20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:パラダイス銀河 作者:えみ

第1回   1
私は今朝、とんでもない事実を発見した!
それは、コーヒーと漬物が意外に合うということだっ!
 それは、本当に突然に、まるで天空から神が舞い降りるかのごとく、私の頭に降ってきた。そして、冷蔵庫にあった漬物をおもむろに取り出し、試してみた。そしたら、コーヒーと漬物は恐ろしく合ったのだ。正確に言うならば、きゅうりの漬物と大根のべったら漬け、それらのどちらもコーヒーと合い、甲乙つけがたい。
 漬物を口に含み、噛んだ瞬間に、滲み出る塩味と野菜本来の持つ風味が溶け合い、さらにその中にブラックコーヒーが飛び込んで、なんとも絶妙なハーモニーを私の口の中で奏で始めてしまったのだ。
 「ありない」と、最初は思った。まさか漬物とコーヒーだなんて。自分自身が、とち狂ってしまったのかと思った。そんなことあるはずがないと。だが、その考えは一瞬にして覆された。きっと神は、この逃れようのない真実を正面から受け止めきれるのは、私しかいないという決断を下されたのであろう。ならば、その決断を私は、真っ向から正々堂々と受け止めてやろうじゃないか。なにを恐れる必要がある。私は、たとえ警察や政治家たちを敵に回してでも、この事実を世の人々に伝えなければならないのだ。
 私が思うに、韓国人が、こよなく愛するキムチではダメだ。日本人が古代から愛して止まなかった、食卓のアイドル「漬物」でなければダメなのだ。浅くても深くても、ぬか漬けでもスーパー買いでも、豪華コンビニ買いでもなんでも良い。とにかく漬物であれば、なんでもいいはずだ。
 とは言ってみたものの、じつは、恥ずかしい話、私もまだ大根ときゅうりでしか試したことがない。これは早急に全種で試してみる必要がある。いや、試さなければいけないのだ。一分一秒でも早く、漬物さえしらない全世界の人々に、この甘美な時間をお届に上がらねば。
 さぁ、明日から忙しくなるぞ。テレビや新聞に引っ張りだこだ。世界の料理店のメインメニューに必ず飛び乗るはずだ。その前に特許を取っていた方がいいのではないか? そもそもこういう類の奇跡には特許が下りるのだろうか。
 会社になんて行ってられない。どんな時間も惜しい。とりあえず、今の夜中でも開いているコンビニやスーパーを中心に、片っぱしから漬物買い込んで、コーヒーとの相性を試してみよう。マスコミに問い詰められた時に答えられないなんて恥ずかしいぞ。どんな質問を受けても、即座に答えられるよう、自分の口の中で勉強しておかなければならない。
 
 私は財布を握り締め玄関を飛び出た。古い木造のアパートの階段を駆け下りていると、隣人の山田が私の前をのそのそと歩いて来ていた。狭いアパートだ。同時に二人の人間が階段を行き交うのは容易なことではない。山田はいつもボーっとしている、さえない男だ。私は体を少し隅に避け、山田が通り過ぎるのを苛立ちながら待った。のそのそ歩く山田に怒りが爆発しそうになるのを抑え、気を紛らわすために、山田の持っているゴミ袋に視線を移した。
「!?」
 山田のゴミ袋の中に、コンビニの漬物のパックとコーヒーの袋が!
 私の頭は一瞬にして真っ白になった。まるで、鈍器のような大根で頭を殴られたような衝撃だった。一体どういうことだ。もしかして、山田もこの事実に気付いているのか。
 私は慌てふためいた。どうしよう。どういうことだ。神は私の中だけに降りてきたのではないのか。隣の山田の中にも?
 なんということだ。神は皆に平等だったのか。ならば、なおさら急がねば。私は山田が事実に気付いていると知っているのが、山田は私が気付いていると知らない。それがせめてもの救いだ。山田がのそのそとゴミを捨てに行っている間に、私はコンビニに走り、漬物を食いながらコーヒーを飲み、その足で新聞社に駆け込んでやる。
 ちょっと待てよ。山田はゴミ袋の中に漬物のケースとコーヒーの袋を入れているんだぞ。漬物は好きでしょうがないなら一日で食べてしまうこともあるかもしれない。だが、コーヒーがいくら好きでも一日で飲んでしまうということは、まずない。体に毒だからだ。
 だったら山田はすでに何日も、もしかしたら何週間も前からこの事実に気付いていて、ありとあらゆる種類の漬物を口に含み、コーヒーを流し込んで、さんざん試してしまっているのではないだろうか。だとしたら、コーヒーの袋と漬物のケースが同時にゴミ袋に入っている理由が納得いく。私はさらに目を細め、ゴミ袋を凝視した。漬物ケースはそこに見えているだけなのか。そんなはずはない。もっと試しているはずだ。山田も試さずにはいられなかったはずだ。きっと無理してカフェインを大量に体に流し込んでしまったがために、そんな重たい歩き方なんだ。くそっ! 山田は、私の遥か先を歩いていたのか。
 


次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 2316