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作品名:ドッペルパスはかく語りき 作者:175の佃煮

第10回   10
 私はフードを被った女の後について森の中を歩いていた。オフィオモルフォスの襲撃に、ルミソヤさんに見捨てられたこと、目の前を歩いている魔法使い。一日で色々ありすぎて頭はパンク寸前、体は鉄の血でも流れているのかというくらい重い。それでも気合を入れる意味合いもこめて口を開いた。

「放ってきましたけど、あの子は大丈夫なんですか?」

 あの子とは、魔術をもろにくらって空間ごと凍結されていた悪魔のことである。内心大丈夫でないことを願っているが、かわいそうな気もする。

「あの化け物があれくらいでくたばるはずないじゃない。今頃かんかんに怒って私達のことを探してるわ」

 さも面白いことを話すかのように、女はけらけらと笑っていた。聞き間違えというわけではなく、彼女は普通に日本語を使っている。
 トラウマになっていたようで、再び悪魔と遭遇する現場を想像して背筋がぞっとした。目の前の大魔法使いにここまで言わせるとは、彼女が桁外れの強さを持っていることを再認識せざるを得ない。

 黙々と獣道を歩く。広葉樹に囲まれた景色が続くこと数時間、さっきから延々と歩いているのは同じ道で、全然進めていないのではないかと思い始めている。時間は着々と進んでいるようで、日が落ちかけ視界が悪くなっていた。

「これから、どこに連れて行かれるのか教えて貰えるんでしょうか?」

 駄目元で、なるべく下手に出て尋ねてみる。魔法使いに捕まった人間は蛙にされるか、肥やされてから釜茹でにされると相場が決まっている。いや、それは鬼婆だっただろうか。

「私の家――っていうか、何でそんなに脅えているのよ。私が人を喰う鬼にでも見える? あと、そんなにかしこまらないでよ」
「はぁ……」

 ピンポイントな返事に驚き、気の抜けた声を漏らした。脅えているのは仕方がない。悪魔を往なした人間に身柄を拘束され、ライオンに捕らえられた後にハイエナに掻っ攫われたガゼルみたいな気持ちでいるのだから。



 さらに森の中を歩いていると湖が姿を現し、ほとりに小さな家があるのが見えてきた。アフウシ村で一般的な土壁とは違う、レンガ造りの建物だ。三角屋根になっており、壁には格子窓まで設けられている。
 女は家の前まで行くと、フードを下ろして振り返った。卵型の輪郭に大きな目。悪魔と対峙している時は気付かなかったが、かわいい顔をしていた。落ち着いた雰囲気が、私よりも少し年上に見せる。彼女は扉を開いて中に入るように促していた。

「こういう時は――いらっしゃい、だっけ?」
「そう。お邪魔します」

 先導されて家の中を歩く。外から見た通り狭く、リビング兼キッチン、寝室、トイレの三つしか部屋がないので、案内されるまでもなかった。
 部屋の中を見渡してみて、ほとんど食器や家具が無いことに気付いた。見当たるのは、同じサイズの本がびっしり埋まった本棚。それから格子窓から差し込んだ光が微かに碁盤目を作っている、何も載せられていない机。人が住んでいるにしては、あまりに生活感がなかった。

「あまり家に帰らないのか?」
「ん、ばれた? もう少し上で生活した方がいいのかな」

 女が喋りながら、つかつかとリビングを横切る。言っている意味が分からずに目で追った。
 女は足を止め、本棚に手をかけて横にずらした。隠されていた壁があらわになる。現れたのは木造の建物に不似合いな、鈍い光沢を放つ金属製の扉だった。女が扉横の小さな端末に並んだ九つのボタンを、ピッピッと電子音を鳴らして弾く。扉がモータ音を響かせて開いた。
 ツッこみたいことが多すぎて逆に何も言えない。黙って女の後を追い、地下に向かって階段を降りていく。
 再び鉄の自動扉を通る。その先にあったのは、金属の壁面で囲まれた部屋だった。蛍光灯。部屋の半分を占める、見たことのない計器。小さなスペースに収められたシャワーやキッチン。明らかにオーバーテクノロジーだ。何に使うか分からないものもあり、日本よりも高度な技術力かもしれないと思った。

 モニターのたくさん並んだ壁の前の椅子に女が座った。私も促されて向かい側の椅子に座る。

「自己紹介がまだだったわね。私はアクツオハミアヂ・チヒロ。アクツオハミアヂは無理やり名乗らされている名前だから、チヒロでいいわ。君は?」

 アクツオハミアヂ――日本語にするなら凄い魔法使い、といった意味だが、『フォン』みたいにドイツの貴族がつけたような称号だろうか。そういえば彼女は私に用があるとか言っていたくせに、一度も名前で呼んでいなかったことに気付いた。

「永田和真だけど、名前も知らないのに連れて来たのか?」
「名前が分かっていれば、もっと早く見つけられたんだろうけどね。私は君がこっちの世界に来てから、ずっと探していたの」

 私がアフウシの村に来てから半年は経った。徒歩圏内にいながら探すのにどれだけかかっていたんだろう。思ったことが顔に出ていたようで、「片手間で」と付け加えられた。

「なんで俺のことを探していたんだ?」
「んー。後でいくらでも質問に答えてあげるから、とりあえず魔術を使ってみて」

 やはり悪魔との戦闘で使っていたのは魔術らしい。疑問だらけになりつつも、言われた通りにするためにカードを取り出した。

「我は汝に啓示を与えるもの」

 カードを表に返し、魔法陣を目に焼き付けて鏡を生み出す。思ったよりも小さく不安定なものになってしまった。今にも消えそうに、光の縁が揺らいでいる。チヒロは椅子から立ち上がり、鏡の中に映っている平らな地面を眺めていた。

「なるほどね。消していいわよ」

 チヒロが再び椅子に腰掛けた。

「ここ最近の異変の原因はこれか。よくもまぁ、こんな『観測者』泣かせの魔術を使ってくれたものね」

 何が分かったのか知らないが、満足してくれたようだ。認識を止めて鏡を消した。

「……あんたは一体何者なんだ? なんで日本語を話したり、魔術を使えるんだ?」

 魔法が主体なはずのアフウシ村で魔術を使い、私が村に来たことを知っており、日本語を話し、文化レベルから乖離した生活を送っている女。私がここにいることと大いに関係しているようにしか思えない。

「私は大宇宙と小宇宙を繋ぐ扉の番人であり、観測者よ」

 答えは難解な言葉で返ってきた。

「小宇宙っていうと、日本のことだよな? 大宇宙は確か……」

 魔術用語に馴染みは無いが、確か面接の時に山下さんが口にしていた。いつの間にかだいぶ古くなっていた記憶を辿る。久しぶりに阿部警備の面々のことを思い出した気がする。

「――まだ根本的なことを理解できていないみたいね。君はここがどこだと思っているの?」

 痺れを切らしたチヒロが口を挟んできた。

「地獄か、プレーローマ……?」
「なんでクエスチョンマークがついているのよ。それに地獄って! 一歩で帰れる場所にいて、いつでも帰れたのに、自分がどこにいるかも知らないで半年も生活していたの? それはまた、アハハ、お腹が痛い……」

 何がツボに入ったのか、チヒロは腹を抱えて笑っている。何で笑われているのか分からないので少しイラッとした。

「それに、プレーローマ? 何それ、何それ」
「何でもないから、さっさと正解を教えてくれ」

 恥ずかしさで顔が熱くなったのを感じる。再びエアケントニスの連中に会うことがあったら、横面を思い切り殴ってやろうと決めた。

「ここは日本――を含めた君の住んでいた世界と隣り合っている世界。魔術の心得がある人間なら、大宇宙と呼ぶ場所よ」
「日本と隣り合った世界? それだと、世界が二つも存在することになっておかしいだろ」

 日本の隣は海を挟んで韓国か中国だ。それとも量子力学でいう重ね合わせみたいなものだろうか。彼女の言っていることが理解できない。

「おかしいも何も、存在しているのよ。君のいた世界とは異なる五次元座標を持つ世界、並行世界と言えば分かりやすいかしら。多分他にも並行世界はたくさん存在しているんだろうけど、天文学的な確率の偶然で、その中の二つが互いに影響を及ぼしあったの。だから二つの世界」
「……何となく分かったような、騙されているような。話を戻すと、チヒロは二つの世界を繋ぐ扉を管理しているっていうことか?」
「そうそう、あの門のことね。他にも、ここにある装置を使って物質の行き来の監視をしているわ。だから両方の言葉を喋れて魔術を使えて当然ってわけ」

 彼女に指差された先には、ドーナツを立てたような奇妙な装置があった。下から太いコードが何本も伸びており、両脇のけったいな制御機器やタンクに繋がっている。門と言っていたので玄関にあるような扉を想像していたが、内外を隔てるどころか中央の大きな穴から向こう側の壁が見えている。

「元々この場所はとびきり奇跡の粒子――クチザムの濃度が高いから、頻繁に五次元間に揺らぎが生じて小宇宙と繋がっていたの。でも、それだと不可逆性により大宇宙から小宇宙への一方向にしか移動ができない。だからこういう装置を使って磁場で揺らぎを固定し、通過物にエネルギーを与えることで五次元間を行き来するの」

 折角してもらった説明はよく分からないが、小宇宙と大宇宙を自由に行き来できるらしい。そこまで考えて、ようやく自分がここに連れてこられた理由が分かった。

「この穴を通れば元の世界に帰れるのか?」
「もちろん。今は電源が入っていないから無理だけど、稼動させてから通れば一歩で東京に到着よ」

 死んでいないことが判明し、さらに元の世界に帰れる方法まで分かった。これは嬉しい――ことなのだろうか。そういえば村で生活している中で、元の生活に戻りたいと思ったことは一度もなかった。

「ん? じゃあどうして俺は大宇宙に来たんだ。小宇宙から大宇宙への移動は普通は起こらないんだろ?」

 大宇宙から小宇宙へ移動することは自然にあるらしい。阿部警備が退治していた化け物はその経路でやってきたのだろう。しかし私の場合は小宇宙から大宇宙への移動だ。この門を潜り抜けた記憶も無く、説明がつかない。

「えぇ、机の上のコーヒーが勝手に温まっていくくらいにおかしい事よ。でも最近その可逆性の崩れた移動が観測されていて、おかしいと思っていたの。そして今さっき、君の魔術を見て確信したわ。和真君、君が原因だったのね」

 チヒロは興奮した様子で私を指差していた。この二人の間の温度差も不可逆なのだろうか。

「全然分からないんだけど、俺は飲み物を温められるっていう話?」
「違う違う。君の魔術は例外中の例外ってこと。鏡の側面が隣の世界と繋がっているから、門なんかを介さなくても自分で行き来ができるの!」

 チヒロの言葉を思い出す。『一歩で帰れる場所にいて、いつでも帰れたのに、自分がどこにいるかも知らないで半年も生活していた』。チヒロの笑っていた理由がようやく分かった。

「お騒がせしました。とりあえず、一旦帰るわ」

 椅子から立ち上がって頭を下げた。チヒロがいなければずっとアフウシ村で暮らしていたかもしれない。いや、あそこは追い出されたから、大宇宙のどこか違う場所だろうか。

「ちょっと待って。君、誰かから魔術を受けているでしょう」

 チヒロも立ち上がり、私の眉間に指を押し当ててきた。

「夢を司る記憶のシナプスが遮断されてる。えげつないことをする人がいるものね。心当たりは?」
「記憶の封印、あいつか……」

 移送されていく際に口の端を歪めていた菅原樹の顔が浮かんだ。青木さんを手伝ったあの一瞬で魔術をかけられていたのかもしれない。

「はい、魔法をぶつけて打ち消しておいたわ」

 そう言ってチヒロは指を離した。心なしかすっきりした気がする。再び頭を下げて彼女にお礼を言った。

「どういたしまして。一旦というか、もうこっちには来ないようにね。今度来たら凍らせてオイクオツ湾に捨てるわよ」

 チヒロは怖い笑顔を浮かべて手を振っている。観測者の立場として、気ままに世界を行き来されるのは許せないのだろう。
 日本に帰る覚悟を決めた。彼女に背中を向け、ポケットからカードを取り出して詠唱を始める。

「星煌く天は我が顔、海は我が胴、大地は我が足、風が充たすは我が耳、輝く光を遠矢に射る太陽は我が目なり。我は汝に啓示を与えるもの」

 カードを表に返して、魔法陣を目に焼き付ける。宙に鏡が現れた。完全に詠唱を行ったにもかかわらずサイズは小さく、さらに面が揺らいでいる。本当にくぐって大丈夫なのだろうか。そうこう考えているうちに光が縁に偏り四散した。

 背後から糾弾するオーラを感じる。気まずい思いをしながらチヒロの方を振り返った。

「……魔法陣を見せてもらえる?」

 促されてカードを手渡した。彼女は魔法陣を見た途端に眉間にシワを寄せていた。

「何、このお粗末な魔法陣は。魔術すらろくに使えないの?」
「まぁ、うん。教えてもらう前に、ここに来たから。……でも魔術を使えなくても、その扉を通れば帰れるんだろ?」

 ドーナツみたいな機械を指差して言った。

「異分子をそんな状態で放置していたら、観測者の名が泣くわ。――決めた。しばらくは魔術の指導をする」

 チヒロは大きなため息と共に、とんでもないことを口にした。魔術を教えてもらえるのは素直にありがたいが、大魔法使いが先生というのは未熟者にとって荷が重過ぎる気がする。まぁ、どちらにせよ帰るには魔術を使いこなすか、彼女に門を開いてもらうしかない。反対する権利はなかった。

「といっても、君達のところの魔術とは形式が違うから、あんまり上手く教えられる自信はないんだけどね」
「形式? そういえば模様が変わっていく魔法陣を使っていたよな」

 悪魔との戦闘でチヒロが使っていたのは、時々刻々と模様が変わる水色の光を放つ魔法陣だった。阿部警備の面々で、そのような魔術形式を使っている人間は一人もいなかった。

「君が使っているのは、詠唱前にコンパイルを済ませたアヘッドオブタイム。そのカードや魔導書みたいに魔法陣は一定の形を保ってるわ。安定しているけど、情報量に限界があるの。対して私が使っているのは、詠唱中にコンパイルを行うジャストインタイム。魔法で魔法陣の形を変えるから、より多くの情報量を詰め込むことができるの」

 魔法と魔術のコンポジットということだろうか。かくして私はチヒロに魔術を教えてもらうことになったのだった。



 翌日から早速魔術の練習が始まった。湖の前でチヒロと向き合っている。彼女はやる気満々で、身振り手振りで説明をしてくれていた。

「何で分からないのよ。こうすればそこがこうでしょう? 後はここをこうして、ここはこう。そしたら、ズバーッと」
「すまん、何を言っているのか全然分からない」

 確かに魔術は見て分かるものではないので、説明しづらい面がある。私も人に教えろと言われても出来る気がしない。しかし彼女の説明はそれ以前の問題で分からない。

「今、失礼なことを思ったでしょう。仕方がないわね、面倒だけど口で伝える努力をするわ。――君の場合、奇跡の粒子の振動がインパルス入力になっているから、ラグで誤差が大きくなるのよ。魔法陣の切り替えは認識フレームレートに合わせる必要があるから、視覚の時間分解.001秒ごとのステップ入力にすれば解決するわ。ただし応答性の影響があるから即応性を重視して補償して。それと周波数を可視光の405から790THzに抑える為に……」

 チヒロの発した音が右の耳から左の耳へと抜けている。一分も聞かないうちに脳のブレーカーが落ちた。

「すまん、何を言っているのか全然分からない」
「私こそ何で分からないのか分からないわよ。トロール級の馬鹿なの?」

 チヒロは手の平を上に向けて降参のジェスチャーをしていた。馬鹿にされても不思議と頭にこなかった。何故なら分かってしまったからだ。この目の前の女、天才と呼ばれる部類の人間らしい。



 魔術の前に、お互いを理解する努力は昼まで続いた。
 昼食を摂ることになり、チヒロはパンに野菜を挟んだ手間のかからない調理を始めた。キッチンにヤ○ザキ印のビニール袋が捨てられているのは見なかったことにしておく。私は湖畔にテーブルと椅子を運び出していた。

 羽音が聞こえ、葉々に囲まれた空を見上げた。一面薄水色の背景に、翼の生えた大きな影が浮かんでいる。――悪魔との遭遇に酷似している。脳が警鐘を鳴らしているが、体は震えているばかりで動いてくれなかった。
 私の前に男が降り立った。手足が長くすらっとした体形をしている。背中には、宝石のような光沢を放つ緑色の翼。色素の抜けた灰色の髪は肩まで届き、後方にたなびく羽飾りで彩られていた。
 黒色の瞳と目が合った。眉一つ動かさず動じておらず、こなれた感じの印象を受けた。

「――こんにちは」

 男が微笑んで挨拶をしてきた。発しているのはアフウシの言語だ、頭を切り替える。

「こんにちは」

 男はゆったりした服を纏い、胸当てと脛当ての金属を身に着けている。こちらの世界の軍人のような立場の人間だろうか。鎧には蛇かトカゲみたいな模様の紋章が刻まれていた。

「アクツオハミアヂはいらしゃいますか?」

 聞き慣れない言葉だったが、昨日チヒロが口にしていたのを思い出した。彼女の客のようだ。

「中にいると思いますけど」

 家の方を振り返りながら答える。丁度扉が開き、チヒロが昼食を持って外に出てきたところだった。

「あら、珍しい客ね。元気にしてた?」

 チヒロは私達の側に歩き寄ってくると、パンの載った皿を机の上に並べながら男に話しかけた。

「えぇ、お陰さまで。……とうとう弟子を取られたんですか?」

 男の目はこちらに向いている。とうとう、なんて言うということは、今まで弟子を取ったことはなかったのだろう。自分が特別駄目な生徒だと思っていたので、少しだけほっとした。

「弟子とは違うわ。何だろう、アレ、そうアレ、旦那よ」
「そうでしたか。おめでとうございます」

 チヒロは意味の分からないことを言い始めた。男も男で、素直に納得している。

「誰が――」

 否定しようと口を開いたが、言い終える前に袖を引っ張られ、家の陰に連れて行かれた。

「いなくなるあんたはいいでしょうが、弟子を取ったって分かると魔法使いは色々と後が面倒くさいのよ」

 チヒロは遠い目をしている。夫婦の仲を偽っていては、どのみち後々面倒くさいことになりそうだと思うのだが、お世話になっている立場なので黙って彼女の言うとおりに演じることにした。


「ラワケラムウの騎士団長を勤めております、ウツオヌオア・ルクアです。以後お見知りおきを」
「よろしくお願いします」

 戻って男と挨拶を交わした。王都ラワケラムウといえば、アフウシ村でも名の知れていた大都市だ。その騎士団長ともなれば、相当なお偉いさんではないだろうか。何故こんな辺鄙な場所にいるのか不思議に思った。

「それでアクツオハミアヂ、早速ですが任務です」
「だろうね」

 チヒロは諦めたようにため息をついていた。



 手早く昼食を済ませて建物の中に入った。三人でテーブルを囲み、任務とやらの話が始まった。

「王都の外れで、民間人がアンフィスバエナに襲われるという事件がありました」
「久しく聞く名前ね。でも、あれはこの辺の生き物じゃないでしょう?」

 早速置いてけぼりである。とりあえず真摯な顔をして頷いてみた。

「いえ、ラワケラムウの南西にあるボギ砂漠に生息しています。どうやら個体数が増えすぎて、人の住処にまで生息圏を広げているようなのです。王からはボギ砂漠のアンフィスバエナの数を調整し、可能なら爆増した原因を突き止めるように指令が出ています」
「居候にドラゴンを任せますか……。ますます遠慮がなくなってきたわね」

 チヒロが苦笑いを浮かべている。ルクアはそれを申し訳無さそうな顔をして見ていたが、言いにくそうに、ゆっくりと口を開いた。

「――何故そんな悪条件を呑んでまで、この土地にこだわるのでしょうか。余計なお世話かもしれませんが、あなたほどの魔法使いであればどの国でも歓迎されると思います」
「あなたみたいな立場の人がそんなこと言っているのが知れたら問題になるわよ」

 チヒロは責める様子ではなく、冗談のように軽い感じに返した。ルクアも表情を和らげる。

「そうですね、聞かなかったことにして頂けると助かります」
「はいはい」

 この家には世界を繋ぐ扉があるので、観測者は土地を移ることはできない。話を聞く限り、どうやらチヒロはこの場所を使わせてもらうことと引き換えに、オナキマニム王に従っているようだった。

 詳細を詰めるための話が終わり、ルクアが席を立った。チヒロと私も立ち上がる。

「当日は私もご一緒させて頂きますので、よろしくお願い致します」
「それは心強いけど、騎士団長様が街を空けて大丈夫なの?」
「ご心配なく。優秀な部下を残しておりますので」

 『優秀な部下』に心当たりがあるようで、チヒロは納得した様子で頷いていた。

「分かったわ。よろしく」
「準備が整い次第、車で伺います。では失礼して、早速報告に――」

 ルクアは言いかけてから、思い出したように私の方を振り向いた。

「旦那さんはどうされますか? 共に向かうようであれば、手配を行いますが」

 誰も言葉を発せず、気まずい空気が漂った。二人の顔を見比べ、聞かれているのは私だと気付いた。

「俺も行った方がいいのか?」

 行っても足手まといにしかなれない気がするので、チヒロに尋ねる。

「留守番中に悪魔さんが来たらよろしく伝えておいてね」
「行かせて下さい」

 選択肢は無かったようだ。


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