友人は、湖の向こう側に立っていた。背中にはまだ幼い子供を背負っている。 向こう岸にいる彼に向って私は自分でも気づかず、無意識のうち彼に向って大声で言ったいた。
「おぉい、君はこの湖を沈まないで渡れると言っていたが、それは本当かい。もしそうなら今すぐ見せておくれよ」
「お安いご用さ、君のいるところまで今から行くから見ててくれよ」
そう言って彼は右足を一歩、水面に脚を置いたかと思うとあれよあれよという間にすいすいと湖の水面を歩いてきた。しかし、その湖も中ほど進んだ頃だろうか。また一歩踏み出したそのとたん、大きな水しぶきとともに彼の体は水の底へと沈んでいった。私は眼の前で起こった突然の出来事に、感情の変化が追いついていかず平然を保っていた。いや、保たざるをえなかった。 どのくらい経った頃だろうか。彼は何事もなかったように水萍の上を再び歩き始めた。
「おぉい、大丈夫かい」
「ははぁ、気にするな。大丈夫、大丈夫」
私のいるほとりまで来た時、彼は笑顔で言った。しかし、その背中にはもう誰もおらずその小さな濡れた服だけが乗っかっていた。
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