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作品名:細々と@ 作者:

第5回   少し長めのもの

―――

抱きしめなかったら何か変わったのかなあ。あの時点で俺が動かなければ、無理に事態を動かさなければ、大人しく尻尾振って待っていれば、彼の方から振り向いてくれたのかな。

分かっている、それは本当に万に一つの可能性。だってこれは完全なる横恋慕だもの。
ずっと彼の可愛い犬に徹していた俺は、だからあの日、試しにこの静かな流れに逆らってみた。小さな果実を一つ落として、少し波紋を生んだだけ。それだけなのに、彼は俺に微笑んだ。戸惑ったのは俺の方だ。

彼は美しいほど狡い人だった。
俺は鮮やかに彼の罠に捕まった。悪魔のようだと初めは失望したが、それも束の間、天使のような彼なんて似合わない事を思い出す。だけどやはり、彼は俺の目を見て「愛してる」を囁くけれど、真実それは俺への言葉ではない。

「世界には五万とあるんだよ。放り出されて置いてきぼりにされたままの、好きです、が」

彼の恋慕も俺の恋慕も実らない。伝わらない想いが溢れて世界を作ると言った彼のいつかの虚言は、あながち適当な言葉では無い。

だから、ねえ教えてよ。あなたはいつ俺に惚れてくれるのか。俺は何時まであなたのもので居れば良いのか。あなたの想いと俺の想いは何処へ向かって、何処で死ぬのか。ねえ。



(おしえてよ)

そしたら最後まで、付き合うからさ。



―――

「拗ねないでよ、可愛いなあ」
ベランダの排水溝で虫が死んでいた。それでも俺は煙草に火を付ける。部屋に俺が居ないことに気がついたその人も、そう笑いかけた後で煙草をくわえた。直ぐ隣に座り込んで、煙草同士を繋げて火を盗み取る。肩は触れ合わせたまま、真夜中の低温に互いの熱が恋し過ぎた。
別に、拗ねてませんよ。我ながら憮然とした声を返す。彼は上目で満足げに微笑んだまま、俺の右手を握り込んだ。なら、良いけど。煙草をアスファルトで揉み消す気配。彼の頭が肩に掛かって、俺は動けない。

知っていたんだ、彼は俺なんか本当は選ばない。俺達が惹かれ合ったのは俺達が何処までも似ていたから。結局は自分が一番可愛い臆病者の俺達は、自分を守るように互いに見つめ合った。間違いなんかじゃ無い。ただ残るのは不安だけ。
だから彼は俺の腕を抱いて、俺は彼の好きにさせた。俺達は予告のない終わりを恐れ、且つ諦め、待っている。

「なあ、夜が終わらなければ、俺達は幸せなのかなあ」

独り言のようなそれは、曇天の変に明るい夜空に浮いて、消えた。雨を持った雲は、もうすぐ降り出して多分朝まで街を濡らす。朝、朝。朝が来れば、夜が終われば、今ここで熱を分け合う俺達は、居なくなるのだろうか。
俺は確かに終わりを知っていて、それは彼も同じで、だからこそ、戸惑っていた。知りたくなどなかった、感情。互いに互いを意識し過ぎて、互いを信じられず、しかし信頼しきっているからこそ、表せられなかった、感情に。

「分からない、けど」

終わらせたくない、なんて。



(閉じて)



―――

目を合わせようとして、合えば合うで何も無い。彼は俺じゃない人々と笑いあい、俺は部屋の隅で不貞腐れる。いつもの、いつものこと。それならそれでいいと、俺は聞き分けの良い振りをして理解する。理解を促す。理論立てて時系列順に物事を判断し、整列し、最も自然で合理的な答えを導く。それで、理解する。ただ、心の伴わない理解である。
彼が俺を見た。俺も彼を見た。彼は笑いかけたから、俺は笑顔になれなかった。そのまま部屋を出て、俺について来る彼の気配に酷く安心した。


「どうして、俺に、したんですか」
非常階段の踊り場で肩をくっつけながら話す俺ら。彼は徐に煙草を銜え、俺はそれを嫌がりながら、しかし何も言えない。4月でも外は寒い、互いに互いの体温に感謝しつつ、しかし互いに違和感は確かに抱いていた。彼なら、その違和感すら心地よいと言うかもしれない。言い兼ねない彼だ。でも俺は彼ほど図々しくはなれない。無頓着でも居られない。
「何を」
「…白々しい」
「怒るなよ」
「怒ってよ」
彼が俺に振り向く。俺は違和感を、掘り起こし始める。
「あんたを許した俺を、怒ってよ。浅ましいって、単純だって。あんたみたいな節操の無い男に簡単に引っかかって、勝手にあんたのことばっか考えて、くだらない、達観も何も無い、目先の感情だけに振り回される俺を、」

どうして、俺に、したの。


+

これは単純に、ただの当て付けだと他人は言うと思う。俺もそう思う。そう思いながら、決してそうじゃ無いんじゃあないかと、まだ思っていたい感情もあった。こいつが大切だった。本当に、大切だけど、傷つけたかった。
だから気紛れなんかじゃなかったんだ。けっして振り向いてくれない人の代わり、でもない。彼だから、したのに、でもこいつはそれを信じない。頑なに、意固地なまでに。小心者のこいつは、そうやって彼自身の感情を守っている。嫌になるくらい、そっくりな俺らだ。
風が冷たい。煙草をもみ消して、隣の拗ねた男に抱きついた。息を呑む音。手持ち無沙汰に宙に浮いた手。いい加減、俺のこと好きなんだって認めなよ。

「好きだよ」
「軽薄な言葉」
「いいじゃない、あらゆる行動の原点だよ」
「ふざけないでよ」
「こっちの台詞だよ」
奴は俺を振り返る。被害者ぶるな、いい気味だ。
「認めなよ、俺が好きだって。理解してよ、俺のお前への感情が、何か。嘘なんか吐いてないよ、本当だよ。それで、知ってよ、どうしていいのか分からないのは、お前だけじゃないって、ことを」

どうして、お前なんだろう。


+

自分が大好きで、相手よりも自分の感情をまずどうにかしたい俺達は、優しさも何も無いまま互いに互いの感情を押し付けあうことしか出来ない。それを互いに分かっているからこそ、俺達はそれを許すことが出来て、秘かに勝手に同情の念を抱く。それを誰にも、何も言われたくない。そういう形にしか、出来ない俺達なんだ。



(二人)



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