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作品名:パラダイス銀河 作者:えみ

第6回   6
私は壁に耳を押し当てる。
 「?」
 袋を破るような音が聞こえ、粉を何かに注ぐような音がした。
 もしや、山田はコーヒーの粉を缶に補充しているのではあるまいか。ジャマイカ。勤勉な奴め。ここへ来て、まだ実験を続けるというのか。次は何だ? 一体何の漬物で試すというのだ。
 もう少し情報が欲しい。何でもいい。漬物に関する情報が。私は壁と一体になった。私が壁で壁が私で。
 「辛っ」
 山田が軽く叫んだ。辛い? 今、山田は確かに「辛い」と言った。しかも、口に出して言うつもりはなかったが、思わず声が出てしまった感じだった。何だ? 辛い漬物ということか? 辛い漬物、辛い漬物・・・
 「!」
 私は、はっとした。
 もしかして、キムチのことか!
 キムチは私が、まず合わないだろうと決め付け、口にしなかった韓国の国民的アイドルだ。まさか山田がそこに目を付けるとは。
 もしかして、山田は日本中の漬物を完全にコーヒーと共に食し、次は海外の漬物なるものにまで目を向け始めたというのか。まずはアジアからか・・・
 なんて奴だ。なんという追及心。まずい。まずいぞ。奴がここまでやる男だったとは。人は見かけによらないな。
 「暑い」
 山田はバタバタと駆け出し、何かを取りに行ったようだ。引き出しを開け、
 「ふぅ」
 と言いながら、何かをしているようだ。
 そうか、キムチを食べて汗が止まらないので、タオルで拭いたってわけだな。
 ちょっと待てよ。主に日本で売られているキムチの大半は、日本人の口に合うように辛さを抑えてあると、前にテレビのドキュメンタリー番組でやっていたのを見たことがある。ということは、今、山田が口にしているのは本場、韓国のキムチということになる。アイツはどこまで本気なんだ。アイツは辛くて麻痺した口に、熱いコーヒーを流し込んでいるというのか。まるで、自分に罰を与えているかのごとく。なんて奴だ。このプロジェクトにある程度の犠牲は付きものというわけか。なんてクレイジーな奴なんだ。そんな奴に私は立ち向かっている。ふん。俺もクレイジーだぜ。
 私は壁にもたれかかり、低い天井をしばらく見上げていた。戦いとはこういうものなのか。一人で孤独に戦う。まるで自分自身との戦いのようだ。この戦いが終わる頃には、私は一体、どこまで上り詰めているのだろうか。そこでもまた、新たな戦いが待ち受けていることだろう。そんな人生もいいだろう。
 ガラガラ
 山田が窓を開けた。
 きっと今のキムチとの攻防戦で、熱く疲れた体を冷ましているのだろう。よくやった。お前はよくやったよ。しかし、だからといって、お前に全てを譲るつもりはない。最後に笑うのはこの私だ。
 
ここで突然、山田を呼び出す電話がけたたましく鳴り出した。


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