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作品名:ドッペルパスはかく語りき 作者:175の佃煮

第27回   0121:ボギ砂漠の決戦
 細やかな砂に覆われた、延々と続く黄色い地平線。吹きつける乾燥した風。ここはボギ砂漠。間に合わず中途半端に腰ぐらいまで積まれた石塁が、数列に渡って設けられている。
 私は石塁に寄りかかり、戦闘に備えてじっと息をひそめている兵士達を見渡した。疲れた表情をした兵士。緊張で顔を赤くした兵士。震えている兵士。頭を抱えている兵士。気迫はなく、悲壮感すら漂っている。ルクアによれば、ここ十数年は安寧な日々が続いていたため、兵士のほとんどが戦争は初めての経験らしい。
 早朝に斥候から、シタヌ王国の軍隊が王都を出発したという連絡が届いた。昨日までは余裕のある者達も多くいたが、戦闘が確実に始まることが判明した途端に皆しおらしくなってしまった。
 無論、私とて不安である。鏡をくぐって元の世界に帰る夢を何度も見て、その度に激しい後悔の念で目を覚ました。気持ちに決着はつかずに、今も逃げ出したい思いはある。しかし革命を手助けした責任と、オナキマニムの行く末を見届けたい一心で私はここにいる。

 心懸かりなのは、ア・バオ・ア・クゥーのことだ。先日久しぶりに宿に戻ったところ、ベッドの上に置いてあった蛹が忽然と姿を消していた。貴重だという甲殻を狙った泥棒にでもさらわれたのだろうか。



 唸りを上げて強い風が吹いている。風はさらに強くなり、微かに地面の揺れが伝わってくる。
 兵士達が顔を上げ、枯れていたはずの唾を呑み込んだ。
 これは風ではない。敵の掛け声と足音だ。地平線が平行に黒く塗りつぶされていく。とうとうシタヌ王国が攻めてきた。

 王を直接狙う。それが今回の戦の作戦である。今のオナキマニム王国は王国と銘打ちながら、王がいない。本来一番守らなければならないものがないので、作戦は必然的に攻撃的なものになる。その要は私、チヒロ、フィオ、ルクアの四人が小隊を率いている遊撃隊である。あの三人と同等に扱われているのが心苦しいが、遠くで見ているだけではない分、多少気持ちは楽だ。

「我が月は塔の上の見張りに立ち、我が太陽は全てが生まれ変わる泉」

 すっかり慣れた、三次元間歪曲の詠唱を行う。手を掲げて合図をすると、兵士達が手の中に炎の球を作り出した。
 私の遊撃隊は陣営の中央で構えている。転移を使って、防衛隊の兵士達の魔法攻撃を超遠距離射撃に変換することが役目だ。

「我が息は墓場の塵を芽吹かせ、我が王冠は贖罪所を包み込む」

 大きく数を減らすことはできないかもしれないが、敵陣営の士気が下がり、直接攻撃する遊撃隊の行動を支援することに繋がる。チヒロの受け売りである。

「ケルビム達の頭上を天翔けるもの!」

 光の点が石塁に沿って浮かび、広がって四枚の鏡になった。手を振り下ろして次の合図を出す。鏡面に向けて兵士達が同時に魔法を放つ。
 鏡は出入り自由である。あちらの反撃を受けないうちに直ちに消した。

「着弾確認しました! 足取りが乱れています」

 魔法で望遠し、観測を行っている兵士から報告が入った。

「二発目いくぞ! さっき以上に、過激なヤツをぶちかましてやれ!!」
「オウ!!」

 詠唱を始めようとしたその時、地平線にかかった黒い波の中央辺りから、空に向かって赤い光が昇っていった。何かの作戦の合図だろうか。

「我が月は塔の上の見張りに立ち、我が太陽は全てが生まれ変わる泉」

 これだけ距離が開いていれば、後手に出ても十分対応できる。気にせず詠唱を再開した。

「大変です! 魔法弾が空中で方向を転換し、こちらに向かってきます!」
「我が息は墓場の塵を芽吹かせ、我が王冠は贖罪所を包み込む――」

 観測の兵士の報告が入る。合図ではなく攻撃らしい。
 焦った兵士が先走ったのだろう。まだまだシタヌ軍は射程外だ。届かせるのも困難なのに、ピンポイントで狙えるわけがない。手を掲げて装填の合図を出す。
 真っ直ぐこちらに向かってくる複数の火炎の球が視界に映っている。私が魔術で支援して射程を延ばしたように、あちらも補助できる人物がいるのではないだろうか。
 私の姿を見てコロセと叫んだ、洋平の顔が脳裏に浮かんだ。彼の魔術は引力と斥力の強化。小宇宙での小競り合いの際には、ダイナマイトを私に誘導させてきた。当然魔法弾を誘導することもできるはずだ。

「射撃中止! 各自屈んで防御!」

 指示を出して、私も石塁の陰に隠れた。
 思っていたタイミングで衝撃と熱が襲ってこなかった。魔法弾は着弾していない。陣近くでさらに進行方向を変え、石塁の上から垂直落下を始めた。
 以前ダイナマイトは、真っ直ぐ対象を追ってくるだけだった。しかし私が転移の魔術を覚えたように、あちらも技術を磨いていると考えるのが妥当だったはずだ。頭に響くブンブンという音がうるさい。

「くそッ?!」

 火炎の球が散弾し、小隊全体に降り注ぐ。範囲が広すぎて鏡で受けきれない。一つでも着弾すれば、焼夷弾のように一帯が炎に包まれるだろう。
 ブンブン鳴っていた羽音は、さらに大きくなっていた。
 魔法弾と私達の間に、黒く丸い影が割り込んだ。影に触れた途端に炎が散って消えた。大きさに似合わない小回りの利く動きで全ての魔法弾を消失させ、影は私の正面に着地した。

「お前は――」

 立ち上がった体長は、私の身長ほどあった。全身は黒光りする甲殻に覆われ、間接は節になっている。顔には点のような可愛らしい小さな目が二つあり、中央に四つ又の立派な角が突き出している。太い六本の手足は刺々しく、釘バットを想起させる。
 体に不似合いな大きさの頭、腹の模様。この生物を見ていると、ベッドを占拠していたあの姿が思い出された。

「――ア・バオ・ア・クゥー、か?」
「……」

 当然返事はないが、ア・バオ・ア・クゥーは顔を動かして殻をきしきしと鳴らした。私には頷いたように見えた。

「さっきはありがとう。今までどこ行ってたんだよ、お前。随分雰囲気変わったな」

 ア・バオ・ア・クゥーの背中をばしばしと叩いた。
 もっと再開を喜びたいが、感傷に浸っている余裕はない。直ちに兵士達に指示を出す。

「射撃を再開するぞ! 防御はア・バオ・ア・クゥーに任せた」

 詠唱を再開する。ア・バオ・ア・クゥーが私の背後でどすんと六つ足をついた。



 チヒロは小隊を率いて、左翼から敵の本陣に向かっていた。
 魔法弾の発射体制に入っている敵の前に堂々と走り寄る。チヒロがぼそぼそと呟くと、冷気が吹き寄せ敵陣の兵士達がぼろぼろと崩れ落ちた。

「制圧完了。ついてきなさい」

 先頭を走る彼女の背中を見て、一人の兵士がぽつりと零した。

「俺達って……、いてもいなくても関係ないよな?」
「そんな寂しいこと言いなさんな」

 ベテランの兵士が慰める。伏した敵を横目で眺めながらチヒロを追いかけた。

「おかしいわね……」
「どうしたんですかい、アクツオハミアヂ?」

 順調に敵陣の中を進んでいたが、チヒロは怪訝な顔をして足を止めた。ベテランの兵士が側に近寄って尋ねた。

「これだけ本陣に食い込まれたら、普通必死で王を守ろうとするじゃない? それなのに、ここの連中は律儀に陣形を守っていて追ってこないのよ」

 敵陣の中から、猛スピードで槍が飛んできた。チヒロがとっさに氷の盾を張って弾く。
 抉られた氷の破片が散り、槍が地面の上を転がった。槍は通常の矛先に円弧状の刃がつけられた木製のものだった。

「これ以上あなたに進まれても迷惑ですので、ここで私が潰します」

 槍が飛んできた方向から一人の女が歩み出た。手足と首が長く、すらっとした体型をしている。染みのないと言えば聞こえはいいが、この世界で言えば不健康そうな白い肌。毛先のカールした長髪がその華奢な背を飾っている。冷たい細い目は、他人を決して信用する気はないと周囲に主張しているようだ。

「やっぱり出てきたわね」

 チヒロは嫌そうに苦笑を浮かべた。

「ただならぬ雰囲気の御仁なんですが、知り合いですかい?」
「木柱、アクツオハミアヂ・アスウィシと言えば分かるかしら?」

 四柱――。兵士達の間に緊張が走った。

「あなた達は下がっていなさい。心配しなくても、弾除けに使ったりしないわよ」
「私を目の前にしても、退くつもりは無いと。勝てるつもりでいるのですか?」

 表情を変えずにアスウィシが口を開く。その間に兵士達がそそくさと後退した。

「あんたとは、まともにやりあったことが無いからね。正直分からないのよねぇ」
「実際に切り結ばないと力量の差が分かりませんか。あなたは私に近い側の人間だと思っていましたので、少し残念です」

 アスウィシは分かりにくいため息をついた。

「大した自信ね。こんな田舎じゃあ、少し頭がいいくらいで井の中の蛙になるのも仕方がないか……」
「井戸の中の蛙。比喩ですか? 意味は分かりませんが、馬鹿にされたのは分かりました」
「ソンナコトナイワヨ? 来なさい、田舎の秀才さん」

 チヒロとアスウィシを囲って、五本の柱が砂漠の中から突き出した。材質は、木。アスウィシの秘術である。

「いきなり秘術? 見た目に似合わず激しいのね」

 アスウィシが地面を蹴ろうとした瞬間、彼女の周囲に氷の柱が現れていた。

「瞬間に向かって私は呼びかける。時間よ止まれ、お前は美しい!」

 アスウィシの周辺の空間が凍結される。チヒロはゆっくり歩いて背後に回った。
 腕を掲げて指を鳴らす。氷の柱が砕け、代わりに砂の柱が巻き上がった。

「氷の秘術――」

 アスウィシが降り注ぐ砂と氷の破片を横目で眺めながら呟いた。彼女は瞬時に移動し、チヒロのいた場所の地面を抉っていた。

「そうよ。ご自慢の身体能力の爆発的な強化も、私の秘術の前では無意味なの」

 チヒロは元国王の秘術の詳細を聞いている。からくりが分かっていれば、初見でも対応は容易だった。

「しかもその秘術は、使う度に体が壊れていくんでしょう? 勝負あったわね」

 服の袖から覗くアスウィシの手足は紫色に変色していた。自爆が代償である一撃必殺の秘術を持つ彼女にとって、攻撃の当てられない相手との相性は最悪である。

「なるほど、既に一の秘術は知っていたのですね。漏らしたのは先代でしょうか。まったく最期まで仕方のない老人です」
「……『一の』秘術?」

 数字のつけられた秘術の名称。余裕の表情。秘術を常用しているなら、しているはずのない白い肌。そして損傷した体組織を元に戻す魔法の噂。チヒロの脳裏に嫌な予感がよぎった。

「おっしゃる通り、一の秘術は自身を窮地に追い込む欠陥品です。だから私は、この二の秘術を編み出し、四柱の認可を受けました」

 アスウィシが目を閉じてゆっくりと息を吐く。紫色の痣が薄れていき、元の白い肌に戻った。

「なるほど、天才ね」

 一筋縄で倒せる相手ではない。チヒロは真面目に気合を入れ直した。



 ルクアは小隊を率いて、右翼から敵の本陣に向かっていた。
 大勢のシタヌ軍の兵士達が、我先にと進み出る。その先にいるのは、ルクアと三人の騎士団員だけである。多勢に無勢で徐々に押され、彼らは敵の本陣からだいぶ離れてしまっていた。

「合図を!」

 ルクアの言葉に応じて、騎士団員の一人が上空に向かって光の球を放った。
 知覚阻害の魔法を使って潜んでいた兵士達が姿を現し、掛け声を上げて剣を振り上げる。ルクア達も本格的に攻撃に転じ、一斉に両翼と正面から挟撃した。あっという間に敵中隊を殲滅し、本陣の中央に向けて道ができた。

「あいつら統制も取れていないし、全然大したことないですね」
「罠だと疑っていても、状況は変わらないでしょうね……。突撃します!」

 どういう訳か敵の本陣は混乱しており、できた穴を埋めようとしない。ルクアは考えた末に攻めを選んだ。
 ルクアと兵士達が敵陣の中を駆け抜ける。本陣の中央と思われる場所には、王ではない男が立っていた。
 背が高く筋骨たくましい。日に焼けた浅黒い色の顔に、短く刈り込んだ淡い金色の髪が映えている。

「石柱、アクツオハミアヂ・クーハとお見受けします」

 ルクアは兵士に待機を指示して進み出た。

「そうだ。そういうお前は、元騎士団長か。俺はてっきりウィツタクが出てくると思って期待していたんだが、外れたか」

 クーハが落ち着いた低い声を発した。

「四柱に劣るつもりはありませんので、ご安心ください」
「そうか。ではその力、試させてもらう」

 クーハは片足を軽く上げ、砂地を踏んだ。黄色い砂が巻き上がり、意志を持ったかのように噴きつける。円錐状に揃った砂塊は巨大なランスのようだ。
 ルクアは地面を蹴って横に跳んだ。彼の足型の残った地面を砂の槍頭が突き刺し、呑み込む。

「遅いな――」

 クーハが呟く。今度は先程の起点と終点の二ヵ所から砂が噴き出した。避けられないようにルートを遮りながら宙を走り、さらに羽ばたき飛び上がったルクアを追う。砂の蛇が互いに絡み合いながら追尾する。一本がルクアに追いつき、足を絡め捕ろうと先端を膨らませた。
 砂の蛇が砕けて地面に舞い散った。ルクアが振ったのは、白銀色の刀身を持つ短剣。王の間で見つかった父の形見だった。
 ルクアがもう一本の砂塊も一振りで砕く。クーハの目には、白い刀身がぼやけているように見えた。

「奇怪な剣を使う……」
「この短剣の刀身は、わざと緩めて柄と繋げられているので、衝撃を吸収して振動し、切断に要する力を補います」

 ルクアは空中で腰を落とし、微細に振動している短剣を正面に構えた。

「すなわち、斬れば斬るほど切れ味を増す刃――」

 宙を蹴って跳び出した。素早い羽ばたきで急加速し、纏った風で空気の壁を削る。亜音速の剣撃。

 着地したルクアの前には、崩れ落ちていく巨大な砂の壁があった。短剣で抉った傷口がみるみるうちに埋まっていく。

「防がれた……?!」
「大口を叩くだけあって、面白い。それなら全力で相手をしてやろう――」



 フィオは小隊を率いて、正面から敵の本陣に向かっていた。

「敵本陣から突出した数人が、真っ直ぐ味方本陣に向かっていきます!」

 観測の兵士が大慌てで彼女の元へ報告に来た。

「そんなのはさっさと潰して、あたし達も本陣に切り込むぞ」

 敵は既に、はっきり目視できるまでに近づいていた。足が地面から浮いているように見えるし、かなりの速度で移動している。
 フィオを先頭にして、遊撃隊の一行が走り出した。全速力で走っているが、一向に近づけない。フィオは堪らず地面を蹴って飛び上がったが、それでも近づけない。彼らは思うように走れない夢の中のような、もどかしい気分を味わっていた。

「なんだこれ、どうなってる?!」
「分かりませんよぉ!」

 彼らは近づくどころか離され、敵は真っ直ぐに味方本陣の中央に向かっていった。

「和真が危ない! 戻るぞ!」

 フィオが踵を返して、大きな声を出した。

「お言葉ですが、本陣に切り込んで直接王を叩く作戦じゃ?!」
「知ったことか! あたしにとってはあいつが王なんだ」

 兵士の説得に耳を貸さず、フィオは本陣に向かって走り出した。

「そんな……」

 何かを言いかけて、兵士は倒れた。フィオもさすがに足を止めて彼の元まで戻った。

「ずいぶん体を張ったツッコミだな」

 揺すってみたが、どうも様子がおかしい。首筋に手を当ててみると脈が無かった。
 ばたり。ばたり。黄色の砂を散らして、小隊の兵士達が次々に倒れていく。

「何が起こってる――?」

 揺れる視界。眩暈が襲い、フィオは思わず片膝をついた。何故か急速に体力が失われていく。
 四角い体に人間の頭が二つ。フィオは視界に奇怪な生物の影が映っているのに気付いた。

 逆光に目が慣れる。四角く見えたのは台車で、二つの頭は台車を押す老人と、乗せられた少女のものだった。戦場で目にする組み合わせではないので、正体が分かったというのにさらに奇怪に思えた。
 台車の上の少女は、何故か手足を鎖で拘束されていた。痩せこけたがりがりの体に、ぼろきれのような汚い黒い布を服代わりにして巻いている。胸に垂らされた髪束は痛んであちこちを向いており、手入れがされていないことは明白だった。そして顔は――、少女の顔を見ることは、本能が拒否していた。

「これでも元世界最強だろ――、何、ただの小娘にびびってるんだよッ!」

 声を張り上げ気合を入れて、フィオは視線を上げた。
 ごっそりと意識が、自分が抜けていった。死んだ、と思った。

「――ぬ?!」

 フィオは、すんでのところで意識を取り戻した。
 見たはずの瞳が記憶から抜け落ちている。アレには何かとんでもない大魔法が込められている。アレが人間の魂や、生命力や、元気や、そういう生を司るものを奪い去ってしまうようだ。

「殺られる前に殺ってやるッ!」

 フィオは残りの力を振り絞り、指を曲げて地面に右手を突き立てた。魔力を解放し、周囲の魔法を上書きする。発生した熱が辺りの風景が歪ませる。

「紅蓮桜花(クオツネルガ)――」
「紅の翼と尾。魔力に物を言わせた火の魔法。さてはお前、悪魔か」

 光を散らし砂漠を焦がすフィオの姿見て、老人が口を開いた。

「散華(ツナセ)!」

 フィオは返事をせず、腕を前に突き出して、熱量の塊を台車に向けて放った。砂漠を溶かし痕跡を残しながら進んでいく。

「年は取ってみるもんじゃな。まさか死神と悪魔の戦いを見届けることができるとはの」
「死神――?!」

 フィオは目を見開いた。死神(マギニシ)と聞き、脳裏に幼少の記憶が蘇る。
 老人は後ろから死神の顔に手を這わせ、左目の眼帯を外した。不可視の双眼が露わになる。
 フィオの体から急速に魔力が失われていく。放った熱量の塊が消え失せた。フィオは意識を朦朧とさせ両膝をつき、うつ伏せに倒れ込んだ。



 敵陣から数人が猛スピードで向かってくる。足が速いなんてものではなく、もはや飛んでいると思う。遊撃隊の接近を許さず、味方の本陣に切り込んできた。

「射撃中止。何なんだ、あいつは……?」

 兵士達が寄ってたかって敵を囲むが、ある距離以上は近づけずに進行を許している。彼らは私の遊撃隊を目指して進んできているように見えた。

「斥力の魔術――、洋平か」

 ルクアが調べたところ、洋平はシタヌ王国の王になっていた。魔術に失敗したあの後、彼の身に何があったのかは分からないが、私と同じようにめまぐるしい生活を送っていたに違いない。
 それにしても王が直接攻めてくるなんて、一体何を考えているのだろうか。

「永田和真ァ――!」

 いや、目的ははっきりした。私だった。

「我は汝に啓示を与えるもの!」

 鏡を正面に生み出して進路を妨げる。洋平が魔術を止め、彼と四人の親衛隊が鏡の前で着地した。

「お前らは雑魚を相手しておけ。絶対に俺達の邪魔をさせるなよ」
「お任せください」

 親衛隊の兵士達が剣を抜き、左右に分かれて歩いてくる。圧倒的な人数の兵士に囲まれているというのに、全く物怖じしていない。選りすぐりの優秀な兵士達なのだろう。
 親衛隊の相手は兵士達とア・バオ・ア・クゥーに任せ、私は洋平と対峙した。

「洋平、実はこの世界は――」
「ここが大宇宙なんだろ? それくらい、神の使いもとい獣がいるところを見れば分かるさ」

 ショックを受けないように勿体ぶって話そうとしたが、あっさりと答えを言われてしまった。地獄だと思っていた私とは大違いだ。

「それなら話は早い。今すぐにでも、俺の魔術で小宇宙に帰すよ。色々巻き込んでしまってごめん」
「いいや、俺は戻らない」

 ずっと洋平は元の世界に戻ろうと必死になっていると想像していた。彼の返答を信じられず、じっと顔を見つめた。

「大宇宙に連れてこられたことだけは、お前に感謝しているんだぜ? ここにいれば、小宇宙での後手後手に回る戦いではなく、獣を根本から絶つ戦いができる。さらに志を同じくした家来どもまで手に入ったんだ」

 洋平は親衛隊と敵陣に視線を移した。獣は劣等だと盲信し、人間の純血にこだわるシタヌ王国の人間のことを言っているのだろう。

「血が混じっていれば、人ですらも根絶しようとする奴らと志が同じだって?」
「そうか、お前はオナキマニムの人間だったな。……俺は獣なんて全て地上から消え失せればいいと思っている。そうすれば小宇宙も大宇宙も、突然の獣の襲撃に脅かされない素晴らしい世界になる。何らおかしいことではないだろ」

 確かに獣によって、人々の恐れや悲しみが引き起こされている。気に食わないが、彼の言っていることは私の目指していた、全体がプラスに向かう国造りに近いと思う。反論ができなかった。

「お前には感謝しているが、土人どもの施しを受けた屈辱の恨みはそれ以上だ。今日こそお前を殺す」

 洋平は右手の中に炎の球を生み出した。
 魔法をまともに使うには、子供の頃からの訓練が必要だとされている。実は彼はとんでもないセンスの持ち主なのではないだろうか。
 揺らめく尾を引いた火球が放たれた。


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