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作品名:ライフ・トレイン 作者:えみ

第4回   4
近くなっている。二人の距離が縮んでいる。
 さっきまでは、ずいぶ遠くに座っていたのに、今じゃ斜め右側の座席に移動してきている。いつの間に。
 しかもしれっと二個目のみかんを頬張っている。なんなんだ一体。向こうも僕に運命を感じているのではあるまいか。ジャマイカ。
 冗談じゃないぞ。そんな危険な恋はごめんだよ。
 「アンタ」
 「はい?」
 やばい。声が裏返った。だって急に彼女が話しかけてくるんだもん。ドキドキだよ。
 「アンタ、死んでるよ」
 「へ?」
 「嘘だよ」 
 オバサンは鼻で笑うと、またみかんを食べ始めた。
 今まで、それなりに平凡に生きてきて、平凡な社会人になって、それなりのトラブルや小さな日常の事件を解決してきたけど、今、僕が置かれている現状はそのどれにも当てはまらないし、かすってもない。何トラブルだ?
 どうしよう。
 悩むことはない。
 次の駅で降りよう。
 それまでは寝たふり、寝たふり。
 「ねぇ、ねぇ」
 オバサンが僕のすぐ横に座り、僕の肩を激しく揺さぶり、ついに本格的に声を掛けてきた。図に書いて説明するなら、僕、オバサン、スーパーの袋の大根の順だ。
 もう逃げられない。
 僕はわざとらしく目を覚まし、少し寝ぼけた顔でオバサンの方を見た。本当は心臓バクバクだ。何でしょうか。一体。
 「アンタ、なんでこの電車に乗ってんのか分かってんの」
 「会社に行くためですが」 
 なにか? 問題でも?
 「アンタ、呆れた」
 オバサンは本当に呆れた様子で、座席にの垂れかかった。
なんかすんごいムカつくんですけど。でも怖くて声が出ないのね。僕が一言でも反撃そようものなら、その数億倍の言葉の暴力が返ってくること間違いない。ここは下手に出るのが一番。
「・・・あの、一体何がおっしゃりたいのでしょうか」 
ミクロの反撃。
「アンタ、あたしが誰だか分かんないの?」
 僕はここへ来て、初めてオバサンの顔をまじまじと見た。いいやー。知らんなぁ。
 どこにでもいるオバサンじゃん。
 「・・・」
 僕はものすごく考えているふりをし、頭を少し傾げてみた。するとオバサンはまた鼻で笑うと、
 「だろうね」
 と一言吐き捨てた。
 抑えろ、抑えるんだ僕。
 平常心、平常心。
 「失礼ですが、どこかでお会いしましたでしょうか」
 恐る恐る問いかけてみる。オバサンは何も答えない。何か少しだけ怒っているようにも見える。怖いからオバサンの顔はなかなか直視できない。
「・・・」
 重たい沈黙。
 大好きな女の子と会議室で二人きりのなった時と、なんか似ている。そこには重たい沈黙という共通点しかないのだけれど。


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