だらりと腕を下げたまま少女は僕に向かって疾走する。下げられた左の手には長く無骨で不恰好な剣が引きずられるように握られている。剣は滑空する大鷲のように地面すれすれを滑らかにすべる。空気の密度がゼリーかなにかになったかのようななめらかさだった。少女が一瞬左腕を下げたかと思うと今度は体を右に回転させながら剣を僕に向かって振りぬいた。無骨な剣の刃先がきらりと光るのが見えた。動体視力だけはいい僕はその刃先が剣の見た目とは裏はらにきれいに研ぎ済まされているのが見えた。鎬は刃先からまっすぐ平行線をつくり、精密機械で加工されたような遊びも芸術性もない紋を描いていた。鋭い刃は少女の左手に導かれて大気を切り裂く。空気がゼリー状であるはずがないのに切られた気体が再び合流することが想像できない。あれが僕の肉体にたどり着いたらどうなるんだ。疑問に思う前に情景が浮かんだ。放物線を描いて飛んでいく腕、抵抗なく二つに分かれる胴体、そして振りぬかれた剣にから渋く血液。固体である僕の肉体はそれこそ間違いなく肉同士をもしくは骨同士を切断されたまま二度と同流させることはないだろう。こんなとき、日ごろの鍛錬だとか、本能の反射だとか、そんなものは役には立たなかった。僕を助けたのは言語化すらされていない純粋な意識で、もし無理やりにでも言語化するなら、剣が体に触れる前に同じ程度に強度のあるもので防げ、だ。しかし、言語に頼らない思考は本能以上に早い。本能とは違い理性を味方に付け、イメージを目的のものに収束させるからだ。そして純粋な思考は常に正しい答えを導き出す。僕がもし剣をただ恐れ避けようとしたならばその刃は僕を確実に捕らえていただろう。致命傷にならなかったとしても、次の一撃を防ぐ力は削がれていたはずだ。もしくは防ぐために必要な腕や体の一部が本体と離れ離れになっていたかもしれない。僕が手にしていたのは彼女物とは比べ物にならない粗悪なつくりの錆びた剣だった。彼女のものを見る前だったらあるいは違って見えたかもしれないが今はただの鉄の棒と同価値に思えた。それでも、僕のイメージを裏切ることはなかった。カーン!金属音と、腕がたわむような衝撃が僕を襲った。
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