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作品名:洞窟 作者:滝宗太

最終回   洞窟
穴を掘り続けると小さな空洞が現れた。最初、自然に存在する地下洞窟の一種かなにかと思ったが、壁面がきれいな半円形をしているのを見て人工物だと確信した。僕が掘り続けた横穴とは比べもにならないほど滑らかな壁をしている。触れてみればただ土を固めただけではなく、なにか透明な樹脂のようなもので塗り固められていた。手を壁に沿って滑らせてみると、滑らかであり、少しひんやりとしている。水晶の原石を撫でている感覚に近いと言えば近かった。
僕は自分が掘りぬいた穴からようやく抜け出すことが出来た。しかし、掘りぬいた先に待っているものは輝く太陽の下だとばかり信じていたので気落ちして途方に暮れてしまっていた。ここがなんの目的で造られたものなのかすぐに考える必要がある。それをわかっていながら体の疲労がどうしようもなく、心も奮い立たず、僕はついにその場にへたり込んでしまった。
堅く握られていたシャベルから手を離す。乾いた音がどうしようもないほどさびしく響いた。支えを失くした手が地面に付いた。そこから肘を曲げ、体を傾け、首も地面に付いた。力を振り絞って仰向けになると、ヘッドランプが洞窟の天井を照らした。天井は僕の背より50センチ程度高く作られていた。光に当たってテカテカ光っていた。昨日の晩に見たあの美しい星空とは比べ物にならない、ぬめっとしていて陰気な光景だった。
手足を大の字にして呼吸を繰り返すがうまく空気が肺にたどり着いてくれず、口の中の空気を外気と交換しているだけになっていた。一呼吸が異常に長かった。それとも呼吸なんてしていなかったのかもしれない。僕の体には横隔膜を動かす力なんて残ってなかったのだろう。
今僕の口の中から出ているのは僕の体温で温められて密度が小さくなった空気なのだ。そして外気の冷たい空気が代わりに入って来る。僕は生理現象ではなくただの物理現象で生きているだけなのだ。それすらももうすぐ終わるだろう。僕の脳と体は酸素を失い機能を停止させる。まずは脳だ。脳中の酸素濃度が小さくなれば、すぐに体の機能に支障をきたす。感覚は鈍るだろうし、臓器も動きを鈍めるだろう。ほら、言っているそばから視界が暗くなってきた。さっきまでヘッドライトが照らしていた洞窟の天井がもう見えない。あの、陰気でしみったれた、僕に絶望とはなんだあるかを教えてくれた光ですら僕にはない。視覚が消えた。聴覚もなにも感じない。思考ですら消えていくのがわかった。無念さすら捨て去りたいほどの倦怠感を感じた。


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