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作品名:高架下から見た星 作者:えみ

第7回   7
エレベーターの扉が僕の前で開いても、僕は足を動かせずにいた。放心状態のまま、エレベーターの扉が閉まるのを見たような気がする。背後から来た若い女が、そんな僕の姿に軽蔑の眼を向け、わざとらしく僕を避けてエレベーターに乗り込んだ。非難の眼は扉が閉まる、その時まで浴びせられていた。エレベーターの階表示が一階で止まったまま、動かなくなった。僕は思いついたようにボタンを押す。そして、僕の目の前で二度目の扉が開いた。それでも、なかなか一歩が出て来ず、扉が閉まるぎりぎりになって、慌てて飛び乗った。
 下がる表示を見ながら、僕は何をやっているんだろうと思った。いや、何をやって来たんだろうか。それなりに人生を歩んできたつもりだった。確かに、人に尊敬されるような生き方はしていない。喋れなくなって半年間、何もしなかった人間だ。普通じゃないということぐらいは分かってる。こんな僕の生き両親が知ったら、泣きながら「まず精神科に行け」と言われる確率だって高い。だけど僕は「それで」生きて来たんだ。仕事だって、それなりに認められて、裕福ではないが自分の望む物くらいなら手に入る生活ができるようになった。だけど納得はしているけど、満足はしていなかった? そんなこと呆れるくらいに認め、受け入れて分かっているはずだったのに。
 僕自身もどこかで自分のことを、おかしいと思っていた。普通じゃないと。じゃあ、普通とは何なのか。そんなもの分からないのだけれど。


 帰り道、すれ違う人々の気配が妙に大きかった。しっかりと足を踏みしめて歩かないと、しゃがみ込んで地面に倒れこんでしまいそうだった。そして、僕が異常者であることをみんなに知ってもらいたかった。そして、そんな僕を認めてもらいたかった。受け入れてもらいたかった。誰でもいい。子供でも老人でも、ホームレスでも犯罪者でも。ただ、僕の心を理解してくれて、「そんなこともあるよね」と軽く笑いながら手を差し出してもらいたかった。そしたら僕は泣きながら訴えるだろう。自分という自分を。
 僕が今まで頑なに拒み続けてきた人との関わりが、今になって僕に問いを投げ掛けてきていた。家に帰る気がしなかった。その行先は選択肢の中に入っていなかった。 だけど僕にはこんな時に行く場所も、訪ねて行ける友人や知人は一人もいなかった。どこにも行けない想いが、僕をどんどん追い込んでいった。

流れるように過ぎていく毎日を、足で踏んで止めてしまいたくなった。何の希望持たず、時間が過ぎていくのに耐えられなくなった。動けず、ただ落ちていくしかない自分が、世界で一番無駄なものに思えた。


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