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作品名:エクストリーム自殺 作者:練馬アトム

第1回   1
「・・・さて、と。」

仕事が一段落つき、空になったマグカップにコーヒーを入れに席をたった。
いつもは人のいない編集部も、来月号の入稿前で皆PCと格闘している。

私は一足早く記事をまとめ終え、退社までの2時間をどうしようかぼーっとしていた。
都市伝説担当は楽でいい。
地名や人名をイニシャルで記述し、事実を嘘・大げさ・紛らわしく書けばそれっぽく見えるからたいしたもんだ。

席に戻るとすぐ、私は最小化されていたWebブラウザを元に戻した。
画面全体に広がるサムネイル画像とナンセンスなタイトル群。
世界最大の動画投稿サイト、NewTubeのトップページだ。

"休憩がてら、動画収集でもするか。"
髪で隠れる極小のBluetoothヘッドセットを周囲にばれないよう耳に入れる。

今やTVはどのチャンネルをみても、どうでもいい情報番組やマニアックな知識を要求されるクイズ番組で埋め尽くされ、大して面白くない。
素人が投稿するばかげた動画を肴に一杯やるのが、最近の私の楽しみだ。

「ひぃ〜らぁ〜のぉ〜ちゃ〜ん。」

"モンブランドリンクをつくってみる"に夢中になっていた私は、編集長が後ろにいることにまったく気がつかなかった。

「仕事サボってなぁに見てんの。」

「じょ、情報収集ですよ、情報収集。」

通用しないのはわかっていても、反射的にいつもの言い訳を言ってしまう。

「インターネットにあるもんなんてなぁ、そこにある時点でもう古い情報なんだよ。いいか?昔からスクープは足で探せって言うだろ。来月号の記事まとまったんなら、いつまでもイスあっためてないで、取材して来い、しゅ・ざ・い!」

編集長の言うことも一理あるけど、実際ネットからスクープになることもあるのも事実だ。
なんてことを言っても、このアナログ人間には意味のないことをわかっている。

「はーい。コーヒーのみ終わったらいきますよー。」

まったく最近の若いもんは・・・などとぶつくさいいながら、席に戻った編集長を確認すると、再び動画収集を続行した。
情報収集といった手前、まとめサイトですでに話題になってるものを見るのは何か気が引けたので、なんとなく新規投稿動画一覧のページを開いていた。

さすが世界最大というべきか、さまざまな言語で書かれたタイトルが並んでいる。
その中でも、ひときわ目を引くタイトルがひとつ、英語で書かれていた。

"Xtreme Suicide"

直訳すれば、過激な自殺。
しかし一般的には、過激なパフォーマンスを要求されるスポーツの総称として、このスペルが使われることが多い。
この知的好奇心をくすぐるタイトルに吸い込まれるように、マウスカーソルを動かしクリックした。

薄暗くてよくわからないが、どこかの山奥だろうか。
いかにも上るのが大変な長い階段を、カメラはパンツでも盗撮するようなアングルで下から映している。
コンクリートでできた階段の左右と中央には、周りとは似つかわしくない、真新しい鉄パイプでできた手すりが怪しげに光る。
その中央の手すりの頂上に、女性のような人影が映っていた。

と、急に、耳障りな金属の摩擦音とともに、人影が大きくなっていく。
女性は中央の二本の鉄パイプの上を、絶妙なバランスでスノーボードに乗って滑走していた。
風になびく髪、影の増大に比例して大きくなる金属音。
これがCGではないことは容易に想像できる。

ぶつかる!
と思った瞬間、カメラはぐるりと回れ右した。
画面の下のほうに、ちらほらと街明かりが光っている。
その向こうの夜明け近くの紫色の空に向かって、彼女はジャンプした。

スタイルのいい影が、薄明かりの空をバックに、上下左右に二転三転する。
それにあわせてふわりと流れる髪は美しく、まるで何かひとつの芸術作品でも見ているような感覚だった。
勢いの落ちかかったところで、イナバウアーのようなポーズを決めつつ、眼下に広がる暗闇の中へと消えていった。

ドサッ。バキッ。

いくつかの衝撃音が交じり合ったような音を立てて、動画は終了した。

あまりにきれいなパフォーマンスで、その音を聞くまでタイトルを忘れかかっていた。
自殺、なのか?
実際に死体は確認できない。

すぐさまもう一度見直してみる。

やはり美しい。
数秒の動画だが、もっと長い時間経過しているように思える。

「先輩がスノボとか珍しいっすねー。これイシリナっすか?」

横からスポーツ担当の村岡が声を掛けてきた。
確かによく見ると、イシリナに似ている。

「イシリナ好きとか、先輩もなかなかっすねー。世間じゃかわいくてトリックもダイナミックなイシミカのが注目されてますけど、俺はきっちり確実に技を決められるイシリナのがいい選手だと思いますよ。」

石崎莉奈。
美人スノーボーダー姉妹"イシリナ・イシミカ"として、妹の美香とオリンピック代表の座を競い合い、よくワイドショーでとりあげられていた。
スポーツにうとい私でも知っているくらいだ。
代表選考から落ちたあと、メディア露出が妹一辺倒になり、忘れかけていた。

すげー、テンエイティー。とかなんとか村岡がつぶやいているが、私には何のことかさっぱりだった。

「ちょっと、もっかい見せてくださいよ。」

村岡がねだるので、もう一度頭から再生した。
さすがに3回目ともなると、最初の感動は少し薄れている。
今まで見とれて気づかなかったが、飛んだ瞬間から小さく歓声や指笛のような音が聞こえる。
やはり自殺ではないのか。
どこかのバカがそれっぽいタイトルをつけて、最後に衝撃音を合成して転載したただのいたずらだ。

とはいえ、久々にいいものをみた気がする。
今日はうまい酒が飲めそうだ。

「取材いってきますよー、しゅ・ざ・い!あとー、そのまま直帰するんでー。」

電話中の編集長に言い放って席をたった。
取材する気なんてさらさらなかった私はそのまま駅に向かった。


まだ4時少し前の山手線は、それなりに座るスペースがある。
ドア近くの座席に座ると、特にすることもなくドアの上の液晶ディスプレイを眺めていた。

昨日からの編集作業に疲れていた私は、あたたかな夕日と、心地よい振動にうとうとしていた。
しかし、ディスプレイに映るニュースが眠気をすべて吹き飛ばした。


"スノーボード選手 石崎莉奈 死去"


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