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作品名:パラダイス銀河 作者:えみ

第3回   3
とりあえず私は、昼間は山田を監し続け、夜、山田が寝静まった時点でコンビニや二四時間営業のスーパーに駆け込み、漬物を買い漁りに行くことにした。
 辛く長い戦いだが、後々の幸福に満ちた生活のことを考えると、今の時間は米粒ぐらいの時間だ。

 私は部屋に戻ると、息をひそめ、覗き窓から山田がゴミを捨てて部屋に戻っていくのを確認した。愚かな奴め。ライバルがすぐ隣に住んでいるとも知らないなんて。私は鼻で山田を嘲笑うと部屋に入った。
 
山田と戦う前に、私にはやらねばならぬことがあった。
 私は早速、机から電話帳を引っ張り出すと。荒々しくページをめくった。そして、上司の携帯の番号を押すと、受話器を耳に当てた。しばらく呼び出し音が続いた後、寝ぼけた声の上司が電話に出た。
私は名前を告げ、
 「やむを得ぬ事情が出来ました。今日限りで会社を辞めさせていただきたい。」
と声高々に伝えた。
 突然、こんな形で退職を申し出ることは、非常識だと分かっている。だが、夜が明けるのを待って、山田から離れて会社に辞表を提出しにいくのは、あまりにリスクがある。その間に天地がひっくり返ることだって安易に予測出来るのだ。すまないが、私のこの心意気、分かって欲しい。
「そうか、分かった」
 私のこの熱い想いが伝わったのだろう。上司はあえて私を引き止めるようとはしなかった。今の私に、その言葉を掛けてもムダだと察知し、彼なりに部下の私への最後の愛情を注いでくれたのだろう。伝わりました。しっかり伝わりましたよ。私が成功した暁には、シャンパン片手に会いに行きます。お世話になりました。あの会社で過ごした時間は決してムダではなかった。みんなは私を誇りに思い、そして、そんな私と苦楽を共にし、働いたことを誇りに思うだろう。
 社会人になって早十年、雨の日も風の日も会社に通い、仕事をこなしてきた。時には乗り越えられない壁にぶち当たり、酒に酔い潰れて何度も挫折しかけたが、ここまで頑張ってきた。今、私は自分のことを何よりも誇りに思っている。私だけではない、部下たちが私を切望の眼差しで見ているのを感じ、上司からは信頼の目を向けられているのは感じていたさ。色々な仕事をこなし、数々の困難に立ち向かってきた私だが、何よりも大変だったのは、女子社員たちの舐めるように私を見る熱い眼差しだ。この視線に気づかないように振舞うのがなによりも大変だった。そりゃ、私だって健全な男だ。熱い視線を向ける女子社員の中には私の目に止まる人もいたさ。だけど、他の女子社員のことを考えると、どうしても彼女一人だけを特別扱いすることなんて出来ないだろ? 苦渋の決断を何度強いられた事か・・・だが、ある意味、私が会社を去ることで彼女たちは救われたのだ。私のことは忘れて幸せになって欲しい。そうすれば、次に会った時にはお互い笑顔で会えることだろう。
 こうやって人はつながっていくのだな。私は上司に荷物は全て処分してくれるよう頼むと電話を切った。私の一番の心配が解消された瞬間だった。私がいないと会社に大きな穴を開けてしまうが仕方がない。私が会社を選ぶとこの世界に大きな穴を開けてしまうことになるからだ。
 大丈夫。みんな必ず分かってくれる。ありがとう、みんな。俺は幸せ者だ。


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