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作品名:細々と@ 作者:

第1回   短めのもの
―――

木枯らしが吹く頃、僕は盛んに思想する。
隣の彼女のイヤフォンから漏れた音の奔流。
電車の揺音。
遠くの笑い声。
僕の思想。
隣から聞こえた一筋の声、恐らくそれは、彼女の神なのだろう。

山に投じられた雲影の動向。陰陽のコントラスト。
低い日差し。
僕は思想して、思わず夢へ攫われる。

冷えた突風に煽られ、思わず悪態を吐こうと見上げた空には、甚だしく真白い月。
『月が綺麗ですね』といつか言えたなら、僕の世界は果たして。
そう思考して、それは後回しにした。
もう一度見上げた夜、冬の星空は僕の友人である。


(待望)



―――

この引き金を絞れば、何かが変わるのだろうか。
あの老人を撃ち抜けば、世界は変わるのだろうか。
亡国の信仰者たるを望み、しかし私は今ここで照準を合わせる。
許せはしない屈辱を受けた。その憤怒は忘れない、決して忘れられはしない。
しかし、屈辱を強いたのは本当にあの老人か。屈辱を受けたのは、本当に私か。
私の神に国はない。しかし今私を突き動かすものは、それは疑いなく国である。
一体、私は、

騒音がした。私は撃ち抜いた。撃ち抜いていた、筈だった。


(暗殺者)



―――

生の強要
それは自殺志願者

生の強要
それは多額負債者

生の強要
それは日常

生の強要
それは円滑な歯車

生の強要
それは主人公


(生)



―――

正午を過ぎたのと同時に降り出した雨は、日付を超えた今になっても止んではいなかった。
耳について離れないのは、『もうこのまま、止まないんじゃないか』、或る人は笑って言う。
『方舟に乗らないと』
いつか世界が海になる日、その日が来ればあの子は泣けると、過ぎた日に読んだ小説を思い出す。
水に沈んだ街があった。沈まぬ為に家を重ねた老人も居た。雨が海を作り出す、それらの空想が実現する、可能性の雨。その時私は、この雨が止まずにいれば良いと希った。

深海に帰る夢。

並び立つ公孫樹並木に金緑が乱反射。抜けるような花色の空にそれは映えて、しかし風は強く冷えている。水溜まりに映る空が本物のそれよりも美しいと何時も思うのは、何故だろう。
結局、やはり、何も変わらず雨は止んだ。世界は水没せず、今日も国道では車が動く。
『髪を切ったんだ』
或る人が快活に笑いかけた。別世界の笑顔である。今日は晴れていて、寒く穏やかな日。


(雨上がり)



―――

ばたばたと騒がしく音を立てて、分厚い突風が街を襲った。
駐輪場の屋根の下、僕はその音に顔を上げる。遠くから連れてこられた枯れ葉が、トタン屋根を叩く音。それがいやに長く続いて、ようやく雨だと気づいた。
駐輪場の親父は、快く傘を貸してくれた。感謝を述べて開いた傘は、骨が歪がんでいる。

駅につけば、一切予期せぬ雨に途方に暮れ、立ち竦む人々。皆一様に雨雲を見上げ、その中で幼児は一人自身の靴を触っていた。
電車は突風により遅延している。元々遅刻気味であった自身には、遅れの責任を電鉄へ押し付ける事が出来る故、役得であるが、しかし、風の吹きすさぶホームで体は冷えた。

待ちわびた電車が到着する、それと同時にレールに陽が差した。
何処か残念がるように、人々の無音の溜め息が聞こえる。風雨に大騒ぎする自分を恥じる、そんな声。


真夜中の豪雨、雨具を付けずに空を仰いだ。久し振りに自然の水分で濡れてみたかった。
子供の時は抵抗無くできたことが、どうして今は憚れてしまうのだろう。
黒しかない夜空。僕は雨上がりを想像した。公孫樹の黄色だけが煌めいて濡れていた。


(ずぶぬれ)


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