私は急いで、木の後ろに身を隠した。山田はポケットから携帯電話を取り出した。どうやら何者かから連絡が入ったようだ。私の潜んでいる位置からでは遠すぎて、何を話しているのか全く分からない。背後からでは、山田の表情も分からないため、どんな人物と話しているのかも分からない。ただ、仕切りに頭を下げている。どうした、山田。何かトチってしまったのか。私がやきもきしている間に、山田は電話を終え、携帯電話をポケットにしまうと同時に、おもむろに走り始めた。私も慌てて後を追う。 どうしたんだ? 緊急事態か? もしかすると私が後を付けていたことが、研究所の人間にバレてしまったのかもしれない。私を撒こうというのか。とにかく私は山田の後を身を隠すように追った。 一体どうしたというのだ。先ほどまでの、のろまな山田とは別人のように素早い。忍者のように俊敏に、軍隊のように迷いがない。まるで命を掛けて、人生を投げうって走っているかのようだ。私は山田の背中だけを見て、見失わないように、ただ一心に走り続けた 今までの山田との戦いが走馬灯のように私の脳裏によぎった。この戦いで分かったのは、私も必死だが、山田も必死だということ。本場キムチを食し、のろまな人物を装い、このプロジェクトに賭ける思いがひしひしと伝わってきたものだ。互いにこの発見に誇りを持ち、なんとかこの大発見を世に送り出そうと必死なのだ。山田、お前って奴は本当に・・・ 五分位走ったところで、山田が急に立ち止まった。 あまりに突然だったので、私は止まりきれずに前に倒れてしまった。砂利が顔に当たり、顔が擦り切れたが、そんなことかまっていられない。顔の傷なんて、後で漬物のお金が入ればどうにでもなる。今よりハンサムにしてもらうつもりだ。なんてな。とにかく、今どんな顔になろうと関係ない。 私はムクっと起き上った。 「!?」 山田がいない。 ほんの数秒、倒れて目を離していた隙に、山田が忽然と消えていた。 どこに行った? 今まで目の前にいたのに。 私は必死で周囲を見回し、山田を捜した。つい「山田!」と叫んでしまいそうになったが、そんなことをしたら研究所の人間に見つかり、私の任務は終わりだ。いや、人生が終わってしまうだろう。 もしかして山田は誘拐されたのか。怪しい車に連れ去られて、今ごろ拷問に遭い、漬物とコーヒーの全てを吐かされているのではないか。私たち以外に、この事実に薄々感づいている人物がいても不思議ではない。大丈夫なのか、山田。 一体、研究所の人間は何をやっているんだ! この山田の一大事に。 どうしたらいい。私に出来ることはないのだろうか。一緒に奇跡に気付いた。私の中で山田を憎む気持は消え、素晴らしい事実に気づいた同士のように思えてきていた。一緒にノーベル賞をもらうんじゃなかったのか。 頼む山田、生きていてくれ。 私は祈るような思いで天を見上げた。くそっ、こんな日に雲一つない晴天なんて。私と山田には無意味すぎる。私は眩しすぎる太陽から目を背けた。 「?」 山田を発見した。 私の見間違いかと思い、二度見した。 山田は、私のすぐ横にある弁当屋のカウンターにいた。どこでも見かける、あの有名なチェーン店のお弁当屋だ。アイツはその有名な弁当屋で、エプロンを身にまとい、頭に三角巾を巻いて働いている。山田は時々、微笑み笑顔で接客している。なかなかの好青年だ。 なんだ。一体なにがどうなっているんだ。 「!?」 もしかして、山田はここでバイトをしているのか。だとしたらつじつまが合う。心配させやがってコノヤロー。敵を欺くためには、まず味方からか。ハハ。味方ながらあっぱれな奴だ。しかも弁当屋とはな。弁当屋と言えば、まさに漬物の宝庫。ありとあらゆる漬物を働きながらにして手に入れるこが出来る。しかも、軽く味見をする振りをして漬物を食し、休憩をする振りをしてコーヒーを口に含めば完璧ではないか。なんて機転の利く奴なんだ。山田って男は。敵わない。私にはとうてい越えられない男だよ。全く。
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