外は雨が降り出し、薄暗い。 今、幾つ目の駅を通過したのだろうか。駅のホームで電車を待つ人々には、僕たちが乗っている電車は見えていないようだ。 僕は、この電車を降りることが出来るのだろうか。 「あの・・・」 僕の声に母さんが顔を上げた。 「なんで僕に会いに来ようと思ったんですか?」 今まで見守り続けた母さんが、僕に会いに来るなんてよっぽどだ。 何を伝えようとしているんだろうか。 もしかして、父さんに何かあったんじゃ。 僕の不安をよそに、母さんは笑顔で言った。 「本当はいつでも、アンタに会いたかったんだけど、今回は傍にいてあげたくて」 「?」 母さんは優しく微笑み、 「アンタ今、自分はなんでこの世に生れて来たんだろうって思ってるんでしょ」 僕は何も答えない。 「誰かに必要とされているわけじゃないし、誰も必要としていない。だったら何のためにって」 僕は何も答えない。 「自分の変わりは誰でも務まるし、僕が今いなくなっても、誰も困りはしないんだって」 何も答えず、うつむく僕を母さんが優しく見ていてくれるのが伝わる。 母さんは、まるで、僕の心と親友の中にあって、なんでも包み隠さず語り合ったかのように、僕の胸の内を分かっている。僕自身よりも。これも、神様に頼んで貰ったのか、死者だけに与えられる力なのだろうか。 そして、改めて思う。僕はこんなにも自分のことを卑下して見ていたのかと。可哀そうなヤツだな。 大体。自分のことをこんな風にしか思えないヤツを、誰が大事に思ってくれるだろうか。そんな暗いヤツの傍にいたいと思う人は相当の物好きぐらいだろう。興味を持った科学者が調べだすかもしれない。 僕が一人で勝手にどん底に落ちて行ってるんだ。 「ばかねぇ」 震える僕の手を母さんが握った。 「父さんと母さんにとって、あなたは特別なのよ。変わりなんていないわ。なのに、あなたが、そんな風に思ってるって分かって母さん、辛くて、辛くて」 涙がこぼれたら、カッコ悪いから我慢した。 「母さんがあなたを想う、この気持をどうしても直接あなたに会って、伝えたかったの」 母さんの手は暖かい。 顔は見れないけど、温もりを感じられる。 母さんにとって、僕は特別。自分の人生まで捨てて、僕をこの世に生んでくれたのに、僕ときたら、感謝もせず、なんてひどいことをしてしまったんだろう。殴られたっていいくらいだ。自分の人生を返せって思ったかもしれない。 なんにしたって、僕はかなりの親不孝者だ。 母さんの気持に、何一つ応えていないのだから。 それどころか、母さんを深く傷つけてしまっている。 「ばかねぇ」 と、母さん。 「アンタ、少し考え過ぎなのよ。もっと気楽に生きなさい」 母さんの温かい手の上に、僕の冷たい涙がこぼれた。 ごめんね、母さん。 「ごめん」 「謝らなくていいのよ。それに、謝らなければいけないのは母さんのほうだわ」 「えっ」 「傍に居てあげられなくて、ごめんね。母親がいないということで、父さんとあなたには辛い思いをさせてしまった」 「いいよ。別に」 照れくさくて、つい無愛想な物言いになってしまう。 違うんだ、母さん。 「ヒロくん、これだけは忘れないでね。あなたは私にとって、代わりのきかないとても大切な人。母さんはあなたを生んで、命を落としてしまったけれど、ちっとも後悔はしてないわ。だってあなたが、初めてお腹の中にいるって分かった時、私はすごく幸せで、幸せでたまらなかったの。あなたを生むと、私の命が危ないかもと分かった時も、絶対にあなたを生みたいって思った。ただ、あなたと離れると思うと、心が痛かった。出来る事なら、ずっとあなたの傍にいたかった」 母さんが少しだけ強く、僕の手を握った。 母さんも泣いている。 しばらく二人で手を握り合って泣いた。
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