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作品名:高架下から見た星 作者:えみ

第8回   8
気が付くと夜になっていた。僕は飲まず食わず、立ち止まらずで宛てもなく街を彷徨っていた。体は何の変化も訴えてこない。空腹だろうに、疲れているだろうに。こんなに行動するのは何年ぶりだろう。体を動かし、リフレッシュすることは体にとても良いことだと言うけれど、数年ぶりに、突然こんなに歩くことは、体にどんな影響を及ぼすのか、皆目見当がつかない。
もしかしたら、僕はこのまま死んでしまうのではないだろうかと思った。宛てもなく歩いているのではなく、死に場所を探しながら、死に向かって歩いているのではないだろうか。それくらい、今は何をどうしたらいいのか分からなかった。
一体、今僕はどんな顔をしているのか、少し興味が湧いたが、顔を横に向けるのが面倒くさかった。頭が痛くなってきた。雨の日や泣き明かした時に来る、あの独特な頭痛だった。本当に駄目かもしれないと思った時に、僕の足が止まった。
街外れの高架下に僕はいた。人通りは全くない。地球の位置を確かめるように、僕は空を仰ぎ見た。鉄橋半分、夜空半分だった。それが今の僕の立ち人生の立ち位置を表しているようだった。全くの一人になりきれない自分と、社会に戻っていけない自分。痛かった。体の全てが僕に最終警告を発しているようだった。だけど、それでもまだ今の世界を壊せず、守ろうとしている僕がいた。このままで何が悪い。僕だって全身全霊で生きているんだ。
その時、真っ暗だった夜空の切れ間に星が見えて、僕ははっとした。ただのもみの木がクリスマスツリー変化するように、無地の僕が、その微かな明りに照らされて装飾されていくような気がした。それは誰かがどうしようもなく好きで、限りなく愛しいと思えた僕だったり、仕事が楽しくて、寝る間も惜しんで働いていた時の僕だったり。
夜空に寂しく浮かんだ一つの星は、今の僕とシンクロして、泣けるほどに美しかった。僕はどうしようもなく一人だった。そんなもの一人で見たって意味がない。意味がないのだ。
命あるものは、たった一人で生まれて、たった一人でこの世を去っていくそ事実は決して変わらない。変わらないのだけれど。
こんな自分じゃいけないと自覚していながらも前に進めず、抜け出す術や、頼る術を知らない。だけど、誰かに一歩踏み出すきっかけを作ってもらいたいと、いつも願っていたのかもしれない。だけど、そんな奴は一人もいない。僕は社会に見放されたのではなく、僕が僕自身を見放したのだ。今、僕の中に生まれた、この切ないほどに苦しい痛みで死ねるとしたら、今までの罪や足枷は全て消え、僕は天国へ行けるだろうか。
いや、違う。僕が死んで天国に行きたいのではない。死にたいのは僕の心だ。長い間、僕によって見捨てられ続けてきた、僕の心だ。もういいかげんに開放してあげよう。何も望んで僕を閉じ込めてきたわけじゃないんだ。だったら自由にしてあげよう。今がその時なんじゃないのか。もう十分だ。僕は十分、自分を追い込み、苦しんできた。
僕は軽く両手を広げ、大きく息を吸い込み、長い時間を掛けてゆっくりと吐き出した。今までの淀んだ空気が全て外に吐き出されていく。そうして何度か深呼吸を繰り返し、新しい空気を僕の体に送り込んであげた。なんだ、ちゃんとやれるじゃないか。


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