フィルゴ国に来て3日目の朝になる。そろそろ観光でもしてみたい気分になるが、残念ながら、まだまだ仕事をしなければならない。 部屋のベッドから起き、枕元を見る。そこには昨日、セイリスに借りたコップが二つ置いてある。当然、空では無い。そこに入っている物は、今回の仕事が上手く行くかどうかを決める大切な物である。 昨日の夜、リュンが集めてきた情報を合わせると、おそらくこれで、この土地の問題は解決するはずである。 コップの中にある物が丁度良い状態になるのが、昼頃であると考えられるので、その時間に合わせて、セイリスやフラウと例の講義室で待ち合わせしている。 つまり昼頃までは、少し暇なのである。だからといって、町に出かけるという気分でも無い。やる事を残したままだと、心の底から観光を楽しめないからだ。 暇つぶしにと、同室に居るはずのリュンを探すが部屋に居ない。どうにもリュンは部屋の中に居る事が少ない気がする。彼に頼んだ仕事は、もう終わっているので、どこかを走り回っているという事も無いだろうが、彼は彼なりに時間潰しをしているのかもしれない。 ならば、自分もさっさと起きて、昼までの時間を潰そうと思う。とりあえず、町に出る気は無いが、教団内部を歩き回るくらいはしよう。
部屋を出て、人の流れにそって歩いていると、教団の食堂に着いた。そう言えば、朝食の時間である。朝から教団の内部に居る者となると、教徒以外には居ないだろうから、ここに行き着くのは当たり前の事かもしれない。 臆せず食堂に入る事にする。教団に仕事を頼まれてから、食事は教団側が出してくれているので、値段を気にする事なく、食事にありつけるからだ。 食堂内を見渡すと、そこにはリュンが居た。ちょうど彼も食事に来ていたようだ。というより、もうすでに、半分くらいは皿の上から消えていた。 「朝食に行くんなら、誘ってくれれば良いじゃないですか。人を寝かしたまま、一人で行くなんて、付き合いが悪いですよ。」 そう言いながら、食事を続けるリュンに近づく。 「悪いが、部屋にはそもそも戻っていないんだ。睡眠は講義室で摂ったからな。そこから、食堂に向かったんだから、お前を起こすのは手間になるだろう。」 失礼な事にこちらに向く事も無く、そのまま食事に専念している。 「そういう所で寝てばっかり居ると風邪をひきますよ。なんか寝る時に変な癖でもあるんですか?」 「別にそういった事は無いと思うんだが・・・。」 自信が無いのか口籠る。話が続かないので、アイムは食事を取りに行く事にした。配膳場には食器棚の横に、食事の配給係がおり、自分で食器を取り、配給係に食事を食器に入れて貰うという形になっている。 そこに並び、食事を貰い、リュンの座る席の前へと、自分も座る。食器の中には白パンとコーンスープにカラフルな野菜のサラダと卵までついていた。朝食としてはかなり豪華な部類である。 「なんか申し訳無いですね。毎回、こんな食事を頂いちゃって。」 「あそこで並んで貰ってきたんだろ?なら教団が教徒用に出してる食事なんだから、そんなに遠慮する事も無いだろう。本来出す食事が2食程増えただけなんだからな。」 まあ確かにその通りだが、感謝くらいはするべきでは無いだろうか。 「でも、考えてみれば教団の人たちって毎日、こういう物を食べてるって事なんですよね。教団って言うくらいだから、寄付で成り立ってるんだろうし、そんなにお金が有るとも思えないんだけどなあ。」 自給用の作物を育てている状況であれば、自分達に仕事を頼むはずも無いので、その選択肢も消える。では、この目の前にある食事は、どうやって用意したのか。 「金ならあるだろう。国からの助成金やらなんやらがな。」 リュンは何を当たり前のことを言っているのかといった顔をしながら答えてくる。 「え?ここって、宗教団体ですよね、なんで国からお金を貰えるんですか。」 「そりゃあ、純潔教は事実上、フィルゴ国の国教みたいなもんだからな。セイリスから純潔教の歴史を教えて貰っただろ。」 確か、純潔教は帝国文化を守るために生まれたという話だったと思う。 「純潔教の歴史はそのまま、この国の歴史でもある。フィルゴ国はこの国で言う所の古代帝国の末裔であり、純潔教はその帝国の文化を支える存在だからな。お互いに依存し合っているのさ。」 依存という言い方は反発を呼びそうに思うが、要するに互いの益になる存在と言う事だろうか。 「それじゃあ、純潔教ってこの国の援助で成り立ってるんですかね。」 だとすると、随分、俗っぽい宗教である。 「持ちつ持たれつの関係だと言っても、そこまで依存してる訳でも無いな。教団独自の財源がある。」 「財源ですか。なんだか、面白そうな話じゃないですか。」 金銭面の話であれば、それが詰まらない話であるはずが無いのだ。 「そんな良い話じゃないさ。教団はな、帝国の資料とやらを大量に保管しているんだよ。」 「資料?それが何かの儲け話に繋がるんですかね。」 「古代帝国とやらが本当にあったのかは分らないが、その資料の価値は本物らしい。内容は帝国の文化から統治方法、商業圏の拡大と言った多岐に渡る物で、教団はその知識を元に国家的知識の探求を行ってきた。」 「時代遅れにならない様にって事ですね。」 「そうだな、そして、それはフィルゴ国だけで無く、他の国にとっても知りたい知識である訳だ。」 おおよそ、内容が理解出来た。 「つまり、その知識を他の国に教える事で、自分達も見返りを求めると・・・。あれ?それって僕らのやってる事と同じじゃないですか。」 「その通りだ。教える知識に違いがあれど、やる事は一緒だ。だから、教団は俺達に仕事を頼んできたのさ。俺達がどの程度、仕事が出来るかを知るためにな。」 つまり、教団は自分達と同業者という事だ。向こうから見れば、こちらは規模も経験も弱小な新人と言った認識だろうが。 「もしそれで、何等かの結果を出したら、向こうはどういった対応をしてくると思いますか?」 「そうだな、ここで失敗する様だったら、捨て置かれる事になるだろうな。自分達の活動を邪魔される事は無いと考えて。」 ならば、ある程度の成果を残したならどうなるか。 「こちらが仕事を成功した場合の対応は二つ。一つ目は俺達を取り込もうとする。同業者である程度の成果を残せる人材が居るんだ。自分達の仲間にしない手は無い。」 「それで二つ目は?」 「俺達を潰そうとする。これは俺達が教団に敵対する様な意思を見せた場合に起こり得るな。新参者が自分達の邪魔になるのなら、潰してしまえと、俺だって考える。」 当然、こちらとしては前者の側に立ちたい。 「なら、教団側とある程度の信頼関係がある方が良いですね。セイリス達と仲良くなったのは幸運だったのかな。」 「そうだな、自分達の部下が紹介してきた形になるから、それなりの信頼は当初から得られていると考えられるだろうな。それにしても・・・。」 喋りながら食事を続けていたリュンが、その手を止め、あの不気味な笑みを顔に浮かべる。 「なんですか?」 「随分とビジネスライクな考え方が出来る様になったじゃないか。彼女らと出会えた事がなんの幸運になるって?てっきり、教団に頭を下げる形になるから嫌だ。なんて事を言うと思ったんだが。」 確かに、そういう気持ちは多少ある。 「一応、この仕事で生きていく事を決めたつもりですからね。考えだって厳しくも成りますよ。彼女達に出会った事自体は偶然なんだから負い目なんてありません。」 教団の頭を下に付くという点も、これから自分達が経験と成果を積んでいけば、なんとか出来る事なのだ。今は、多少状況が悪くなろうとも、自分達の利になる事を考えなければならない。 「よしよし、良い傾向だ。それでこそ相棒にした甲斐もあるってもんだ。あと、これは蛇足だが、彼女らと出会った偶然については一概にそう言えないぞ。」 「え?もしかして、それも計算して出会った事とか言いませんよね?」 だとしたら、もう予知能力者の域である。 「言わん。ただ、彼女らと出会ったのはヒゼル国からの船の上だろ。つまり、彼女らはヒゼル国に用があったって事だ。その用ってのはなんだったんだろうなと思ってな。」 彼女達が、教団の宣教師として旅をしていた以上、その関係の仕事だと思うが。 「もしかして、僕らがヒゼル国でした仕事と関係があります?」 ヒゼル国での仕事はヒゼル国を牛耳る商船組合とそこからあぶれた農家達の交渉と言う物だったが、リュンがわざわざ話を持ち出してきたと言う事はそれに関係する物なのかもしれない。 「そうだ。あの国は商船組合という組織構造によって、問題が発生し始めた状態だった。その直接解決のために俺達を雇った様だが、それは言って見れば場当たり的な解決でしかない。商船組合としては、それに平行して抜本的な解決を図りたいと考えるのが普通だろう。そして純潔教は自分達が研究する国の統治方法を諸外国に売り歩いている。」 売り歩いていると言えば、印象が悪いが、まあ実際やっているのだから文句は無い。 「つまり、僕達とセイリス達は同じ依頼人に似たような仕事を頼まれた間柄だったって事ですね。そう言われれば、出会ったのも偶然とは言い難いなあ。」 「まあ、でも、必然とも言えんから、これは話の種程度と言った物だな。おかげで食事中も飽きずに続ける事が出来ただろ。」 言われて、自分の手が無意識に食事を続けていた事に気付く。 「人が話を続けているのに、バクバクと食事を続けやがって、失礼な奴だな、お前は。」 「それって人の事言えませんよね。」 お互い、どこか似たところが有る様だ。とりあえず、息のあったコンビであると思いたい物だ。 これから教団に見せる事になる仕事の成果は、二人でそれなりに苦労して出した結果なのだから。
食事を終え、一息いれれば、今回の仕事の結末まで、あともう少しの時間だ。リュンと二人で講義室に向かい、そこで準備をしていると、セイリスとフラウが入ってくる。 「てっきり、農作地で説明するのかと思っていたけど、講義室でなんて、どういうことかしら。」 入ってくるなり、フラウにそのような言葉をかけられるが、それにも理由があるので説明する。 「ちょっと地理に関する話や、資料を広げる必要があるんでここで説明させてもらう事にしました。十分に説明できると思いますよ。」 言うなり、机にフィルゴ国の地図を広げる。そこには幾つかの印があり、その印は教団本部がある場所にも付けてある。 「地図にある印は、作物が育ち難い場所を示した物です。見ての通り、灰が降る地域と一致している。」 「という事はやっぱり、原因は灰という事ですの?では、農作地の改善は難しいのでは。」 セイリスが不安気にこちらを見てくる。 「当初はそう思うしか無かったんだけどね。でも、降る灰の量は、地面に悪影響を与える程の物では無いという事が、どうにも引っ掛かったんだ。だから、他にも土地が悪くなっている理由があるはずだと考えた。」 「それでは、何かを見つけたのですか?」 「いや、やっぱり原因は灰だったよ。でも火山から来る灰だけが原因じゃ無かったんだ。」 そう言いながら、机の上にある資料を手に取り、説明を続ける。 「火山以外の灰かい?それがどう土を悪くしているのよ。」 「例えば、作物に水を与えるのは成長させる上で必ずしなくちゃいけませんけど、与えすぎると、逆に悪影響が出ますよね。灰も一緒なんですよ。適量なら作物の助けにもなりますが、必要以上あると成長を阻害してしまう。」 説明しながら、手に取った資料で見たいページを探す。 「なら、その必要以上の灰というのはどこから来たのでしょうか。アイムさんの説明では火山の灰では無いのですよね。」 「うん、あの降灰量じゃあ悪影響が出る事はほとんどないね。このフィルゴ国内を除いての事だけど。」 「フィルゴ国自体に何かあると?」 丁度良く、見るべきページを見つけたアイムはそれを地図の上に広げる。 「これはリュンが集めてくれた、フィルゴ国内で伝統的に作られる建物の材料をまとめた物なんだけどね。」 その説明をリュンにして貰おうと目線を向ける。なんとか通じた様でリュンが口を開いた。 「あー、そうだな、俺も良くわかって無かったんだが、とにかくこの国の建築文化についてあれこれ調べてくれと言われてな、それでわかったんだが、この国はあの馬鹿でかい壁があるせいか、あの壁と同じ素材で民家を立てる風土があるらしいな。この教団だって確か、そのはずだ。」 そう、その素材こそ、土地を悪くしている原因だったのだ。 「教団本部を建てる上で必要とした素材と言えば、大理石かい?」 「ええ、その通り、大理石。別名、石灰岩ですね。」 「石灰岩!では教団の農作地を悪くしていたのは・・・。」 セイリスは合点が言った様な表情を見せる。石灰岩とはその名の通り、石灰が岩となったものである。そして石灰は火山灰と似た性質を持っている。 「つまり、この二つがあわさって土壌の悪化を招いている可能性があると考えられるんだ。もちろん、思いついた時はまだ予想の段階だったけど、これを見て欲しい。」 資料の次は一昨日の夜に貸して貰ったコップを二つ取り出す。 「あら、それは。」 セイリスはその事をもちろん覚えていたらしく、どの様な用途でそれが使われるのか、興味のある様子だ。 コップの中は空では無く、土が詰まっている。そして片方には一本、植物の新芽が出ていた。 「ちゃんと育つかどうか不安だったんだけど、うまい具合に育ってくれて良かったよ。これはあの農作地の土を使って、植物を育ててみた物なんだけど、片方はそのままの土を、もう片方は火山灰はそのままに土の一部を水で洗った物を使ってる。水洗いは水田化の模倣みたいな物だけどね。」 新芽が出ているのは当然、土を水で洗った方である。正直、土中の栄養も一緒に流れ出ていたのでは無いかと不安だったのだが、過剰な灰という成長を阻害する物が無い分、良く育ってくれたらしい。 「これで原因は石灰と火山灰の二つである事がわかった。もともと、あの壁や町中の建物から、長い時間をかけて地面に染み出した石灰が、火山灰と合わさった部分にだけ、害を与える状態になってしまったって事だろう。」 「でも、それじゃあ、どうしようも無い状況には変わり無いと思うけどね。結局は二つともこの町を移動させない限り、どうすることもできない。」 フラウの諦めの混じった台詞に、希望を与えるため、その対策方法を示さなければならない。 「火山灰の方は自然の物ですから、どうしようも無いですけど、石灰の方は建物が原因です。自然が作った物で無い以上、対策はいくらでも可能ですよ。一番てっとり早いのは、農作場の回りを木の板で区切るっていう方法かな?」 収穫用の植物が土中に根を張る深さは案外浅い。つまり、その深さだけ木の板などで、土を区切ってしまえば、石灰が建物の大理石から染み混む事をある程度防げるのだ。 「そんなに厳重にする必要も無いですけどね、現在、土中にある灰が多すぎるってだけで、全部無くさなくてもいいんですから。」 「それをすれば、一定の効果が出るって言うのね?」 「劇的な程ってものじゃないですけど、とりあえず、あの農作地の石灰分が抜けるまで時間はかかるだろうし。でも、上手くいけば、農作地として、十分に利用できる土地になると思いますよ。ここにある二つのコップが証拠です。」 まあ、それも教団側がやる気になってくれればの話であるが。 「今回の仕事で、自分が調べられる事は全部やったつもりですけど、実際に作業するのは教団側ですからね、結果まで全部、保障するつもりはありません。」 自分自身が行った仕事について、余計な責任を背負い込むのは、こちらにも相手にも良く無い事である。ヒゼルでの件から、そう考える事にしている。 「でも、確かにこれは説得力のある話だと思いますわ。前に頼んだ農家の方々も、ここまで資料や情報をまとめて貰えませんでしたもの。司祭様もかならず評価してくれます。」 セイリスの言葉に少し安心する。本当は日数が足りなく、証拠集めも十分に出来なかったのが本音なのだ。 別に彼女達が急かした訳でも無いので、期限を伸ばそうと思えば出来たのだが、それはこちらの意地もあるので、黙って置くことにした。
さて、今後、農作地がどうなるのかについては責任を持てないと言ったが、自分達がした仕事の評価については別である。 セイリスは安心して欲しいと言ったが、評価するのは教団の上層部だろう。もし報酬が貰えないなどという状況になったら、これまでの苦労は水の泡だ。 「だから、早く返答を貰いたいんですけど、ぜんぜん無いですね。」 セイリス達に自分達の作業の結果を説明してから、既に1日が過ぎていた。これでフィルゴ国の滞在日数は5日目となる。 「彼女等はしっかりと上司に伝えてくれたんだ。気長に待つさ。たかが、旅人が行った仕事の評価が遅いってのは、こちらにとっては良い事かもしれないからな。」 リュンは机に肘を立て、片手に持った本を読んでいる。ここは教団内にある図書室である。リュンはこの国の資料を探す際、セイリス達にこの場所について教えてもらったらしい。 「ならいいんですけど。ここの資料を調べる時間が増える分には、まあ良い事なのかな。」 今、自分達が何をしているのかと言うと、今後の仕事に役立ちそうな資料が無いか、この図書館で探しているのである。 「客人が気軽に入れる様な場所だから、重要な物は少ないだろうがな。ただ、この国の独自文化については調べる価値があると見た。」 昔は帝国、今は国。そんな長い歴史を持つこの国の資料だ。農業についても面白い物があるかもしれない。 「教団と仲良くなったら、もっと詳しい資料とかも見れるのかな。」 そう思いながら、農業について書かれている本を流し読みしていく。どれもこれも、農業の基本について書かれているのみだが、たまに自分も知らない情報があるのだ。 「ああ、あんた達、ここにいたのかい?司祭様がお呼びだよ、昨日の件に関して礼がしたいんだとさ。」 突然、フラウが図書室の扉を開けて現れる。その顔を見ると、どうやら今回の仕事は成功したらしい。 「礼か、それ以外については何か言っていなかったか?」 リュンが聞くと、フラウは首を振って答えた。 「いや?私は聞いてないわ。」 その返答に、リュンはどうにも考えが外れたと言った様な顔をする。恐らく、教団側から、自分達と一緒に仕事をしていかないかと言った、返答があると思ったのだろう。 「とりあえず、その司祭さんに会いに行きましょうよ。お礼って言うくらいなんだから、きっと報酬も貰えると思うし。」 リュンの期待が外れようとも、こちらとしては報酬の方が大事であるのだ。
「今回、私どもが頼んだ、農作地の改善という仕事に対してのあなた方の行動は、こちらにとって満足の出来る物でした。こちらはその報酬です。どうぞ受け取ってください。」 司祭に会う事を許されたアイム達は、今、目の前で喋っている白髪の老人が居る部屋へと案内された。おそらくこの人物が司祭なのだろう。横には畏まって立っているセイリスが居た。 「あの、これ全部がそうなんですか?」 司祭とアイム達の間にある机の上には貨幣の入った袋がある。その中身は、自分達が働かずとも2,3週間は遊んで飲み食いもできるであろう量の報酬が入っていた。 「ええ、あなた方が集めた資料をセイリスから頂きましたが、それはもう、たった数日ほどで集めたとは思えないほどの成果である事を理解できました。」 そう言ってもらえると純粋に嬉しい。誰かの役に立つというのは、それだけで遣り甲斐のある物なのだから。 あと、報酬が予想以上の物だったのも、まあ嬉しい理由の一つである。 リュンの方はどう思ってるのかと考え、横を見ると、なんだか渋い顔をしている。彼は、この報酬が嬉しく無いのだろうか。 「そこであなた方に、純血教として相談があるのですが。」 老司祭は改まって、こちらに話を続けてくる。 「相談ですか?それは一体。」 リュンが口を開く。どうやら、この話を待っていた様だ。 「あなた方の仕事については、多様聞いていますが、これからも旅を続けるのでしょう?なら、その旅に彼女を連れて行って貰えないでしょうか。」 老司祭は隣に立つセイリスに手を向ける。 「セイリスが僕らの旅に同行するんですか?」 驚いて声を上げる。今回の仕事でお別れだと思っていたのに、ここに来て、おかしな縁が出てきたからだ。 「はい、アイムさん達には申し訳ありませんわ。でも、旅の途中、私を常に護衛してくれていたフラウも、ああ見えて、もう長旅をあまり続けられない齢になるのです。でも、私自身はまだ、様々な国を周り、純血教の教えを広めなければなりません。本当は、変わりの護衛を教団内で探さなければいけないのですけど、そういった方々は不足しているのが常で。」 セイリスが寂しそうな顔をしながら答える。フラウとは長い間、旅を共にしてきたからだろう。 「もちろん、同行させて頂くのであれば、その報酬をこちらで払わせてもらいます。また、旅先の旅費についても同様に。」 老司祭の言葉は魅力的に感じる物であった。旅をする上で後ろ盾を得た様な物だからだ。 「リュンさん、受けても良いんじゃないですか?別に僕らの方で不都合とかは、そんなに無さそうだし。」 話しかけるが、リュンは渋い顔をしたままで、何か考え事をしている様な様子だ。 「アイム、お前の方はつまり、セイリスの同行には賛成なんだな。」 リュンは突然そんな事を言い出した。 「ええ、まあ、だから受けても良いんじゃないかって聞いたんですけど。」 「なら俺も賛成だ。司祭様、その話、受けさせて貰います。セイリス、君も良いのか?」 「はい、既に司祭様の意見に了承したからこそ、ここにいるのですから。」 セイリス自身もフラウとの別れに対する寂しさがあるものの、同行自体に反対では無い様子だ。 「それでは、皆さん、今回の依頼には同意を頂けたと言う事で、急な話になりますが、1週間後までには旅を始めて頂きたいと思っています。宜しいですかな。」 老司祭はニコリと笑うと、こちらに同意を求めてきた。こちらとしてはもっと早い段階でフィルゴ国を後にするつもりだったので、異存など無かった。
「やられたな。」 二人して部屋を出るなり、リュンがその様な事を言う。 「やられたって、何がですか。」 「セイリスを同行させるって話だ。」 どうにも、その件に関して、ずっと渋い顔をしていた様だ。 「そんなに悪い物でしたっけ?」 旅費も報酬も貰えて、万々歳な話では無いだろうか。 「悪く無い、悪く無いからこそ、こちらが嵌められたという事になる。」 言っている意味がわからない。 「セイリスの同行自体はまあ良いんだよ。教団側からの要求を聞いておくのも双方の関係を深めたい、俺達にとっては渡りに船だからな。」 まったくもって、その通りである。 「じゃあ何が問題なんですか。」 「その結果、報酬を貰うって事が問題なんだ。今回の仕事についても、報酬が多すぎる。」 嬉しい事では無いか。 「報酬を一方的に貰っておいて、向こうの意見を一切聞かない。そんな奴をお前はどう思う。」 「嫌な奴ですね。」 「そうだ、だから、俺達が一定の信用を得ようと思えば、今後、俺達が旅をする上で教団の意見をいくらか取り入れなければならないという状況になってしまったんだよ。」 確かに、あれだけの好条件を提示されて、教団側に不義理を働けば、こちらへの信頼というものは無くなるだろう。商売する側にとってそれは痛手だ。 「首輪を付けられたって事ですか。」 「そうだ、セイリスが同行する以上、定期的にフィルゴ国に戻る事にもなるから、かなり強力な物をな。向こうが上手だった。一応、お前にも話し合いの最中に同意して貰ったが、完全に俺の失策だ、すまんな。」 リュンが急に謝ってきたのに驚く。 「ちょ、ちょっと、謝らないくださいよ。仕方無い事じゃないですか。後で挽回すれば良い。」 「だが、今回の仕事でお前はしっかりと仕事をしてくれたのに、交渉役の俺がこの様だからな。だが、かならず借りは返すつもりだ。」 リュンは渋い顔から、あの嫌味な笑みを浮かべた顔に変わる。これがどこか頼もしいと感じるのは、絶対に自分の感覚がおかしくなったからだろう。 「あら、アイムさんにリュンさん。まだここにいらしたんですの?」 セイリスが後ろの扉から顔を出す。そう言えば、まだ扉の前に立ったままであった。 「何か話をしてらしたのかしら。」 「い、いや、なんでも無いよ。」 こちらの失策に彼女が関わっているという話など言えるはずもない。 「ふむ。ここで丁度、3人がそろっている訳だから、お互い自己紹介でもして置こうと思ってな。これから旅を続けていくんだ、必要な事だろう?」 素知らぬ顔で、そんな事を言うリュンにアイムは、純粋に感心する。 「まあまあ、それは良い事ですわね。それではアイムさん、リュンさん。私はエルフ族のセイリスと申しますわ。これから旅をする仲間としてどうぞよろしくお願いしますわね。」 こちらの考えなんて知らずに、笑顔で続けるセイリスに少しの罪悪感がわく。 終わってしまった事を気にしても仕方無い事だ。ならば、この罪悪感を少しでも払って、自然に接するのが彼女のためかもしれない。 アイムはそんな事を考えながら、3人目の旅仲間になるセイリスに笑顔で今度は、自分の事を紹介するのであった。
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