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作品名:ランドファーマー旅行記 作者:きーち

第16回   五つ目は国の間に(4)
 シクラ島に上陸するアイム達は、森の中に紛れて進んでいく。道が無い訳では無いのだが、そういった場所には見張り台らしき物が建てられており、自分達の存在が見つかってしまう可能性が高かった。
「島自体がそれほど大きく無いのは幸運ですね。迷っても、適当に進めば島の端のどこかへ行き着きますし。」
 暗闇の中、森の中を進む不安感を、当然アイムも持っていたが、上陸までに居た海の上よりは、限りがある場所であるので、まだ随分とマシであるのだ。
「そのどこかが、島の住人の目の前とかじゃ無かったら良いんだけどな。」
 いつもは無駄に自信に溢れているリュンであるが、今回も彼が提案した作業であると言うのに、どこか不安気であった。
「ぶっちゃけると、仕事を成功させるには、島への上陸は必要不可欠だと判断して、ここまで来たが、潜入して情報収集なんてのは殆ど経験が無いから、問題無く出来るかどうか、不安なんだ。」
 彼の職業は元々旅の商人であるので、仕方の無い事であるが、ここまで来て、その様な事を言うのはどうなのだろう。
「とは言っても、やらなければいけない事は決まってらっしゃるのでしょう? なら、それをするしか無いのでは? 」
 唯一平常心で居るのは、セイリスのみである。小さい彼女を見ていると、まったくそうは思えないのだが、彼女の度胸と言うのはなかなかの物である。
「島の住人を調べるんですよね。具体的には何を? 」
 住人の家に忍び込むとか、そう言った仕事であるならば、途端に難易度が上がりそうだ。ここに居る3人は、盗人の経験などまったく無いのだから。
「まず調べたいのは、サールマとオークマ両陣営に所属する者の服装だな。両者が島内で入り乱れている状況なら、両者を区別する共通点みたいな物が、服装にあるはずだから、それを調べたい。あとは、両者の装備や、島に対する執着がどれほどの物かとか。」
「服装や装備ならともかく、執着ってなんですか。調べられる物なんですか? 」
 相手の感情を調べる様な技能なんて持ち合わせては居ない。
「うーん、人の感情とかじゃなくて島への入れ込み具合がどうなのか調べたいんだよ。例えば見張りを真剣にやっているかだったり、島に何人の人を送り込んでいるかだったり。」
 それなら調べられなくは無いが。
「つまり、両国がどれだけ島の領有争いに取り組んでいるか、調べたいという事ですの? 」
「あー、そうそう、そういう事だ。」
 そう言われると、確かに「国民の利益を守る会」の依頼に関係しそうな事である。
「特にオークマ側だな、調べたいのは。オークマ側の立場でいったいどんな連中が、島の領有権を主張しているのか。「国民の利益を守る会」との接触で、いったい誰がサールマ側に喧嘩を売ってるのか、分からなくなってるからな。」
 過激派がサールマ国に対して、強い敵意を持っていない以上、いったい両国間の争いは何故生まれているのか。それを調べる必要がある訳である。
「もしかして、何か検討が付いているのでは? 」
 森林の中を、枝を折り、葉を踏みながら進み続けていると、セイリスがリュンを見ながら話し出す。
 確かにリュンの行動は、目的が無くては出来ない事である。今だって、迷いも無く真っ直ぐ進めているのは、彼が指針を決めて居るからだろう。
「んー、まあな。多分、オークマ側を重点的に調べる事になると思う。」
 つまりリュンは、オークマ側に事の発端があると考えている訳だ。
「でも、島を欲しがってるのはオークマの過激派じゃあ無いんですよね。だったら・・・。あれ? つまりは・・・。」
 何だろう、何か気付きそうな気がする。
「おっと、話はそこまでだ。どうやら、どちらかの国の集落が見えてきたぞ。」
 木々の隙間から光が漏れている。恐らく火によるそれだ。
 隙間から覗くと、簡易的に作られた小屋が幾つか並んでおり、中心に大きな篝火が焚かれていた。
 篝火の周りには何人かの人影が、深夜だと言うのに忙しなく動いていた。
「一見するとエルフが多いようですわね。サールマ側の集落かしら。」
 オークマ国側から上陸したのに、サールマ側の集落に辿り着いたという事は、どうにも島の反対側まで歩いて来てしまったという事だ。思った以上にこの島は小さい。
「だよね。ほら、腕も思いのほか長いし、暗いし遠いしで、髪の色は良くわからないけど。」
 だが、ウッドエルフらしき人影が多いという事は、サールマ側の可能性は高い。
「腕に腕章らしき物を付けてないか? それも全員。サールマ国の文化か何かか? 」
 リュンが目を細め、暗闇の中を見ようとしている。その行為のおかげかどうかわからないが、どうやら、自分以上には視界が広い様である。
「腕章については良く見えませんけど、サールマ国ではそんな物を着けてる人は見ませんでしたよ。」
 まあ、それほど長い期間居た訳でも無いので、断言は出来ないが。
「文化云々に関しても、わたくしはその様な事を聞いた事がありませんわ。」
 つまりは、あの腕章はここに居るウッドエルフのみが着けているという事だろう。
「なら、あれはサールマ国側だと証明するための物って事か。幸先が良いな、サールマ国側の情報については、だいたい知りたい事がわかった。」
「え、これだけで分かったんですか? 」
 随分と早い。何の危険も無く片方が終わってしまう。
「服装と装備と、島に対する真剣さを知りたいって言ったろ? 服装については、腕章がサールマ国の目印だし、装備はなかなか重装備じゃないか。」
 確かに、ウッドエルフ達はどれも肩幅が大きい。別に体の構造がそうなのでは無く、皮鎧を着ているからだろう。何人かは小さ目の弓らしき物を持っている様だ。
「小さな集落なのに、夜にこれだけの人数が出歩いている事を見ると、夜も島の防衛に動いてるって事だ。まだ、オークマ国と小競り合いさえ無いだろうに、準備段階ですらかなり真剣なんだろうさ。」
 今にも、戦争を始めそうな様子ではあるか。
「まあ、これで欲しい情報が集まったんなら良いんですけどね。島に対する意識も真剣だって言うなら、見張りも真剣そうで怖いし・・・。」
「おい! 誰だ、人影が見えるぞ! 」
 やばい、見つかった。
「ちょ、二人とも、逃げましょう! 」
 そう言って、リュンとセイリスを見るが、そこには二人の背中が見えるのみである。
「あ、二人ともズルい! 」
 どうやら、声が聞こえた時点で、直ぐに逃げ出したらしい。旅人として、必須の技能かもしれないが、なんだか釈然としない心持ちのまま、アイムは二人を追いかけるのだった。

 森林の中というのは、当然走りにくい。肌を晒している場所には小枝がぶつかり、血は滲むし、木の根に躓きそうになる。
 だが、それは追う側だろうと同じ事で、むしろこちらの方が軽装備なので、木に行く手を阻まれる事が少なく、無事に逃げ切るというのは可能であった。
「はぁ、はぁ、ちょっと、二人とも、逃げ足が随分早くありません? 」
 こちらに声くらい掛けてくれても良さそうな物である。
「危険だと思ったら、真っ先に逃げ出せ。旅人としての基本だな。」
 何故か得意気なリュン。笑った顔が何とも憎らしい。
「でも、アイムさんだって逃げ切る事ができたじゃありませんか。」
 まあ、それは農家としての脚力を舐めないで貰いたいところだ。
「ランドファーマーは持久力が結構あるから、長距離を走るのは得意ってのもあるんだけどね。」
 逃げ足には、短距離の速さより、長距離を速度を落とさず走る事が重要なのである。
「あら、それとても宜しい事ですわ。」
 逃げ足が速い事がそんなに宜しい事なのだろうか。
「でも、サールマ側に見つかったって言うのは危ないんじゃないですか? 森の中の見張りが厳重になるかも。」
 そうなれば、シクラ島での調査も、ここで終わってしまう。
「確かにそうだが、恐らく、オークマ側はサールマ側よりは、見張りが厳重じゃ無いだろうから、急げばまだ調査する時間が残っているだろうな。」
 どういう事だろう。島を守る側が真剣ならば、島を攻めようとする側も真剣であるべきだろうに。
「とりあえず、行ってみればわかるさ。時間が経てば、調査の機会が少なくなる事には変わり無いしな。」
 そう言って、歩き出すリュンの足は、先程、全力疾走したとは思えない足取りであった。

「まあ予想していた通り、オークマ国側の警戒は薄い薄い。」
 確かにオークマ側に向かうに従って、道に配置されているはずの見張り台の数が極端に少なくなっているし、何より、人影自体が無い。
「みんな眠ってるんですかね。」
 オークマ側の集落にまで辿りついたが、そこにはサールマ側で見た様な篝火も無い。おかげで、様子を見るのも一苦労のはずなのだが、人が居ないせいで、じっくりと観察する事が出来た。
「かもな、なにせ夜だし。」
「先ほど、サールマ側で騒ぎがありましたのに? 」
 セイリスも、オークマ側の様子に疑問を持っているらしい。
「サールマ側での騒ぎなんだから、オークマ側の誰かが起こしたと思ってるんじゃないか? なら自分達が慌てる必要も無いしな。」
 本当にそうだとしたら、とんだ腑抜けの集団だ。
「本気で、オークマ側は何を考えているのか分からなくなって来ましたよ・・・。」
 そもそも、シクラ島での問題は、オークマ側がシクラ島の領有を主張し始めた事では無いか。だと言うのに、この真剣さの無さは何なのだ。
「アイム、お前、さっき何かに気付きかけていただろ。あれは何だ? 」
「なんだと言われても、馬鹿馬鹿しい考えですよ。ちょっとした思い付き程度の。」
 よく考えればそんな事はありえないのに。
「良いから言って見ろって、当たってるかもしれないだろ。」
「だーかーらー、オークマ国の過激派が島の領有を主張していないんだったら、穏健派が主張してるんじゃないかって思っただけですよ。でも、そんな事する必要が無いでしょう? 」
 穏健派は、相手に攻撃的にならないから穏健派なのだ。
「なんだ、当たってるじゃないか。」
 リュンはアイムの答えに満足そうに頷く。
「え? 当たってるって、じゃあ本当に穏健派の人達が争いを扇動しているって言うんですか? 」
 その通りだと、リュンは自分の予想を明かす。つまり、このシクラ島での騒動は、オークマ国の自称穏健派と呼ばれる連中が引き起こしているのだと。
「わかりましたわ! 穏健派の方々には、オークマ国の貴族が多いのでしたわね。」
 セイリスも状況が理解出来たらしく、手を叩き、何やらヒントになりそうでならなさそうな、話をする。
「ちょっと二人とも話の内容まで置いて行かないでくださいよ。こっちはぜんぜん状況がわからないんですから。」
 逃げ道で先に行かれて、仕事まで放って置かれていては立つ瀬が無い。
「簡単な話だ。穏健派は貴族が多い。そして貴族は事なかれ主義で、騒動を嫌う。」
 だから、シクラ島の領有を主張する事は無いのでは。
「シクラ島の問題は騒動その物じゃ無いですか。」
「騒動の順番が違うのさ。シクラ島の問題の前に、オークマ国の中ではサールマ国との間で、交流関係の悪化が起こっていて、そのせいで過激派である「国民の利益を守る会」が生まれている。」
 つまり、シクラ島での問題より先に、過激派が国内で暴れているという騒動が起こっていたという訳だ。
「貴族連中、まあ恐らく「平和を守る会」みたいなのが行動を起こす様になったのは、その頃だろうな。何とかして過激派達を鎮静化したいと考えたんだろうさ。」
 過激派と言っても、彼らは一般国民の集まりだ。無理矢理鎮静化したって、新たな騒動の原因を生むだけでは無いだろうか。
「ですから、シクラ島の領有を主張して、問題の矛先を変えようとした訳ですのね。」
 騒動の解決のために、新たな騒動を起こすというのはどうなのだろう。
「結局、解決しなければならない問題が増えただけじゃないですか。」
「増えた問題の内容によりますわよ。例えばその騒動が、元々あった騒動を潰してくれるとしたら・・・。」
 毒を持って毒を制する形になる訳か。
「「平和を守る会」はシクラ島の問題に対して、どんな意見を言っていた? 」
「特に何も。国内の過激派には困ってるとは言ってましたけど。」
 良く考えてみればそれも可笑しな話だ。シクラ島の問題があるから過激派にも困っていると言えば良いのに、その話をせずに、過激派だけに困っている様に話すとは。
「一応、俺達はサールマ国側からの使者だからな。嘘を吐かず、それで居て、すべての問題が過激派にあると思わせたかったんだろうな。だから、シクラ島の問題にはあえて触れなかった。そもそも、サールマ国にはしっかりシクラ島の領有を宣言しているんだ。本来、そういった事をするはずの貴族達が後ろについている穏健派が無関係なはずが無いだろうに。」
 そうか、シクラ島での問題を詳しく話せば、過激派が何故シクラ島の領有を主張しているのかという意見が当然出る訳で、そこから、過激派と呼ばれるそれが、いったいどういう存在なのか興味を持たれる可能性がある。
「詳しく調べられて、シクラ島問題が穏健派の自作自演だと知られたら、それこそ両国間の関係が最悪な状況になりますね。」
 下手を打てば戦争か。恐ろしい話だ。
「さて、そこで問題だ。もし、穏健派の思惑通り、シクラ島や諸々の問題が、過激派達の仕業と言う事になればどうなると思う? 」
 サールマ国の敵意は当然、過激派へと向かう。国内でも悪戯に両国間を争いへと巻き込もうとする団体なんて支持される事は無くなるだろう。
「全部の責任が過激派へと向かっちゃいますね。」
 まったくもって笑えない話である。これだから悪巧みというのは嫌いなのだ。
「それだけじゃあ無い。過激派が潰れた後は、これ見よがしに被害者を気取るだろう。そうなれば、サールマ国からの敵意は薄れるだろうし、何より元々、サールマ側には交易上の不公平をオークマ側に与え続けてきたという罪悪感が残る。それは、今後の交渉を上手く運ぶ手段として使われる事になるだろうな。」
 なんという事だ。問題の元凶を作った穏健派だけが得をする構造になっているとは。
「でも、自分達の利益を守るために全力を尽くすのは、人として当然の行為でもあると思いますわ。」
 穏健派をかばう様にセイリスが話す。純潔教的には、そういった事も許容範囲らしい。
「だって、状況を放っておけば、被害を被るのは穏健派の方々だったのですから。それを何とかしようとする行為に後ろめたさはあっても、一概に悪と言う事は出来ないと思いますの。」
 結局は、誰かが損をしなければならないのだから、誰かが悪いという訳では無いのだろう。まるで、いつか爆発する風船を、押し付けあっている様だ。
「なんとも複雑な問題だな。結局は他人事なんだろうが、そこに仕事として関わっている以上、無視する事も出来ない。」
 さすがのリュンも、国家間やら組織間の問題には、思い悩む事もあるらしい。本当に珍しい事である。
「でも、やっぱり穏健派に一番の責任があると思いますよ。」
「あん?」
 いきなり何を言い出すのかという表情をするリュン。
「だって、このまま何もしなかったら、サールマ国と「国民の利益を守る会」の人達が損をして、穏健派だけが得をする事になるんですよね。一つの利益のために、二つが不利益を被る。これってすっごく不公平です。」
 アイムと話を聞いた後、リュンとセイリスの表情は途端にきょとんとした顔へと変わり、そしてリュンのみ、そこから笑い顔へと変わって行った。
「あっはっは。その発想は中々の物だな。そうか、損をする側が多いのは不公平か。その通りだ。おい、どう答える、セイリス。」
 誰かが損をするなら、それ以上の利益を誰かが得ないと意味が無いではないか。笑う程の物なのか。
「それは、まあ、その通りですけれど・・・。」
 セイリスと言えば、アイムの発言に反論する事は出来ないが、引っ掛かる物はあるという様子だ。
「なら、もう一つ、俺達が穏健派の企みを何とかしなければ行けない理由があるんだが、それを聞けば納得するか? 今、アイムの話を聞いて思い出したんだが。」
 思い出す事など有っただろうか。
「それはいったい?」
 セイリスの返事を聞いたリュンの顔には、既にあの、嫌らしい笑顔が浮かんでいた。
「俺達に仕事を依頼したのは穏健派の「平和を守る会」じゃない、「森林を守る会」と「国民の利益を守る会」だ。なら、俺達がしなきゃいけない仕事は何なのかわかるな? 」
 当然、穏健派では無く、サールマ国と過激派の利益について考えなければならない。

 だから、二手に分かれて行動しようと言う意見はどういう事だろうか。
 二手というのは二つの国にそれぞれ分かれるという事であり、リュンがオークマ国の「国民の利益を守る会」に接触している間、アイムとセイリスがサールマ国へ戻り、「森林を守る会」の依頼を果たすという事でもある。
「という事で、これがオークマ国へと渡り、状況を調査した結果ですわ。」
 どうやらセイリスの話が終わった様だ。現在、アイム達は「森林を守る会」の会館へと向かい、会の代表であるフェリウスに再び会う事になった。オークマ国の情報を伝えるという依頼を行っているのである。
「これは、想像した以上の成果というか。これが真実であるならば、我々「森林を守る会」の方針を考えなければならない情報ですね。」
 まあ、その伝えた内容がわざわざシクラ島に渡ってまで集めた情報なのだから、それくらい驚いて貰わなければ甲斐が無いと言う物だ。
「しかし、比較的友好だろうと思われた穏健派の方々が、そもそもの元凶とは・・・。思い悩む物があります。」
 額に指を当てて、嘆くフェリウス。彼としては、オークマ国との穏健派を交流再開相手にしたかったのだろう。だからこそ、オークマ国に向かった後には、「平和を守る会」へと立ち寄る様に、場所をアイム達に紹介したのだから。
「失礼ですが、元凶と言う意味では、サールマ国にもあるのでは無いでしょうか。元々は交易の不平等から始まった問題ですもの。でしたらオークマ側の行動も、ある程度、理解くらいはしても宜しいのでは? 」
 少々、辛辣な言葉であるが、彼女なりに両国間の今後を考えての言葉に違い無い。
「ですが、国民感情と言うものもあるでしょう。それを抑える権限や力など、この会にはありません。」
 もっともな話であるが、一応、スポンサーとして裏側には財力という力を持った人々が居る会なのだから、何か行動を起こすだけの余裕はまだ有ると思われる。
「元々、オークマ国との再交流を図るつもりだったのでしょう? でしたら、その相手を変えるという事はできませんの? 」
 一応、これからセイリスが話す内容こそ、アイム達が考えたオークマ国穏健派を出し抜く方法である。
「というと? 」
 フェリウスは額に置く指を下げ、少し興味深そうに顔を上げる。
「先程話した様に、オークマ国には過激派という方々がいらっしゃいますが、どうにも、それ程、サールマ国に敵愾心を持っている訳ではありませんの。当然、良い感情と言う物が有るという事も無いのですが、彼らの第一目標は、オークマ国内における利益の再分配ですわ。妥協と言う訳ではありませんが、手を組む事は可能と思われますの。」
 穏健派が、自分達を被害者側として演出しようとするなら、それを見るサールマ国と加害者側にされる「国民の利益を守る会」を結び付けてしまおうという事である。そうすれば、穏健派が下手な演技をしている間に、両者は新たな利益を生む関係へと進んで行ける。
「こちらとしては、当初の目的は変えずに、手を組む相手だけを変更する事になりますね。確かに可能だと思いますが、相手方はどうなのです? それで納得出来る方々なのですか? 」
「それは、私達の仲間の一人である、リュンさんが、現在、オークマ国内で説得を行っている所ですわ。恐らく、上手く行くと思われますの。」
 まあ、確かに上手く行くだろう。これらは全部、リュンが考えた事であり、彼がこういった絵図を描いた時は、だいたいが、彼の思い通りに事が進むのである。
 しかし、そこに不満を覚えてしまうのはアイムであった。リュンに対して不満があるのでは無い。
オークマ国で行動しているのはリュンで、サールマ国で「森林を守る会」と交渉をしているのはセイリス。これでは、アイムだけがまるで置いてけ堀にされている様で、何か歯痒い。実際、今回の仕事で、自分が役に立った事はあっただろうか。
 自分とて、彼らの仲間なのだ。何か行動を起こしたい。だが、交渉に関しては他の二人がした方が上手く行く。ならば、自分が出来る事はなんだろう。
 そんな事を考えて、アイムが思いつく事と言ったら、一農家としての意見であった。
「ちょっと待って下さい。交流再開や、相手の変更はそれでも良いですけど、本当にそれで解決するんですか? 結局、外観が変わっただけで、問題の原因である交易の不公平はそのままになると思うんですけど。」
 上がどう動こうと、下に居る物は状況が実際に変わってくれなくては、実感と言う物が無く、不満を覚えてしまうのが普通なのだ。
「ですけど、これ以上、わたくし達や「森林を守る会」の方々に何が出来るとおっしゃりますの? リュンさんとも話し合って、こうするのが一番という事になりましたのに。」
 確かにそうだ。だが、まだ、アイム自身の意見をすべて言った訳でも無い。
国家間などと言う良く分からない物を理解する事は、アイムには不可能だったから、意見を出さなかったが、それでも農家として何か口を挟みたかった。
「しかし、アイムさんと言う事ももっともです。「森林を守る会」としては、そう言った二つの国の間にある溝こそを解決したい。」
 そうだ、それが理想なのだ。理想は夢と同義かもしれないが、自分達は報酬を貰う側なのだから、それに近づける努力をしなければならない。
「結二国間の不平等は、相互依存の関係から、サールマ国側だけが抜けだしてしまった事に問題がありますわ。この状況をどうにかするには、オークマ国も自国だけで成長して行ける様になる事が重要ですけど・・・。」
 それが出来れば苦労しないという事か。確か、その相互依存の関係とは、木材の交易に関わる事であった。サールマ国が自国開拓のために森を切り開き、オークマ国は商船用としてそれを購入する。
 だが、これではサールマ国の得が圧倒的に多い訳だ。これをどうにかする。木に関する事なら、農家としての意見が出せるかもしれない。
 農家として、木を、交易で。様々な考えがアイムの頭に浮かぶ中、ふと、一つの考えが、アイムの頭に広がる。
「あのさ、木をオークマ国で生産するのは割に合わないって話だったよね。」
 その考えを補強するため、セイリスに意見を聞く事にする。
「ええ、その通りですわ。あくまで、別の国が木材に関する生産と加工を、すべて行っているからこそ、それを利益有る物として扱う事ができますから。」
 そう、そして、そこを解決出来れば、オークマ国は自国で木材を生産し、自国のみで商船を作る事が出来る。
 そうすれば、二国は両者、自立した立場で交流を行う事が出来るのである。
「やっぱり、それは絶対なのかな? 適当な技術と労働力があれば、利益とまでは行かないまでも、商船用に木材を賄う事って出来るんじゃないかって思うんだけど。」
「まあ、確かにそうですけれど。それがオークマ国に現在無いから問題が起こってるのでしょう? 」
 彼女の言う事はもっともである。しかし、解決する方法が無い訳では無い。
「技術なら有るじゃないか。今、この国に。だって、木材を他国に売り続けた実績があるんだから。技術と労働力は十分有ると思うけど? 」
 オークマ国に木材に関する適正が無いのであれば、サールマ国で調達してしまえば良い。
「それで、今までの関係とどう違うと言いますの? 」
 そうだ、今までの関係と変わらない。ただし、やはり、サールマ国がオークマ国に売る物が違うのだ。
「サールマ国は、これまでの開拓で、もう木を売り払う必要が無くなったんですよね。でも、木を加工する技術はそのままだ。きっと「森林を守る会」なんて物があるくらいなんですから、育てる技術だってあるんでしょうけど、勿体無くないですか? そのまま技術を廃れさせるなんて。」
 アイムは、口を開く度に自分が饒舌になって行くのを感じていた。そうだ、これなのだ。自分がリュンの付いて行く事にしたのは、こういった仕事が出来ると、彼に唆されたからだ。
 技術をその技術を持たない者に売る。これが当初、リュンがアイムへと話していた仕事であった。
「案外、そう言った技術って職人気質で伝達する事が無いんですよね。でも、それって凄く勿体無い。必要としている国がある一方で、必要無くなって、廃れていく事になる国が有るんですから。」
 今までの交易も、形だけでも上手く行っていた時期があるのだ。だから、その形だけでも真似てしまえば、また上手く行く様になる。
「しかし、それを行っていても、再び両者の不平等が起こるので無いのですか? 」
 フェリウスの疑問も尤もだ。しかし、技術という物は少々性質が違う。
「技術と言うものは一度伝われば、長い間受け継がれて行く物ですよね。木材は、一度使えば無くなりますけど、目減りする事は少ない。」
 サールマ国がオークマ国に技術を売り続ければ、それだけオークマ国の木材に関する技術が増え続けるのだ。
いつか来る交易の破綻はと言えば、サールマが伝える技術が無くなった時であるが、サールマ国自体は、自立した状態であるので、それによる被害は少ない。
一方でオークマ国も、最終的に自国で木材を賄える状況になるのである。
「面白い考えですね。しかし、それを行うには、木材を用意する場所が必要です。サールマ国でそれを用意してしまえば、結局、同じ事では無いですか。」
 批判的な意見であるが、フェリウスの目線は真剣な物となっている。手応えがあったのだ。自分の意見は、役に立つかもしれない物と判断されている。
「だから場所自体をオークマ国で用意するんです。それも植林の段階から。当然、その労働力は一時的にでも、サールマ国の方々が賄います。元々、開拓が終わった結果、余剰分の労働力はあるはずですよね。」
 そして、最終的にはオークマ国だけで生産活動を行える様になれば、交易の不平等は無くなる。両国は対等な関係で交流が行える様にもなる。
「うーむ、確かにそれを行えれば、両国の溝も無くなるでしょうね。両国の国民自体が、他国で交流する事になるのですから・・・。しかし、準備が必要だ。話し合いと、実際に植林に適した土地探し。それに、今現在、両国の仲は険悪だ。それを進めて行く間に、反対だって起こるでしょう。」
 だが、それでもフェリウスの興味は自分へと向かっている。アイム自身、この仕事を始める時に何か一押しが欲しかった様に、彼も同様なのだ。
 ならば、自分はその一押しを行う必要がある。
「当然、交渉や国内外の反対については、僕らが干渉出来る物ではありません。ですが、土地に関しては別です。僕は見ての通りランドファーマーですから、植林に有効な土地探しは十分に行う事が出来る。そうしたら、次はあなた方の出番ですよ。なにせ「“森林を守る”会」なんでしょう。新たな森を作るのは、あなた方の会が望む仕事であるはずです。」
 フェリウスはアイムの話を聞く度に、その表情を真剣な物へと変えて行く。確かに、アイムの言葉は、彼に通じたのである。
 アイムは、その成果に満足感を覚えると同時に、自然と笑みを浮かべていた。アイム自身、不本意な事であったが、きっとその表情は、リュンのあの笑みに似ているのだろう。

 オークマ国へと再び向かい、リュンと合流した後は、交渉や根回し役を、リュンとセイリスに任して、ただひたすら土地探しをしていた。
 初めて、自分で提案した仕事なのだ。甲斐と言う意味であれば、十分な物だったのだ。
 アイムはオークマ国内を周りながら、地霊が植林に適しているだろう状態になっている場所を探し続けている。
「よう、仕事熱心で結構な事じゃないか。」
 土地を探して歩くアイムの背中から、リュンが話し掛けてきた。場所は町から離れては居るが、歩いて来れない場所では無いので、旅慣れている彼にとっては、アイムに追いつくのは簡単な事なのだろう。
「そりゃあそうですよ。自分の腕に両国間の仲が懸かっているんですから。熱心にもなります。」
 半分は吹かしであったが、もう半分は本気である。それくらいの仕事をしているつもりであった。
「過激派との交渉は、まあ順調だよ。暫くすれば、「森林を守る会」に引き継ぎが出来る状態になるんじゃないかな。そっちはどうなんだ? 」
 リュンは早歩きになって、アイムの横に並ぶ。
「隣国が元々、森林地帯だったんでしょう? だったら、オークマ国内だって植林に向いている土地はあるはずですよ。」
 後は、それを自分が見つけるだけなのだ。これは自分にこそ向いている仕事だと考える。
「お前が、「森林を守る会」から別の仕事を取ってきた時は驚いたよ。正直、そういう事が出来るって期待はしてなかったからな。」
 まあ、そうだろう。実際、今では、あれ程饒舌になった事が嘘みたいな気分であった。
「どこかの誰かに影響されたんですかね。なんだが、自分の能力と周りの状況とを見比べて、言う事が自然と出てきたというか。そんな感じなんです。」
 上手く言葉に出来ない。やっぱり、話し合いという物には、まだまだ経験が足りない様だ。
「はは、まったく、何時の間にか一端の商人じゃないか。農家を辞めて、そっち一本で生活するか? 」
 まあ、実際、現状がそうなのであるが、農家を辞めるという選択肢は自分には無い。
「僕は農家として、この旅を続けていきたいですから、遠慮しときますね。だって、農家だから、今、この仕事が出来てるんですから。」
 肩に背負う荷物の中から顔を出す、一本の鍬に目を向ける。これは、その意思の証でもある。自分は農家として、この大陸を見続けたい。そう思うのだ。
「ま、お前らしいと言えばらしいか。」
 リュンはアイムから視線を外すと、視界いっぱいに広がる土地に目を向ける。アイムも釣られて目を向ける。
 どう見たって、どこまでも続いている様に見えるし、何より果てしない。ここから、目的の土地を探す必要があるのだが、気持ちが萎える事は無い。きっと、自分の仕事を果たしてみせる。
 アイムの視界には、そんなアイムの決意を祝福する様に、地霊達がはしゃいでいるのだった。


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