でも、それにしては山田の周囲は相変わらず寂しいものだ。すでにコーヒーと漬物の意外性をマスコミに持ち掛けているとしたら、山田の毎日はカーニバルだ。なのにそれが全くない。何故か? 答えは簡単だ。山田はこの事実を、まだ誰にも公表していないのだ。馬鹿な奴め。私が知っていることも知らないで、呑気にやっているなんて。お前が漬物を酒の肴みたいにコーヒーでちびちびやっている間に、私はスーパースターだ。もしかしたらノーベル賞さえも奪ってしまうかもしれない。アメリカだって私のことをほっとかないはずだ。灯台もと暮らしとはまさにこのこと。なんとしてでも、山田よりも先に公表しないと。 しかし、私にはまだ経験と実績がない。きゅうりと大根だけでは世界の大舞台には立てない。なんで私は昨日、スーパーに寄った際に、なすの漬物を買わなかったのだ。迷いに迷ったあげく、節約のためにと、なすの漬物を手には取らなかった。なんてことだ。給料日前の私に、なすの漬物を手に取ってカゴに入れる勇気さえあれば、今頃、山田を追い抜いて陽の光を浴びることが出来たかもしれないというのに。そうなれば、死ぬほど漬物を買い込むことが出来ただろう。 だが済んだことを呪っても仕方がない。今は現実の辛く、苦しい試練から目をそむけずに立ち向かっていこう。そうか、きっとこれは神が私に与えた試練なのだ。簡単に栄光が手に入ってもつまらない。いくつかの壁を私の前に打ち立てて、私の力量を測っているのだ。だとしたら、これくらいのことで、のたうち回っていては先が思いやられる。ここは堂々とした行動に出て、毅然とした私を神に見せつけてやらなくては。
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