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作品名:細々と@ 作者:

最終回   土砂降りのもの

―――

出来るだけ、遠くにいよう。
寂しさで悲しみで驚きで憤りで諦めで悔しさで疎外感で現実でそれら全ての混合物で、世界が覆われないように。
世界が曇らないように。
あの日からの土砂降りの心が、決して終わらないように。



(転換)


―――

静かな音楽がここに有る。
静かな、美しい、繊細で、圧倒的に強く、響く、誓い。空気に触れさせず誰にも分からないように、イヤホンを伝って鼓膜を揺らす。風は髪を巻き込んで、一瞬の内に遥か遠くへ。空は輝く程青いのに雨は止まない。

空虚が、僕を支配していた。
知らない内に手をすり抜けた、僕の神様。

音であり、感情であり、制度である目に見えないそれらが世界には溢れていて、僕らはどうしたってそれに振り回されて生きていくしかなかった。
土砂降りの心から水が漏れる。それが頬を伝って、地面に落ちたって、その音はあの人まで届かないのに。雫は止まらない。


寂しいのは、もう取り戻せない時間に対してだった。



(さようならを言う準備は、出来なかった。)


―――

ただ一つ分かるのは、俺も彼も、世界に捨てられた人間となったことだ。
彼を後ろから抱き締めた。彼は何の反応も示さない。それで良かった、だって、俺はどうしたら良いのか本当はよく分かっていない。
きっと、俺らは、いい加減夢から醒めなければいけない。
「悲しいね」

雨が止んでいない。妬ましい程の満月を見上げながら、心では土砂降りが終わらない。否、終えたくないんだ。忘れたくない、唐突に訪れた悲しみを、悲しむことがまだ残っていた自身の感情を忘れたくないから、まだ傘は要らないと彼は言うかもしれない。
「寂しいよ」

ねえ、また、夢を見ようよ。
彼はやっと振り向いて、俺を認めて困ったように笑う。目の前の悲しみから逃げる方法を、俺は一つしか知らない。彼は知ってるのかな、それが新しい悲しみを生む方法だって。俺は知っているのに、ね。
彼が俺を抱き締めた。俺の肩に埋めた瞳から、涙が溢れているか俺には分からない。反動的行為だとは分かっている。やがて来る空虚も後悔も知っている。だけど、心が追いつかないんだ。



(繰り返す)


―――

風吹きすさぶ夜。
轟音の中に全ては流れて行った。
ゴミも花も露も涙も、悲しみも寂しさも夢も現実もこの街も、記憶も思い出も星も光も、全部何処かへ行ってしまった。
圧倒的に世界に一人。
それは幻だから、ただ単純に嬉しかった。

前向きな別れも後ろ向きな執着も、肯定も否定も許容も拒絶も、理解も納得も、逃避でも祝福でも、何でも出来ると今なら思えた。そういった我慢を覚えて積み重ねて、ようやく大人になったんだから。だけど時々これら全ても風が吹き飛ばして、圧倒的に世界で二人になれば良いと、空想の末一人で笑った。

轟音の中に全ては流れて、その中で君の声が聞こえればいい。



(東には楽園)


―――

さようならを、したんだ。
多くの感情が今、寒色に染められて浮かんでいる。
見上げた空はいつも青。いつもの、青。青は遠くで溶け出して、雫は海へ帰って行った。落ちて、落ちて、青はいつしか、深い深い暗闇へ。
沢山の声が聞こえた。分からない声が、想いの滲む、声が。

ねえ、今、海の底から伝えたい言葉は在りますか。
忘却の拒否か、もしかしたら懇願か、貴方は今其処にいるという夢想か、その夢想を許容する黙殺か。
私が伝えたいのは、連れて行きはしなかった貴方の為に、悲しみは毎日生まれ毎日死んでいる、今の世界。
そこに溢れているのは優しさのはずなのに、何故だろう、暖かい色が見えないんだ。

冷たいのだろうか、寂しいのだろうか。深海へ帰る夢は、あれからずっと、近くて遠い。
悲しいのは、あまりに急に失くしたから。後悔ばかりが、切なく顔を逸らせるから。
目と目を見つめあって、さようならを、したかったんだ。



(海には悲しみが溢れている)



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