旅の半分は準備で終わる。道具を揃え、地図を見て、どの様な目的を持って向かうのか。それらをすべて行う事が出来れば、旅はもう下り坂であり、終点まで止まる事無く続いていく。 ランドファーマーのアイムにとっては、まだ旅は始まったばかりであるが、旅をする事を決意した時点で、彼の旅は既に終点へと向かい続けているのかもしれない。 だが、旅人にとっての旅は町と町とを繋ぐ各駅停車であり、一つの目的地に着く度に、次の目的地への旅の準備をしなければならない。 まだまだ、旅人として初心者アイムでも、それは他人事では無く、先日、旅人としての仕事をこなしたフィルゴ国内で、未だ次の旅への準備をしていた。
「今度は陸路だから、船が勝手に進んでくれる事は無い。シライからヒゼルの様に短期間で着く保障も無い。だから、それ相応の旅道具を揃えておきたい。幸運にもこの国では揃わない物の方が少ないし、金銭的余裕もある。だが、それで油断なんてするべきじゃあ無いな。特に鍬なんぞを持ち歩くなんてのは愚手中の愚手だ。」 アイムの相棒であるツリストのリュンが道端で講釈を垂れている。どれだけ言われようが、鍬を捨てる事なんて無いのに、ご苦労な事である。 「でも、そんなに大変なんですか?次の目的地までの旅って。」 今は町中で旅道具を揃えるため、あちこちの商店を周っている。主に必要なのは、食料品である。その他の物は既に手持ちの物があるからだ。 「確か、アイムさん達は大陸北部を西海岸に沿って南下していると聞いていますわ。そうなると、今度は大陸南部へ西海岸沿いに向かうつもりなのでしょう?なら、次の国までは、確か森を越える必要がありますわね。」 アイムの疑問に答えるのはエルフであり、フィルゴ国の由来の純血教徒、セイリスである。彼女はつい最近、自分達の旅仲間になった。 「森か、迷わないかどうか心配だね。磁石買いません?磁石。」 森の中で方角が分からなくなって迷うというのは、良く聞く話である。 「当然、用意するつもりだ。あと注意したいのはドラゴンだな。大陸西海岸南方にあるドワーフの森には森のドラゴンが棲む。海のドラゴンと違って、お前が想像する様なドラゴンだが、会いたいなんて思うなよ。」 当たり前だ、ドラゴンに関しては海の上で懲りた。 「というより、ドワーフの森ってドワーフが棲んでるんですか?」 ドワーフという種族には会ったことが無い。 「ああ、彼らも森に棲む種族だからな。どうやってか知らないが、森のドラゴンと共存しているらしい。」 それは凄い。ドラゴンと言うくらいだから、あの海で出会ったドラゴンのように棲む世界が違う生物だろうに。それと共存するとはとんでもない種族である。 「でもドワーフに出会うという事は、ドラゴンに出会う可能性が高くなりますの。だから、そちらの方も会いたいなんて、考えないで下さいましね。」 セイリスも自分に対して注意してくる。そう言えば、彼女にもドラゴンに興味がある様な事を船上で話したっけ。 「いくらなんでも、そんな事を思いませんって。それに、森のドラゴンだって、そうそう会う物じゃないんでしょう?海のドラゴンだって珍しい物なのに、そんな偶然続きませんって。」 「確かにその通りですわね。」 あらあらとセイリスが笑う。釣られて自分も笑い出す。 「・・・。」 ただ、リュンだけが笑っていない。こういう会話自体が不運を呼びそうな気がするからだ。
良い予感ははずれる事が多いのに、悪い予感が当たる可能性が高いのはどうしてだろうか。 実際はどちらも、自分の運頼みである事は変わりないのであるが、そうなると自身が不運である事も認めてしまう事になりかねないので肯定するなどもっての他である。 何故、現在、その様な事を考えているかと言うと、丁度、運悪く森に棲むドラゴンに遭ってしまったからである。 「おい、これはなんだ、ランドファーマーはドラゴンに好かれる体質でも持っているのか?」 リュンがこちらを睨みながら言ってくる。 ドラゴンに出会ったのは、フィルゴ国を出て数日、ついにドワーフの森の中を進む所まで来たところである。 森と言っても、中には交通用の道が敷かれている。だが、それでも道幅は狭く、ここまでは、乗り合い馬車に乗ってきたのだが、森を抜けるまでは徒歩である。アイム達はその道を通り、森を抜けようとしていた。 それは地響きを立てながら、こちらへとやって来た。鱗に覆われたトカゲの様な体に翼を生やし、頭に角が二本。そして、普通のトカゲとは比べ物にならない程の巨体で木々の薙ぎ倒しながら、それは現れたのだ。 「海のドラゴンが現れた時は、ここに居る三人とも船に乗っていたでしょう。だったら、僕だけの責任じゃないですよ!」 木々の間に隠れながら、お互いの不運を罵り合う。ドラゴンが自分達の前に現れる前に、その予兆は、あの巨体から出る音と振動で分かっていたので、この様に隠れる事が出来たのであるが、それもあまり意味の無い物かもしれない。 「二人とも静かにして下さいまし。どうやらドラゴンはこちらに特別敵意を持っていない様子。ならこちらが姿さえ現さなければ、どうにかされるという事はありませんわ。」 セイリスはそう言うが、あの凶暴な外見から、例え敵意が無くても襲ってくる気がして怖いのだ。 「それにあいつ、あれだけ大きな体しているくせに、移動の速度が随分と遅くない?いつまでここに隠れていればいいのか・・・。」 「いくら大きいといっても、森の木々よりは背は低いみたいですわ。だから、あまり早く動くと、ドラゴン自身が怪我をしてしまうのでは。」 だとすると、もう暫くはここで隠れるしかない。夜が来るまでには、森を抜けたいと考えていたが、それもどうなる事だろう。
結局、ドラゴンが無事、こちらの安全圏まで通り過ぎた頃には日が傾き始めていた。 「このままだと、森で一夜を過ごすことになりそうですわね。」 暗くなりつつある空を見て、セイリスは深刻な顔をしながら話す。 「やっぱり、森の中での野宿って危険なのかな。」 「そうだな、森ってのは、他の場所より生き物が多いんだよ。当然、その中には危険な生き物も含まれている。キャンプ地でも用意されてなきゃ、そうそう、したいとは思わないな。」 アイムの疑問にリュンが少し考え事をしながら答える。どうにも、自分達は少々、困った状況になっている様だ。 「旅慣れた人物であれば、一気に森を抜けてしまうそうですが、私達の現状を考えると、それも難しいかと。」 順調に行けば、そろそろ森を抜けるはずなのであるが、それにかける時間の半分近くをドラゴンから隠れる事に費やしてしまっている。 つまり、このまま歩き続けても森を抜けるには、夜も歩き続けなければならない。ただでさえ危険な夜道で、道を外す可能性すらある。森の中で道に迷うハメになるなど、想像もしたくない事であった。 「ひとつ、当てがあるんだが。あまり気乗りしない当てだけどな。」 リュンは自分の考えていた意見を言う気になった様であるが、どこか浮かない表情をしている。 「この際、そんな事も言ってられないでしょう。」 縋る物があるなら縋っておくべきだ。 「うーん、その当てって言うのは、ドラゴンが居た以上、それと共存するドワーフの集落が近くにあるかもしれないって物だ。」 「それって、日が暮れるまで森に居るハメになった原因に自分達から近づいていくってことですか?」 ドワーフとドラゴンが共存しているのなら、つまりはそういう事だ。 「だから気が進まないんだよ。なんで一夜の安全のために、わざわざ虎穴に入らなきゃいけないのかって話だからな。それに本当にあるのかもわからん。」 なら、その案はあまり意味の無い物だろう。このまま、野宿をするよりも危険な選択肢を選ぶというのは。 「一応、森の入り口で、簡単な地図を頂いたのですが。確かに近くの場所にドワーフの集落があるみたいですわね。それも緊急避難場所などと書かれていますわ。」 「え?」 釣られて地図を見る。確かにそこには、緊急避難場所、ドワーフの里。森の中で歩くのに疲れたら是非ココへと赤字で書かれた文章が地図にあった。
「何か詐欺に遭っているんじゃないかと心配なんですが。」 果たして、そこにはドワーフの里が存在した。森を通過するための道から逸れる形で、もう一つ道が存在しており、その先には小さな集落が存在しており、きっちりと看板で「おいでませドワーフの里へ」と書かれていた。 「いや、俺もドワーフは排他的な種族だと聞いていたんだが・・・。」 なんでも、そのせいで種族としての生態や行動などが殆ど知られていないそうな。ただ、知性自体は他の種族と変わらないので、大陸で、自らの権利を主張できる種族の一つとして認められている。 「でも、この看板を見る限りは、それ程、悪く扱われるという事も無さそうですわ。もしかしたら、泊めてくれる宿の様な物があるかもしれませんわよ。」 確かに、集落自体は森を切り開いて出来た土地に、そのまま木材を使って建てた家々が並んでいる。思ったよりも町として機能している雰囲気はある。 「ちゃあんとありマスヨ。旅人の方専用の宿ガ。」 間延びした台詞が視線の下側から聞こえる。 「うわ、なんだ!」 驚いて下を見ると、そこには身長が小さく、その割には横幅がとても広い男が居た。 「なんだじゃあないデス。ワタシ、ドワーフのポル言いマス。村で宿を経営してマス。看板を立てたのもワタシデスヨ。」 何故片言なのだろう。この大陸にある言語は大陸公用語のみなので、片言な言葉になるはずが無いのだが。まあ、とりあえず、どうやら彼はこの里のドワーフらしく、アイム達を自分の宿へと誘っているようだ。 「それは良い事ですわ。わたくし達、諸事情で森の中で足止めされてしまい、どうやって一夜を過ごそうか、困っていたところですの。宿があるのなら、案内して頂けないかしら。」 背の低いセイリスが、同じく背の低いドワーフに話かけているのは、なんとも可笑しな風景である 「それならワタシの宿に案内スルヨ。心配しなくても格安ダヨ。」 まあ、そこについても心配ではあるが、それ以上にこの集落に漂う胡散臭さは何なのだろう。 「ポルさんと言ったか。俺達が里に入る事で、里の誰かが不快に思ったりはしないのか?」 リュンも同様に考えていたのか、ドワーフは排他的では無いのかという自分の疑問をポルに向ける。 「なんで不快に思うのデス?旅人さん達、今のところ誰も悪い事してませんヨ?」 ポルという人物は本当に、こちらの意図がわからない様子で返してくる。リュンの情報が間違っていたのだろうか。 「それじゃあ宿に案内してあげマス。シッカリ着いて来てネ。」 ポルはその鈍重そうな体を動かして、里の中へと入っていく。アイム達は里の入り口で立っている訳にもいかず、ポルに着いて行くしか無かった。
宿に着くまでの間、歩きながら里を観察していたが、変わった風景などは無く、通りかかる村人のドワーフも旅人の珍しさからか、こちらに目を向けるも、嫌悪感を持っている様子はなかった。 そんなこんなで、宿に着くまでは別に事件も起こらず、無事に到着したのである。 「思ったよりも立派ですね。」 そこには、この里では一般的なのだろう、すべて木材で作った家がある。他の民家よりも、大型に出来ている様で、外から見た限りは小奇麗にも見えた。 「当然デスヨ。ワタシはコレで商売をしているンデスカラ。」 ポルが自慢気に胸を張っている。当然、宿の中に入ったが、受ける印象は外観を見たときと変わらず、外面だけを良くしているという訳でも無い。 「こりゃあ、案外、儲け物だな。旅人なんかは良く来るのか?」 リュンも感心しながら部屋を見渡す。 「少し前までハ全然来なかったケド、最近は少しづつ来てくれる様になりましたヨ。ヤッパリ看板を立テテ、地図にも載せて貰ったのガ、良かったンデスカネ。」 最初は怪しい雰囲気があったが、ポルの言動を見る限り、彼が一般的な商売人と変わらない様子である事を理解できた。 「実際、宿泊費なんかは幾らくらいなんだ?」 「そうダネ、1泊程度ならコレくらいで良いヨ」 ポルが提示してきた額は、随分と良心的であり、同じ程度の宿であるなら、もう少し値段を張っている。ましてや、森の中で他に休む場所が無いと成ると、まだ高くても良いのでは無いかと感じる。 「本当ハ、もっと額ヲ上げたいンダケド、マダマダ、来てくれるお客が少ないカラネ。安いと思ってくれたのナラ、旅人サンが、旅先でここの事を宣伝シテくれると嬉しいデスヨ。」 言葉は片言だが、言っている事はまともである。話し終わり、部屋へと案内される頃には、すっかりドワーフへの悪印象は消えていた。
「それじゃあ、今晩のゴハンが出来たら呼ぶカラ、それまではくつろいでいて下サイネ。」 ポルはそう言って、おそらく台所へと向かって行った。部屋は二つ用意された。アイムとリュンの二人部屋と、セイリス用の一人部屋である。こういった気遣いを自分達が言うまでも無くしてくれるのは嬉しい限りである。 「なんか、心配して損しましたよ。しっかりとした人達じゃないですか、ドワーフって。」 部屋のベッドに座り、一休みしながら、リュンに話しかける。リュンの方も同様で、既にベッドの上で寝転がっていた。 「だな。悪意なんかも感じられないし。しかしなあ、噂で聞いた限りだと、ドワーフはあまり他種族と話したがらないし、自分達の集落にも入れようとしないって聞いていたんだが。」 「この宿にお客が少ないのも、その噂のせいじゃないんですか?実際は違うんですから、営業妨害ですよ、それ。」 「まあ、そうだろうな。交通の利便性を考えたら、本来、もう少し流行っても良いはずだ。」 現在は日も完全に暮れ、夜の時間帯であるが、自分達以外の客が来た様子も無い。 「じゃあ、旅先でこの森の事を聞かれたら、店主が言っていた様に宣伝してあげるのも良いかもしれませんね。」 「うーん、それは一晩過ごしてから考えた方が良いだろうな。もしかしたら、今晩の飯に酷い物が出てくるかもしれないし。」 「はは、確かにそうですね。」 休みの時間と言う物は早く過ぎる物で、こんな会話を繰り返している内に、ポルが食事の用意が出来たと、呼びに来たのであった。
出てきた料理はまずくは無いが、独特な味をしていた。 「なんというか、肉々しいですね。あと種類のわからないキノコがスープに浮いてたり。」 よくわからない肉を不思議な風味のする香辛料を塗して玉ねぎを和えた焼肉に、キノコスープ、豪勢に肉が入っている。そしてパンにはなんと食べる者を飽きさせないために肉が挟んであるのだ。 「胸焼けがしそうですわね・・・。」 セイリスは見た目通り、小食な方なので、こういった料理は苦手だろう。 「ドワーフ族の地域料理って奴なのかもな。こんな森の中に住んでると、文化も他とは違ってくる。まあキノコについては、客に出している以上、毒って事も無いだろう。」 そう言いながら、躊躇なく料理を食べていくリュンには驚嘆するばかりである。 「全体的に味がしょっぱいんだよね。多分、保存食も兼ねているんだと思う。」 口に運んでみた時の味はまずくは無いが、これと言って美味しいという訳でも無い。そして大量に食べるのは少し遠慮したい。 「わたくし、これ全てを食べる自身がありませんわ。」 「明日も結構歩くから、せめて、このパンくらいは腹に入れておいた方がいいぞ。」 「塩分が多いから、全部食べる必要も無いと思うけどね。」 むしろ、余程体が食料を求めていない限り、これ全部を食べるというのは体に悪いと思われる。 「わかりましたわ。せっかく作ってくれた物ですものね。」 そういってフォークとナイフで少しずつパンを切り分けていくセイリスの姿は、まるで親に食事を残さず食べる様に言われた子どもみたいである。 「皆さん、食事は楽しんでくれてマスカ。」 調理場から出てきたポルは恰幅の良い体に大きなエプロンを着けている。 「え、ええ。大変、美味しく頂いていますわ。」 先ほど言っていた事とは違う発言をするセイリスであるが、彼女を責める者など誰も居ないだろう。 「少ししょっぱいケド、そこは我慢して下サイネ。ココでは保存の効いた物じゃないと、すぐ腐っちゃうカラ。」 彼自身も料理の味自体は理解しているのだろう。申し訳なさそうな表情をしている。だが、聞く限りは仕方の無い事の様な気もする。 「その分、贅沢に動物の肉を使わせて貰いマシタヨ。何の肉かにツイテハ、料理毎に違うから知りタケレバ、一つ一つ説明シマス。どれもこれも森の獲れた動物ばかりデスヨ。」 説明されると余計、不安になりそうなので遠慮しておく。 「森の中での生活ってのは、案外大変そうだな。なんでドワーフはこういったところで暮らしているんだ?」 「ドワーフの生態に関シテネ。少し理由がアリマス。」 詳しく聞きたい事であるが、種族の生態に関しては本人が話す以外の事では、話題に出さないのがこの大陸でのマナーである。 「ふーん、じゃあ客がまだまだ少ないとか言ってたが、この宿は最近始めたのか?」 リュンは別の話題に変えて、話を続けていく。 「そうデスネ。ちょっと前マデ、ワタシたちドワーフの間では旅人を里のナカに入れる様ナ店を作るコトが、出来なかったデスカラ。」 「あれ?じゃあドワーフが里の中に他種族を入れない話って。」 ポルは話が長引くと思ったのか、こちらの机の空いた椅子に座る。 「本当のコトデス。ただ嫌ってイタ訳でも無いんデスケドネ。でも他の種族から見れば、ワタシ達は排他的に見えたデショウネ。」 「それも、やはり生態に関する事ですの?」 パンを必死に食べていたセイリスも、気になったのか会話に入ってくる。 「そうデスネ。だからワタシからは詳しい内容を話せマセン。でも、最近はちゃんと里に他種族も入れるコトが出来る様にナリマシタカラ、安心して下サイ。」 話は終わったが、どうにも疑問だけが残る会話になってしまった。 「ヤッパリ皆さん、ワタシたちの事が気にナリマスカ?」 こちらの疑問を感じ取ったのだろうか、ポルは話を続けてくる。 「まあ、気になると言えば気になりますけど。」 偽りの無い本音であるが、無理をして聞きたい訳でも無い。 「皆さん、食事の後は予定がアリマス?ちょっと行って欲しい場所がアルノデス。」 ポルの表情が真剣な物に変わる。 「うーん、近場なら良いが。」 それを見るリュンは、何かを感じ取ったのか、少しの考慮のあと、同じく真面目な顔をして返答する。 「里の端に緩やかな崖がアッテ、そこに一つ洞窟がアリマス。ソノ洞窟の中を暫く行くと、大きな空洞が広がってマス。そこに行って欲しいノデス。」 「行き帰りはどれくらいの時間が必要ですの?」 「それだけなら往復1時間も掛からないデス。怪しいと思うかもデスガ、皆さんの疑問も解けると思いマス。」 「食事を終えて、外出の準備をしてからなら大丈夫だが。」 リュンは洞窟へ向かう事に同意するらしい。 「スミマセン。お客にこういう事をさせるのはイケナイ事だとわかってイルノデスガ。」 ポルは真剣が表情を崩さないまま、席を立ち、その場を去っていった。
食事を終え、部屋に戻るとリュンはどうしたのか、旅支度を始める。 「何してるんですか?洞窟はすぐ近くにあるらしいんですから、そんな準備をしなくても。」 「念のためだ。もしかしたら、あの店主がこちらを騙している可能性もあるからな。」 「そんな風には見えませんでしたけど。」 彼の表情はむしろ、本音を話す者のそれであった。 「俺もそう思う。だが、危険が無いとは言い切れない。洞窟から宿に戻るんじゃなくて、そのまま旅を続けられる服装くらいは、しておいたほうが良い。」 過剰な心配だとも思うが、この場合は経験が上なリュンに従っといた方が良いだろう。 「だけど、そう思うなら行かなきゃ良いのに。」 自分で了承しておいて、その事に心配するのはどうだろうか。 「まあ、こっちはドワーフについて何も知らないからな。噂程度でしか聞いたことの無い、ドワーフの生態がわかるかもしれないんだぞ?危険があっても知りたくならないか?」 一瞬うなづきそうになるが、認めると、なにかリュンと同類になりそうだったので、辞めておく。 「セイリスにも伝えておきますか?」 「そうだな、頼む。」 言われた通り、自分の部屋を出て、すぐ横にあるセイリスの部屋の扉をノックする。 「セイリス、ちょっと良いかな。」 女性の部屋に入る以上、こういった行動は面倒でも必要である。 「はい、どうぞ。」 許可を得たので入らせて貰う。 「あら、アイムさん。洞窟へ行く準備はもうできたのでしょうか?」 当然だが、セイリスは食事を終えた格好のままでリュンの様に旅支度はしてはいない。もししていたら、これが旅人として必要な行為なのかと不安に思っていたところだ。 「リュンさんが旅支度をしてから出かけようって。万が一の事が有るかもしれないからだそうだけど。」 ポルがこちらを騙しているなどといった発言については、話さない事にする。セイリスの性格だと、そんな事は無いと口論になりそうだからだ。 「そう言えば近いと言っても、洞窟内でしたわね。確かに危険があるかもしれませんわ。」 納得して貰えた様で助かる。 「だから、そのまま旅に出かけられるくらいの装備をしておこうってさ。リュンさんも心配し過ぎだと思うけど。」 「でも、ポルさんの顔を思い出すと、なんだか凄い秘密が待っているかもしれませんわね。」 心なしかセイリスは喜んでいる様に見えた。隠された秘密を明かすという行為に、好奇心が沸いているのかもしれない。 「少し里に寄っただけの旅人に話す秘密というのも、どうかと思うけどね。」 ただ、セイリスが喜んでいるのと同様、自分もこれから何が待っているのか、期待している感情がどこかにあるのは、確かであった。
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