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作品名:ライフ・トレイン 作者:えみ

第1回   1
毎日、毎日、家と会社の往復で嫌になる。
毎朝起きるのが面倒くさい。顔を洗うのも面倒くさい。
休みの日の夜は、明日からの繰り返しの日々にうんざりする。
 寝る前にビールを飲まないと眠れない。
 自分が情けなくなる。
 だけど、そんな日々から抜け出せずにいる。

 会社までは普通電車で四十分。毎日、確実に座れるけど。疲れる。
 会社の駅に着くまで、考えるのもしんどいので、ボーッとしてる。
 人間が好きじゃないから、観察はしない。女じゃないから、化粧はしない。お腹は空かないから、何も食べない。本は揺れるから読まない。というか、まず内容が頭に入らない。 
 ただ座って、膝の上に鞄を置いて、ボーッとしている。
 前の座席に誰もいない時は、前を見たまま流れる風景を見てるけど、見てなくて、人が座ったら床を見てるようで、見ていない。
 ただ電車と一緒に揺れるだけ。ガッタンゴットン。
 
公の場では眠れないから、乗り過ごしたことはないけど、二日に一回くらい会社の前の駅で降りるのをためらう。
 最初は一か月に一回ためらって、次に一週間に一回、二日に一回ためらって、最後は毎日ためらう。それが大体、三か月周期で繰り返される。
だけど降りなかったことは、この五年間一度もない。

今日もまた地獄行きの列車に乗ってしまって、いつもと同じように、少し広く空いている席に座って膝を揃えて、その上に鞄を置く。そして、前を見て、床を見る。女じゃないから化粧はしない。
いつも同じで、全く良い事なしの僕だけど、今日は朝から必要以上にうんざりだった。
雨だし、ワイシャツ半乾きだし、眼鏡が変に曇っていて、拭いてもなかなか綺麗にならない。奇妙な寝癖が鬼のようについて、五十パーセントくらいしか改善されてないままだし。
こんな日は会社に行っても、ろくなことはない。

 何かもう限界だった。
 徹底的な事はないけど、毎日の積み重ねが、どこかの通信教育のように身になればいいのに、逆に体の奥の見えない部分に抜けることなく溜まって、この世に存在するどんな物や方法でも取り去ることができない気がした。
固まった油をスプーンで取る様子を想像してみた。なんか違う。そんなお手軽なもんじゃない。田植えの時の田んぼに入った足? それも違う。
 石油を積んだ船が座礁して、海に真っ黒な石油が流れ出てる感じなのかな、僕の心は。
 八十パーセントくらいまで追い付いた気がする。
 でもその石油をどう取り去ったらいいのかも分からないし、取り去ろうとする元気も全く湧いてこないんだ。船が座礁して、石油も全部流れ出て、十年くらいたった後の海って感じかな。
今のは百パーセントだ。

行きたくないな。
今まで日本の人口位は思った言葉。今日はまた一段と重たいよ。
誰も助けてくれなくていい、ただこのまま消えてなくなりたい。

電車が止まる。駅に着いた。僕は立ち上がる。
ここはオフィス街、ほとんどの乗客がこの駅で降りて、それぞれの会社へ向かう。僕も流されるように扉へ行き、開くのを待つ。
扉が開く。何か巨大な陰謀に操られるように、乗客が一斉に電車を降りていく。僕も。
ああ、今日もまた、あの日々が始まるのか・・・

電車から降りていく乗客の肩が、次々と僕の肩に当たっていく。その内の何人かは、迷惑そうな顔を僕に向けて降りて行った。
なぜだか足が動かない。どうしても。
まるで誰かが地面から手を出し、僕の両足をしっかり掴んでいるようだ。
だけど今日が始めてじゃない。こんなことは、今まで何度もあった。
朝起きるのをやめようか。蒲団から出るのをやめようか。スーツを着るのをやめようか。家から出るのをやめようか。
 でもいつも、そうしてしまった後の自分の立場が、リアルに頭に浮かんで怖くて出来なかった。
そう、僕は勇気もなく中途半端な人間なのだ。
結局、大きく今の現状を変えるのが怖いんだ。逃げてばかりなだけなんだ。


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