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作品名:ランドファーマー旅行記 作者:きーち

第18回   六つ目は星空の下で(2)
 山登りを楽だと考える人は居るだろうか。例えば、生涯を賭けて山に登り続ける登山家が居たとして、その者に山を登る事が楽か否かと聞けば、きっと苦しい物であると答えるはずだ。
 つまり、今、アイムは苦しみの中に居ると言う訳である。
「ちょっと、みんな、待ってよ。ペースが速いって、もっと、ゆっくり行こうって。」
 息も絶え絶えでアイムが登り続けるのは、ウエストモルタルのさらに西にある、タクリホウという山である。
 町で一旦登山用の装備を準備し、一泊してから、夜明けより少し前に出発したアイム達であるが、今は太陽が丁度、頂点に達する時間帯であり、要するに朝から昼に掛けて歩き続けているのだ。
「とは言っても、歩くのは普段の旅で慣れてるだろう。ちょっとバテ過ぎじゃないか? 」
 アイムの様子を心配してか、前を歩くリュンが歩く速さを少し落として、アイムに並ぶ。
「いやあ、持久力には自信があるはずなんですけどねえ。やっぱり普段歩き慣れてない、山を登ってるからでしょうか。」
 自身の種族としての能力には、結構、自信があったのであるが、山を登り始めて、暫くしてから、突如として息が乱れ始めたのだ。
「ですから、宿に荷物を預けましょうと申しましたのに。アイムさんったら、絶対に自分の荷物は自分で持つと聞かないんですもの。」
 セイリスもアイムの歩く速さに合わせてくれたのか、いつのまにかすぐ近くに居た。
「荷物を持っている事に関しては、いつも通りなんだから関係無いと思うけどなあ。まあ、登山用の道具も入ってるから、いつもより重いのかもしれないけど、山に登るまでは、別に辛くも無かったし。」
 ちなみに、荷物を預けて置けば良かったという話は論外である。自身が持つ荷物の中には、自らの魂とも呼べる農作業道具が入っているのだ。
「ランドファーマーは平地を好むと聞いた事がある。」
「うわ! 」
 今度、アイムに話しかけてきたのはドロクモだった。リュン、セイリスと来て、次はドロクモが話しかけてくる事は予想出来る事だったが、それでも驚いたのは、彼がアイムの背後から話しかけて来たからだ。
「それと、言うのも、ランドファーマーの、大陸分布図を作ると、極端に、高低差の、ある、地方には、住んでいない事が、わかるのだが、これは、逆説的に、ランド、ファーマーが、平地以外では、他の種族より、適応性が、低い、のでは無いかと・・・。」
 ドロクモが何やら、アイムの状態について説明しようとしているが、アイム以上に息を切らしているので、何を言いたいのかさっぱりわからない。
 なるほど、背後から話しかけられたのも、歩くペースの落ちたアイム以上にドロクモが遅く、いつのまにか追い抜かしてしまったからだろう。
「あの、ここらで一旦休憩にしません? まだ夜までには時間がありますし。」
 現状を適切に判断したアイムの提案を、拒否する者は誰も居なかった。まあ、依頼主であるドロクモの様子に、呆れてしまったと言うのも、理由の一つではあろう。

 タクリホウは、登山家達の間では、初心者から中級者までが登る山であるという話を、町で聞いた。熟練者になると、半日程で山を登りきってしまうくらいに、それほど標高のある山では無い。
 であるから、早朝に出発したアイム達にとって、山頂への道のりはそれ程急ぐ事も無い旅なのである。
「だからまあ、ここでもう少し休んでも夜には間に合うんじゃ無いですかね。」
 山道の中腹には、開けた土地があり、昼時にそこに辿り着いたアイム達は、そこで休憩に入った。そうして携帯食で腹を満たす。さらに出発の段階となった時、アイムは自身の疲れがそれ程引いていない事に気が付いた。
「どうしたんだ。本当に調子がおかしいんじゃないか? 」
 長く旅を共にしてきたリュンから見れば、アイムがこの程度の運動で根をあげる人物で無い事を知っている。
「風邪とかの病気でも無いと思うんですけど、なんだか疲れがどんどん溜まっていくんですよね。ドロクモさんはランドファーマーがどうとか言ってましたけど、関係あるんですか? 」
 こんな状態になったのは初めて事であった。別に体の調子自体が狂っている訳でも無いのだ。これが、何かの病気であるのなら、体に痛みや咳、熱などの症状が出るのだろうが、とにかく体力の戻りだけが遅くなっているのである。
「だから、ランドファーマーの肉体は平地向きだと言っているだろう。体の構造がそうできていると、種族間の差異を専門に調べている同業者が言っていたよ。体力の戻りが遅いのでは無く、何気ない動作一つ一つに必要以上の体力を使ってしまっているのだろうな。休憩中、疲れが取れないのも、そこが原因であろう。これまでの旅でその様な事は無かったのかね。」
 ドロクモの質問に対して、思い当る点は無い様に思える。旅の途中で困った事と言えば、船酔い程度である。
「船酔いと言うのも、そこに原因が無い訳では無いだろうさ。常に足元の揺れがある状態だからこそ、船酔いと言う物が起こるんだ。ランドファーマーであるのなら、それがより顕著に現れると予測できるね。」
 自分自身としては、旅に向いている特徴だと思えた、ランドファーマーという種族に対して、そう言う欠点があるとは思いも由らなかった。
「じゃあなんですか。やっぱり、僕ってここでリタイヤしといた方が良いんですか? 」
 なんとかそれだけは避けたい。そもそも、ドロクモの依頼を請けたのは自分なのだ。ここで諦めるなんて考える事もできない。
「そうとも限りませんわ。だって船酔いもアイムさんはすぐに克服したじゃありませんか。そもそも、もう山頂まで半分という所まで来ていますのに、わざわざ山を降りると言うのは理屈ではありませんし。」
 確かに山を降りるのも登るのも、同じ距離であるならば、依頼を全うできる道を選ぶべきである。
「そう言うのはあるかもしれないね。慣れや経験と言うのは欠点を克服出来る物だから。それに、まったく疲れが取れていない訳でも無いのだろう? もう少し休めば山頂までに向かう体力くらいは戻ってくるはずだ。」
 だと良いのだが。
「まあ、学者さんはそんな欠点持ちのアイム以上に疲れ果てて居たがな。」
 場を和ますつもりか、リュンは先ほどのドロクモの姿を思い出す様に話す。
「あれは仕方の無い事だよ。何せ私は君たちよりも体が重いのだ。肉体に対する負担も大きい。」
 腹を揺らして偉そうに言うが、誇るべき物でも無いだろうに。
「でも、暫く休むにしても暇ですね。小話でもしますか? 」
 休みに時間を掛けるのは自分の責任であるので、なんとか周りに負担を掛けない様に気などを使って見せた。
「小話と申されましても、急に言われては何も思い浮かびませんの。」
 まあその通りだ。慣れぬ気など使うべきでは無かったか。
「なら、これから調査に行くドラゴンについて話して貰うってのはどうだ。多分役に立つし、なにより詳しい学者先生が居る。」
 リュンがちらりとドロクモを見ると、待ってましたと言わんばかりに背を伸ばした姿が映った。
「うむ。確かに丁度良い機会であるな。では話そう。今から調査に向かうのは空に棲むドラゴンで有るとはもう説明したな。ならば君たちは、それをどの様な姿であると想像するかね。」
 ドロクモが話を始めると、その雰囲気が大きく変化する。これまでがただの中年男性らしい姿だったとしたら、今は確かに学者であると感じさせる物になっている。
「空を飛ぶくらいなんですから、羽根があるんじゃ無いですか? 」
 羽根と言えば、森に棲むドラゴンにも生えて居たが、空に棲むからには、さらに大きい物を持っているかもしれない。
「流星と見紛うくらいですもの、もしかしたら胴が細長い生き物なのでは? 」
 セイリスもドロクモの授業には乗り気らしく、積極的に発言するつもりの様だ。
「この場合、セイリス君の方が近い姿を言い当てているね。アイム君の意見は、一見正しい様に思えるが、大きな翼はそれ自体が重りとなり、空を飛ぶ上で邪魔になる場合がある。空のドラゴンは常に空を飛び続けているから、その様な重りを持つ事は無いだろう。」
 そう言う物だろうか。鳥にはあまり興味が無かったので、詳しい事を言われても反論すら出来ないだろうから、素直に受け止めて置く。
「私自身、近くでその姿を見た訳では無いが、多くの伝承や言い伝えで語られるその姿は、蛇やミミズの様な物らしい。」
「蛇とミミズですか・・・。」
 なんとも威厳の無い姿ではないか。特にミミズが空を飛んでいる姿を想像するのは、なんとも可笑しい気分になる。
「まさか正真正銘、それらが空を飛ぶ訳では無いから、恐らく細長い印象と、手足が無いという身体的特徴から、その様な姿が導き出されたのだろう。」
 確かに、本物の流星も細長く、手足などは無い。しかし、本当にミミズでは無くて安心した。
「でも、それはおかしくありませんこと? 手足の有る無しはともかく、翼が無いのに空を飛ぶと言うのは、少々想像できませんわ。」
 虫や鳥だって翼があるから飛べるのだから、セイリスの意見は理解できる物だ。
「それに関しては色々説があってね。本当は翼があるという物や、体自体が空気に浮いてしまう様な生物なのではと言った物から、玉石混交だ。これらは、実際にその姿を間近で確認した者が殆ど居ない事が原因と私は考えた。」
 見た事も無い物を想像するのは簡単だが、結局意味の無い物になってしまっているという事か。
「だからこそ、今回の調査では、この足で出来る限りドラゴンに近づきたいと考えてね。もちろん、君たちを雇ったのは、ドラゴンを観察する目を増やすためだよ。」
 なるほど、ドラゴンの姿がどの様な物かを確認するのだから、その人数は多い方が良いと言うのはわかる話である。
「聞いた限りじゃあ、そんなに危険でも大変でも無いですけど、じゃあなんで、僕らが仕事内容を聞いた時、あやふやな答えで返したんですか。」
 ドラゴンの調査だと言えば、大変な仕事だと思われてしまうかもしれないが、しっかりと説明を聞いてみると、それほど難しい仕事でも無い。
「空のドラゴンと言うものが、まったくもって調査の進んでいない生物だからだよ。それに近づくと言うのは、もしかしたら危険かもしれない。」
「つまりは、あんた自身も良くわかって居ないって事か。別に仕事内容を心配する訳じゃあ無いんだが、実際、そんな状態で山頂に登ったところで、上手く行くと思っているのか? 」
 リュンの発言は、皮肉では無く単純にドロクモへの心配であった。未知の物に挑むと言うのは、それだけで不安定な物であり、綿密な準備が必要なはずだ。
「一応、スポンサーの富豪から、こういった物を借り受けている。」
 ドロクモは自分の荷物を探ると、そこから一本の筒を取り出した。
「それは望遠鏡ですの? 」
 望遠鏡とは、その名の通り遠くの物を見る道具である。どの様な構造によって、その機能を果たしているかをアイムは知らないが、それが随分と高級品である事は知っていた。
「その通りだ。遊興に使うくらいなら、実益に繋がるかもしれない方法で使ってくれとの事でね。一本しか無いから私が使わせて貰う事になるが、それでもドラゴン調査には役立つはず。」
 空のドラゴンの正体が良くわからないのは、対象との距離が遠い事もあるので、確かにその通りだろう。
「だが、それで十分と言う事でも無いんじゃないか? 」
 まあ、レンズ付きの筒が一本あれば、ドラゴンの正体に繋がるのなら、苦労は無いだろう。
「それもその通りだ。だが、誰もが準備が出来た上で物事に挑むのでは無い。何事も開拓者と言う者が居て、それらは皆、不十分な状況で物事を成して行ったはずだろう? 私がそれになってみるのもまた一興。」
 この人はもしかしたら学者と言うより探検家の方が向いているのかもしれない。そのためにはまず、体力を付ける事から始めた方が良いかもしれないが。
「そう言う事なら、ここらで休むのを辞めて、一気に山頂を目指してみましょうか。話を聞いている内に、なんだか体力も戻ってきたみたいだし。」
 体はまだ休息を必要としているのに、その様な嘘を吐くアイム。だが、それでもやる気だけは何故か溢れてきていた。
 その原因と言えば、もしかしたら、未知の物事に挑もうとするドロクモの姿を、旅に出た時の自身の姿に重ね合わせて居たからかもしれない。

 息と息との間に隙間が無くなるほどに、呼吸を乱し、額から足先まで汗だくになる。その様な疲れの代償として、アイムが手に入れたのは山頂と言うゴールだった。
「は、はは、な、なんとか、辿りつきましたね。」
 山の中腹から、山頂に至るまで、アイムは休む間もなく登り続けて来た。中腹での休息も、それほど疲れを癒す物では無かった以上、やる気と見栄だけでここまで来たと言える。
「夜までには時間があるんだ。少し休んだらどうだ? どうせ、山頂で一夜を過ごす事にもなるだろうしな。」
 リュンが見るアイムの顔は疲労と長時間の運動によって、真っ赤に染まっている。あと少しでも無理をすれば、この色が青くなる事だろう。
「え、ええ、そうします。でも、せっかく山頂まで来たんだし、山の風景を一度でも、見て、みたいかなって。」
 どうにも息が続かない。一日で登りきる事が出来る山と言っても、さすがに山頂は空気が薄いらしい。
「そうですわね、せっかくの記念ですもの。ほら、あそこから、良く周りの景色が見えますわよ。」
 山頂付近は木々が少なく、風景を見ようと思えば、すぐに見る事が出来た。他の場所ではこうは行かない、自然が多く、むしろ視界が遮られるからだ。
「というより、山頂が、不自然なくらい、開けているって言った、方が正しいかも、しれませんが。」
 先程言った通り、木々も少ないし、地面がしっかりと固められているので、火とテントがあれば、すぐにでも野宿が可能な場所である。
「辿り着いたゴールが鬱蒼とした森の中だと、なんだか嫌だろ。登山客だって居ない訳でも無いしな。」
 確かに、今は山頂には自分達だけしか居ないが、自分達が登って来た山道を見るに、前人未到の地というのは有り得ない。
「ドロクモさんが居れば、詳しく説明して頂けたかもしれませんが・・・。」
 彼は今、山頂に登り切ったすぐ後に倒れた。別段、健康に支障は無く、ただ単に体力の限界が来て休んでいるだけである。
「お前も景色を見たらそうしろ。本番は夜が来てからだしな。」
 その通りだ。疲れ果てて依頼を十分に行えなければ本末転倒になる。
「は、は、夜までには、なんとか体力を戻して置きますって。」
 そう言いながらも、重い足を動かして、山頂からの景色が見える場所まで歩く。
「へえ、さすがに凄いや。」
 山から見える風景は、すべてが小さく見えた。遠くに見える町も野原も、まるでミニチュアの様で、今にもこの手で覆ってしまえそうだ。視線を下に向けると、これまでの道のりの証である麓から山頂まで続く、山の輪郭が映る。それは決して小さい物では無く、むしろ自身がどうしてここまで登ってこれたのか信じられない程だ。
 なにより驚くのは空である。日が傾き、青と赤が混じり始めたその空には雲が浮いている。雲は、地上で見る景色と同様に天高くを浮いているが。中には、手が届きそうに思えるくらいに近い物があり、この場所が下界とは少し違う場所であると言うのを、どこと無く感じさせてくれる。
 一瞬であるが、自身の疲労すらも忘れて、その絶景に見入る。
「これなら、確かに地上より流星が良く見えそうですね。」
 錯覚なのだろうが、確かに空が近くに見えた。
「雲の流れも早い。この調子だと夜は満開の星空が見えるだろうな。」
 それは、ドラゴン調査をする上で幸先の良い話だった。
「それじゃあ、山からの景色も確認出来た事だし、ちょっと休ませて貰いますね。実はもうへとへとで。」
「いちいち言わなくても、一目見ればだれだってわかることだから、さっさと休んで来い。」
 そんなリュンの言葉を背中に受け、ドロクモの居る場所までのろのろと歩いて行くアイムであった。

 暫く歩くと、山頂にある広場が見える。ここで、登山者などはテントを設置して、一夜を過ごすのだろう。
 アイム達もそのつもりであり、彼らが設置した旅用のテントが広場の中央付近にぽつんと存在していた。
 どうにも、他の登山客は居らず、自分達だけの様であるが、それには訳があった。
「神様が降りた山だっけ。もしかしたら、空のドラゴンが関係しているのかもしれないなあ。」
 ウエストモルタルで、このタクリホウと呼ばれる山は、神が天から山頂へと降りてきたと言う話が伝えられているらしい。
 特に流星群が見れる時期は、その神が降り立った時期と重なるらしく、土地の者はこの時期に山を登る事に抵抗感がある様だった。
「おかげで、登山用の道具を集めるのに苦労したっけ。」
 少なくとも、良い目では見られなかった。だが、別に山登りが禁止されている訳でも無く、無理矢理止められると言う事も無かったが。
「ま、なにはともあれ、夜まで待とう。きっと面白くなるはずさ。」
 例え、見える流星群がドラゴンで無かったとしても、それはそれで良いと思える様にもなった。
 この山から見える流星は、きっとドラゴンで無くとも、アイムの心を湧き起こす物だろうから。
「とと、危うく通り過ぎる所だった。ドロクモさん、居ますか? ちょっと僕も休ませて貰いたいんですが。」
 ・・・返事が無い。何事かあったのだろうかと、テントの中を覗いてみると、ドロクモがいびきを掻いて眠っていた。
「よくやるよなあこの人も、まあ、本番は夜だから、今の内に寝ておこうって考えはわからなくもないけど、火も点けずに寝るなんて。」
 旅の途中で、この様なテントを張り、休む場合は付近にたき火を起こすのが決まりの様な物となっている。
 ただでさえ、テントと言うのは不用心な物なのだ、そこで暖をとり、野生の獣が寄り付かない様にするのは当たり前のことであるのだが。
「山登りに向かないはずのランドファーマーより、体力が無くて、さらに不用心。良くドラゴン調査なんかしてるよね、この人も。」
 これまでして来た調査と言うのはどの様な物だったのだろうか。彼が起きれば聞いてみるのも良いかもしれない。
「それより僕も少し休まないと。」
 実は、もう少しで立つのも困難になりそうなのである。当然、焚き木を集める体力は既に無いので、携帯燃料と、焚き木の代わりとしていつも旅道具に用意してある木炭で火を起こす。
 これでは長時間、火は持続しないだろうが、すぐにリュンやセイリスも戻ってくるだろう。それまで持てば良いのだ。
「よし、これで、とりあえずは大丈夫だよね。」
 どうにも、これだけの作業で、残った体力も無くなってしまった様だ。ドロクモの事を悪くは言えまい。
 アイムも彼にならってテントへ向かい、一眠りする事にした。

「お・・・い・・は・・・・ろ・・・・・もう・・は・・・っ・・ぞ・・・・。」
 なんだろう、何かが聞こえる。誰かの声だ、それも良く聞く・・・。
「おい! いい加減に起きろ、もう外は夜だ、仕事の時間だぞ! 」
 声の正体はリュンであった。彼は少し苛ついているのか、声を荒らげ、アイムの肩を揺すっている。
「・・・あれ、僕・・・寝てました? いやあ、確かに疲れたんで一眠りしようかなとは考えてましたけど・・・何時の間に。」
 眠る瞬間と言うのを憶えている者は少ないが、そのさらに前の記憶まで無くなっている。これはそうとう疲労が溜まっていたのだろうと理解するアイム。
「まったく、寝惚けるのも大概にしとけ。あの学者先生と言い、どうしてそんなに寝起きが悪いんだ。」
 なるほど、リュンが苛立っているのは、ドロクモを起こすのに相当苦労したからだろう。その怒りが自分に周ってくるのはとんだとばっちりである。
「あはは、それより外はどうなってます? 流星、もう流れちゃいました? 」
 ここで寝過ごしたなどとなったら、苦労した意味が無い。
「安心しろ、今は丁度、夕日が沈んだ頃合いだ。夜はこれからだよ。」
 となると、それほど長時間、眠っていた訳でも無いのだろう。アイムがテントで休んだのは、夕刻に近い時間帯であったはずだ。
「うーん、でも、やっぱり一睡すると疲れの取れ具合がぜんぜん違いますね。」
 腰を上げて、伸びをする。筋肉痛から何かか、体中に若干の痛みとダルさが広がるが、我慢出来ない程では無い、むしろ心地よいくらいだ。
「こっちはこれから徹夜になりそうなのに、睡眠を摂れなかったがな。」
 とは言うものの、今のリュンがそんなに眠そうと言う訳でも無い。朝が早かったとは言え、彼は経験のある旅人だ。一日二日の不眠だろうと、ものともしないのかもしれない。
「一応言っとくが、俺は途中で仮眠くらいはするからな。ドラゴンに興味があるのは、お前らなんだ。しっかり調査しろよ。」
 そう言えば、彼はそれほどこの依頼に乗り気では無かった。いつもの仕事に対する真剣さが無い。まあ、あの嫌らしい笑みを浮かべながら空を見つめる彼など、想像したくも無いが。
「そりゃあしますよ。これから、新しいドラゴンとの出会いがあるかもしれませんからね。」
 腰を上げた状態から、完全に立ち上がろうとして、テントの外に出る。簡易テントには、人一人が立つだけのスペースも無いのである。
「へえ、やっぱり、山の上は夜の景色も良いんだ。」
 空気が澄んでいる。空の上には、いつもの旅路で見る星々よりもさらに多い光が天空を染めていた。
「ああ、でもちょっと寒いかな。まだ暖かい季節だけど山の上だし仕様が無いか。」
 むしろ、肌に触れる寒さが目を覚ますのに丁度良かった。
「一応、火は絶やさない様にしている。こんなところで凍死とか笑えない冗談だからな。」
 アイムが点けた携帯燃料と木炭に火が、今はちゃんとした焚き火になっている。リュンかセイリスか、恐らくその両者が焚き木を集めてくれたのだろう。
「すみません、なんか、お世話させちゃったみたいですね。」
 本来なら自分の仕事でもあるそれを、自分が寝ている時にやって貰うと言うのは、なんだか申し訳無かった。
「別に良いさ。こう言うのは出来る奴がやれば良いんだ。どう考えても、お前は出来る側じゃなかったしな。」
 片方の口を吊り上げ、笑うリュン。彼なりのアイムに対するフォローのつもりなのだろう。実際、少し重荷が無くなった。
「それより、仕事だ仕事、あの先生、こっちがさんざん怒鳴っても起きなかったくせに、夜だと聞くと、跳ね起きて流星を見に行ったぞ。」
 なんとも目に浮かぶ様な光景だ。それにしても、アイムはドロクモの近くで眠っていたはずであり、怒鳴り声だって聞こえる範囲に居たはずだ。だと言うのに、さっきまで起きなかったのは、ドロクモ以上に寝起きが悪いと言う事だろうか。
「あっれえ? そんなに起きるのに苦労した事は無いのになあ。」
 これもランドファーマーが山に弱いと言う奴のせいだろうか。まあ、考えても仕方の無い事である。
 アイムは疑問を覚え、手で頭を掻きながらも、今は依頼に集中しようと考え事を頭の隅にへと追いやったのだった。


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