ポルの頼みを聞き、念のため旅の準備を終えて、洞窟に向かう。洞窟まではポルが案内してくれたので、すぐに着いたのだが、 「ここから先はお客さん達で行って欲しいデス。私は入れない理由があるノデ。洞窟内はまっすぐ道が続いてマスカラ、迷う事は無いはずデスヨ。」 という言葉と共に、自分達だけが洞窟へと進む事になった。 「なんか怪しい雰囲気なって来ましたね。」 入口自体がかなり大きく、人工的に支えられている部分もある、この洞窟の雰囲気が怪しいと言う意味であるが、この洞窟へと誘った本人が、洞窟内に入らないという怪しさについての事でもある。 「まあな、でも進まない訳にも行かないだろう。」 リュンも警戒しては居るが、それでも歩みを止める様子は無い。 「二人とも、ポルさんを疑い過ぎでは無いでしょうか。本人が言う様に、何か理由があるのですわ。」 セイリスの方はむしろ、ポルを信用する側に回っている。彼女らしい考え方だ。 「どっちにした所で、進む事には変わりないみたいだし、話の続きは奥にある物を確認してからという事にしよう。」 先に何があるのか分からず口論するより、自分の目で見た方が手っ取り早いのだ。
洞窟を暫く歩くと、大きな空間が広がる場所へと辿りつく。ここまでの道のりも、それなりで広かったが、ここはそれ以上である。暗いと言うのもあるが、向こう側は霞んで見える洞窟というのは、どれだけの空間が広がっているというのだろうか。 「ここがポルさんが言ってた場所ですかね。」 「少なくとも、ここから先は一本道で進む事も出来ないから、そうなんだろうが。」 しかし、周りには何も無い。こんな場所で何をしろと言うのだろう。 「あの、お二人とも、よろしいでしょうか?」 この空間に驚いていると、セイリスが話しかけてきた。 「あ、えーと、何?」 意識が別の場所に向いていたらしく、突然のそれに、戸惑ってしまった。 「その、何か、地響きの様なものを感じません?」 セイリスは少し、怯えた表情で話す。あたりの様子を集中して観察してみると、確かにに揺れている様な気がする。 「本当だ、なんだろ、これ。」 地響きは少しずつ大きくなっている気もしてきた。というより、確実にこちらへ近づいて来ている。 「ちょっと前に、これと似たような事が無かったか?」 リュンに言われて、こちらも思い出しそうになる。そう、最近の事のはずだ。ドワーフの森に入ってからだろう。森に入って、暫くしてから、こんな地響きが聞こえてきて。 「ドラゴン!?」 やっと、思い出したと思った時、洞窟の向こうから、見覚えのある巨大な影が近づいてくる。 その大きなトカゲを思わせる外見で、こちらへ一気にやってくるのだ。 「みんな!逃げろ!」 リュンが叫ぶが、体が動かない。というより、動かす余裕が無かった。ドラゴンは森の中とは比べ物にならない速さで、その四肢を動かし、彼方に居たはずの影を、はっきりとした姿に変えながら、眼前へと迫ってきたからだ、 体が金縛りにでもあった様に動かない。まるで蛇に睨まれた蛙であった。ドラゴンはこちらを観察するかの様に、こちらを見つめてくる。 これはいったいどういう事なのだろうか、もしや、本当にあの宿の店主に騙されたのか。自分達はこのドラゴンの生贄に差し出されたのだろうか。 そんな考えが頭の中を巡る中、唐突に場違いな声が聞こえてくる。 『おや、もしやあなた達は、ドワーフの里に来た旅人の方でしょうか。』 洞窟中に響く様な、深く重いその声は、当然、アイム達の耳にも聞こえる。しかし、それがどこからの物なのかは理解できなかった。 『これは、少し驚かしてしまいましたか?』 まるで、こちらの戸惑いが見えているかの様に再び言葉が聞こえる。ふと、目の前のドラゴンが喋っているのでは無いかと思ってしまった。 『久しぶりの来訪者でしたので、こちらもはしゃぎ過ぎましたね。私はあなた方にドラゴンと呼ばれる物です。』 「はあ!?」 突然の展開に、そんな間抜けな叫び声を上げてしまう。しかし、この目の前に居る、凶暴な姿のドラゴンから、少々、紳士的な声が聞こえて来たとしたら、誰でも同じ反応をするだろう。 『どうにも、案内役のドワーフの説明不足だった様ですね。どうか戸惑わないで下さい。私は、そちらを襲う意思などありませんよ。』 目の前のドラゴンは目を薄め、四肢を畳み、敵意が無い事を示すためか、その場に座る。 「あの、本当に、その、目の前にいらっしゃるドラゴンなんですの?」 セイリスも、このあんまりな状況に戸惑っている様だったが、それでもなんとか状況を理解しようとしているらしく、ドラゴンに恐る恐る話しかける。 『ええ、もちろん。間違いなく、私はあなた方の前に居るドラゴンですよ。』 ドラゴンはセイリスの言葉に反応して、頷きながら答える。 「えーと、じゃあ、ドワーフのポルさんが、この洞窟に案内してくれたのって・・・。」 『私に会わせるためでしょうね。旅人が里に来れば、一度、挨拶をしてみたいと、私の方から言っておいた事ですので。』 そう言って、口を釣り上げるドラゴンは恐らく笑っているのだろう。ここにアイム達が来てくれた事を嬉しがっている様だ。 「俺達は、ドワーフの生態について、ここで知る事が出来ると言われて、案内されたんだが。」 リュンの方はこの状況で、なんとか落ち着きを取り戻したらしく、ドラゴンと話を続ける事にした様である。 『ふむ。それならば、確かに、ここに来るべきでしょうね。実際に目で見た方が分かり安いでしょうし。なにより、私の様なドラゴンの事を理解しなければ、ドワーフという種族も理解し難い。』 リュンとドラゴンが話す姿を見ると、何か酷く質の悪い冗談を見せられている気がしてくるが、紛う事の無い真実であるので、目をそらす訳にも行かなかった。 「つまり、あなたは、ドワーフと言う種族に大きく関係していると?ドワーフと森に棲むドラゴンは共存しているというのは本当という事か?」 リュンは状況に対する恐怖よりも、興味の方が上回ったらしく、いつもの嫌らしい笑みに表情を変えながら、ドラゴンとの話に熱中しようとしていた。 『共存しているのは本当ですが、その言い方だと、大きな勘違いをしていらっしゃる。私とドワーフの関係とは、共存では無く、対等と言うべきですから。』 「あなた見たいな巨大なドラゴンと、ドワーフが対等な存在なんですか?」 ドラゴンという物に対して、別世界の住人という理解の仕方をしていたアイムにとって、それは衝撃的な発言である。 『ええ、その通りです。何故なら私とドワーフ達は別個の物では無く、同じ種族なのですから。』
ドワーフの社会構造は親と子の関係で構成される。親は子の行動を統率、監視、保護し、子は親の命令や意思に従う。この関係上、親は子よりも数が少なく無ければならず。ドワーフの集団一つに親に当たる存在は一人しかいない。 『その親として存在するのがドラゴンなのです。親はドワーフの集団がある程度まで大きくなると、その中の一個体が私の様に成長していき、他のドワーフよりも強靭で寿命も長く、他を統率できる存在になれるのです。』 「働きアリと女王アリみたいな関係なんですかね。」 それとも、蜂の様な社会体系なのか。 『私が子供を産むという訳では無く、子であるドワーフ自体も種族としての独立性を持っているという事以外は、概ね正しい見解だと思いますよ。結局は集団としての方針を決めるのは、私ですから。』 「その方針って具体的にどうやって決めるのかが、よくわからないんですけど。」 子であるドワーフの集団が独立性を保っているのなら、統率をするというのも大変なのでは無いだろうか。 『ここに来るまでに、ドワーフの個体に会ったはずですね。その子は言葉使いが拙くありませんでしたか?身体的特徴も、身長が低かったり、どこか子供のまま成長した様な部分があったでしょう?』 そう言われれば、そうかもしれない。 『基本的にどれだけ種族として確立されていたとしても、ドワーフは、どこか精神的に子供のままである場合が多いのです。ですが、一度ドラゴン化をしてしまえば、その精神性は肉体と同様に驚くほどの成長を果たせます。』 「という事は、自然とドラゴン中心の社会が出来上がる事になるな。」 リュンは得心した様に頷いている。 『ええ、ですが、それにも問題がありまして。』 ドラゴンは深刻な様子で頭を下げ、言葉も低くなる。 『ドラゴンの精神性の成長と言うのは、一個体だけに留まるだけで無く、他のドワーフの個体にまで影響を与えてしまうのです。』 「それは一体、どういう事なのでしょう。」 セイリスの方は話をあまり理解して居ない様子である。ちなみに自分の同様だ。 『テレパシーと言えば良いのか・・・。自分の意思を伝えるだけなら問題無いのですが、私の趣味嗜好が集団としてのそれにまで、影響を与えてしまうのです。』 「あれ、じゃあ、今日の夕飯がやけに肉が多かったのも。」 『ええ、私、実は肉食の傾向がありまして・・・。』 なるほど、確かにそれは問題だ。偏食家がドラゴンになれば、ドワーフみんなが、好き嫌いをしてしまう事になる。 『まあ、その程度なら、まだ周りに与える影響も少なく済むのですが。』 「もしかして、ドワーフが最近まで排他主義だったのは、そのせいか。」 『その通りです。私の先代にあたるドラゴンが、どうにも他種族を恐れていた様で。ドワーフの集団そのものも、他種族を恐れる様になってしまいました。』 それで、ドワーフが排他的という噂が流れる一方で、実際に会ったドワーフ達はその噂とは違い友好的だったのか。 「じゃあ、もしかして、あなたは他種族に対して友好的だったりするんですか?」 今までの話が本当ならば、そういう事になるはずだ。自分達がこの里で出会ったドワーフは、他種族を恐れている様には見えないのだから。 『私自身は、そういった物に対する恐れはありません。むしろ、今までドワーフ達は閉鎖的過ぎた。もちろん、その状態の利点というのもありますが、私たちの生態が、他種族にまったく知られていないというのは、やはり問題です。』 話してみてわかった事だが、このドラゴンは、一族の長としての勤めを果たそうとしている。決して、別世界の存在などでは無い事にアイムは気づいた。 「それで、僕らみたいな旅人を洞窟に呼んでいたんですか?」 『ええ、実際に私という存在を見て頂ければ、ドワーフという種族に対する理解を深める事が出来るのではないかと・・・。』 それは正解だろう。実際、こうやって話して見れば、恐怖より親しみの方が強く感じる。 「でも、それでは、なかなか、多くの人に広める事はできないのでは・・・。」 セイリスが心配そうにドラゴンを見つめる。彼女も、このドラゴンに対しては、どこか親しみを感じ始めているのだろう。 『ですから、旅人のあなた方に、私達の事を広めて頂きたいと思い、旅人が来たなら、こちらへ誘って貰う様、ドワーフに言付けているのですが。』 ドラゴンなりの宣伝と言う事か。まあ、多少の効果はあると思うが。 「それだけじゃあ、少し難しいな。実際、ドワーフと森のドラゴンが同種で、今、ドワーフは他種族に友好的という話を他にした所で、信じてくれる奴が多いとは思わない。失礼だが、特に前者は、眉唾ものの噂にでもなれば上出来ってくらい、信じられない話なんだよ。」 『そこまでですか・・・。』 ドラゴンは落ち込んでいる風に、やや頭を下げ、口からは溜息らしき風が、こちらに吹いてくる。 「実際に会えれば別なんだが。直接、あなたの口から聞いたからこそ、今までの話を俺達は信じる気になった訳だからな。」 そして信じる人数が多ければ、それは、そのまま真実になる。 『これまで、私に会いにここまで来た旅人は、あなた方を含めて、片手で足りる数なのです。』 ちなみにドラゴンの指の本数は、こちらと同じ5本である。自分達は3人なので、これまで2人しか会ったことが無い計算である。いや、あの話し方を聞くに1人の可能性もあるか。 「ちょっと、その数では難しいですね。なんというか、流行ってないんですかね、この里。 『排他的という噂も問題なのですよ。地図にまで書いてあるというのに、誰も来てくれない。となれば、私に会いに来る旅人も、もっと少なくなります。』 とうとう、泣き言まで言い始めたドラゴンを見て、一同はどう対処すれば良いのか困り始めていた。 あと、こういう状況なので、ドラゴンに対する恐怖などは、まったく存在しなくなっている。 「なら、いきなり多くの人間にドワーフの事を知って貰うという高望みは捨てて、とりあえず、ドワーフの里に来る様な旅人を増やすという方向で、努力して見れば良いんじゃないか?」 投げ遣りな態度で返答しているリュンであるが、実際、それくらいしか方法は無い。 『努力ですか。宿を作り、地図に掲載させて貰う。それ以外となると、少し思いつかないのですが。まさか、この姿で宣伝する訳にも行かない。』 宣伝しようとした相手に逃げられてしまうのがオチだろう。 「とりあえず、宣伝に関しては、ここに来た旅人に任せるのが吉だろうな。もともとマイナスの印象を持っていたところで、そこそこ良い雰囲気の宿に泊まれたとなると、他人に話したくもなるだろう。ドラゴンに関する話じゃなけりゃあ、まあ信じてくれる奴も増える。」 『となると、私達が知なければならないのは、旅人の呼び込みですか。』 ドラゴンはまた、落ち込んだ様子になった。 「そもそも、そういった旅人の方々があまり、いらっしゃらないのが問題なのですものね。」 セイリスの言う通り、宣伝してくれる様な旅人が来るのであれば、この様に悩んだりはしない。 「でもリュンさん、旅の要所としては、結構良い立地にあるって言ってましたよね。」 「だから、それはドワーフに対するイメージの問題で、ここに足を運ぼうとする奴が少ないんだろ。」 少し考える。リュンの言っている事は正しい事である。ドワーフに対する印象が先行して、里へ向かうという選択肢を思考から奪ってしまうのである。なら、何故、自分達はドワーフの里へ向かったのだろうか。 「イメージの改善が問題なんですよね。そして、立地も宿も結構な物だから、一度来てしまえば、悪い印象は無くなる。」 ならば、無理矢理にでも里へ向かわせる様にすれば良い。 「攫ってでも連れてくるか?それだと、もっと印象が悪くなるぞ。」 「攫われて印象が悪くなるのは、自分の意思とは関係無い方法で連れていかれるからでしょう。なら、自分の意思で、ドワーフの里に来たと思わせるように、呼び込めば良いんです。」 森を歩く旅人を特定の状況下に置けば、それも不可能では無い。 「具体的には、どの様な方法なのでしょうか。想像し難い方法なのですが。」 答えを急かしている風にセイリスが返答して来る。 「例えばさ、僕らはどうして、このドワーフの里に来たのかを覚えている?」 「確か森に居る内に日が暮れてしまったからですわ。そうしたら偶然、近くにドワーフの里がありましたので。」 「それは、あくまで理由であって原因じゃあ無いよね。どうして、森の中で日が暮れてしまったんだろう。本当は1日で森を通り過ぎるはずだったのに。」 「あら、それなら。」 そう、答えは簡単だ。旅の途中でドラゴンに遭ったからだ。今では安全だと分かるが、前は危険だと判断し、旅の足を止める事になったから、森を抜ける時間が無くなり、ドワーフの里へと向かったのだ。 「そうか、ドワーフの森自体、1日で抜けるには、かなり急ぐ必要がある場所だ。少しでも足止めをしてしまえば、宿を探す必要が出てくる。そして、ここらにある宿と言えば。」 ドワーフの里しか有り得ない。足止めさえしてしまえば、自然と旅人は自分の意思で、ドワーフの里へと来るはずだ。 『しかし、足止めをするにも、その方法が荒ければ、問題にもなるでしょう。それにもし、足止めをされた旅人の方が遭難でもされては、私も心苦しい。』 当然、その点についても考えている。 「ドワーフの里と、森を抜ける道が分かれている場所でのみ、足止めを実行すれば、その危険も無くなりますよ。分岐点にドワーフの里への案内板でも置けば完璧ですね。嫌でも、そちらへ向かう事になります。」 『それは、なんとも、強引なやり方の様な・・・。』 このドラゴン、体は大きい癖になんとも小心者の様だ。強引になるのはこれからだと言うのに。 「今から、臆病になられては困りますよ。だって、一番肝心なのは、あなたがどうするかなんですから。」 『わたしが?』 ドラゴンがアイムの言葉に釣られて顔を上げてくる。 「そう、あなた次第で、これからのドワーフの運命が大きく変わるんです。」 大げさかもしれないが、一応真剣に言っているつもりであった。
森を歩いている。このドワーフの森では、1日で通り過ぎるのが、旅人の中での常識であるので、かなりの急ぎでだ。森の中で一夜を過ごす事は危険である。だからこそ、日が暮れる前に森を抜けなければならない。 だと言うのに、この地響きはなんなのだ。途中までは順調であったはずなのに、この地響きのせいで、足を止める破目になった。この地響きの原因はいったいなんなのか、もしや、これが噂に聞く、森に棲むドラゴンだと言うのか。 その様な葛藤をしているうちに、地響きが大きくなり、森の木々を押し倒しながら、私の目の前に巨大な生物が現れたのである。
「恐らく、あの旅人の方はこれから日が暮れかけるまで、あそこで足を止める事になるのでしょうね。」 木陰に隠れながら、申し訳なさそうな目で、旅人を見るセイリスであるが、だからと言って、ドラゴンを止める事は無い。 「そりゃあまあ、それが商売なんだから仕方ないって。ドラゴンだって承知してくれたでしょ。」 それに、ドラゴン自身はあの旅人を傷つけるつもりも無く。ただゆっくりと、時間を掛けながら、道を横切るだけなので、直接、被害が行く訳でも無い。 「しかし、良く考えたな。ドラゴンを使っての足止めなんて。」 「自分達がドワーフの里に行く事になった場面を、そのまま再現しただけですからね。ちょっとした思い付きですよ。」 ドラゴンには、決して旅人を傷つけず、ただ、道を通り過ぎるフリをする様にと、話しを通している。まあ、あの小心者のドラゴンに限って言えば、その必要も無さそうである。ちなみに、これは、後々、わざと足止めをした事に気づかれない様にするためで、最終的にはドラゴンの事を知って貰い、ドワーフ全体の事も知って貰う事になるだろうから、ドラゴン側に非が有る様にしないためだ。 「それでも、ばれてしまいましたら、どうしますの?」 「そういった事に気づける人なら、ドラゴンとドワーフの関係についても、上手く理解してくれるだろうから、それはそれで良いんじゃないかな。」 結局、ドワーフという種族を理解して貰う事には変わりないのだ。 「しかし、この方法で、どれくらい経てば、ドワーフ達についての知識が広まるってくれるんだろうな。」 「まあ、種族間同士の仲なんて、そうそう変わる物でも無いでしょうが、何もしないよりはきっと早いんじゃないですかね。」 努力という物は、利にならない事が時たま有るが、損になる事は少ないのだから。 「そういえば、今回の仕事では、報酬を貰う事を忘れていたな。」 リュンが思い出したかの様に呟く。 「仕事って、ちょっと話しただけじゃないですか。」 あれで何かを貰っては、相手に申し訳が立たない。 「それでも、向こうの利益になりそうな事をしたんだから、その分の対価くらい貰っても良さそうじゃないか。」 リュンとアイムの間で、口論とも言えない会話が続く。 「二人とも、そのまま口喧嘩を続けていたら、また日が暮れてしまいますわよ。再びドワーフの里に行く事になれば、格好が付きませんわ。」 二人の口論をセイリスが間に入り止める。 「あー、それもそうだな。日が暮れるまでには、今度こそ森を抜けよう。」 「そうですね。今回は途中からだし、足止め役は今、別の人を相手にしてるから、多分大丈夫ですよ。」 そう言って、森を抜ける道へと進みだす。今度、ここに来るときは、もっと人が賑わっていれば良いと思いながら。 「そう言えば、二人が言い争っていた報酬についてですけど、実は内緒で、あの後貰っていましたのよ。」 森を歩いていると、セイリスが突然そんな事を言い出す。あの後というのは、ドラゴンと洞窟で話した時の事だろう。 「貰っていたって。いったい何を?」 「これですわ。これ。」 セイリスは自分のリュックの中から、曲がりながらも、先端が尖った骨の様な物を取り出す。 「これは、もしかしてあのドラゴンの角か?」 どこかで見たことがあるそれは、言われてみれば、確かにドラゴンの頭に生えていた角であった。 「ええ、あの後、せっかくドワーフの里に来たのだから、何かお土産になる物は無いでしょうかと聞いたら、これを頂きましたの。定期的に生え変わるそうですから、別に惜しい物でも無いらしいですの。」 「それでも、ドラゴンの角なんて結構、珍しい物じゃないか。」 「そうですわね。ドラゴンさんも、“今はまだ”珍しい物だから、何かに役立つかもしれないと仰っていましたわ。」 なんと、良く言ったものである。これからは珍しく無くなるという事か。 「もしかしたら、次に来る時は、ちょっとした観光地になっているかもな。」 少し冗談の混じったリュンの言葉であったが、なんだか本当にそうなりそうで、あの生真面目で小心者なドラゴンの事を、応援したくなる話であった。
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