夜空に星が輝く頃、弁当屋の電気が消え、しぼらくすると山田先生が従業員たちを引き連れて、店の裏口から出てきた。まるで、大学病院の総回診のような光景だ。山田先生が教授。ならば私はそれを支える助教授といったところだろう。広い病院の真ん中を歩く、山田教授と私の姿を想像してみる。悪くない。 私が他の世界に飛び立っている間に、先生一行は店から外れ。大通りへと歩いて行っている。私もすぐに現実に戻り、後を追う。先生と私の隠れ家であるアパートがある方角とは反対方向だ。先生は部下を引き連れて、どこへ向かっているのだろう。 途中で二人と別れ、計四人で大通りをさらに歩いて行く。先生は楽しそうだ。私は十メートルくらい離れた後ろを歩く。 五分ほど歩いたところで先生一行が立ち止まり、ある店を指差した。 マクドナルドだ。 部下たちは「オッケー」と答え、楽しそうに店内に入って行った。 先生、マクドナルドにコーヒーはあるが漬物はないはずです。一体何故? 私は不審に思いながらも続いて店内に入って行った。それからまず、バリューセットを頼み、先生一行の少し離れた席に腰を下ろした。 分からない。先生は一体何を考えているのだ。皆目見当がつかない。でも私は助教授だ。先生のことは熟知して置かなければならない。私は山田先生の、いうなれば女房役なのだから。だが、ここからでは遠すぎて先生たちが何を話しているのか、さっぱり分からないとにかく、笑いの絶えない話しをしているようで、みんな笑顔で盛り上がっているようだ。 気になる。だが、これ以上近付くのは危険だ。私が私だとバレてしまう。まだ研究所の人間に認めてもらってない今、先生に近付くと命を落としかねない。 私はひとまずコーヒーを飲んで気持ちを落ち着かせた。くそっ、こんなことなら冷蔵庫の中にあった、きゅうりの漬物をタッパーに入れて持って来るんだった。まだまだ私も爪が甘いな。いついかなる時も研究精神を忘れてはいけないはずなのに。これは来年の助教授選で私は外されてしまうかもしれない。本腰を入れて実験に挑まないと。私は頭の中で漬物の味を思い浮かべながらコーヒーを飲んだ。だが、あまり的確には味を想像出来ない。まだまだ経験不足だな。 先生たち楽しそうだな。一体、何を話しているんだろう。知りたい。聞きたい。でも近付けない。 私は一人さみしく、ハンバーガーを頬張る。 普通に輪の中に入ってみるか。何食わぬ顔で自然に入って行けば、研究所の人間も疑うことなく、私の動向を見守っていてくれるのではないだろうか。先生と私は顔なじみだ。研究所の人間さえクリア出来れば問題ない。いや、だめだ。リスクが大きすぎる。研究所の人間を甘く見るな。とりあえず今は我慢しろ。私たちの栄光への道はすそこまで伸びてきている。私と先生が二人で力を合わせれば、鬼に金棒だ。今のは少し古いかな。 私も、もうすぐメディアの中心に立つ存在になる。取材だって増えるはずだ。今の流行りをさりげなく会話に取り入れ、カッコ良い振る舞いをしなければならない。人気者も大変だなぁ。若い子が選ぶハンサムランキングに、芸能部門以外のランキングに入るかもしれない。これからは着る物にだって気を配らないとな。それに、メディアに露出するんだ、顔が世の人々に知れると、こうやって外出するのも大変だと聞く。マックで外食なんて、今日で最後になるかもしれないな。もうすぐ普通じゃいられなくなるというわけか。仕方ない。 何かを得るためには、何かを失わなければならない。これも運命か。さよなら、俺の平凡な人生。こんにちは、私の輝ける未来。 両親にもたくさん迷惑を掛けてしまったからな。家でも建ててやるか。後は車が一台でもあれば十分だろう。その後は財団にでも寄付するか。私も誰かの役に立つことが出来るもんなんだな。恥ずかしいような、誇らしいような、何とも言えない気持ちでいっぱいになった。ちょうどバリューセットも食べ終え、私のお腹もいっぱいになった。惜しまれつつも、コーヒーを全て飲み終えた頃、ちょうど先生たちも食事を終えたようで、一斉に立ち上がった。私も少し遅れて立ち上がり、トレイをカウンターに戻して、店を出た。 先生たちは別れの挨拶をし、それぞれの帰路に着くため、ちりぢりになって歩き出した。 先生は一人では帰らず、その中にいた女の子と二人で、私たちのアパートとは全く別の方向に向かって歩き出した。私は状況が理解できないまま、二人の後を付いていく。あの女め、お前は一体先生の何なんだ。 私は少し苛立った気持ちを抑えながらも、冷静さを装い歩いて行く。二人は時々、見つめ合って笑い、仲良さげだ。先生の今までの、のそのそとした歩き方ではなく、隣の女の歩幅を合わせて歩いている感じだ。たまに冗談を言って女が先生の腕に触れる。それが何度か続いたと思うと、なんと先生が女の手を握った。二人は先ほどよりも長く見つめ合うと微笑み、今度は静かに歩きだした。あの女は先生の恋人なのか。あの様子からして間違いない。二人の周りの空気だけ、甘いオーラに包まれているようだ。 しかし、恋人となると話しは別だ。先生を支えるもう一人のパートナーということになる。もちろん、もう一人は私だ。これからは、あの女性と共に先生をサポートしていくのか。私は社会で、彼女は家庭で。一人でサポートするよりは、二人の方が心強い。今度、改めてじっくりと挨拶に行こう。二人でこれからの先生のことについて話し合いたい。私と彼女も、きっと良いパートナーになれるはずだ。 私も先生の幸せが嬉しく、歩幅も軽い。時々、独自のステップを織り交ぜながら、後を追う。先生、紳士だな。そうだよな、彼女にもしものことがあったら大変だからな。私も彼女の家までお供します。
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