「さて、過激派の連中とやらに会ってみるか。」 「平和を守る会」の会館を出て、暫く歩いた後、突然、リュンがそんな事を言い出した。 「へ? いきなり何を言ってるんですか。さっき、仕事はこれで終わりだとか言ってませんでしたか? 」 そのせいで、少し納得の行かない思いを感じたばかりであるアイムは戸惑うばかりだ。 「確かに「森林を守る会」に依頼された仕事は終わりかもしれませんわね。でも、それだけで、二国間での仕事探しを終えるというのは勿体の無い事だとは思いません? 」 続いて、セイリスがリュンの考えに同意するかの様に話す。 「ちょっと待って。だったら、さっきのやりとりは何だったんだよ。いきなり、ここで仕事は終わりなんて言われて、結構、ショックだったんだけども。」 「だから別の仕事を探すんだ。あそこまで、国の内情を聞いておきながら、「森林を守る会」の仕事だけで終わるなんて勿体の無い事じゃあ無いか。」 つまり、今回受けた仕事の成果を元に、さらなる大きな仕事を探そうという事か。 「それならそうと言ってくれれば良いのに。二人して騙す様な真似をするなんて悪趣味ですよ。」 「騙した相手は、お前じゃなくてあのケイって人物なんだがな。」 まあ、さっさと仕事を終わらせろと言われたのに、さらに掻き回すつもりだなんて言えはしないだろうが。 「でも、わたくしもわからない事なのですが、どうして過激派の方々の接触しようと? てっきり、「森林を守る会」で仕事を終えてから、別の仕事を探すのだとばかり。」 セイリスも、仕事探しは続けるつもりだったみたいだが、リュンの提案自体は理解して無かった様である。 「そうですよ。わざわざ危険に飛び込む様な物じゃないですか。ただでさえ、僕等はサールマ国と繋がりがあるって言うのに。」 火中の栗も虎穴の虎子も理由が無ければ取りたくなんてない。 「過激派って説明をされていたが、どうもそれだけだとは思えないんだよ。例えばだ、その過激派の連中が暴れたせいで、国交が無くなったなんて言っていたが、本当にそんな事があると思うか? 」 どうだろう。受ける被害が大きいのであれば、率先して相手の交流を持とうとはしないと思うが。 「まあ、でもすべて無くなるなんて事は有るのかなあ。」 隣り合った国同士ですべての交流の無くすのは、いくら悪感情や暴力が有ったとしても難しい事だと思える。 「むしろ、弾圧されればされるほど、反発も強くなるというのが納得の出来る展開ですわ。」 セイリスは職業上、国家という物の知識が豊富な少女で、彼女が言う、国内の大きな動きについての意見というのは説得力がある。 「それを抜きにしても、交流を阻害すればするほど、交流をする事自体の利益ってのは大きくなるんじゃないか? 」 どういう事だろうか。 「国同士の交流とは基本的に相互利益に基づいてする物で、そこに参加する方々は、そうやって生まれた利益を得ようとさらに交流を進めて行く物ですの。その過程で参加人数が多くなればなる程、個人が受ける利益というのは少なくなって行くのは当然の事ですわね。」 「まあ、受ける利益がそれほど増えなければ、そういう事になるのかな。」 自分達みたいに個人で国に同士を渡り歩けば、それに対する報酬という物が分かりやすく手に入るのに対して、国が率先して交流をする場合、個人がそれに対する利益を理解し難いのもそれが原因かもしれない。 「この国で起っている問題は、その逆ですの。交流に参加する人数がどんどん減ってきている。」 相互の印象が悪く、それを阻害する者達まで現れているのだから、そうもなるだろう。 「となると、交流を行う事による、個人の利益というのはどんどん大きくなって行くという事でもありますわ。」 ああ、なるほど、確かにそうだ。 「その行為がどれだけ危険でも、見返りが大きくなって行くのなら、する人がまったく居ないというのも可笑しい話だね。」 目の前の利益と将来の危険性なら、利益を取るという者は少なくないのだから。 「ただでさえ、その交流を行う上での発生する利益という物が、本来、国家同士で受ける物でしたから、それを個人で行えるとなれば、それはもう、自分の命がかかっているとしても、行う方はいらっしゃるはずですの。」 言っている事はもっともである。 「けど、実際、通りすがりの旅人に頼まなきゃ行けないくらい、交流が無くなっているっていうのは事実じゃないか。」 もし、利益が大きい物であるのなら、自分達の様な人物にそれを頼み込もうとするだろうか。利益を掻っ攫われる可能性すらあるのに。 「だから、本来、不可能に近い交流の根絶を、実際に実行出来ている過激派というのが、その字面だけの連中じゃあ無いと予想出来るんだ。」 セイリスの説明は、おおよそブルーの考えと合致していたらしく、まるで話の続きの様に、過激派との接触に関する話へと戻った。 「だから、過激派の人達がどんな感じなのか調べてみようと? 」 アイム自身、気になる事ではあるのだが、しかし、聞いただけで危険な雰囲気が漂っている。実際に会う事を想像すると、アイムは身震いしそうだった。 「その通り。気になった事は直接調べてみるに限る。」 一方でブルーは乗り気だ。そういえば彼は、自分の趣向のためならば、危険を省みない節が多々あった。 「ですが、接触してみると言っても、どこに居るのかもわかりませんわ。」 腕を組んで考え込むセイリスの言葉に、少しだけ安堵を覚える。確かに会えないのであるならば、仕方の無い事だ。 「まさか、これまでの会の様に立て看板を掛けて、分かりやすく案内してくれる事も無さそうな人達なんですから、調べるって言ったって、難しいんじゃないですか。」 出来れば、そのまま出会えないという方が望ましくもある。 「俺も最初はそう思っていたんだが、案外、簡単な方法が見つかった。」 なんとも嫌な予感がする言葉である。 「なんですか? 」 「このまま、ここで立ち止まっていればいい。どうも過激派らしき連中に囲まれてる。」 ふと、周りを見ると、覆面らしき物を被った人々が、アイム達を取り囲む様に円陣を組んでいた。
「ほう、ではお前達は偶然、あの「平和を守る会」に居ただけで、特に関係など無いと言うんだな。」 覆面を被った集団に囲まれた後、彼らのアジトらしき場所へと攫われた。そして、そこで待っていたのは手足を縛られた状態での尋問だったのである。 「とりあえず、変わった会だなと思ったから、どんなもんか直接聞くために入ったんでね。関係あるのかと聞かれても何の事やら。そもそも、あんたらは何なんだ。」 こういう物騒な場でも率先して話すのはリュンであるが、彼の言葉の端には、相手に対する気配りという物が無いので、この覆面集団を挑発する事にならないのか心配である。 一応、彼らが恐らくケイの言っていた過激派であり、アイム達をサールマ国の関係者だと考えて攫ったのだと予想しており、その関係性を隠すため嘘の話で通しているが、それがバレた時はどうなるのだろうか。 「我々はこの国の利益を、売国奴の連中から守るために集まった者達だ。貴様らがその連中と何らかの接点があるとの情報が入り、ここに案内させて貰った。」 随分と立派な事を言っているが、やっている事は暴漢だろうに。アイムはつい反論したくなるが、彼らを怒らせてしまった場合、目も当てられない結果になりそうなので、話はリュンに任せる事にする。 「情報? この国に来たばかりの、たかが旅人3人を、その売国奴とやらに関係すると考える様な奴等の情報を、あんた達は信じられるのか?」 まったくだ、たかが旅人3人が、本当に関係ある存在であると誰が信じられるのだろうか。 「どうにも我々の情報網を侮っているようだが、入国審査官の内にも、我々の仲間が居ると知れば、そんな事を言えるかね? 」 覆面集団の内、リーダー格らしき男の言葉にゾクリとした感覚が背中に走るのを感じる。入国審査官には、自分達がサールマ国から来た旅人であるという事が知られている。 入国審査に関しては、迂闊な嘘をつく事も出来ないので、仕方の無い事ではあるが、そこから情報が漏れたという事は、自分達が「森林を守る会」から仕事を請け負っているが知られてしまう可能性がある。 「・・・まあ、なんとなくそうなんじゃないかと思ったよ。あんたら過激派は、二つの国の交流を絶てるくらいの組織力を持っているそうじゃないか。それくらい出来ても可笑しくないか。」 渋々といった様子で、リュンは自分達の身元をバラそうとする。 「ちょ、ちょっとリュンさん。ここで話すんですか!? 」 ただ情報のやり取りを行うだけの仕事だったと言え、彼らは、自分達の様な存在に敵意を抱く可能性がある。 手足を縛られた状況で、それはかなり遠慮したい。 「多分、俺達の仕事も知ってるんじゃないか? だったら、自分達から話した方が受けも良さそうだ。」 そうかもしれないが、そうであって欲しく無い。 「ふふ、少しは頭も回る様だ。その通りだよ、我々は君たちが「森林を守る会」から仕事を請け負っている事を知っている、その内容が、オークマ国での情報収集である事もな。どうだ? 当たっているだろう。まあ、「平和を守る会」からすぐに出てきた事を見ると、大した仕事を任された訳でも無い様だが。」 全部当たっている。隠そうとしていたのが馬鹿らしく思えるくらいのバレっぷりだ。 「「森林を守る会」と「平和を守る会」が再交流を図るので、その意図と国内情報の交換程度ですわ。それ以上の事は頼まれもしませんでしたし、情報自体もまだまとめている最中でしたので、わたくし達から得る物は何も無いかと思いますけど。」 セイリスも、隠す必要は無いと感じたのか、頼まれていた仕事内容を話し出す。しかし、こう聞くと、使い走りみたいな仕事内容だ。 「まったく、あの二つの会め。性懲りも無くその様な事を考えていたか。まあいい、それもここで防げる。」 そう言って、覆面の男はどこからか包丁の様な刃物を取り出してくる。 「え、そういう物騒な物は出さないでくれると有り難いんですが。」 そんなアイムの懇願を無視する形で、覆面の男はアイム達に近づき、その刃物を振り降ろした。 「ひっ! 」 情けの無い声を出してしまったが、仕方の無い事である。アイムにとっては、これほどに直接的な命の危険に陥った事は初めてなのだから。 「って、あれ? 」 しかし、来るべき痛みが来ず、恐怖で閉じてしまった目を開ける。すると、自身は怪我をしているどころか、自分達を縛っていた縄が、刃物によって切られていた。 「お前たちが、二つの会から仕事を請け負っているというなら、こちらも頼みがある。聞いてくれるなら、この場から逃がしてやるし、報酬もはずもう。返答を聞かせて貰えるか? 」 顔をこちらに近づけ話をする覆面の男であるが、彼から出た言葉は、脅しでは無く、依頼に近い物であった。
曰く、過激派団体の正式名称は「国民の利益を守る会」で、組織方針は今までの国家の構造上で得る利益を、一部貴族だけで無く、国民全体に配分するべく活動する団体だそうだ。 またもや、どこかで聞いたような会名と、ご大層な組織方針である。 「その割には結構、行動的と言うか、ぶっちゃけ暴力的ですよね。」 手足の自由が戻る事で、恐れが薄れたアイムは、嫌みを言う余裕が出来た。 「何かを成す為には、直接的な手段を取る必要が出てくる。我々とて、それが褒められる行為でない事は重々承知しているが、結成当初は、そうする他無い程、組織の力も弱かった。」 つまりは、話し合いで解決する自信が、当初は無かったという事だろう。それについては、部外者の自分達が文句を言える立場では無いが・・・。 「どう思います? 」 自分一人では良くわからないので、同行者達に聞いてみる。 「わたくし個人の意見としては、暴力行為には反対ですので、納得する事は出来ませんが、今は違うと仰られるのであれば、話を聞く価値があると思いますわ。」 彼らの話を聞く。それは「森林を守る会」の依頼に反し、交流を阻害する組織に肩入れする事だと思うのだが。 「だったら、聞いてみたら良い。少なくとも、今回、俺達がここに呼ばれた事に関しては交渉する意思のある行動だからな。」 リュンが縛られていた手足をほぐしながら答えてくる。 「囲まれて、手足を縛られるって言うのが交渉なんですか。」 物騒な業界も在ったものだ。 「脅しはあくまで交渉の内だぞ。今回やられたことと、でかい組織が言う事を聞かなければ、社会的に抹殺してやると言うのに、何の違いがある。」 どちらも、関係性を持つのは断りたい相手ではある。 「酷い言われようだが、こちらとしては一応の正当性があるし、襲う相手も選んで襲っていた。国交を絶つために無差別に襲うなんてのはとんだ言い掛かりだと言わせてもらう。」 覆面の男が、こちらの話し合いに加わって来る。ちなみに、彼以外にも、覆面をした者達が部屋に居たはずだが、脅し役としての任を果たしたからか、既に多くが部屋から出て行っている。 「そんな事、覆面を被った人に話されても、信用出来ませんよ。襲う相手を選ぶって言うのも、なんだか怪しい話だし。ここだけの事にしますから、顔見せとか出来ません? 」 顔を隠した相手と話すのは、どうにも気分が良い事では無い。 「それは無理な話だ。暴力は辞めろという命令なら聞けても、覆面を外せという願いは聞けない。」 順番が逆の様な気がするが。 「覆面は絶対に外せない・・・。もしかして、あなた方は国民の集まりなのでは? 」 セイリスは少し考えた後、顔を上げ、何かに気付いた様子で話し出す。 「国民の集まりって、そんなの当たり前じゃないか。」 まさか、この覆面集団が外国人の集まりという事も無いだろう。 「そういう事じゃあ無い。つまり、彼らは、八百屋だったり、主婦だったり、それこそ何処にでも居る様な者達の集まりなんじゃないかという事だろう。」 リュンの話に頷くセイリス。“一般”国民の集まりという事か。 「その通りだ。私も、この覆面を外せば、そこらで店屋でも開いている様な存在だ。だから覆面は外せない。外してしまえば、この組織を作った意味が無くなる。」 だから、何故そうなるかがわからないのだが。 「オークマ国に置いて、「平和を守る会」の考えが、貴族の代表的な意見だとすれば、「国民の利益を守る会」は、その名の通り、一般国民の代表的な組織という事ですの。基本的に一般国民は、貴族に対抗しようとすれば、個人としてでは無く、集団で対抗する方が得策ですから・・・。」 「顔を隠して、個人じゃなく、集団として存在する様にしているって事か。なるほど。って、だったら、オークマ国内で、貴族と一般人の争いが起こっているって事じゃないか。」 なんてこった。いつのまにか想像以上にやっかいな事に巻き込まれている。 「だが、これで合点がいった。「平和を守る会」がそうそうに俺達の仕事を終わらせようとしたのも、この争いに気付かせずに「森林を守る会」とコンタクトを取ろうとしていたからだな。シクラ島の領有争いも、貴族側の意見じゃなくて、「国民の利益を守る会」みたいな組織の意見なんだろう。」 そういう事なのだろうか。ならば、この覆面集団の依頼というのはどういった物になるのだろう。 「我々の依頼も、その件に関しての物だ。それと言うのも、今のオークマ国の現状を聞き、シクラ島の領有争いを知った人物は、大抵、我々がシクラ島をサールマ国から奪うおうとしているなどと考えるが、我々は一度も、その様な事を要求した覚えは無いのだ。」 「国民の利益を守る会」は、サールマ国に対して、何かを要求した事は一度も無い。覆面の男はそう答える。 そもそも、「国民の利益を守る会」自体がオークマ国の利益を独占する、貴族達に対する反発として生まれてきた組織であり、外国であるサールマ国に領土を寄越せなどと要求する理由が無いのだ。 「確かにサールマ国に対する恨みはある。長い貿易関係で、オークマ国から膨大な資産や資源が流れて行った訳だからな。だが、貿易である以上、こちらにも得る物はあった。ならば、我々のサールマに対する要求は、貿易関係の変更のみで、領土を奪おうなどと考える訳が無いだろう。」 まあ、彼らの言い分通りだとすればそうなるだろう。 「でも、現にオークマ国はシクラ島の領有権を主張しているって聞きますよ。過激派がそう言ってるんじゃなければ、誰が言ってるんですか。」 アイムの言葉に反応して、覆面の男が顔をこちらに近づけながら答える。 「だから、それの調査を依頼したい。このまま我々がシクラ島の領有権を主張しているなどと言われると、貴族から国内の権益を奪い返すという我々の組織方針が、ただの戦争推進運動に成り代わってしまう。」 男の言葉には惹かれる物があった。これまでのあっさりとした依頼とは違い、この国の根本に関わりそうな予感のするものだからだ。 しかし、アイムはそれが危険な依頼かもしれないという考えも同様に頭の中に渦巻いていた。だから、相棒のリュンを見る。彼ならば、何かしかの決断を下せると信じている。 「依頼を受けるにあたって、二つの要求がある。それを飲んでくれるのなら、依頼を受けよう。」 リュンはアイムの視線に気づいているのか、「国民の利益を守る会」に対する依頼への交渉に入る。 「二つか。内容を聞いてみなければ、どう答える事もできんな。」 とは言っても、その要求が妥当な物であるならば、彼らはこちらの要求を飲むつもりだろう。 「一つは、かなり危険な依頼の可能性もある。それなりの報酬を貰いたい。」 まずは値段交渉。商売人としては当たり前の行動だ。 「もし、依頼を成功させてくれるのなら、当然、ある程度の報酬は用意する。何分、組織の存続に関わる可能性がある依頼なんでね。金貨で用意した方が良いか? 」 金貨と来たか、それがどれほどの量かはまだ図りしれないが、たとえ金貨一枚だとしてもこの大陸では、旅行者が暫く旅を続けるのには十分な資金になる。 「それと、旅道具を幾つか報酬として貰えると嬉しい。そちらの団体の中には、そういった物を販売している業者も含まれているんだろ? 」 国内の利益に関する組織ならば、確かに、卸売業者などが参加している可能性は高いが、金貨を報酬として貰えると聞いて舞い上がっていたアイムにとっては、リュンのさらなる報酬要求に驚く物があった。 「ふむ。それくらいなら追加で用意出来るが・・・。ならば、二つ目の要求は何になる。これ以上の金銭や報酬の増加は、組織の許容を超える可能性もある。」 一般国民の集まりと言うなら、組織自体の資産は少ないのだろう。過剰な要求は、彼らを怒らせるかもしれない。 「二つ目に関しては、仕事を成功させるための要求だ。」 「ほう、なんだ? 」 男の、覆面から覗く目が興味深そうに輝く。 「シクラ島までの船を用意して欲しい。誰にも気づかれ無さそうな小舟が良いな。依頼の内容がシクラ島に関する物なんだ、直接乗り込んでこない限り、上手く行く物でも無いだろう? 」 アイムはひさしぶりに、リュンがニヤリと笑うのを見た様な気がした。
夜が深まり、星と月が輝いているというのに、辺りは暗闇に覆われている。そんな中、アイム達は波の音を聞きながら、小舟に揺られていた。 「結局、あれやこれやとしている内に、別の依頼を受ける事になっちゃいましたね。冷静になって考えてみると、良かったのかな? 」 特にセイリスなどは、純潔教徒としての仕事なので、問題があるかもしれない。 「問題になったら問題になった時に考える事ですもの。今は、目の前の仕事に集中しませんこと? 」 背が小さいと言うのに、なかなか豪快な意見だ。いちいち気にしているこちらが小さくなってしまいそうだ。 「純潔教としては、サールマとオークマ、どちらにもコネが出来そうな一件なんだから、別に損になる事はないだろうさ。もちろん、旅の商売人である俺達は、報酬が多く貰える様、仕事をするだけだ。」 船のオールを漕ぎながらリュンが答えてくる。その内容は、「森林を守る会」の仕事では無く、「国民の利益を守る会」の仕事を取るという事だろうか。 「まあ、そうですね。それより、こんな小舟で大丈夫だったんですか? 一応、ここらは海なんですよね。」 一度、航海に出た経験から、船酔いになる事は無くなったアイムであるが、この広い海を見ると、やはり自分がちっぽけに思えて不安になる。 「別に外海に出る訳じゃないしな、暗闇だから、方向を間違えれば大変な事になるが、一応、オークマの海岸から、シクラ島までは泳いででも渡れる距離だと・・・お、さっそく見え来たぞ。」 暗闇によって隠されては居たが、確かに小舟に乗ってから、直ぐの距離にシクラ島の影が見え始めた。 サールマ国にとっての聖地であり、オークマ国がその領有を主張する、森林に覆われた、その大きな影が、アイム達の目的地である。 「二つの国の間で、争いの種となる島・・・。別にシクラ島自体はどこにでもある島だって言うのに、可笑しな話ですね。」 土地と共に生きる種族であるランドファーマーにとって、土地そのものに貴賤を付けるのは、なんだか違和感を覚えてしまう。 「まあ、その争いの種が、島にある木々って言うならまだマシな方さ。酷いのになると、本当に何もない土地を取り合ったり、利用したりする国もある。」 そういう状況には巻き込まれたく無いと思う。土地に潜む地霊が唯一見える種族であるアイムとって、その土地で血が流れる事は、地霊が悲しむ事であると思ってしまうのだ。 もちろんランドファーマーと言えども、地霊が喋ったり、喜怒哀楽を示した姿を見たことは無いのだが。 「争いにも色々ありますわ。肯定するつもりはありませんけど、国や土地に生きる人々にとって、無為に思える行為だとしても、やらなければならない事と言う物もありますもの。」 多くの国を知識として知るセイリスは、何か思う所でもあるのだろうか。 「さて、そろそろお喋りもお仕舞だ。島に近づけば、見張りも居るだろうし、見つかれば、捕まるだけじゃあ済まない。」 シクラ島は、一応、現状はサールマ国の領土であるが、オークマ国側も領有権を主張する以上、オークマ国側からも人が住んでいると聞いている。 当然、現地人では無く、領有権を主張してから住む者達だが。 「もう一度確認しておくが、俺達がシクラ島で何をするかと言えば、あの島に住む人々を調査する事だ。」 あの島に住む奴等は、皆、領土争いの話が出てきてから、住み始めた者達だと聞いている。つまり、あの島に住む人を調べれば、シクラ島に関わる問題がどの様な物であるか、解決する糸口になるのである。 「住む人と言っても、争い事にわざわざ首を突っ込んでくる、荒っぽい奴らだ。何度も言うが、見つからずに、島中を調査するというのが望ましい。」 そう言いながら、リュンはオールを漕ぐ手を止め、その場で立って腰に手を当てた。 船がシクラ島へとたどり着いたのである。
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