立ち上げたのがエルフ族だったというのが理由だが、もう一つに彼らがエルフの中でもシーエルフと呼ばれる種族であるという事に関係している。」
 シーエルフとは確かエルフ族の一種であったはずだ。エルフは周りの環境に対して常に影響を受けやすい種族であり、一所に住み続ければ、たった数世代で子孫の肉体に環境に対する適応できるような特徴が現れだすと聞いた事がある。
 そしてその変化が海に適応する方向に向かったのがシーエルフであるとも。
「彼らの外見的特徴の一つに指と指の間の水かきなんかもあるな。当然泳ぎが得意になる。短時間なら水中で呼吸ができたり、船上でのバランス感覚も優秀らしい。こういったものが個人の才能だったら良いが、種族としての能力になってくると話が別だ。どうやったって他の種族じゃあ太刀打ちできない。組合はそんな能力を重要視する。そして組合にとって利益の大きい仕事はシーエルフに任される事になる。」
 通りで組合員がエルフばかりのはずだ。これじゃあ他の種族は碌な仕事に就いてないのではないだろうか。
「種族が優遇されているんじゃなくて能力で格差が付けられたんじゃあ、どうしようも無いですよね。」
 文句を言いたくても言えない状況になってしまう。不満を発散する機会が無いのだからそれらはどんどん心に溜まってくる。
「一応能力中心に人材を選んでいるんであれば、そういった不満も抑え込む事が普通はできるんだが、その能力で選ばれるのが単一種族のみとなると、不満を抱く側は組合に選民思想が蔓延ってるんじゃないかと勘繰りたくなってくる。結局、両者の対立は外部からの助けが必要なくらいまでは深くなっていたってことだ。今回は国内農家との対立だが、他にもいろいろと問題があるんじゃないかね、この国は。」
 それでもある程度は組合が隠し通せている以上、それが表面化するのはまだまだ先の事かもしれないが。
「そういえば、組合側は隠していた農家との対立ですけど、良く知ってましたね。何か情報源とかあったんですか?」
 この町に来てからは別行動をしておらず、自分が知る限りは情報を集めていた風でも無かった。もしかしたら前もって知っていたのかもしれない。
「情報源?そんなもんは無い。」
「え?じゃあどこで組合の内情を知ったんですか?」
 やはり前から国の情報を知っていたという事だろうか。
「前もって言ってたろ?出任せとハッタリでなんとかするって。組合員に農作業についての話を振った時、何故かそういった仕事を紹介する姿勢を見せてくれなかったんでね、いくら商船組合だって農業についての仕事なんて単純作業が多いんだから何かしらあるはずだろ?不自然に思ったから、組合員にカマをかけてみたら、上手い具合に乗ってきてくれたってところだ。」
「という事は、その後、組合員の上司と話をしていたのも全部、出任せだったって事ですか!?」
 いくらなんでも無茶苦茶だ。どんな神経をしていたらそんな事ができるのだろうか。
「相手の言葉が聞こえなかった時、適当に相づちを打って会話を続ける時があるだろ?その要領だ。へたに知識を持って話すより、上手く会話できるぞ。」
 どうやら非常に図太い神経の持ち主である事がわかった。
「でも、それでもし失敗してたらどうするんですか?」
「その時はさっさと町を出ればいい、信用なんて俺達みたいな旅人には最初から無いようなもんだからな。痛手にはならないだろうさ。」
 あまりにもふてぶてしい事を言うリュンにアイムは頼りにすれば良いのか、不安に思えば良いのかよくわからない心情のまま、今日一日を過ごす事となった。


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