なりたい自分はあった。理想とする僕が確かにいた。 だけどそんなこと思い返したって、今の僕には何の希望にも活力にもならないんだ。今の僕には、その理想が重くつらいよ。希望なんてどこ探しても見つからない時だってある。逃げ道ばかりが見つかる。人の嫌な部分が目につく。そういう自分に嫌気がさす。その繰り返しだった。 家と会社の往復を繰り返すだけじゃなく、そんな感情も毎日、繰り返しているのか、僕は。
ガタン。 もの凄い電車の揺れで、僕は目を覚ました。僕は眠っていたのか。 まだ完全に覚醒していない頭を起こし、深呼吸して息を整える。 どれくらい眠っていたのだろう。 窓の外を見ると、先ほどの日差しは消え、再び雲空が現れていた。もう少しすると雨が降り出すだろう。 今、何時だ。 僕は右手の腕時計を見る。時計をしていない。忘れている。 仕方がないので、携帯電話の時計を確認しようとしたが、先ほど大げさに電池パックまで抜いて、鞄に放り込んだのを思い出した。携帯電話を取り出して、電池パックをはめ、電源を入れる。面倒くさすぎる。この際、時間はいいや。何かに追われる生活は捨てたのさ。
さてと、これからどうするかな。 とりあえず、このまま終点まで行くことにしよう。とにかく、今は何も考えずにのんびり揺られていたい。 「?」 僕は車内を見回した。誰もいない。 どれくらい時間が経ったかは定かじゃないけど、多分まだ二駅過ぎたくらいだ。 少し前まで座っていた親子も、いつの間にかいなくなっているし。っていうか、誰もいないじゃん。 「!」
いや、いる。遥か向こうの席に、オバサ・・・女性が一人。直接見ると、失礼なような気がするので、首から上だけを少し女性が座っている右側へ向けた。 普通のオバサンだ。 別に口に出して言うわけじゃない。心の中の表現は自由だ。 白いエプロンを身にまとい、少し小太りで頭はパーマ。エプロンの下には桃色だか小豆色だか分からないセーターに、青というより紺というべきであろうスカート? みたいなお召し物。短く白い靴下にやっぱり履物は定番の赤いゲタ! オバサンのすぐ横には寄り添うようにスーパーの袋が。その中から大根の葉が少しだけ、こんにちは。典型的な買い物帰りのオバサンだ。 で、何をしているかというと、床につかない足をブラブラさせて、無心でみかんを食べている。あんまり見つめたら失礼だ。 僕は視線を正面に戻すと、軽く深呼吸してから、もう一度彼女に目を向けてみた。 「!?」 こっち見てる。みかんを食べる手は止めないで、熱い視線を間違いなく、この僕に向けている。なんか、昼ドラでも見ている感じだ。僕はそのまま顔だけ戻し、その視線には気付いてないフリをして、さりげなさを装った。 何故か僕の心がざわついている。胸騒ぎがする。同期息切れがする。あの視線は怖すぎる。ジェイソン並みだ。ある意味、目で殺すだな。関わらないが一番だ。 「・・・」 やっぱり気になる。見たらダメと思うと見たくなる。今、どうなってんだろうなぁ。あのオバサン。まだ、みかん食べてんだろうなぁ。あの袋の中の大根を食ってたりして。いや、それは可笑しすぎだろ。 あ〜気になる。なんでこんなに気になるんだろう。これはもしかして運命の出会いではあるまいか。 ちらっと見てみるか。 ちらっ。 「!?」
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