サールマ国とオークマ国の関係とは、元々は相互依存の関係にあった。サールマ国側が森林開拓を進める上で出る木材をオークマ国側が買い取り、その対価として開拓に必要な物資や労働力がサールマ国に供給される。 一方、オークマ国側は海運業を生業としている以上、船の材質に良質な木材は必要不可欠であり、どれだけ、サールマ国側が木材を売り込もうとも、それを消費できるだけの需要がある。当然、船の総数が増えれば、オークマ国側の利潤は増える訳で、双方にとって損が無い関係が続いていたと言える。 そんな関係が崩れたのは、サールマ国側が森林開拓を完了させた時期からである。持ちつ持たれつと言っても、実際には不平等が生じていたからだ。 その不平等とは、この交易にサールマ国側の損が無い事であった。オークマ国側は木材を買う代わりに、その代金を払っていた訳だが、サールマ国は開拓業そのものが、土地の効率化を向上出来る物であり、さらに邪魔な木材を買い取る存在が居る。サールマ国側が得る利益の方が、オークマ国側よりも圧倒的に多いのだ。 それも、交易が続いている内は顕在化しない、不平等と言っても、存在する利益がそれを隠し抑えていた。 だが、サールマ国が開拓を終えた結果、オークマ側が要求し続けた木材の供給が滞る事になり、オークマ国は事の不平等にようやく気付く事となった。相互の依存では無く、自分達のみが、この関係に依存していたのだと。 「それからは、決定的に関係が悪化して行きました。それまで、順調に行っていた交流も少なくなって行き、今では、向こうは前までと同じ量の木材を、前より安く提供しなければ、交流を再開しないとまで言ってきています。」 話を聞いた限り、フェリウスが頭を抱える理由も分かる。オークマ国の要求は、到底不可能な物だからだ。 「それでも、心情的にはオークマ側の気持ちが分かってしまいますけどね。一方的に利用されたと感じても可笑しく無いし。サールマ側は何か対策をして無かったんですか? 」 アイム達は部外者である以上、どちらの国にも公平な目線で状況を見る事が出来る。そしてその目線で見れば、非はサールマ国側にあると感じる。 「交易が上手く行っている頃でも、その交易自体に相互の関係を悪化させる要因があると気が付いている方々は居たそうですが、やはり、利益が出ている状況では、見向きもされなかったらしく。」 まあ、結局はそういう物だろう。特別に悪意があった訳でもあるまい。臭い物には蓋をして置きたいのが人情だ。 「それで二つの国は、最終的にシクラ島の領有権争いにまで発展したのか。下手を打てば戦争じゃないか。」 珍しく深刻そうな表情をするリュン。 「ええ、その通りです。現在、国の方もなんとか対応しようとしているのですが、シクラ島の領有権主張自体が、オークマ国の利益のためでなく、感情論から来ている節がありまして、それもなかなか。」 「あれ? シクラ島には木材用の森林があるから主張しているんじゃないの? 」 感情論が入っていないと言えば嘘だろうが、それでもオークマ側は国家の利益を考えていると思っていた。 「国内に無い資源を確保する場合、別の国が格安で資源を輸出してくれるという状況だからこそ、その資源を利益に換える事が出来るのですわ。一方的に資源を奪った所で、生産、加工といった工程を自国だけでするコストが、これまでを上回れば、結局、奪うだけ損という事になりますの。」 歴史の知識が深い純血教徒だけあって、セイリスの話は国家の関係に詳しい。 「つまりオークマ側は利益だけ考えれば、シクラ島を領有するのは意味があまり無いという事か。」 「ええ、オークマ国は、今現在も海運業を営む国家なのでしょう? シクラ島を領有するという事になれば、それに加えて、林業にまで力を入れる必要がありますわ。でも、それには新たな人材や、技術を育てる必要がありますもの。オークマ国がその様な事をしているといった情報は、ありませんの? 」 「そうですね、その様な事は聞いた事がございません。」 セイリスの問いに頷くフェリウス 「という事は、完璧に向こうの国家感情自体が悪化しているって事じゃないか。フェリウスさん、それは個人間同士の対応じゃあとても解決できない物だし、失礼だが、この森林を守る会とやらの力を大きく越えているんじゃないですか? 」 確かに、国の代表同士の話し合いならともかく、民間人が作ったであろう組織が出来る仕事じゃないし、そもそもする責任は無いはず。 「そうですね、それは確かにその通りなのですが・・・。」 こちらの返答に俯くフェリウス。 「フェリウスさん。我々は自分の仕事はするつもりですが、あなた方の目的は何なんでしょう。悪いが、ここの会は権力を持った組織には見えないし、かと言ってサールマ国側のやり方に対しての反発から生まれた組織にしては、あなたは実に冷静だ。状況という物が分かってらっしゃる。まさか、本当に森を守るだけの会とは言わないでしょうね。」 リュンは畳み掛ける様に話し続ける。交渉では、相手を戸惑わせた方が上手くいくと考えているリュンらしい話し方だと考える。 「いえ、一応、表向きはただ、森林を守るためだけの組織なのですよ。」 「つまりその表とは違う裏があると。」 リュンはすぐさま口を入れる。話を止めるつもりは無いのだろう。あくまで、こちらを優位に置きたいのである。 「裏、そうですね。裏です。この組織にも、実に利己的な裏側があるのですよ。ただ、それを聞かせるとなると、確実にあなた方が我々に協力してくれるという補償が無ければなりません。逆に聞きますが、あなた方は私達の仕事を手伝う事に同意してくれますか? 」 これ以上聞きたくば、嫌でも手伝って貰うという事だ。なるほど、交渉云々に関しては、ここらが限界なのだろう。情報が不確かな状態でも、仕事を受けるかどうか決める必要があるくらいのデメリットは、こっちで持つべきとも思える。 「それじゃあ、一つだけ良いですか。内容については詳しく言わなくてもいいです。ただ、あなた達がしている仕事について、あなた達自身、正当性のある仕事だと思ってやっていますか。」 これは絶対に外せない質問だ。これにいいえと答える様な仕事であるのなら、決して受ける訳には行かない。 「当然です。我々は自分の利益は考えてはいますが、それでも、自分の正義感に背いた覚えはありません。」 決まりである。
そして現在、アイム達は、サールマ国からオークマ国へと向かう道を歩いている。サールマ国に一泊して直ぐの事であるから、かなりの強行軍だ。 フェリウスがまずこちらに頼んできた仕事は、オークマ国へ入り、国内がどの様な状況になっているか調べる事。つまり諜報である。 「なんだか、農業から仕事がどんどん離れて行ってる気がしますね。」 確か自分は農業技術や知識を集め、売るために各地を回っているはずなのである。 「まあそのうち、それらしい仕事も来るだろ。今回はたまたまこういった仕事が回ってきただけだ。」 だと良いのだが。最近、自分の知識が役に立っているのか不安に思うことがある。 「そんな事より、森林を守る会の裏側についてだ。思った以上に根が深い物で驚いたな、あれは。」 仕事を請け負う上で、フェリウスから教えられた事である。組織の目的を知らなければ、十分な仕事は出来ないのだ。 「根が深いと言っても、構造は単純な物でしたわ。要するに両国の関係が良好だった頃に利益を得ていた方々がスポンサーになり、組織運営をしているということですから。」 つまり、森林を守る会のトップは両国間の関係を維持したい人物という訳である。 「となると、今回の仕事は、相手国の様子を見て、両国間の関係改善の糸口を探るって事かな。」 「それは宜しい事ですわね。」 ひさしぶりに嬉しそうな顔をするセイリス。彼女がサールマ国に来てから塞ぎ込んでいた原因を、自分達の仕事で解消できるかもしれないからだろう。 「そんな簡単に行けば良いけどな。」 そこに水を差す様に話すのは、当然リュンだ。 「というと?」 意味の無い事を言わない奴ではあるので、詳しく話すよう促す。 「仕事内容はオークマ国内に潜入して、二国間の改善に繋がる情報を探れという物だろ?」 「ええまあ。僕らは旅人ですからね。潜入もサールマ国人より簡単だし。情報収集だって新しい国に来たら、だいたいしている事でしょう?」 特別、難しい事も無いだろうに。 「それだけの仕事のために、組織の内情を明かすかね。実際、向こうに入国してみたら、厄介ごとが飛び込んで来る気がしてならないんだ。」 不安になりそうな話をするリュン。古今東西、嫌な予感とやらは、外れる事の方が少ないと聞くので、その様な事は言わないで欲しかった。
オークマ国への入国も、サールマ国と同様に厳しい物であった。やはり、こちらの国も隣国への警戒心から、監視を強化しているのだろう。自分達が来た側が、サールマ国からの道だったのも、その理由の一つかもしれない。 とは言っても、自分達は所詮旅人である。まさか、サールマ国内の組織から国内情勢を探るような仕事を請け負っているなど、直接見ていない限り、知る由も無い。 時間は掛かったが、仕事だと思えば何のことは無い。無事、オークマ国への入国は済んだ訳である。 入国した際のオークマ国内の風景は、どこか見覚えのある物であった。 「なんでだろうと思いましたけど、多分、ヒゼル国に似ているんですよね。」 同じ海運業を営むという点で近い文化が出来るのかもしれない。 「ヒゼルとオークマは、それぞれ大陸の北西端と東南端に位置する半島国家ですの。そのせいか、海運業を主体とする点も似ていますが、その文化自体もどこか似通った物に成っているらしいと聞いていますわ。」 セイリス自身はこの国に来た事は無いらしいが、よく聞く話だそうだ。 「それじゃあ、ヒゼル国みたいに、商船組合みたいな物があったりして。」 「いや、この国は組合が牛耳ってるんじゃなくて、開国当初に、商船業で稼いで力を付けた奴らが貴族を名乗って、国家運営をしていると聞くな。」 つまり、儲けた者勝ちな国であるという事か。 「なんというか、堅苦しそうな国って印象を持ちそうなんですけど。」 自分達を貴族と名乗っている時点で、なんとなく、嫌な印象しか持たないのである。 「そうは言うが、貴族を構成する種族が一つの種族だけって訳じゃ無いから、ヒゼル国みたいに、種族間の対立が深刻化していないって利点もあるんだがな。」 そう言えば、ヒゼル国ではシーエルフと他の種族とで、対立問題が起こっていたが、この国ではそれが無いのか。 「あと、貴族制が悪いという事になれば、サールマ国だって似たような国制ですから、同じく、悪い印象を持ってしまうという事になりますわね。」 セイリスの説明を聞いて驚くアイム。 「え、サールマ国もそうだったんだ。でも、そう言えば、あんまり窮屈には見えなかったなあ。」 サールマ国に入ってから、すぐにオークマ国に向かう事になったので、国制なんかについては、あまり知らずに通り過ぎてしまい、知る機会が無かった。 「結局、貴族だ王様だと言っても、国の方針を決める程度の役目だからな、ヒゼル国の商船組合なんか見ててもわかるだろ、いくら強力な権力を持ってたって、あちこちに良い顔しなきゃ行けない以上、そんなにその力を行使する機会なんて無いのさ。だから、国風なんてものを決めるのは、国民自身なんだろうな。」 という事は、この国の雰囲気が暗いのは、貴族がどうとかより、国民が総じて暗いのか。 「というか、本当に、暗いですね、みんな俯いている感じがするというか、お先真っ暗って雰囲気が漂ってきてますよ。サールマ国だって大概でしたが、ここはもっとだ。」 サールマ国の領土を奪おうとしている国と思っていたので、むしろ好戦的な雰囲気があるのかと思ったが、まったくの正反対であった。 「何か、理由があるのかもしれませんわね・・・。」 何かとは、つまり、新たな問題があると言う事か。 「だから言ったろ、一朝一夕で出来る仕事じゃ無いってさ。」 リュンの投げやりな笑顔を見て、体がドッと疲れだすのを感じるアイムであった。
さて、どれだけ疲れて居ようと、オークマ国内の情勢を探るのが仕事であるので、やらない訳にも行かない。 「で、どうします。とりあえず、お約束で宿でも見つけますか。」 旅先での基本はやはり拠点探しから始まるのだ。 「あー、一応、フェリウスさんから、紹介された場所があるんだよ。と言っても、向こうはオークマ国と交流を絶って暫く経つから、まだあるのかどうか心配らしいんだが。」 リュンがフェリウスから預かったらしきメモ用紙を見る。内容は大まかな地図の様である。 「ここから結構近いみたいですね。行くだけ行って見ましょうよ。無くても、別にこれといって困る訳でも無いですし。」 「そうですわ。フェリウスさんの紹介された場所ですもの。悪い場所では無いと思いますの。」 エルフ同士、何か通じ合う物があるのか、セイリスはあのウッドエルフに対して、ある程度の信頼を感じているらしい。 「うーん、それもどうなのか。と、着いたぞ、ここだ。」
リュンがどこかへ歩き続けていたので、それに付いていきながら話していた訳だが、どうやら、そもそも紹介された場所へ向かっていた様だ。 だから、話している内に、その場所へ辿り着いてしまった。 「宿か何かと思ったが、どうやら違うみたいだな。」 その建物の前には、例のごとく「平和を守る会」と書かれている看板が立て掛けられていた。何故だろう既視感がある。 「森林を守る会からの指示で、平和を守る会に向かうというのは、なんだか複雑な気分ですわね。」 確かに、というより酷く陳腐な展開に思えてきた。 「これで、扉を開けたら仲間のエルフが居たなんて展開になったら、面白いんだろうけどな。」 そこまで一緒と言う事もあるまい。何よりその仲間のエルフは既に隣に居る。 「とにかく、入ってみましょうよ。絶対、ここが紹介されている場所ですから。」 名前だけで、森林を守る会が、とりあえずここを目指せと言っている事が分かるのだ。
扉を開けて、中に入ると、そこには知り合いのエルフが。なんて展開は無かったが、変わりに紳士風の人影が見えたのは、既視感の一部に数えても良さそうな物である。 「おや、客人ですかな。」 こちらの来訪に気づいたらしく、紳士風の人影が近づいてくる。どうやら男性で、見た目の印象はエルフでは無く、人間に見えた。 「失礼します。フェリウスという方から、こちらを紹介されて来たのですが。」 リュンが口を開くと、紳士風の男は少し考えた素振りをしてから、ふと思い出したかの様に話し出した。 「ああ、フェリウスさんですか、森林を守る会の。」 男性の口振りから、この場所が間違いなく、フェリウス氏が紹介してくれた場所である事がわかった。 「ええ、その会の紹介で、オークマ国を訪れたら、この場所に来る様にと伝えられていたツリストのリュンと申すのですが。」 リュンが率先して話を続けていく。とりあえず話し合いの場で、彼が目立って話を続けるのはいつもの事であった。 「我らが会をですか・・・。もしや、御三方はサールマ国からの客人では? 」 男は何故か、こちらの素性に気がついた様だ。 「ええ、その通りです。この国でサールマ国の名前を出すのは、危険な事なのではないかと思い、名乗りませんでしたが。」 現在、両国間の関係が複雑な状態である以上、誤って、サールマ国の名前を出すのは無用の騒動を引き起こす可能性がある。 「ああ、そうですね、その通りです。懸命な判断と言えるでしょう。両国の関係は今、深刻な状態にあります。」 男は深い溜息を吐きながら答えてくる。 「しかし、サールマ国に対して悪い印象をあなたは・・・えーと。」 「おや、これは失礼しました。私、人間種族のケイという名前です。」 「ああ、ケイさんはサールマ国に対して、言われるように悪い印象を持ってらっしゃらない。」 確かに。むしろ、こちらがサールマ国から来た事を知ると、少し喜びの混じった表情をしている様子であった。 「その事でしたら、私はこの会の名前と同様に、平和を愛していますから、サールマ国に対するそれも、この国の他の方々より悪くは無いのでしょう。」 「じゃあ、今は平和を守るためにどんな活動をしているんですか? 」 気になったので、ケイに尋ねてみるアイム。ちなみにその質問にケイの表情が少し硬くなった様に感じる。 「それは勿論、両国間の関係を改善するための運動を、継続して行っています。しかし情勢が情勢ですので、なかなか上手く行きませんが。」 もっともな返答であったが、何か重要な事を隠しながら話している気もする。 「ケイさん。率直に言って、私達は「森林を守る会」に雇われてここまで来ました。依頼内容は、オークマ国内の情報を集める事。つまり、サールマとオークマの関係を改善させる切欠となるものを探すようにと。」 「ちょっと、リュンさん? 」 本来、隠すべきである依頼内容を、突然話しだしたリュンを止めようとしたが、逆にリュンの手に遮られてしまう。 「その際にオークマ国内のこの場所を紹介されたのです。これは、この「平和を守る会」という物が私達の仕事に大いに関係のある場所と言う事でしょう? いっその事、そちらの内心も話してもらえませんか、それがお互いの役に立つと思うのですが。」 要するにリュンは「平和を守る会」と「森林を守る会」が敵対する両国に存在しながら、裏で繋がっていると考えているのだ。 名前が似ている事からの発想という訳でも無いだろう。そもそも、このケイという人物は、両国の情報が伝わり難い状況で、「森林を守る会」のフェリウスの名前と、彼がサールマ国の人物である事を知っていた。 今回の仕事に無関係であるはずが無いのである。 「なるほど、という事はやはり、あなた方はフェリウスさんから、両国の現状をどうにかするために、オークマへとお越しになったのですね。」 ケイの顔つきが優しげな表情から、鋭い目付きになる。 「そこまで大それた物ではありませんわ。ただ、両国間が直接争う様な状況を避けるために、何か情報が欲しいとだけ。」 今まで黙っていたセイリスが話しだす。そもそも、この仕事自体、彼女が最初に見つけてきた物だと言える。 「とは言っても、「森林を守る会」も「平和を守る会」も、別にそれほど大きな組織ではありませんから、何か有益な事を行える保障は無いのですが。」 ケイの言葉には若干の嘘が混じっている。確かに会自体は大きい物では無いが、「平和を守る会」が「森林を守る会」と同じ様な組織であるならば、国に対する影響力を少しは持っているはずなのだ。 「フェリウスさんから「森林を守る会」の内情を聞く機会がありましたわ。会のスポンサーは、両国間相互の交易によって利益を得ていた方々であると。」 「はい、その通りです。「平和を守る会」も同様ですが、それが何か。」 ケイは引き続き、話をはぐらかす。 「ああ、そっか。その事で利益を得る様な人物って言ったら、国の最初期から交易を続けている貴族達じゃないか。そりゃあ、影響力があるよね。」 実は、あまり状況を理解していなかったアイムは、ここに来て、ようやく二つの会の内情という物を理解出来た。 会は両国の友好を望んでいる。それは、別に平和主義でもなんでもなく、その状態が利となる者達が裏に居るからだ。 では、その者達とは何なのか。古今東西、平和状態で利益を多く得られるのは、その国の統治者層である。それも古くから既得権益に少しずつ根を張らす様な歴史ある貴族こそ、平和状態を望むのである。 「え、ええ、まあ、確かにそうなのですが。」 空気を読まないアイムの発言によって調子を崩したのか、あっさりと認めてしまうケイ。 「なら話が早いじゃないですか、両国間に権力を持った人達が似たような会を作ってるんだから、僕達みたいなのを雇って意思疎通しながら最悪の状況にならない様にすれば良い。」 権力の正しい使い道とは、本来そういう物だろう。 「いや、そもそも協力関係自体は険悪になる前が存在していたのですから、両国が国交を無くした後でも、暫くはある程度の情報交換が存在し続けたのです。」 「なら、なんで今はそれも無くなってるんですか? 」 わざわざ、偶然立ち寄った旅人に仕事を頼まなければならないくらい、情報の疎通が無くなっているというのは可笑しな話である。 「つまり、両国の国民では、情報交換できない状況になったって事だろ。」 アイムの疑問に答える様にリュンがこちらを向いて話す。 「その通りです。両国間の状態が悪くなっていく中で、とある団体がオークマ国内に生まれました。その団体はいわゆる過激派という連中で、サールマ国との繋がりを持つ者はすべて反逆者だとして、暴行を加え、悪評を広めるなどをして回り、辛うじて残っていた交流もそれによって絶たれてしまいました。」 なんとも恐ろしい団体である。相手国との繋がりだけで危害を加えてくるとは。 「あれ? ちょっと待ってくださいよ、だったら僕らも危ないじゃないですか。自警団は何をしてるんです。なんでそんな危険人物たちを放って置くんですか! 」 まさか、思いがけない所からこの様な危機が迫ってくるとは。 「国内でサールマ国に対する印象が悪くなっているなら、住民自身がその団体に味方をしているのかもしれないな。自分の心の苛立ちを解消してくれる相手には、寛容になるのが人情だ。」 そんな危険思想の人情なんていらない。 「安心しろよ、俺達はオークマ国に来てからそんなに時間も経ってないし、サールマ国の名前も出してない。襲われるなんて事にはならないさ。」 リュンはそう言うが、だからと言って安心出来る物では無い。 「でも、わたくしたちが仕事をしていく過程で、その団体に目を付けられる可能性があるのでは? 」 セイリスの言う事ももっともである。サールマ国のための情報収集が仕事なのだから、その団体から見れば十分に敵である。 「その件に関してもご安心を、あなた方の仕事は、恐らく、我々が集めた情報を向こうの会に渡すだけで終了しますから。」 突然、ケイがそんな事を言い出す。 「は? どういう事ですか。」 「御三方の話を聞くに、「森林を守る会」が望んでいるのは、私達「平和を守る会」との再交流でしょう。真っ先にこちらへ来る様にと指示されたのはそれが理由だと思われます。国内の情報をまとめた資料を作らせて頂きますので、それが出来次第、サールマ国へと帰って頂いて構いませんよ。恐らく、明日の朝までには完成するはずですので、この会館に泊まってくださって結構です。」 途端に饒舌となったケイに圧倒されるが、つまり、自分達の仕事はここまでと言う事か。 「でも、ちょっと待ってくださいよ。散々、国内情勢の不安みたいな話を聞かされて、今回の仕事はこれで終わりだから、さようならってあんまりじゃないですか! 」 ずっと先にゴールがあると思っていたら、目の前にいきなりゴール線を引かれた気分だ。 「とは言っても、これ以上の仕事はあなた方に危害が及ぶ可能性がありますし、あなた方にとっては、一応、仕事が成功した部類に入るでしょうから、それほど悪い話では無いのでは? 」 ケイの言う事も確かにそうなのだが、何故か納得行かない。 「リュンさんはそれで良いんですか? 」 彼も自分と同様に、仕事に納得していないのでないか。そう思い声を掛ける。 「いや、確かにケイさんの言う通りだ。ここで終われる仕事なら終わっておいた方が良いだろうな。セイリスもそれで構わないな。」 「そうですわね。依頼人の意思が最優先ですもの。」 何故か彼らも、仕事がここで終わる事に同意している。アイムは納得の行かない心持ちのまま、何も言えなくなってしまった。 「ただ、我々もオークマ国に来て直ぐに、こちらの会に来たので、この国についてあまりしらない。情報集めに来たというのに、それもどうかと思うので、観光ついでに少し、周らせて貰っても良いだろうか。」 リュンは呆然とするアイムを無視して、話を続けていく。 「それは勿論構いませんよ。会の扉は夜には閉まりますので、それまでならご自由に。」 ケイの了承を得てリュンは立ち上がる。釣られて、セイリスも立ち上がり、会館から出ることになった。 「おい、何してるんだ早く行くぞ。」 ただアイムのみが立ったまま、中々動こうとしないので、リュンがその様な言葉を掛ける事となった。 不満があったのでは無い。ただ、ここで仕事が終わる事に寂しさを感じてしまったのである。
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